私が産み出されたときから、あなたは当たり前のようにそこにいた。

「薫……」
「なに?」
空の泉には光がない。風もない。ただ淀んだ空気が溜まり、木も枯れ果てたまま
全てのものが動きを止めていた。
例外は私と薫、それに二匹の小さな精霊。
本当は精霊を始末するように言われていたのだけれど、私と薫は放っておいていた。

私たちに精霊の始末を言いつけたのはゴーヤーン。私たちはアクダイカーン様の
言葉には従っても、他の者に指図される必要はない――と、私は思っていたし
薫もそう考えていたに違いない。

二匹の精霊の姿は見えない。私たちとつかず離れずの距離を保って
空の泉に住んでいるらしい。
たまに動く姿の見えることがあっても、すぐにどこかに隠れてしまっていた。

だから、私と薫は結局いつも二人きりで空の泉に座っていた。

「お前達に空の泉を預ける」――アクダイカーン様の言葉に従う限り、ずっと
私たちはこうしているのだろう。凍りついた空気の中で、
来る気配もない泉の郷の精霊たちに空の泉を奪われないように。

「緑の郷の伝説の戦士の話、聞いたでしょう?」
「ああ……プリキュアっていう」
「カレハーンも倒されたそうね」
「そうね」
私と薫がこの姿勢で会話する時、互いの顔を見ることはほとんどなかった。
背中を合わせ、相手の存在は感じつつも表情を見ることはなかったし見たいとも
思わなかった。

「モエルンバに、倒せると思う?」
「さあ」
興味なさそうに、薫は答える。

「――あんな軽そうな人だと、無理なんじゃないかしら」
「そう」
薫の返事は相変わらず短い。
「その後は、ドロドロンね。それでその後が、私たちの番」
「そうね」
「私たちに、倒せると思う?」
「――自信がないとでも言うの?」
薫は少し責めるような口調になった。私の言ったことが信じられないとでも言うような。

「そんなはずないわ。私たちが――」
「そうよ。私たちが負けるなんてあり得ない」
私と薫はアクダイカーン様から滅びの力を受け継いでいる。
緑の郷の伝説の戦士ごときに負けるはずはなかった。

「でもね、薫――私たちの勝利を、より確実にできる方法があるんだけど」
「……」
薫が黙っているのをいいことに、私は一気に言ってしまうことにした。

「緑の郷に、行ってみない? 私たちの姿なら、緑の郷の住人に紛れても
 そう怪しまれることはないそうよ……ドロドロンが戦っている間にプリキュアの
 ことを調べ上げるの。そうすれば私たちの番になったときには、プリキュアの弱みも
 全て握っていて」
「すぐにでも倒すことができる」
「そうよ。――アクダイカーン様もきっとお喜びになるわ」
「……」
薫はしばらくの間黙っていた。
私たち二人は背中を合わせたまま、空の泉を見ていた。
闇と沈黙に覆われた、死んだ世界だ。

「行きましょう、満。次のゴーヤーンの見回りが済んだら。……アクダイカーン様のために」
「そうね。……全ては、アクダイカーン様のために」


言葉どおり、私たち二人は空の泉の見回りに来たゴーヤーンに異常がない事を報告した後、
緑の郷に出た。
プリキュアの能天気な性格もあって、近づくのはそう難しくなかった。
私たちの事を敵だとも知らないで、二人は何かというと私たちを誘ってきたので
好都合だった。

「プリキュアはありがとうと言うだろうか……?」
私たちは緑の郷ではひょうたん岩の上にいることが多かった。
空の泉にいたときと同じ、背中合わせに座って。
「もうやめよ、薫」
だが、この違和感は何だろう。

空の泉にいたときとは違う。明らかに違う。周りの環境が、海が眼下に広がっていて
夕日も見えれば夕凪の町も見えるという環境が違うというのももちろんだが、
それ以上に、私の後ろにいる薫が違ってきたような気がする。

――薫……?
私は背中合わせに座っていても、薫のほうにやや顔を向けて彼女の様子を窺う
ことが多くなった。
薫が何を考え、何を思っているのか。空の泉にいたときはそんなこと、
疑問に思うまでもなく分かっていたことなのに。

「薫ってよく見るとおデコが広いのね」
キュアイーグレットの家で絵を描く会に参加したのはそんなある日のことだった。
私たちはパンを貰って、またひょうたん岩に戻ってきていた。
「……何を今更」
「知ってたの?」
「知ってたわ、そのくらい」
「ふうん……」
私たちはずっと二人きり。だから、薫の事を私は何でも知っているし、
分かっているつもりでいた。

「満ってよく見ると可愛いのね」
「……何を今更」
「知ってたの?」
「知ってたわ。……」

緑の郷に来て、私たちは少しずつ離れながら少しずつ近づいていた。


-完-

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