薫の夢を見た。
心配そうな顔で私を見ていた。

咲と舞の夢を見た。
大空の木に抱きついて笑っていた。

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思えば最悪のタイミングで夏休みになったものだ。普段どおりに学校があれば
すぐにでも気づいたはずなのに。
咲は店と、部活と、ほんのわずかの勉強と、そんなことに日々明け暮れていた。
もうすぐ誕生日だって来るし、大好きなひまわりだって咲く。
一年で一番好きな季節が押し寄せてくる。
そんな状態だったから――、自分の周りに起きている小さな亀裂には気づかなかった。

咲とは対照的に舞は早くからその可能性に気づいていた。しかし認めたくなかった。
咲にも話したくはなくて、じっと堪えていた。
彼女がとうとう耐え切れなくなったのは、夏休みが始まってから一週間後のことである。

「咲!」
「舞……どうしたの?」
PANPAKAパンの開店時間直後、舞は咲の目の前に現れた。炎天下の道を走ってきたらしく
額には汗をかいてはあはあと息をついている。
「満さんと薫さんは」
「満と薫? まだ帰って来てないみたいだけど?」
「咲も会ってないの」
「会ってないけど、でも」
「今日何か用事ある? 今から」
「今から……特に何もな」「一緒に来て!」
「どどどどうしたの、舞」「いいから!」
「お母さん、ちょっと舞と一緒に出かけてくるー!」
普段からは考えられないような強引さで舞は咲の腕を引っ張った。
咲は引きずられるように外に出る。

「こっち、咲!」
駆けて行く舞に咲も走ってついて行く。舞ってこんなに足速かったっけ、と
咲が意外に思うほど二人は急いで走った。点滅している信号も気にせずに横断歩道を渡る。

――学校?
舞が咲を連れてきたのは夕凪中学。夏休み、今日はどの部活も休みということもあって
いつもとは違い静まり返っている。

「どうしてここに?」
「見て、もらいたい、ものがあるの、咲に」
舞は息を切らしながら答え、校舎へと続く道を上っていく。
疑問に思いながらも咲も続いた。蝉がじいじいと、うるさいほどに鳴いていた。

「これ、どういうことだと思う?」
舞が咲を連れてきたのはいつもの教室。後方の扉を開けて咲に中を見るように促す。
「……え?」
咲は一瞬、舞が何を言いたいのか分からなかった。教室はいつもと変わらないように見えた。
だがすぐに……舞の言いたいことに気がついた。
「え? 何で? 何でこんなことになってるの?」
今立っている扉のすぐ近くには二つの机があったはずだ。それぞれ、満と薫が座っていた。
しかしあったはずの机も椅子も消え、最初から何もなかったかのようにぽっかりと空間が存在している。

「誰かが持って行っちゃったのかなあ……」
咲は呟いてみたが、そんなことがないのは明らかだった。
今日は部活のない日であるし、誰かが持っていったとしても
この教室の近くでその机を使っているはずだ。でなければわざわざこの教室の机を使う
必要がない。
そして教室の近くに誰かがいるような気配はしなかった。

「ねえ咲、満さんと薫さんは……どこへ行ったの?」
「分からない、けど……」
何かを言いたそうな表情で舞は咲に尋ねる。
咲は舞が言いたがっていることを推し量ろうとした。

「咲、舞! 満と薫はひょっとしたら……」
ボンッと言う音と共にフラッピが元の姿になって現れた。


二人が満と薫を最後に見たのは空の泉である。
「見てみたい、空の泉を」
と満たちが願い、咲たちはフェアリーキャラフェに奇跡のしずくを入れるように促した。
まず咲が以前に手に入れたしずくを……天体観測の日、満がウザイナーを
出現させるために使ったものを入れる。

次に満が三つのしずくを。最後に薫が三つのしずくを入れ、四人は枯れ果てた空の泉へと
飛ばされた。

「こっちこっち!」
ばらばらに落下した四人だったが、咲が他の三人を呼び集める。
「はい、満、薫。空の泉を元に戻してあげて」
満たちにフェアリーキャラフェを手渡す。
「どうすればいいの?」
「傾けて、そのまま注げばいいんだよ」
「お願い、満さん薫さん」
二人に促され、満と薫は一瞬顔を見合わせたがお互いすぐに頷きあった。
満がキャラフェを持ち、薫がそれに手を添える。奇跡のしずくはこぼれ出し、
空の泉へと還っていった。
それとともに木々が蘇る。水が戻る。
数秒の内に空の泉はその本来の姿を取り戻していた。
花が咲き、鳥が舞う静かな泉に。

「こんなところだったのね、空の泉は」
「そうね……」
満と薫はその光景に見とれていた。自分達がこれまでに知っていた泉の姿とは全く違う。
「緑の郷と同じくらいきれい」というフラッピの言葉は誇張ではなく、
空の泉はまるで夕凪町のように四人を抱えていた。

「みちるー?」「かおるー?」
そんな折ひょっこりムープとフープが顔を出し、
「みちる、かおる、空の泉を元に戻してくれたムプ?」
「ありがとうフプー」
「……」
精霊に満と薫がどう答えていいか分からずただ黙っていた場面もあった。


「ひょっとしたらなんだって言うの、フラッピ?」
「ひょっとしたら……」
咲の問いにフラッピは言葉を詰まらせた。


「空の泉をよろしくね」
満はそう言ったのだ。ムープたちとフラッピたちが再会を喜んでいる間に。
「え?」「どういうこと?」
その言葉は咲と舞には唐突なものに覚えた。
「私たちは、これからちょっと行かないといけないところがあるから」
「どこ行くの?」
「すぐ、戻ってくるわ」
満はそう答えると、後ろに立っていた薫を振り返った。
薫は無言で頷く。
「だからそれまで、ここをよろしくね」
「う……うん」

二人は咲たちに背を向ける。――舞はその時、何か気づいたものがあった。
「待って、満さん薫さん! ……どこに行くの?」
「……舞」
薫はちらっと舞の方を見た。
「私たちにはしなくてはいけないことがある」
反論を一切許さないような、そんな決然とした口調だった。
「そんな……それなら、私たちも一緒に」
「駄目だ」
「どうして」
「咲と舞には、ここと緑の郷を守ってもらわなければ困る」
「大丈夫よ、私たちは必ず帰ってくるわ」
舞と薫の会話に満が割って入り、そのまま満と薫の姿は咲と舞の前から掻き消えた。


「満さんと薫さんは、あの時どこへ行ったの?」
舞が目を伏せがちにして咲に話しかける。
「どこ……って、分からないけど、何か用事があるって」
「用事って何!?」
「さあ……ねえ、舞もフラッピも、何か気がついてることあるんだったら
 私に言ってよ! 満と薫がまだ戻ってこないことと、机がないことと、
 何かあるの?」
咲は机を叩かんばかりの勢いで言った。
「満と薫は……ダークフォールにとっては……裏切り者ラピ……」
「え?」
「ひょっとしたら、ダークフォールに行って……何かされたのかもしれないチョピ……」
いつの間にか出てきていたチョッピも言いにくそうに言葉を添える。

「ど、どういうこと?」
「二人もそう思うんだ」
舞はフラッピたちの言葉を聞いてうつむいたまま自分の席に座った。

「机がないっていうのは……どういうこと?」
「二人が不思議な力で入り込んで来たのならラピ、」
「二人の力が消えれば何もかも痕跡が消えてしまうチョピ……」

「ちょ、ちょっと待ってよ、三人だけで分かってないで、私にも説明してよ!」
咲は舞の席の傍に駆け寄るとわたわたと手を振る。舞がやっと咲の目を見た。
「咲、落ち着いて聞いて。満さんと薫さんはあの後きっと……」
ダークフォールに行っている。そしてすぐ戻ってくると言っていたのに戻ってくるのが
遅すぎる。滅びの世界から見れば二人は裏切り者、だから……、

「そんな、満と薫の存在が……消えたって……いう……こと?」
舞の説明を聞いて咲はがたんと音を立てて自分の椅子に座り……また、すぐに立ち上がった。

「どうしたの、咲?」
「ちょっとみのりに言って来る。薫とはもう遊べないかもしれないって」


咲と舞の二人は今、大空の木の下に来ている。咲とみのりとの会話は、結局満と薫の
痕跡がこの世界から消えている事をより強く確認することになってしまった。
――みのりは薫の事を何一つ覚えていなかったのである。

「あの時、やっぱり止めればよかった……」
体育座りをしたまま舞が呟く。
「舞は気がついてたの?」
「何となく、そんな気がして……でも薫さんにあんな風に言われたら、
 もう何も言えなくて……でも、やっぱり……」
「私も、気がつけば良かったんだ――二人でだったら止められたかもしれないのに……
 私ってなんでこんなに鈍感なんだろう?」
「咲、咲は全然悪くないよ……」
「だって、舞は気づいてた。満と薫がダークフォールから来たってことも
 舞は気づいてたのに私だけ何も気がつかなくて、それで……
 私も同じことに気がついてたら、もっと何か違うこともできたのかもしれないのに」
「何かって、何ラピ?」
「そんなのわかんないよ! 分かんないけど、別のことができたかもしれないって言ってるの!」
「咲……」
「これから、どうしたらいいんだろう私たち」
咲は大空の木を見上げた。上の方の葉が風に吹かれて揺れている。
「満さんと薫さんは……」
「満たちがいなくなったなんて、そんなのやだよ……」
「みちるー?」「かおるー?」
咲の持っていたバッグからムープとフープがひょっこりと顔を出す。

「みちるは帰ってくるって言ってたムプー」
「だからきっと帰ってくるフプー」
「あなたたちはそう思うの?」
舞は少し驚いて尋ねた。いくら何でも楽観的に過ぎないだろうか、そうも思った。
「そうムプー」
「信じるしかないフプー」
楽観なのか達観なのか。
この子たちは、とにかくくよくよと悩んだりすることがないのかもしれない。
「――そうだね、満と薫を信じよう」
「咲」
「私たちにはそれしかできないよ」
「うん……」
「それに、泉を取り返したら満と薫も取り返せるかもしれないし」
「咲、ちょっと……」
舞は咲を促すと、大空の木の下に立った。数日前のように木に抱きつく。
咲もそれに倣った。

私たちに、力をください。
友達を信じて前に進めるだけの力を。

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満はぼんやりと覚醒した。今まで夢を見ていた、と意識できるくらいに。
満と薫の二人はダークフォールの小さな闇の中に閉じ込められていた。
自分達のしたことを報告した上でアクダイカーンを説得しようとしたのだが
理解は得られず、こういうことになってしまった。

二人は今、大半の時間を眠って過ごしている。
眠らされている、というべきか。浅く意識の戻ることがあっても、
自らの意思とは関わりなく再び睡眠の中に引き摺り込まれていく。

――薫、咲、舞……ありがとう。
満は今見た夢を記憶に刻んでおこうとした。
夢の中の話であっても彼女達のことは自分の中に残しておきたい。

――また、会えたら……いつか、どこかで……

そこまで思ったところで、満の意識は再び闇の中へと沈みこまされた。


-完-

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