薫は風のように気まぐれだ。だから時々、不安になる。


ドロドロンが消滅して数日後。薫は放課後、屋上の清掃をする当番になっていた。
4人班に分かれて一週間ずつ交代で当番になるのだが、私と薫の間で
ちょうど班が分かれたので私は学校に残らなくても怪しまれる危険はない。
「……先、学校出てる」
「そう」
下らない決まりごとだが、いい機会だとわたしは思った。
一人になって少し考えたいこともある。

学校から海へと向かう道は夕日に照らされていた。わたしの影が長く地面に
伸びている。
凪。街の名の通り風は息を潜め、空気はすっかり止まっていた。

「あ、みちるお姉さん!」
落ち着いて考え事をしようと思った途端、聞いたことのある声に遮られた。
声の主は、ぱたぱたと走って近づいてきた。キュアブルームの妹。
「今日はかおるお姉さん一緒じゃないの?」
「いつも一緒ってわけじゃないわ」
「そうなんだ〜、あのねあのね、今度PANPAKAパンで夏の大感謝セールを
 するんだよ」
「そうなの」
下からにこにことした顔で見つめられる。
「お父さんが新しく作ったのも出してみるんだって。
 みのり、お父さんの新作すごく楽しみなんだ」
この子は本当によくしゃべる。「そうね」「そう」と適当に相槌を打って
わたしは話を聞いている振りをしていた。

「……で、だからね、みちるお姉さんとかおるお姉さんも来てね。
 お父さんの新作、絶対おいしいんだから!」
「そう……ね」
ふと、思った。緑の郷は遅かれ早かれアクダイカーン様の手に落ちる。
それなら少しくらい順序が変わっても……?
(わたしがこの子に何かしたら、薫は何と言うだろうか……?)
薫の口調を真似して、思ってみる。

「満」
薫の声がした。わたしの後ろから。夕凪中の制服を着て鞄を持った姿で、
いつものようにほとんど無表情で――少し眉を顰めてわたしを見ていた。

「あ、かおるお姉さん!」
薫は静かに歩いてくると、わたしとキュアブルームの妹の間に入り込んだ。
「あのねあのね、今みちるお姉さんにも話してたんだけどね、今度PANPAKAパンでね……」

声は、聞こえる。でもあの子の姿は見えない。薫の体はわたしの視界から
彼女の存在を隠すように位置していた。
「それでね、だからかおるお姉さんも来てね!」
「ええ、行かせてもらうわ」
するっと回りこんで彼女に言うと、彼女は満足したのか「ありがとう!」と
言ってぱたぱたと、飛び跳ねるようにして去っていった。

「無邪気なものね。わたし達が何かも知らないで」
「満」
「何?」
「あなたさっき何しようとしていたの?」
「別に何も。……わたしも薫に聞きたいことがあるんだけど」
「何?」
「あなた、わたしからあの子を隠そうとしていなかった?」
「……」
「守りたいってこと?緑の郷の連中を」
数日前と、ほとんど同じ質問。
「……まさか」
同じ答えが返ってきた。それだけ言って、薫は口を開こうとはしなくなった。
「もう、止めよ」
一方的にわたしは話を打ち切った。

わたしは隣を歩く薫の手を握る。薫は握り返すでもなく振り払うでもなく、
されるがままになっていた。風を掴んでいるように心もとない。
薫はわたしのすぐ近くにいるのに、どこか遠くへ行きつつあるような気がした。
(行かないでよ、薫……)
そんなことが言えるはずもなく、わたし達はただ無言で歩いていた。

「あーっ!満!薫!」
また能天気に明るい声が。わたしは薫の手を慌てて離し、
自転車に乗ってくるキュアブルームを見た。
「ちょうど良かった、これ貰ってくれない?」
PANPAKAパンの紙袋を差し出す。
「パン焼くのに挑戦してみたんだけど、失敗しちゃって……、
 あ、でも味は大丈夫だからね!見栄えがちょっと悪いけど、
 味だけは大丈夫だから!舞もおいしいって言ってくれたし、
 メロンパン風味、もし良かったら」
「そう。……もらうわ」
わたしが紙袋を受け取ると、キュアブルームは「ありがと!」と言ってまた
自転車に乗って去っていった。

「『ありがとう』、だって。貰った方が言うものなんじゃないの」
「満」
「何?」
薫はわたしの手を握った。少し痛いくらいに。
「一緒に行こう」
(どこへ……?)
わたしは薫に手を引かれるままに歩いていた。
具体的にどこの場所へ行くということもなく、わたし達は傍から見たら
闇雲に街を歩いているだけだっただろう。
しかし薫は何かの確信を持って歩いていた。
何か、自分のなすべきことを見つけたとでもいうように。

わたしは薫に手を引かれているだけで嬉しくて一緒に歩いていた。
(このまま、どこに連れて行かれてもいい……)
影の濃くなった街でわたしはそんなことを考えていた。

夕凪の時間は終わる。風がまた吹いてくる。
月が静かに昇り始めた。

-完-

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