話は大晦日に遡る。
なんだかんだで大掃除の遅れていた日向家であったが、
大晦日の夜にはお正月支度を終え年末特別番組を放映するTVの前に家族三人が集まっていた。

三人なのはみのりがいないからだ。
みのりは今、友達数人とクラスの子の伯父さんの家に泊まっている。その家は
牧場を経営しているそうで……、正月には小学生の子どもを集めて牛たちと
触れ合うイベントをするらしい。みのりたちもそこに招待されたというわけだ。

咲はみかんの皮をむきながら歌番組を見ていた。もうお風呂も終え、
気が向いたらいつでも眠れる姿勢になっている。
折角の大晦日なのでなんとなく夜更かしをしているだけで。

「咲、もう寝たら?」
退屈そうに演歌を聴いている咲にお母さんが声をかける。

「うーん」
咲はみかんの筋を取りながら答える。

「もうちょっと起きてる?」
「そう?」

――いつもなら、寝そうになるみのりを起こしたり、やっぱりもう寝なさいって言ったり
  咲もこの時間忙しいのにね。

普段なら、「もうみのりってば〜」と言っている咲が妙に詰まらなそうにしているのが
両親には面白く見えていた。

結局、12時に咲は自分の部屋に戻ってきた。いつも二人で使っている部屋は
今日はやけに広く思える。何となく違和感を覚えたが、「あ、そうか」と咲は思った。

――私、あんまり独りで寝たことないんだ。

小さい頃はお父さんやお母さんと一緒に寝ていた。6歳の時にみのりが産まれて、
それからはお父さんと一緒だった。
みのりが四つになった時に咲とみのりは今の部屋で二人で寝るようになったから、
咲が一人で寝たのは数えるほどしかない。

――みのり、大丈夫かなあ……

電気を消した暗い中で咲は何度も寝返りを打った。
今日は中々寝付けそうにない。


「満、今日の挨拶は確か『あけましておめでとうございます』でいいのよね?」
「そうよ。……去年もそうだったじゃない」
翌日。満と薫はいつもどおりにPANPAKAパンを訪ねようとしていた。
町の家々はほとんどみんなお飾りをつけていて、どこか浮き立った空気が流れている。
車もいつもより少ない。

「一年に一度の決まりがあるっていうのも難しいわ」
「キントレスキーたちのほうがこっちの世界に馴染んでるんじゃない、薫?」
からかうような口調で満がいうと、薫は仕方ないわと答える。

「あの人たちのほうがダークフォールにいた時から緑の郷に馴染んでたもの。ある意味で」
「ええそうね、ある意味で」

ダークフォールが消滅してからしばらく後、カレハーンやモエルンバをはじめとする
ダークフォールの住人は次々に復活し、――といってもゴーヤーンやアクダイカーンの
消滅した現在特に満や薫と敵対することもなく――緑の郷に住みついている。
それぞれ自分の趣味に生きているらしい。

「満さん、薫さん! あけましておめでとう!」
「あ、舞」
後ろからの越えに二人は振り返り、その姿に驚いた。白を基調として花をあしらった
デザインの着物は舞に良く似合う。

「? どうかしたの?」舞は急いでこちらに来たいようだがうまく走れないらしく、
結局ゆっくりとした足取りで近づいてくる。
「いつもと雰囲気が少し違って見えるから」
「あ、これ……」
薫の言葉に、舞は照れたように自分の着物の柄を見た。

「お母さんが若い頃着てたらしいの。田舎のおばあちゃんが送ってきて、どうしてもって」
「へえ」
「着ること滅多にないから、あんまり上手く動けなくて……」
ちょっと恥ずかしそうにしている舞を薫はしげしげと見る。

髪型も表情も普段と変わることはないのに、違って見えるのはやはり着物のせいだ。
絵を描きたい、と薫は思った。今この瞬間の舞を絵に残しておきたい。
「薫さん? どうしたの?」
「薫、何か考えごと?」
「……いえ、何でもないわ」
どうせ絵にするなら舞とみんなが一緒にいるときがいい。そんなチャンスがあるだろうか。
そんなことを考えながら薫は満と舞を促して咲の家へと向った。

「みんな、あけましておめでとー!」
PANPAKAパンが休みなので珍しく玄関から入ると――普段は店側から入ることが多い――
咲がどたどたと走ってきて三人を出迎える。
「おめでとう、咲!」
「わ、舞、可愛い!」
舞の姿に咲も歓声を上げる。咲は満や薫と同じようにいつもと変わらない格好だ。
舞は顔を赤らめて、着物を着るようになった事情を説明する。

「へえ〜、いいなあ。……とにかく、あがってよ! お母さんがみんなに
 渡したい物があるんだって!」
渡したい物? と思いながらも三人は「お邪魔します」と言って咲の家にはいる。
少し奥に行くと甘い匂いが皆の鼻を突いた。

「あらみんな! あけましておめでとう!」
咲のお母さんは――PANPAKAパンマークこそ入っていないが、エプロンをしているので
店に立っているようにも見えてしまう。

「はーい、たくさん食べてね」
咲のお母さんが「渡したい物」は、作りたてのお汁粉だった。
蓋を取るとふわりと湯気が浮かび上がり、甘い匂いが部屋中に広がる。

「お母さんが作りたくなったんだって!」
「ありがとうございます、頂きます!」
舞に釣られるようにして満と薫も「頂きます」と言ってお汁粉に手を伸ばす。
「そういえば、みのりちゃんは?」
薫が部屋の中をきょろきょろと見回した。
いつもなら、咲たち四人が集まっていれば必ずと言っていい程みのりが顔を出すものである。

「あ、みのりはね、今友達の親戚の家に泊まってるんだ」
「……あ。そうなの」
「うん、薫に言ってなかったっけ?」
咲は熱いお餅を伸ばして噛み切り、飲み込む。薫もそんな咲を見ながら
同じようにしてお汁粉を食べた。口の中を甘味が包み込む。

「明日まで、牧場で乳絞りとかしてるらしいよ」
「牧場?」
着物を汚さないように気をつけてゆっくりと食べている舞が
不思議そうな顔をする。

「うん。丑年のイベントみたい」
「へえ……」
「そうそう、このお餅」
咲のお母さんが台所から出てきた。自分の分のお汁粉を持って。

「商店街でキントレスキーさんがついたのを分けてもらったのよ」
「あ……そうなんですか」
満は微妙な表情を浮かべた。そういえばキントレスキーは除夜の鐘が終る頃には
スタンバイするべく出かけていったが。

「子ども達も喜んでたわ。お餅つきは三日まであるのよね?」
「そんな風に言ってました」
「それならみのりも行けるわ」
お汁粉を食べ終えた薫がほうっと息をつく。

「ねえ、他の……ミズ・シタターレとかカレハーンとかはどうしてるの?」
「それぞれよ」
満は簡単に答えた。
「大道芸やったりしてるわ。ドロドロンは……何かアルバイトがあるとかで
 出てったけど」
「アルバイト?」
きょとんとした顔をする舞に、

「ええ、何か動物の世話があるとかどうとか……」
薫が答える。
「みのりの行ってる牧場だったりして」
「まさか」
そんな偶然、と満は笑う。満が持っていた椀を置くのと同時に電話が鳴った。

「はいはい……」
咲のお母さんがすぐに出る。
「あ、みのり? あけましておめでとう。御迷惑かけてない?」
電話の相手の主はみのりらしい。みんな自然と電話の方から聞こえてくる声に
聞き耳を立ててしまう。

「あ、今ちょうど薫お姉さんたち来てるわよ。代わる?」
咲のお母さんのその声に薫はすぐに立ち上がった。

「薫ちゃん、何かみのりが代わって欲しいって……」
「はい」
素早く薫は電話に出る。
「もしもし」
「薫お姉さん、あけましておめでとう!」
「おめでとう」
くすりと薫は笑った。電話を挟んでいてもみのりの様子はいつもと変わらない。
「あのね、牧場って牛や馬が一杯いてすごく楽しいんだよ!」
「そう、良かったわね」
「ミルククッキーがすごくおいしいからお土産に持っていくね! あとね、それから
 ドロドロンさんがいたんだよ!」
「え!?」
思わず薫の声が大きくなった。みんな何事かと思って薫の方を見る。

「ドロドロンさん、お正月だけ牧場でお仕事なんだって! 明日の夜、一緒に帰るんだ!」
興奮しているみのりの声は大きい。
「そ……そうなの」
「商店街のお餅つきにも一緒に行こうって約束したんだよ!」
「そう」
「薫お姉さんも一緒に行こうね!」
「ええ、そうね」
「じゃあ、バイバイ!」
「バイバイ……」
薫は受話器を降ろす。振り返ると皆が自分の方を見ているのに気がついた。

「……どうかしたの、薫? みのり変なこと言ってた?」
「変なことってわけじゃないわ。……ドロドロンが牧場にいたって」
「ええ!?」
満と舞が同時に声を上げた。

「ほ、本当にそうだったんだ……」
咲もおかわりしたお汁粉の餅を取り落としそうになって慌てて箸でつまみ直している。

「薫、他には? みのりちゃん何か言ってたの?」
「お餅つきに一緒に行こうって。ドロドロンとも約束したらしいけど」
やや投げやりに言い捨てた薫に満はぷっと吹き出しそうになる。

「じゃ、じゃあ、三日はみんなでお餅つきに行きましょう」
「うん、そうだね!」
咲と舞がそんな風に三日のスケジュールを決める。と、薫はああそうだ、と言う風に
呟いた。

「舞。良かったら、三日もその着物、着てもらえるかしら?」
「え? どうして?」
舞は本当に薫の言っていることの理由が分からないらしく不思議そうな顔をしている。

「絵を、描きたいと思って。みんながいる、お正月の絵」
「ああ、なるほど」
咲が言い、舞もうんと頷く。
「着てみるね」
「そうね、みんなの絵――」
満がからかうような口調になった。

「ドロドロンもね」
そう言って笑っている満を軽く睨みつけながら薫はお汁粉のおかわりを貰った。
2009年も夕凪町は平和である。


-完-

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