舞は13年と少しの人生の間に、何度か引っ越しを経験している。覚えていない頃の
小さなときに引っ越しをしたこともあるし、学校に通うようになってからの
引っ越しもある。

小さなころは引っ越しと言っても舞自身がしなければいけないことは何もなかった。
とりあえず家の中で一番綺麗そうなスペースに
「ここでおとなしくしててね」
という言葉とともにちょんと残されて、それで言葉通りに家の片づけが
終わるのを静かにまっていればよかったのである。

だが年齢が大きくなり、舞自身の荷物も増え、自分の部屋まで与えられるようになってみると
引っ越し前の家の片づけも引っ越し後の家の片づけも中々に忙しく、
この大変さをかみしめるようにもなってきていた。

舞の両親はここ夕凪町にできればずっと住みたいようである。
二人の仕事が落ち着いてきたということもあるし、和也も今は高校生、
舞も中学生だ。子供たちに少し落ち着かせてあげたいと数年前から考えていたようである。

何年かに一度という頻度で引っ越しを経験している舞としては、ある程度
長い期間同じ町に住むというのがどういうことなのかピンと来ていない部分はあったが、
――楽しい学校だといいな。
と思ってはいた。これから通うことになる夕凪中のことである。
友達百人だなんてたいそうなことは望まないが、仲の良い友達が
できて早くなじめるといいなと漠然と思ってはいた。


だが、この町ではどうも、これまで考えもしていなかったことを経験することになりそうである。
先ほどから片づけと明日からの学校の支度をする舞の横で、部屋の隅にちょこんと
座っている白い精霊がそのことを証明している。
白い精霊――チョッピは、少し前から舞のスケッチブックの絵をしげしげと見つめていた。
舞が前の町で使っていたもので、風景画が多い。

「舞、これは何の絵チョピ?」
「なあに?」
チョッピに呼ばれて舞は絵を見るため部屋の隅まで歩み寄る。大判のスケッチブックは
チョッピの手で持つには少し大きい。
絵の中には、前に住んでいた町の駅前に建っていた銅像が描かれていた。

「これは銅像よ」
「銅像チョピ?」
「ええ。昔の偉い人を記念して、その姿を像に残してあるの」
「こんなに大きな人がいるのかと思ったチョピ」
絵の中には銅像のそばに生えていた木も描いてある。
それでチョッピは銅像の大きさが分かったのだろう。

「違うわ。その町では本当に尊敬されている人だったから、その像を建てるときに
 とにかく大きくしようと町の人たちが頑張ったんだって」
舞はそう答えながら、制服を作った店の袋を破いて明日から学校に着ていく予定の
真新しい制服を支度する。
チョッピは顔を上げてそんな舞を見た。制服を見つめる舞は少しばかり不安そうに見えた。

「舞?」
その空気を敏感に感じ取ったチョッピはぴょこぴょこと床を跳ねるように進んで
――床の上には、今舞が制服から外したばかりのビニールカバーが置いてあった――
ビニールの上でつるんと滑った。

「チョピ!?」
「チョッピ!?」
ビニールの上でころんとひっくり返ったチョッピを舞はあわてて抱え上げた。

「大丈夫? ごめんね、ビニール出しっぱなしにしてて」
「大丈夫チョピ」
舞はチョッピを左腕に抱えたままで――チョッピは落ちないようにしっかりと
舞の腕にしがみついていた――床の上のビニール袋を拾い上げて丸めると、
ゴミ箱の中へと押し込んだ。

「これは何か特別な服チョピ?」
チョッピが尋ねる。
チョッピは先ほどの舞の様子が気にかかっていたのである。
「これは制服っていうのよ。学校に着ていく服なの。
 今度から新しい学校だから」
チョッピというよりも自分に話しているかのように、舞は続けた。

「転校するのは初めてではないけれど、新しい学校ってやっぱり緊張するのよね。
 どんな学校でどんな人がいるか分からないし――」
「チョピ?」
チョッピは舞の腕の中で小首をかしげた。

「舞は昔、ここに住んでいたんじゃないチョピ?」
「昔って?」
「前の夏祭りの時チョピ」
五年前のことを言われてああと舞は納得した。

「あの時はね、ここからは少し離れた場所に住んでいたの。小学生だったし、
 お祭りのときやお母さんたちと一緒のときしかこの近くには来られなかったのよ」
だからこの町に知り合いはいない――と言いかけて舞は思い直した。
先ほど、トネリコの森で出会った彼女の姿が脳裏に浮かぶ。
五年前にも会っていた彼女は、もしかすると夕凪中の生徒なのではないだろうか。

――もしそうだったら……
どんなにいいか、と舞は思っていた。
五年前と、先ほどと。わずかな時間を一緒に過ごしただけなのに、舞の中には
奇妙なほど彼女を懐かしく思う気持ちが生まれていた。

チョッピは舞の気持ちが伝わったかのように、腕の中から抜け出すとぴょんぴょんと
ベッドの上を跳んで窓の外を見る。外はすっかり暗くなっており、
夜空にはもういくつもの星が輝いていた。

チョッピは、窓の外にトネリコの森や大空の町が見えないかと思ったのである。
先ほど、フラッピと一緒にプリキュアに出会ったその場所を見れば
咲たちのことをより強く思えるのではないかと、そんな気がした。
だが外は既に暗くなっていて大空の樹はよく分からず、代わりに
星の美しさの方がチョッピの目を奪った。

「お星さますごくきれいチョピ」
チョッピにそう言われて、舞もベッドの上から窓の外を見る。
春にしては珍しく澄んだ空は、輝く星々をいくつも抱え瞬かせていた。
「本当にね」
舞は、自分の家の屋上のドームにある望遠鏡のことを思い出した。
この家に当分落ち着くんだからと、父がどうしてもと言って設置したのだ。

「チョッピ、屋上に行ってみる?」
「屋上チョピ?」
「ええ。この家には面白いものがあるの」
屋上にあるドームはスイッチを動かすと屋根が開くようになっている。
屋上で舞が両手を使えるようにと舞の頭にしがみついたチョッピは、
開いていくその屋根に「チョピ!」と興奮の声をあげた。

「お空が見えるチョピ!」
舞の部屋と大して高さは変わらないのに、こうしてドームから見ると空が
ぐっと近くなったような気がするから不思議だ。
それからチョッピは、ドームの中央にどんと鎮座している
巨大な望遠鏡へと目を向けた。

「これは何チョピ?」
舞の頭の上、お団子状に束ねた髪にしがみつきながらチョッピは尋ねる。

「これはね、望遠鏡っていうの。小さな星を大きく拡大して
 見ることができるのよ」
お父さんやお兄ちゃんだったらここですぐ望遠鏡で星を見せてあげられるんだけど、
と舞は思った。一度使い方を見せてもらったはずだが、
今はっきりとは思い出せない。少し望遠鏡に触ってはみたものの、
あまり動かさないでいるほうがよさそうだった。

「ごめんねチョッピ、これはちょっと見せてあげられないけど――」
と舞は後頭部に乗っているチョッピに言いながらドームの外の夜空を見る。
その空に線を描くように、四つの星がすっときらめいて飛んだのが見えた。
目を大きく見開いた舞の顔に思わず笑顔が浮かぶ。チョッピも舞の
頭の上で舞と同じ顔をして流れ星の姿に喜んでいた。

「四つも飛んだチョピ!」
「そうね、四つも!」

「舞? ここにいたのか、珍しいな」
和也の声がして、興奮していたチョッピはあわててコミューンの姿に戻った。
舞は背中の後ろに手を回して落ちるコミューンを受け止める。
「母さんが夕食にしましょうってさ」
「すぐ行くわ」
「望遠鏡見てたのか?」
ううん、と舞は首を振った。

「ドームを開けただけ。さっき、流れ星が四つも見えたのよ」
「へえ、そりゃすごいな」
和也はスイッチを押してドームの天井を閉めた。

「今、特に流星群の季節でもないのに。願い事はした?」
「ああ……忘れてたわ」
「しておけばよかったのに。新しい学校でいい友達ができますように、とかさ」
「そうね」
舞は和也と一緒に階段を下りながら、手の中ではコミューンを撫でていた。
脳裏には大空の樹で今日起きたことが思い浮かぶ。

――そのお願いは、もしかするともうかなっているのかも……
舞はそう思ったが、口には出さないでおいた。

-完-

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