舞の描いている絵は幻想的な光をその中に映し出していた。チョッピは舞の部屋の
ベッドの上から目をきらきらと輝かせてそれを見ていた。
本当は、舞が頭の上でお団子状にまとめている髪の上にしがみついてそこから
絵を見るのが一番良く見えるのだろうけれど、頭の上で動くと絵を描いている途中の舞を
邪魔してしまうのでチョッピはベッドの上から舞の描く泉の郷の絵を見つめていた。
チョッピが舞の所に来てからもう数か月になる。

 * * *

「チョピ」
初めて舞の部屋に来たころ――それはつまり、舞がプリキュアになったばかりの頃――、
チョッピはコミューンの携帯をとっていることが多かった。

初めて舞の部屋に来たこの日も、机の上に乗ってコミューンから顔だけ出すと
時折小さな声でチョピチョピと言いながら辺りの様子を窺っていた。
舞の部屋はまだ引っ越しを終えたばかりで片づけが終わっていなかったので、
舞は自分の服や本、それに絵の道具と言ったものをあれこれとしまいながら――
思っていたよりも部屋は広く使えそうだった――時々、机の上のチョッピを見る。
教科書やノートを本棚の中にしまい終えた舞は、つと立ち上がると机の上の
コミューンを手に取ってチョッピと目を合わせた。
「ごめんね、ずっと片づけばっかりで」
チョッピが退屈してしまっているだろうと舞はそんな風に言ったが、チョッピは
首を振った。
「大丈夫チョピ」
「舞」
ノックの音とともに舞の兄、和也がドアを開けて部屋に入ってくる。
チョッピは慌てて顔を引っ込めてコミューンを閉じた。
「これ、舞のだろ? 僕の所に混ざってたから」
和也が抱えてきた段ボールの箱には、舞の本が何冊か入っていた。
「あ、ありがとうお兄ちゃん」
「リビングが片付いたらお茶にしようってさっき母さんが言ってたから、
 そのうち呼ばれるんじゃないかな……」
和也はそう言って、窺うように階段の方へと目を向ける。と、まるでタイミングを
はかったかのように階下から何かの食器が割れる高い音が聞こえてきた。
「まだしばらくかかりそうかも」
舞が困り顔でそういうと、和也は「そうだね」と答えて部屋に戻っていった。

ドアを閉めると、ぱかんとコミューンが開いてチョッピが再び顔を出す。
「舞、今の人は誰チョピ? 舞によく似てたチョピ」
「ああ、今のは私のお兄ちゃんなの」
舞はそう説明してから、
「チョッピはその中にいても周りの様子が見えるの?」
と首を傾げた。
「周りは見えないけど、雰囲気は伝わってくるチョピ」
「そういうことなの」
舞は納得して頷くと、
「じゃあ、下に行くときにチョッピのことも連れて行くわね。
 お父さんとお母さんがいるから」
本当はチョッピのことも紹介したいと舞は思う。ここでできた友達なのだし――しかし、
そういうわけにもいかない。

やがてリビングがようやく片付き、お茶の時間ということになった。
舞と一緒に下に行ったチョッピは、どこか舞と似た雰囲気のお父さんやお母さん、
それにお兄さんという三人の家族のことをしっかりと頭に刻みつけた。


その夜、真新しい夕凪中の制服とかばんを机のそばに支度する舞はどこか緊張した面持ちだった。
コミューンの中から顔だけを出してみていたチョッピは制服と鞄を見て、
「明日それを使うチョピ?」
と尋ねる。
「うん、そうよ。これから行く中学校の制服と鞄なの」
中学校? とチョッピが首を傾げたので、あっと舞は思った。
チョッピは異世界から来たのだから、学校のこともきっと知らないのだ。
「私たちはね、平日は毎日学校っていうところに行くの。そこで勉強するのよ」
そんな風に舞は説明して、
「それで、その学校に行く時には指定の服を着て、鞄を使うように決まっている場合があるの」
「舞が今度行く学校もそうチョピ?」
「ええ、そうよ」
「どんな学校チョピ?」
「ええと……」
舞は言葉に詰まる。実際に登校するのは明日が初めてだ。
春休みの間に手続きなどの諸々で行ったことはあるが、その時はちょうど生徒たちが
誰もいなかったので、「静かで綺麗な学校」という印象しか舞にはない。
きっと明日行ってみたら全然印象が違うだろう。

「私もね、明日行くのが初めてみたいなものなの。引っ越してきたばかりだから」
「そうチョピ?」
「ええ」
舞は静かに頷く。その表情にはわずかに緊張の色が浮かんでいた。
チョッピはぽんと音を立ててコミューン携帯から本来の姿に戻ると、
机の上をちょこちょこと歩いて舞のそばに寄った。
「チョッピもコミューンになって一緒に行くチョピ」
明るい声で、そう告げる。チョッピが自分のことを励まそうとしてくれているのだと
舞には分かった。
「そうね、一緒に行きましょう」
と舞はチョッピの頭を軽く撫でる。
そういえば、と舞は改めて机の前の椅子に座るとチョッピを見た。
「ねえ、チョッピ……あの子、プリキュアに一緒に変身したあの子、 
 私名前聞くの忘れちゃったんだけど」
「大丈夫チョピ」
心配そうに尋ねる舞に、チョッピは請け合った。
「きっとすぐに会えるチョピ。二人は強い絆で結ばれてるチョピ」
「そうなの?」
「そうチョピ!」
チョッピは力強く断言する。
――そういえば、昔会った時もなんだかもう一度会うような気がしたっけ。……
と舞は、名前を知らないあの女の子の顔を思い浮かべた。

 * * *

事態は、フラッピやチョッピが思っていたよりもスムーズに進行した。
咲と舞は同じ学校のしかも同じクラスで、すぐに仲良くなった。
カレハーンは何度も何度もフラッピ達を狙ってきたが、
プリキュアに変身した咲と舞がその度に頑張って
カレハーンを撃退してきた。

そして彼の持っていた奇跡の雫が七つ揃った時、樹の泉が
元の泉の姿を取り戻した。声を聞くことはできなかったけれど、
フィーリア王女の姿も見ることができた。

何もかも、予想外にうまくいっている。
もちろんダークフォールはすぐに次の刺客を送ってきたが。
今のところはなんとかなっていr。

思った以上にうまく行っているのに……

――どうして、こんな気持ちになるチョピ?

チョッピは夜、舞が勉強している時に部屋の窓から夜空を見上げることが増えた。
窓から見える空は小さく切り取られている。
チョッピの場合、窓を開けて身を乗り出すわけにもいかないのでなおのことだ。
日によってはその小さな空の中に月が見えることもある。

この日、この時間には月が見えなかった。チョッピは小さい空を
見上げて一つため息をついた。

「……?」
舞はチョッピのそんな様子に気づいて、勉強をしている手を止める。
「どうしたの、チョッピ?」
声をかけられたチョッピは慌てて舞の方を振り返ると、
「何でもないチョピ」
と取り繕った。

「空を見ていたの?」
「そうチョピ」
舞はチョッピの隣に並んでチョッピと同じように窓の向こうの空を見た。

空はやはり、よくは見えない。

「庭に出てみる?」
「舞は宿題があるチョピ」
チョッピがそう遠慮すると、
「もうすぐ終わりそうだから、大丈夫よ。ちょっとだけ、行ってみましょう」
と舞はチョッピを抱いて部屋を出ると階下に降りる。
リビングに和也がいるのに気づくと、チョッピはぽんとコミューンの形態に
姿を変えた。

「ん?」
その音が聞こえたかのように牛乳を飲んでいた和也が振り返って舞の方に
視線を向けたので舞はコミューンを慌てて自分の背中の後ろに隠す。

「どうしたんだ、舞」
「あ、あの、宿題が一段落しそうだから」
「ふうん」
くいっと和也は牛乳瓶を傾けて一滴残らず飲み干すと、
「母さんは今日、思ってたより遅くなりそうだってさ」
と言いながら牛乳瓶を洗って片づけ、部屋を出ていく。
舞はほっと息をつくとコミューンを自分の身体の前にだし、
「チョッピ、庭に行きましょう」
と声をかけた。チョッピがぽわんと元の姿に戻り舞の腕の中に抱きしめられる。
リビングの窓をからりと開けて庭に出る。
初め、夜空に星は見えなかった。だが次第に、黒い空を背景にして
小さく光り輝く星たちの姿が舞とチョッピにも見えるようになってきた。

今夜は月の姿は見えない。もう沈んでしまったのかもしれない。
「チョピ……」
小さな声を上げて、チョッピはじっと夜空を見ていた。舞はそんなチョッピを
抱きかかえながら、
「星がきれいね」
と呟く。
「本当にきれいチョピ」
と答えるその声は少し元気がなさそうで、舞は不思議に思った。
「どうしたのチョッピ?」
「チョピ?」
不思議そうに、チョッピは舞の顔を見上げる。
「寒い?」
舞がそう思って尋ねてみると、
「そんなことないチョピ」
とチョッピは答える。
その口調はいつものチョッピのもので、元気がないように感じたのは
気のせいかもしれないと舞は思った。

――お星さまは泉の郷に良く似てるチョピ……

チョッピはそんな風に思っていた。星の並びは、泉の郷で見ていたそれとは少し違う。
それでも夜空に輝く姿は、泉の郷の空に輝いていた星の姿に良く似ていた。

元の姿に戻った樹の泉を見たからかもしれない。
チョッピが最後に見た枯れ果てた泉の姿ではなく、美しい水を湛えた
その姿を見てしまったから。

ホームシックと言える感情がチョッピに生まれ始めていたのだが、
本人も舞もまだそのことに気づいていなかった。

 * * *

舞の描いている絵は幻想的な光をその中に映し出していた。
チョッピが寂しいという気持ちを舞にやっと話して泣いた後、
舞はチョッピの話す泉の郷の光景を懸命に絵に残そうとしていた。

チョッピは目を輝かせてその絵ができていく様子を見守っていく。
時折、舞がふと手を止めるとチョッピは少し心配になるが
また絵に筆を動かしていくとチョッピの覚えている泉の郷にますます
近くなってくる。

チョッピは絵の完成が楽しみで、じっと舞とその絵を見つめていた。


-完-

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