「舞、今日はありがとう。すっかり遅くなっちゃったね」
「ううん、いいの。みのりちゃんがあんなに喜んでくれたから」
 絵を描くために紫陽花を見に行った帰り、わたしは咲に家まで送ってもらいました。
日が長くなったとはいえ夕焼けの橙色も薄れ、街灯が点滅を始めていた頃です。

「そういえば、みのりちゃん……その、何も見なかったみたい?」
 声を潜めて問いかけると、咲も珍しく小さな声で答えてきました。
「うん、さっきちょっと聞いてみたんだけど、あたし達が戦ってるとき
 ちょうど雨が降ってきたから、薫と一緒にあまり濡れない場所に移動してたみたい」
「じゃあ」
「多分、何も見てないと思うナリ。偶然だけど、満と薫が一緒に来てくれてて
 本当に助かったよね!」
「そうね」
 今朝のことを思い出して、わたしは少し笑いました。
「舞、なになに?」
「ううん、咲とみのりちゃんって本当に似てるなって思って」
「え?どこが?」
 自分だと意外と分からないのかな。
「舞、笑ってないで答えてよ〜。どの辺?」
「うーんと、ね。誰かを誘うのがすごく上手いところとか……」
 もしも咲やみのりちゃんがいなかったら、わたしだけだったら、
今日満さんたちと一緒に紫陽花を見に行くなんてできなかったでしょう。
それどころか、学校で話をすることもあまりできなかったかもしれません。
 風がゆっくりと吹き始めます。もうすぐ月も見えるでしょう。
歩いているうちに私の家が見えてきました。
「咲、送ってくれてありがとう」
「お安い御用ナリ〜」
「待ってて、お兄ちゃん呼んでくるから。咲のこと送ってもらうから」
「え!?いいよいいよ、あたし走ればすぐだから!」
「だってもう暗いのに」
「いいのいいの、じゃあねー、また明日!」
 咲は顔を少し赤くして、すぐに全力疾走で走っていってしまいました。
 ――遠慮することないのに。

 空に光る星たちは空気の中で揺らめき瞬いていました。
今日は雨が降ったからその分夜空は綺麗です。
「雨が降ると、空に浮かんでいる塵や埃が洗い流されるんだよ。
 それだけ、星が良く見えるようになるんだ」……と、これは昔お父さんが
教えてくれたことですが、その言葉どおりこの日の夜空に光る星は
いつもよりずっと鮮やかに輝いているように見えました。
 ――この空……
思いついたことがありました。


「うんうん、ナイスアイディアなり〜」
 翌日の放課後、咲に相談してみると。咲はすぐに賛成してくれました。
「満さんも薫さんも、紫陽花を見て楽しんでくれたみたいだし、
 そういうの嫌いじゃないと思うの」
 わたしが思いついたのは天体観測のことです。わたしの家で開く観測会に
満さんと薫さんを誘いたいんだけど、と咲に持ちかけたのでした。
「ぜーったい好きだと思うよ、そういうの!
 て言うか、舞の家のあの大っきい望遠鏡でしょ?
 きっと星がすごーく大きく見えるんだよね!えへへ、楽しみ〜」
「本当?じゃあ明日にでも満さんたちを誘って……」
「じゃあさ、他の人も誘おうよ。大勢でわいわいしながら見たほうが
 楽しいし!」
「そうね、えーっとじゃあ……」
 教室にはまだ何人かクラスメイトが残っていました。
 満さん達はもう帰ってしまっていましたが。
「仁美ー!健太!ちょっとちょっと」
 咲は教室の真ん中の方にいる二人に向かってぶんぶんと手を振ります。
「何?」
「なんだよ」
「舞の家の望遠鏡で星見るんだけど、二人も来ない?」
「面白そうだな」「えーマジで!?行く行く!」
「満と薫も後で誘うつもりなんだけど、大勢の方が楽しいし」
「霧生さん達も?……よし、じゃあ俺のセンス溢れるギャグを用意して」
「え」
 わたし達は一瞬固まりました。
「今度こそあの二人を爆笑させてみせる」
「健太、それ絶対無理!」「マジ無理だから!寒いだけ!」
「なんだよ、そこまで言うことないだろ!」
「ま……まあまあ……」
 言い合いはいつものようになんとなく収まりました。
「でもまだ誘ってないから、二人が来てくれるかどうか分からないんだけどね」
「用事なければ、来るんじゃない?霧生さん達、咲たちのこと
 マジ好きだから」
「え」
 わたしと咲が驚いていると、言葉は続きました。
「だって、霧生さん達が二人を見る目、何か他の人を見る目と違うし」
「え〜そうかなあ。……て言うか、みんなも二人のこと、満、薫とか呼んだり
 すればいいんだよ!霧生さんなんて言ってないでさ」
 咲はまた少し顔を赤くしています。
「それ、咲にしかできないって、中々」
「そうかなあ……」
 ――やっぱり咲が凄いんだよ。
わたしは満さんと薫さんが転校してきたときに思った事を思い出しました。

 家に帰って地図を描いている時、少し興が乗りました。
満さん達がわたしの家に来るとき迷わないようにと描いていたのですけれど。

 ――折角だからポスター風にしようかな。
メモ用紙をもっと大きな紙に代えて、色もつけることにして。
 ――咲も描いちゃお。
 ディフォルメした咲を下のほうに描いて、スペースが余ったので、
ついでにわたしも描いておきました。
咲がわたしの少し前を進んでくれているような絵になりました。

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木の香りがします。嫌いな匂いではないのです。
満さんと薫さんに貸したマフラーから、木の香りがほのかに漂ってきます。

天体観測を終えた夜、わたしは部屋から一人満月を見上げていました。
マフラーについていた木の葉。
満月の前に浮かんでいた人影。
ウザイナーを操る敵が見当たらなかったこと。
全てを総合すると、答えは一つしかないように思われました。

月は沈みます。風は止まります。
眠れないでいるうちに朝がやって来ます。

学校に行って、咲や満さんや薫さんに会う時間が近づいて来ます。

-完-

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