夕凪中の屋上。この寒い時期には珍しく、咲と舞、満と薫の4人は輪になって座って
お弁当をつついていた。
屋上は4人がよくお弁当を食べるお気に入りスポットだが――あまり人が来ないので
込み入った話をしやすいというのもある――寒くなってくると元気な4人といえども
さすがにここに来ることはなくなってくる。

この日は少し春めいたぽかぽかとした陽気で、久しぶりに4人は屋上へと足を伸ばしてみたのだ。

「やっぱり、春になってきてるのね」
吹いてきた風を感じて舞が呟く。少し前まで凍り付くような寒さだった風も、
この日は穏やかに4人の顔を撫でていった。
「そうね、本当に。部活も楽になってきてるんじゃない、咲?」
満はそう言って咲を見た。咲はお弁当箱の中に入っている卵焼きを口にいれようと
しているところだったが、満の言葉が聞こえないかのように黙っている。

「……咲?」
満が不思議そうに咲の顔を覗き込んだ。咲はやっと気づいたように声を上げてのけぞる。
「みみ、満!? 何?」
「何、じゃないわよ。人に話しかけられても気づかないで」
「ごめんごめん」
咲は笑って謝ってから、「ちょっと気になることがあって」と付け足す。
他の3人はおや、という顔をすると、
「どうしたの?」
と代表のように舞が聞いた。

「うん。みのりのことなんだけどね――」
その言葉に反応するように、これまで黙って会話を聞いていた薫がぴくりと眉を動かした。

「みのりちゃんがどうかしたの?」
舞の言葉に、うん、と咲は返事を返す。
「何があったか良く分からないんだけど、昨日夕食の時から元気がなくて。
 学校で何かあったのかな……」
「聞いてみたの?」
うん、と咲は舞に頷いた。「でも、大丈夫って言うだけで。何だろう……」
 
「薫は? 何か知らないの?」
満は薫に目を向ける。薫は生真面目な顔で咲の話を聞いていたが、
「昨日は会ってないの」
と答える。

「ふ〜ん、じゃあ、薫が原因じゃないんだ」
軽口をたたく満を薫がむっとして睨みつける。
「そりゃそうだよ! 薫じゃないよ!」
咲は慌てて、
「それに、単なる気分だったのかもしれないし。歯が痛かったとかそんなことかもしれないし……」
と取り繕う。
「今日の夜もまだ元気がなかったらもう一回聞いてみた方がいいんじゃない?」
舞の言葉に、咲はうんと頷いた。

 * * *

……とは、いっても。みのりの元気がなかったという情報を聞いて、
今日の夜まで様子を見ていられるほど薫は悠長ではないのである。

授業が終わった放課後、薫はみのりの小学校に様子を見に行ってみた。
もちろん、小学生はもうとっくの昔に学校から出ている。
すぐに咲とみのりが住むPANPAKAパンに足を向けたが、家にもみのりはいない。
こうなると、たぶん友達と遊んでいるのだろう。
小学生がよく集まっている公園に行ってみると、みのりはそこで学校の友達と野球をしていた。
楽しく遊んでいるようなので――学校の友達とのトラブルはなさそうだ――、
邪魔はしないで終わるのを待とうと薫は考える。
小学生に下校を促すチャイムが鳴るまで薫は他所で時間をつぶし、
みのりが他の子と別れて一人になるのを待った。そして、さりげなく
「みのりちゃん」
「あ、薫お姉さん」
みのりは薫を見て笑顔になる。その笑顔はいつもと変わらず、咲が言っていた
「元気がなかった」という話は何だったのだろうと薫は思った。

――もしかしたら、本当に単なる気分だったのかも。さっきもお友達と元気に遊んでいたし……。

薫は内心、そう思う。みのりは薫が自分のところに来たのは偶然だと疑っていない様子で、
「薫お姉さんも今帰るところ?」
「ええ。みのりちゃんも」
「うん」
この時期、日が落ちるのは早い。まだ一応かすかに夕陽は見えるものの、
空には星が輝き始めている。みのりに合わせてゆっくりと歩きながら、薫は星空を見上げていた。
星はいつものように静かに瞬いている――。

「薫お姉さん」
みのりの声が急に沈んだ。えっと薫は思ったものの、
「なに?」
と、なるべくいつものように答える。
「あの星、見える?」
とみのりが指した先にはオリオン座が輝いていた。冬の夜空の王のように、その存在を誇示している。
「オリオン座?」
「うん、その中の左上の」
「ベテルギウスね」
ベテルギウスは、オリオン座の左肩の部分にあたる赤い星である。冬の大三角形を形成する星でもある。
「最近、あの星暗いでしょ?」
薫は改めてベテルギウスを見た。確かに、記憶にあるベテルギウスの姿よりやや暗い。
そういえばニュースでベテルギウスに関する話を聞いたことがあるような気がする。

「もうすぐ爆発してなくなっちゃうんだって」
そうだ、そういう話だった。みのりの言葉を聞いて薫は思い出した。ベテルギウスは寿命を
迎えつつあり、いずれ超新星爆発を起こして消えてしまう。
今、地球上で見えているベテルギウスの姿は600年ほど前のものなので――
ベテルギウスの光が地球に届くまでに600年ほどかかるからだ――、現在すでにベテルギウスは存在していない可能性すらあるという話だった。

「昨日ね、舞お姉ちゃんのお兄ちゃんに聞いたの。
 もしあの星に地球みたいな惑星があったら、そこに住んでた人たちは
 きっとみんないなくなっちゃったんじゃないかなって」
薫は黙って、ベテルギウスを見上げた。もしも、ベテルギウスに惑星があったなら。
そこに何か、生き物が住んでいたのなら。彼らはきっと、一瞬にして存在が消えてしまう――もしかしたら、もう消えてしまっている――だろう。
もしかしたら生き物にあふれていたのかもしれない宇宙の一角から、突然生き物が
消えて沈黙の空間になってしまったのかもしれないのだ。
薫は想像して、ぞくりとした。

 * * *

そのころ。舞の兄の和也は妹の舞から――怒られていた。
帰宅した舞が、みのりちゃん昨日元気なかったみたいと話したことに、
和也が「昨日みのりちゃんが帰るときに一緒になったから星の話したよ」と答えたのだ。

「そうなの? その時、みのりちゃんいつも通りだった?」
「うん。そうだったと思うけど。ベテルギウスの話して――ああそうそう、
 みのりちゃんって想像力豊かだよね、ベテルギウスの惑星にもし人がいたらどうなるの? なんて話して……」
「……どうなるの? もし人がいたら」
「そりゃ、惑星自体が消滅しちゃうだろうからさ……」
当たり前のように和也は言う。和也にしてみれば、これは単なるシミュレーションの一種である。
そもそもべテルギウスに惑星があるかどうかも分からないのだし。

「お兄ちゃん、それみのりちゃんに言ったの?」
「うん」
「それが原因じゃないの? みのりちゃんが元気なかったの」
「えっ?」
和也はきょとんとした表情を浮かべた。
「いや、だって……、ベテルギウスに惑星があるかどうかも分からないし、
 惑星があったとしてもそこに生き物がいるのかどうかも分からないし、
 単なる仮定の話なんだからそんなにショックを受けるようなことじゃ」
「お兄ちゃんよりずっとみのりちゃんは感受性が豊かなのよ!」
びしっと舞が決めつける。
「えっ、いや、うーん、そうかもしれないけど。……」
意外な指摘に和也はうろたえた。何とかして、と舞に言われて、
いやどうすればいいんだと考える。

 * * *

ベテルギウスの惑星だけではない。この地球からも命が消えた瞬間はあったのだ。
薫はみのりとの会話の中でそんなことも思い出していた。
薫と、咲、舞と満。4人が真の姿を現したゴーヤーンと対峙した時。
あの時、この地球から――おそらく、すべての宇宙から――命が消えた瞬間は
確かにあった。
ただ、4人が精霊たちと共に希望を失わなかったことで奇跡が起きたのである。

「きっと」
みのりの隣で歩きながら薫が呟く。ん? というように、みのりは薫を見上げた。
「きっと、あの星の近くで生きている人たちにも奇跡は起きていると思う――誰かが、何かを守っているような……」
「……」
みのりは黙って薫を見ていた。薫が言っていることは具体的には良く分からなかったが、
薫の言葉には、薫自身がそう思っているに違いないと思える何かがあった。


「おーい、みのりちゃん!」
少し遠くから声がする。二人が立ち止まって声のした方を見ると、自転車に乗った和也が
ぴゅっと走ってきて止まった。

「和也お兄さん」
「やあ、みのりちゃん。昨日言い忘れたことがあって。ほら、ベテルギウスのことだよ」
和也は、ここまでくる間に必死に知恵を絞って編み出した考えを話し始める。

「これまで、天文学者たちは人間が住めそうな惑星を探してきたんだ。
 いくつか候補として考えられている星もあるんだよ。もちろん、まだまだ実現はしないけどね」
みのりがきょとんとした表情をしているのを見て、和也はさらに言葉を続ける。

「ベテルギウスの惑星の人たちも、きっと必死に他の星に住めるように考えたと思うよ。
 きっと――うまくいったんじゃないかな。宇宙にはいくつも星がある。
 その中にはベテルギウスの人たちが住めた星も、きっと」
もちろん、和也の言葉に根拠と言えるようなものはない。みのりがショックを受けていた
らしいと聞いたので、ひねり出した理屈である。

「うん」
と、みのりは答える。和也が自分を慰めに来たことは十分に伝わってきた。
「ありがとう和也お兄さん」
そういうと、和也はほっとした表情を見せた。


みのりは手を伸ばして薫と手をつなぐと、星の瞬く夜空の下をゆっくりと家へと向かっていく。
ベテルギウスのそばで、奇跡は、きっと起きている。
それは和也の言ったようなことなのかもしれないし、全然違うことなのかもしれない。
とにかく誰かが何かを守ろうとして頑張っているに違いない――と、みのりは信じることにした。

-完-
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