歩きながら、みのりは無言だった。俯くような姿勢でとぼとぼと海岸を歩いていた。
夕凪中ソフト部キャプテンらしくもない。

――うまくいかないなあ……。
足元に手ごろな石を見つけると立ち止まり、海に向かってひゅっと投げる。
いつもとは違うフォームから放たれた石は二度海面でジャンプしてそのまま海の中に消えた。

予想外に良い結果だったがみのりはそれでは満たされないかのようにはあとため息をつく。
「……どうしたの?」
大人びた声がみのりに聞こえてきた。
「薫さん」
みのりはやっぱり浮かない顔だ。薫は大学からの帰りと言った様子で、
肩に大きな鞄をかけている。いつものようにスケッチブックが入っているのだろう。

「元気ないじゃない」
くすりと薫が笑う。みのりはもう随分背も高くなり、咲とあまり身長が変わらない。
薫との慎重さも大分縮まったのだが、こんな笑い方をされると初めて薫に会った頃のように
自分が子供に思える。

「……うん。ちょっと困ってて……」
「困ってる?」
薫がぴくりと眉を動かした。
「うん。みんな逃げちゃって……」
どんな話だろう。薫はごくわずかに身体の力を抜いた。どんなに長い話でもここで
聞き続ける、と言うように。みのりはそんな薫を見て一瞬躊躇うが意を決したように
口を開く。

「ね、薫お姉さん」
「どうしたのみのりちゃん?」
優しい笑みを浮かべた薫にみのりは背中を押されたような気分になる。
こうしていると本当に子供の時に戻ったみたいだ。

「お願い、聞いてくれる?」
「いいわよ。私にできることなら何でも」
薫は躊躇しなかった。その素早さがお世辞でもなんでもなく、本心であることをうかがわせる。

「あのね、そしたら……」
だんだん小さくなっていくみのりの声に薫は耳をそばだてる。

「海原商店街ののど自慢に、一緒に出てほしいの」
薫は思わず固まった。


「へー、そんなことになったんだ」
この日もPANPAKAパンには咲と舞、それに満がいた。
満も今はおやつということで休憩を取っている。
にこにことみのりは四人に説明を続ける。

「だからね、薫お姉さんと二人で出るんだよ」
「薫、いいの?」
いつもと比べても表情の固い薫に咲が心配そうに尋ねた。
薫は一応頷いたものの、無言のままだ。

「薫がのど自慢ねー、楽しみ。みのりちゃん、薫のことよろしくね」
にやにやとした笑いを浮かべる満を薫はみのりに気づかれないように
睨みつける。
「うん、薫お姉さん、がんばろうね!」
「う……うん」
頼りなく薫は頷く。
「衣装も考えるの?」
舞が聞くと、みのりはうんと答えた。
「お姉ちゃんたちの時は猿とプードルだったでしょ?
 私たちは……どうしよう、薫お姉さん」
「え……私は、何でも……」
「曲決め手からの方がいいんじゃない?」
咲が言うと、みのりは「そうだね」と答えてから少し考える。

「ねえ薫お姉さん、今、時間ある?」
「あ……あるけど」
「じゃあ、カラオケ行って曲決めちゃお!」
薫が何か言ったのか、咲たちにはもう聞き取れなかった。
みのりは走るようにして薫を連れて家を出て行ってしまっていた。

「満、大丈夫かなあ?」
みたらし団子を頬張っている満に咲が心配そうに話しかける。
「大丈夫って何が?」
「嫌がってたりしないかな」
満は湯飲みのお茶を飲み団子を飲み込むと、「何を嫌がるのよ」と呆れたように答える。
「みのちりゃんと一緒に遊べるんだもの、嫌がることなんて何もないわよ」
「あ……でも、恥ずかしがってたり……」
舞の言葉に満はぱたぱたと手を振った。

「たまにはこのくらいのことあった方がいいのよ。薫には」
――大丈夫かなあ……
咲と舞は顔を見合わせた。満の言っていることは分かる。
分かるが、姉妹ゆえに妙に薫に手厳しくなっているような気もする。

「大丈夫よ」
二人の気持ちを見抜いたかのように満は言った。
「薫は別に音痴ってわけでもないし……嫌ならとっくにそう言ってるわよ」
満はすましてお茶を飲む。まだ少し不安そうな表情を浮かべている咲と舞を見ると、
「みのりちゃんは咲の妹だから」
と付け加えた。
「へ? どういう意味?」
目を丸くする咲を見て満は何か言いたげな微笑を浮かべる。

「咲に似て、強引そうに見えても気をつけるところは気をつけてるってことよ。
 ……でしょ、舞?」
「……それはそうかもしれないわ」
「え? なんで、舞に聞くの?」
満と舞の間できょろきょろと左右に首を振っている咲を見ながら舞と満は笑いを漏らした。


「ねえ薫お姉さん、どんな歌にする?」
カラオケボックスの室内は薄暗い。みのりが分厚い歌のリストを開いて薫に尋ねている。

「私は……特に……」
薫の言葉は歯切れが悪い。カラオケボックスに来るのも初めてだ。
「こんなのどう? こんなのは?」
みのりの指した2、3曲は薫の知らないものだ。最近の中学生の間ではやっているのかもしれない。

「……」
薫が黙っていると、みのりは突然本を閉じた。
「ねえ、薫さん」
「……何?」
みのりに真剣な目を向けられて薫はややうろたえる。
「ひょっとして、のど自慢出るの嫌だった?」
「え?」
カラオケボックスの中は静かだ。みのりがいつもと違って低い声を出すとその
静かさが余計に感じられる。

「もし、薫さんが嫌だったら……」
「ち、違うわ」
薫は慌ててみのりの言葉を打ち消した。
「嫌なんじゃないわ……ただ」
「ただ……?」
みのりの目が薫を見上げる。どんなにうまくごまかしても見透かしてしまいそうな目だ。

「ただ、私はこういうことに慣れていないから……少し、恥ずかしい」
膝の上においた薫の手にみのりは自分の両手を重ねた。
「薫お姉さんが歌上手なの知ってるよ。時々小さく歌ってるよね?」
薫の顔に朱がのぼった。確かにお手伝いをしている時につい口ずさんでしまうことはあるが。

「それは……」
「薫お姉さんが楽しく歌ってくれたらきっと聞いてるみんなびっくりすると思うんだ。
 それに……みのりもちょっとだけ恥ずかしいんだ」
「え?」
薫は思わず姿勢を正した。
「のど自慢って、本当は一人で出てもいいんだよ。でも、ちょっと恥ずかしいから……、
 誰か好きな人と一緒だったら恥ずかしくないって思って、それでみんなや薫お姉さんを
 誘ったんだけど」
「……みのりちゃん」
分かったわと薫は呟いた。
「……恥ずかしいけど、頑張ってみる」
「本当、薫お姉さん!?」
「ええ、約束するわ」
「じゃあ、まず曲決めよう!」
みのりは再び本を開いた。今度は薫も真面目に見る。

―― 一時間後、二人の曲はうちやえゆかの「奇跡の雫」に決まった。
衣装作りも練習も、まだこれからだ。

-完-

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