「う〜ん、と」
スーパーマーケットのお菓子売り場でみのりは頭を悩ませていた。所持金は300円。
このお金でいかに大好きなお菓子をたくさん買うかが勝負になる。

安めに売ってくれるのはありがたいのだが97円とか54円と言った半端な値段のお菓子を
いくつか取ると、合計金額がいくらになるのか良く分からなくなってしまう。大雑把に
値段を計算すればいいのだが、学校で習ったとおりに生真面目に足し算を実行しては良く
分からなくなって同じお菓子を戻してはまた籠に入れていた。

「ふう〜」
一番好きなお菓子を買うことだけが決まっているが、残りが中々決まらない。と言って、
300円の制限ぎりぎりまで買わないのは惜しい。

「……どうしたの?」
「わっ!? 薫お姉さん!」
聞きなれた声に振り返ると薫が真後ろに立っていた。今来たところという様子ではなく、
少し前からすぐ後ろにいたようだ。

「いつからいたの?」
「2分くらい前かしら。真剣に見ているから声がかけにくかったの」
そう答えた上で、どうしたの、と改めて尋ねる。
「うーんとね、今これだけ買おうかと思ってるんだけど、」
みのりは籠の中を薫に見せた。
「いくらか分からなくて」
「163円ね」
お菓子を一瞥して薫は即座に計算する。みのりはえ?という表情をしたが、
「ありがとう薫お姉さん、じゃあ後えーと、300円までしか買えないんだから……」
「300から163を引けばいいわ」
今度は正解を教えてくれない。みのりは籠を一度足元に置くと空中に300、163という
数字を書いて筆算をするつもりになってみる。

「1……37……円?」
恐る恐る薫の顔を窺うと、
「ええ、そうよ」
返事と微笑が一緒になって帰ってくる。
「そっか、じゃあ、うーんと……」
いくつか目星をつけていたお菓子の中から二つを選び、
「これとこれ、買っても大丈夫だよね?」
「96円と25円ね。足したらいくら?」
「えっと、」
また籠を置こうとしたら今度は薫が持ってくれた。再び空中に文字を書いて計算する。
「121円かな?」
「そうね」
にっこり笑って薫から籠を受け取ると今選んだお菓子を両方とも籠の中に入れる。

「これでおしまいなの?」
「うん。300円しか買えないから。薫お姉さんは、お買い物?」
「ええ、今夜の夕食を」
すかすかなみのりの籠とは違い、薫の籠には沢山の食材が入っていて重そうだ。
「みのりちゃんはおつかい?」
二人は連れ立ってレジの列へと向う。
「うん、明日遠足なんだ! だからそのお菓子を買ったの」
「遠足?」
初めて聞く言葉だった。薫は思わず「遠足って何?」と聞きそうになったが
知っていて当たり前らしい言葉だと感じて辛うじて踏みとどまった。

「みんなでね、海原市にある山に登りに行くんだよ」
「みんなって、咲たちも?」
え、とみのりが意外そうに言葉を漏らす。
「学校のみんなだよ。お姉ちゃんは中学生だもん」
「そ、そう……」
不思議そうな顔をみのりはしているが、幸いなことにレジに着いた。何となくごまかして
レジに並び会計をする。
スーパーを出てからは、みのりが明日行くと言う山の話を聞きながら二人は歩いていった。
向う先はPANPAKAパンだ。

「ただいまー」玄関からみのりが飛び込んでいく。お邪魔します、と薫も入っていく。
満の靴と舞の靴も玄関に既に並んでいた。満はたぶん、店の方に行っているだろう。
「お帰り、みのり! お菓子、沢山買えた?」
「うん、薫お姉さんに手伝ってもらったから」
「薫〜、ごめんね」
「いいの、私はみのりちゃんの計算を確認しただけだから」
得意そうにみのりはスーパーの袋の中から買ってきたお菓子を並べて見せる。

「へえ、300円なのに一杯買えたのね」
うん、と机を見ている舞に頷いてから、
「ねえお姉ちゃん、遠足用のリュックとか水筒ってどこだっけ?」
「夜になればお母さんが出してくれると思うけど」
みのりのねだるような顔を見て、「はいはい、もう用意したいのね」と呆れたように
咲は答えて奥の部屋に入っていく。残った薫は舞につと近づくと、

「ねえ舞、遠足って何?」
「え?」
一瞬舞はきょとんとしたが、あ、と気づいたように説明を始めた。
「クラスや学年のみんなで、一日だけどこかにお出かけすることよ」
「そう……なの」
「中学生になるともうないけど、小学生の時は凄く楽しい行事だったわ。
 みのりちゃんも、だから」
「ええ、楽しそうね。……」
何か言いたそうにしながらも黙ってしまった薫の顔を、舞は優しく覗き込む。
「その、少し変なことを言ってしまったかも……みのりちゃんに。
 遠足って良く分からなかったから……」
「大丈夫よ、みのりちゃんが薫さんのこと変な風に思ってるはずないから」
「……ええ」
しばらくしてから薫は荷物を半分ずつ満と分けて二人の家に帰っていった。


翌日。
普段咲たちがPANPAKAパンにたどり着く頃にはみのりはとっくに家に帰っているものだが、
この日は遠足と言うことでみのりの方が遅くに帰ってきた。

「ただいまー!」
大げさなくらい声を上げて家の中に飛び込んでくる。
「お帰り、みのり。遠足楽しかった?」
「うん! すっごく楽しかった! あのね、こーんな大きな岩があってね」
興奮しているようでリュックをテーブルの上に置くとすぐに話し始める。
ひとしきり咲をはじめとした四人に遠足の話をした後、あ、そうだ、とポケットを
まさぐった。

「はい、これ。薫お姉さんにお土産」
「私に?」
みのりは真っ赤に色づいたもみじの葉を手渡した。
「うん、山で見つけたの。凄く綺麗だったから」
「……ありがとう」
「ちょっと〜、薫だけ? 私たちには?」
咲が笑いながらみのりをからかう。
「え、えっと、だって綺麗なの一枚しか……あっそうだ、残ったお菓子上げる!」
咲とみのりがそんな会話をしている中、薫は黙って手の中のもみじを見つめている。

「それ、どうするの?」
帰り道、満が薫に尋ねる。薫はもみじをずっと右手に握っている。
「ずっと取っておくわ」
当然でしょうと薫は答えた。
「でも、もみじの葉ってそんなに持つのかしら。地面に落ちた葉っぱはだんだん
 腐ったりしてなくなっていくみたいだけど」
満の冷静な言葉に薫は一瞬眉を顰めるが、
「ずっと取っておくわ」
と再度繰り返す。はいはい、と満は肩をすくめた。

「薫さーん、満さーん」
舞の声が追いかけてきたので二人は振り返った。走ってきて少し息を切らしながら
二人に追いつく。

「どうしたの?」
「薫さん、それ……」
舞は薫の持っているもみじを指差した。
「押し葉にしてしおりか何かにしたら、長い間そのままで取って置けると思うの」
「え、本当!?」
「ええ、私の家に道具は揃っていると思うから良かったらこれからでも……」
「ええ、すぐに行くわ」
「あの薫、今日の夕食は……」
すっかり舞の家に行く気になっている薫に満が一つ釘を刺すと、
「満、今日はお願い。作っておいて」
あっさりと切りかえされた。
「……はいはい」
呆れたように満が答える。
「満さんも一緒に来たら? 見ているだけでも面白い作業だと思うわ」
「ふーん? それなら、行ってみようかしら……じゃ薫、今夜一緒に帰ってから夕食作ってね」
「ええ、分かってるわ」
早く行こう――と言うようにそわそわしている薫の様子に満はぷっと吹き出す。
舞も薫に合わせるように「早く行きましょう」と言うと三人はそのまま舞の家に向った。


「薫ー! あ、本読んでるの?」
「ええ」
後日、PANPAKAパンのテラスで本を読む薫の手には必ずもみじのしおりが握られていたという。

-完-

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