「咲ー」
学校に行く道で後ろから声をかけられた。満が小走りにやってくる。後ろから薫も歩いて
追いかけてきた。
「おはよう、満、薫」
「おはよう、咲。今日は遅刻しなかったのね」
もう、と咲は不満そうな声を満に向ける。
「いつも遅刻するわけじゃないよ〜」
「そうだったかしら」
満は軽く咲をいなす。そうだよっと反論する咲をちらっと横目で見ると、思い出したように
鞄を開けた。
「そういえばこれ、ありがとう。見たわ」
「あ、もう見たんだ」
ビニール袋に入っているのは『スパイダーマン』のビデオである。この前テレビで
『スパイダーマン2』を観たけれど、前の話は観ていないので良く分からないところ
がある――という満の話を聞いて咲が貸したものだ。

「面白かった?」
「そうね、不思議だったけど」
「不思議?」
「ええ。滅びの力も精霊の力も持たない人たちにこんな世界を想像できることが
 不思議、だったわ」
ゴーヤーンを倒してから数ヶ月。満と薫は緑の郷、この夕凪町で人として暮らしている。
まだ人間のことが良く分かっていないところも多々あったが、咲と舞のフォローもあって
周りの人たちからそれほど不審を抱かれることはなかった。

緑の郷に住むようになったのは二人だけではなく、ダークフォールの五人の住人達もまた
甦り満、薫と一緒に暮らしていた。
どうして彼らも甦ることができたのかその理由は定かではない。
しかしダークフォールの消えた現在、彼らとしても緑の郷を滅ぼす理由はなく、
大きな洋館のような家を建てて七人で一緒に住んでいる。
一階に広がるダイニングルームで揃って食事を取ることだけは決まっていたが、
あとはそれぞれ、自分の部屋で好きなようにしていた。満と薫は二人で一つの部屋を
使っている。

「魔法や不思議な力の話は昔からあるようね」
二人の会話を聞いていないようで聞いていた薫がぼそりと呟く。
「そうだね、昔の人も不思議な力を色々使ってみたかったんじゃないかな……?」
「ふうん」
満は納得したような呟きを漏らすと、視線をまた前に向けた。


部活に入っていない満の場合、放課後は暇なことが多い。特にこの日のように、薫と
舞の美術部の活動があると決まっている場合には。
「咲は今日部活あるんだっけ」
「ないよ、満。一緒に帰ろう」
そういうことで。美術室に行こうとしている薫に目で合図して満は鞄を持つと咲と
一緒に教室を出た。

満の合図は、学校を出たら直接PANPAKAパンに行っているという意味だ。
学校の外に出ると、少し涼しいくらいで空気が心地よい。下り坂を歩いていると自然、
咲も満も早足になる。と、咲が突然小走りになって二、三歩前に出た。
「満、競走しよっ!」
振り返って言うと、満の返事を待たずに走り始める。満も咲の後を追い始めた。
坂を下り、どんどんと道を越えて咲は
「ゴール!」
とPANPAKAパンの郵便受けに抱きつくようにして止まる。

「今日は私の勝ちだね!」
額の汗を拭っている満に言って、咲は郵便受けの蓋を勢い良く開けた。
全力で走ってきた余韻がまだ身体の中に残っていて、全身から湯気が出ているような気がする。

「あれ? 何これ?」
ダイレクトメールの葉書が二枚に、封筒が一つ。それに、二つに折った白い紙。
「どこかのお店のチラシじゃないの?」
「何か貼ってあるみたいだけど……」
わずかに首を捻りながら咲は紙を開いた。
「何……これ」
咲の声がかすれる。ん? と満もその紙を覗き込んだ。

『みのりは預かった。返してほしくばチョココロネ10個を用意しろ。
 さもないと緑の里を滅ぼします』……

紙を開いたままの格好で固まってしまっている咲の手から満は紙を取り上げると
ぐしゃっと潰した。

「み、満!?」
「キントレスキーの悪戯でしょ。付き合ってられないわ」
「いたずら……」
そうか、そういうこともあるかと咲はほっと安心した。
「み、みのり大丈夫かな」
「キントレスキーならみのりちゃんに危害を加えることはないわよ。
 大体、この文面じゃどうやってチョココロネを受け取るつもりなのかも
 分からないじゃない。構うことないわ」
満の言葉は説得力があった。確かにこれでは、チョココロネを用意したとしても
それからのことは動きようがない。
すたすたと家の中に入っていこうとする満を咲は慌てて追いかける。

「ひょっとしたらみのりちゃん、家にいる可能性だってあるわよ」
咲を落ち着かせるように満がゆっくりと言う。
「完全にキントレスキーの悪戯だとしたらね」

だが、二人で咲の部屋に行ってみてもみのりはいなかった。一度抑えていた心配がむくむくと
咲の心にわきあがってくる。満もまた、部屋のどこにもみのりがいないことを確認すると
微かに眉を顰めた。

店のほうに出てお母さんに聞いてみたところ、みのりは一度帰ってきてから
「公園に遊びに行ってくる」と言ってランドセルを置いて出て行った、らしい。
咲と満は顔を見合わせると相談することもなくすぐに公園に向った。

自然、走ってしまう。学校から家に帰ってきたときよりもずっと真剣に二人は公園に向って
疾走していた。言葉を交わすこともほとんどない。

公園に着いた。――五、六人、子どもが遊んでいるがみのりの姿はない。
かくれんぼでもしているのかとしばらく待ってみるが、みのりがどこかにいる様子は
なかった。

「咲、あの子達ってみのりちゃんの友達?」
ううん、と咲は首を振る。
「別の学年の子達だと思う。誰か、友達の家にみんなで集まってるか――、」
それとも。言葉には出さずとも、嫌な思いを抱いているのは二人とも同じことだ。
「キントレスキーを探して、悪い冗談は止めさせましょ」
「う、うん」
二人が公園にくるりと背を向けると、見慣れた姿が目に飛び込んできた。

「舞、薫!」
「あれ、咲も満さんも――」
「家に帰ってたんじゃなかったの?」
舞と薫はちょうど学校から咲の家に向っているところだったらしく、
鞄を持ったままだった。

「ちょっと変なことがあってね――多分悪戯なんだけど。気になるから、
 みのりちゃんを探していて」
「みのりちゃんを。……何があったの」
冷静さを装ってはいるものの薫の声のトーンが少し上ずっている。
「それが、こんな手紙が家に来てて」
満の手から手紙を受け取ると咲は広げて二人に見せた。一読した途端、
薫の顔色が変わる。
「それでね、薫。今キントレスキーを探そうかと思ってて……」
満が言いかけた言葉を、薫はもう聞いていなかった。手に持った鞄を大きく振り回したかと思うと
すぐに地面を蹴って駆け始めた。

「薫! 薫!」
満と咲が慌ててその後を追う。大分遅れて、舞も見失わないようについて行く。

キントレスキーの毎日の日課はトレーニングである。ランニングの後筋トレというメニューは
変わることがない。
薫はランニングコースを一巡りした後海岸に向った。


「994、995、996、……」
「キントレスキー!」
腕立て伏せをするキントレスキーがむっと見上げた時には道路から薫が跳び上がり
キントレスキー目掛けて降りてきていた。ばっと身をかわしたので薫とぶつかる
ことはなかったが。

「何の用だ」
「みのりちゃんを返しなさい!」
「何の話だ」
「みのりちゃんをどこにやったの!? チョココロネが欲しいなら咲のお父さんに話して
 つけで作ってもらいなさい!」
「だから何の話だ!」
かみ合わない言葉をぶつけ合う二人にまあまあと咲と満が割って入る。
舞はずいぶん遅れていたのでまだ到着していない。

「こ、これ、キントレスキーが、書いたんじゃ、ないの?」
息を切らせながら咲が見せた紙を一瞥して、キントレスキーはふんと軽蔑したような
声を漏らした。

「知らん。私が人質を取るような卑怯な真似をするはずがなかろう。
 大体PANPAKAパンのチョココロネはいつも定価で買い占めておる!
 日向咲、お前はそのくらい知っているであろうが!」
「あ……そっか」
咲は言われて思い出した。
「じゃあこれはキントレスキーじゃないのね?」
満が念を押すと無論だ、とキントレスキーは頷いた。

「それなら……みのりちゃんはどこに?」
薫の言葉に「知らん」とキントレスキーは返すと、また1から腕立て伏せをやり直す。

咲たちは近くの岩に座って少しの間次の手を考えた。


「み、みんな……」
考えている内に舞が到着する。はあはあと息を切らしてよろよろと岩にたどり着くと、
岩に手を置いてふーっと息を吐き出した。
「みのりちゃん、は?」
「キントレスキーではなかったわ」
薫が短く答える。
「そう……」
「ねえ咲、みのりちゃんの友達の家って分かる?」
「う……うん、何軒かは知ってるけど」
満は軽く頷くと岩から立ち上がった。
「だったら咲と舞はみのりちゃんの友達の家に行ってみて」
ゆっくりでいいから――と、これは舞の様子を見て付け加え、
「友達の家にいるならそれで安心だもの」
と続ける。
「うん、……満と薫は? どうするの?」
「私たちは家に戻ってみるわ」
ちらっと満が薫に視線を投げかけた。薫は何かを考え込んでいるように無表情だ。
「家に? どうして?」
「この手紙を書いたのは、」
満が咲の手にある紙を指し示す。
「この世界が緑の里と呼ばれることを知っていて、しかも滅ぼし得る場所であることを
 知っている誰かよ。つまり、私たちのようなダークフォールの……」
「そうね」
薫が立ち上がった。
「ただの悪戯でみのりちゃんはこれを書いた誰かのところにはいないかもしれない。
 でもこんな悪質な悪戯は……、」
許せない。薫の口調に咲と舞の背筋に何故か冷たいものが走った。

「じゃ、咲、舞、後でね」
満と薫は自分達の家――ダークフォールの住人が一緒に住んでいる家に向って
並んでゆっくりと歩いていく。
「大丈夫かしら」
「うん……、何か大変な喧嘩になりそう……」
「咲、早く行きましょう。みのりちゃんがどこにいるか分かれば
 薫さんも落ち着くと思うし……」
「舞、大丈夫?」
うん、と舞は頷いた。よーしと咲は岩から飛び降りると舞の手を引く。
「鞄、持とうか?」
「大丈夫よ咲、そんなに重いわけじゃないから」
「じゃあ、ここから一番近い家から回ってみようか」


咲と舞が最初の家を訪ねている頃、満と薫はもう自分達の家にたどり着いていた。
灰色の洋館風の建物を見上げ、
「行くわよ」
と満が告げる。自分の家に入るだけなのに妙な緊張感が生まれる。
ドアノブに手をかける前に耳を澄ませると、中から誰かの気配がする。
この時間に家にいるとすれば、家事を一手に引き受けているドロドロンだろうか。薫は
ぐいっと玄関の戸を開けた。

「う〜ん、と、ここはこうやって……」
――みのりちゃん!?
微かに聞こえてきた声に薫の身体がびくりと反応する。声の方角を定めると、
「みのりちゃん!」
そのまま突進する。丁度満と薫の部屋の方から聞こえてくる。
一瞬の躊躇いもなく薫は扉を開け放った。
「わ、わあああ!? 薫お姉さん!?」
「ちょっと何よ、この部屋!」
薫、それに満の目に飛び込んできたのは見慣れた自分達の部屋が荒れ果ててしまっている
光景だった。窓ガラスは破れてカーテンも引きちぎれてしまっている。
本棚の本は綺麗に整頓してあったはずなのに散乱しているし、ベッドの上に
何故か今開けたのと同じドアがある……と思って今自分のそばにあるドアをよくよく
見直すと、土を固めてそれらしくしてあった。
部屋の中にはみのりと、それからドロドロンがいた。二人を見て固まっている。

「ドロドロン……」
薫の背後から満がゆっくりと部屋の中へと足を進めた。
「どういうことかしら?」

「え、えーとね、その……」
「ドロドロンさんね、スパイダーマンの真似してたら間違って満お姉さんと薫お姉さんの
 お部屋に突っ込んで、ドアを壊して窓も割っちゃったんだって」
上手く説明できないでいるドロドロンに変わってみのりが説明する。
「だから、お片づけしなくちゃいけないって言ってて、みのりもお手伝いしようと思って……」
「みのりちゃんはどうしてここに来たの?」
薫がさりげなくみのりの身体を自分のそばに抱き寄せる。
「えーっとね、薫お姉さんたちと遊ぼうと思って、来てみたらドロドロンさんが
 困ってたから……」
「それで?」
満はずかずかとドロドロンに近づいた。

「咲の家に変な手紙を入れたのはあなた?」
声を潜めてドロドロンに詰問する。う、うん、とドロドロンは頷く。

「み、満と薫が帰る前に部屋を片付けようと思って……ああすれば、時間が
 稼げるんじゃないかと思って……」
はあ、と満は大きくため息をついた。どうしてこういうことには頭が回るんだろう、
と呆れてしまう。

「で、でもね僕、一生懸命片付けたんだよ! ほら、もう本もこんなに片付いたし……」
「満。……後は任せた」
薫はみのりの身体を部屋から押し出すようにする。
「薫お姉さん? まだお片づけ、終わってないよ?」
「大丈夫よ、後は私たちでやるから。咲が心配しているかもしれないからお家に
 帰ったほうがいいわ」
優しく答えてみのりと一緒に部屋から出る。
「ああ、ちょっと待ってよ薫ー!」
ドロドロンの願いも空しく、部屋には満とドロドロンの二人だけが残された。
ぼきぼきと満が手を鳴らす。


「やっぱり、どこにもみのり居なかったね〜」
「早く満さん達のお家に行ってみましょう」
咲と舞は数軒みのりの友達の家を回ったがみのりは見つからず、
満と薫の家に向っていた。

「あ、舞。あれ何?」
上空に不思議なものを見て咲が指を指す。
「あれ? あれってもしかして……」
「……ドロドロン?」
ドロドロンが空を飛んでいく。そのまま海岸の方へ飛んでいってしまった。
咲と舞、二人の顔に疑問符が浮かぶ。

「あ、お姉ちゃん!」
みのりの声がして二人はまた視線を戻した。薫とみのりが手を繋いで向こうから
歩いてくる。
「みのり!」
咲はやっと安心した。悪戯っぽい脅迫文ではあっても、やはりみのりが
どこにいるか分からないというのは不安だ。

267 名前:誘拐されたみのり!? 7/7[sage] 投稿日:07/11/04 17:42:41 ID:???
「咲、みのりちゃんを送ってきたわ」
「ありがとう薫……みのり、どこに居たの? やっぱり薫たちの家?」
ええ、と薫は一つ頷く。
「今日のことは全部ドロドロンがしてたみたい」
薫の言葉を聞いて、みのりは心配そうに薫を見上げた。
「ねえ薫お姉さん……ドロドロンさんもすごく反省してたみたいだから
 もうあんまり怒らないであげて」
え、と薫は意外そうな表情を浮かべるが、
「そ、そうね」と呟く。
「あの薫さん……」舞は薫の耳に口を近づけると、
「さっきドロドロンさんが空を飛んでどこかに行ってたんだけど」と教えた。
「ドロドロンのことは満に任せたから、満がしたことだと思うわ」
薫もみのりに聞こえないように囁き返し、
「じゃあみのりちゃん、私はここで」
と手を放す。
「え? 薫お姉さん、これからどうするの?」
「満と一緒に部屋を片付けるから」
「ドロドロンさんは?」
ええと、と薫は考えて、
「満と一緒に迎えに……いえその、満と一緒に許してあげて、片づけを手伝ってもらうわ」
聞いたみのりは満面の笑みを浮かべた。咲も舞もやれやれ、と思う。
「じゃあ薫お姉さん、また明日ねー!」
「ええ、また明日」
家に戻って行く薫を見て、咲も舞もふうっと安堵の息をついた。

「良かったわね、ドロドロンさんとも大喧嘩にはならないですみそうで」
「満たちとドロドロンたちが大喧嘩になったら、滅びの世界になっちゃうかもしれないもんね……」
「滅び? 何それ?」
みのりがきょとんと咲を見上げる。

「い、いやその、滅んじゃうくらい大変だってことだよ! ね、舞」
「ええ、そうそう、ほら満さん達の家族ってみんな身体も大きいし喧嘩したら大変そうだから」
「ふう〜ん……」
適当にごまかしながら、咲と舞は家路を辿る。今日もどうにか平和に一日が終わってくれそうだ。

-完-

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