高校へと続く通学路を舞は歩く。夕凪中の時と比べて少し家から遠くなったので
朝起きる時間も早くなった。
路地から出て最後の角を曲がる。ここから学校までは一本道だ。と、後ろから追いかけてきた
自転車が舞のすぐ隣に止まった。

「薫さん」
「おはよう、舞。乗ってく?」
薫は後ろの荷台部分を指す。

「いいわ、あと少しだから。ありがとう」
「そう?」
それなら荷物だけでも、と言う薫に甘えることにして舞は荷物を薫に預けた。薫は
舞の鞄を籠の中、自分の鞄のすぐ後ろに入れる。
籠に入れていた子供用の自転車ヘルメットを入れておく場所がなくなったので
舞が代わりに受け取った。ためしに被ってみるが、舞には小さい。

薫はたまにペダルを漕ぎ、ほとんどはペダルを止めたまま車輪が転がるのに
任せているといった様子で舞と同じ速度で進んでいる。

「私も小さい時はこんなに頭小さかったのかな……」
「そうなんじゃないかしら、みのりちゃんぐらいの時には」
「みのりちゃん薫さんの自転車に良く乗ってるの?」
「そうね、良く乗りたがるから……」

学校前で、薫と舞は別れた。駐輪場は学校の裏手にある。別れる前にまた鞄とヘルメットを交換する。

そのまま下駄箱に向うと、この早い時間まだ生徒は少ない。と、
「美翔さん、おはよう!」
「あ、おはよう……」
クラスメートが舞に声をかけて隣の下駄箱を開いていった。舞も下駄箱を開けると、
中からはらりと封筒が落ちてくる。

「み、美翔さん、これ!?」
落ちた封筒を彼女に拾ってもらう。
舞は少し複雑な表情でそれを受け取った。

「また、ラブレターなんじゃない!?」
クラスメートはどこか期待しているような表情だ。そういえば前に
下駄箱に手紙が入っていた時も一緒にいたっけ、と舞は思い出す。

「そんなことないわよ、きっと」
鞄に手紙をしまいこむ。どんな内容であれ、ここで読むのはあまり良くない。
前はうっかり下駄箱で開封してしまったものだから周りに人が集まってきて
大変だった。――手紙を出してくれた当人にも悪いことをした。


「あれ、読まないの?」
「え、ええ。後にするわ」
「ふ〜ん」
明らかにがっかりした表情を浮かべたものの彼女はぱっと話題を変える。

「そういえば、今日霧生薫さんと一緒に学校来てたでしょ?」
「ええ」
「前から聞きたかったんだけど、霧生さん達って少し怖くない?」
そんなことないわと舞は笑って答える。

「薫さんも、満さんもすごく優しい人よ。初めは少しとっつきにくいかもしれないけど」
「そう?」
「うん。ちょっと人付き合いが下手なところはあると思うけど」
彼女はまだ納得していないような表情を浮かべた。


咲、舞、満、薫の四人は高校に進学して運良く同じクラスに入ることができた。
舞たちはあまり自覚していなかったが、クラスの中で目立つ四人組になってしまっているのは
確かだった。同じ中学の出身者が四人もいるというだけで珍しい。


自席に座ると、舞はこそこそと封筒を開けた。誰かに見られないように机の中で
封筒の中のものを出す。
――また、封筒?
入っていたのは便箋と、一回り小ぶりの封筒だ。便箋を開けてみると

「美翔さん、手間をかけて悪いけどこの手紙を霧生満さんに渡してください」……と、
書いてある。

――なんでそんなややこしいことを……

便箋の最後に書いてある差出人の名前にはああと思わせるものがあった。
首を捻って満たちの席の方を見るが、薫はいても満はまだいない。
昼ご飯用のパンを買って咲と一緒に来るつもりなのかもしれない。

差出人は、この前も満にデートを申し込んでいたはずである。
入学して1ヶ月も経とうとする現在、クラスの男子の間では気になる女子に告白するのが
流行っているらしい。迷惑な流行だが一部ではうまく行った例もある。

始業前十分ほどになって咲と満が教室に入ってくる。舞は満が席につくとほぼ同時に駆け寄ると
そっと手紙を手渡した。

「満さん、はいこれ」
「何?」
「手紙、渡して欲しいって頼まれたの」
満は微かに不快な色を浮かべてそれを受け取りすっと封筒を切り裂くように開いた。
中を無言で読んだ後、「ふん」と一言呟いて舞に
「もうこんなことしなくていいわよ」と念を押すようにすると手紙を持ったまま
差出人の男子のところに真っ直ぐ歩いていく。

差出人は別の男子と机で話していたが満が無表情で近づいてくるのを見て
ぎょっとしたように話すのを止めた。クラスの皆も満の様子に気づいたらしく
それを見ている。
ぱん、と音を立てるように満は封筒を机の上に置いた。

「な、何だよ」
「あなたしつこいわ」
それだけ行って踵を返すと、満は自分の席に戻って何事もなかったかのように
一時間目の支度を始めた。クラスの皆もまたざわざわと動き始める中、
「あの〜、満、何があったの?」
咲と舞が恐る恐るといった様子で満のそばに近づいてくる。

「別に。この前と同じことを手紙で言ってきたから断っただけ」
「そ、そう……言い方、大分きつそうだったけど……」
「しつこいんだもの。舞に頼んでってやり方も好きじゃないわ」
取り付く島もない。咲と舞は顔を見合わせた。二人とも困ったように笑っている。
――霧生さんってやっぱり怖いかも……、
今朝舞と話したクラスメートは四人の様子を見ながらそう思っていた。

「たーかはーしさん」
放課後、咲は彼女が一人通学路を帰るところを見かけて自転車の上から
呼びかける。立ち止まると振り返り嬉しそうに笑った。

「途中まで一緒帰ろう!」と、咲は自転車から降りて押し始める。
「うん」
「高橋さんって海原中の出身だっけ?」
「そう。私一人しかいないのよね、この高校に来たの」
「あ、そういえばそうだったね」
「日向さん、今日は美翔さんや霧生さん達は? 一緒じゃないの?」
「うん、舞と薫は美術部で残らないといけないことがあるんだって。
 満は急いで帰らないといけないからってもう帰っちゃったし……先生に頼まれた
 仕事してたら中途半端な時間になっちゃった」
咲はえへへと笑う。

――日向さんは、良く笑う。

咲はもう覚えていないことだったが、彼女がこの高校に入学して初めて
話をした相手は咲だった。一方的に咲から話しかけられて、高校生活は始まった。
だが咲の周りには夕凪中の出身者がいてとてもその中には入っていけないという
印象も同時に与えられていた。


「よっ、咲!」
咲は突然後ろから頭を叩かれる。

「もう、何よ健太!」
「今帰りか、……あ」
健太は初めて咲の隣の人物に気づいたらしく「高校の友達?」と尋ねる。
「うん、同じクラスの高橋さん。こっちは、健太。夕凪中まで一緒だったの」
「あ、はじめまして〜」
「おう、よろしく。咲って今でも遅刻したり宿題忘れたりしてんだろ」
「ちょっと健太、やめてよね!」
咲が慌てたように割って入り健太の言葉を止める。

「一緒に行った他三人は真面目だし優等生タイプなのにな〜、咲だけが」
「私だけが、何よ!?」
「あ、あの、私こっちの道だから……」
咲と健太がいつものように言い争いを始めた頃、丁度分かれ道に着いてしまった。
「また明日」と言葉を交わしつつ別れる。
咲と健太の言い合いは、変わらず続いていく。

「はっきり言って美翔も霧生姉妹ももてるだろ」
「う……まあねえ……、舞も満もラブレター貰ったりしてるし……薫は主に女の子から……」
「で、咲は?」
「……別にいいでしょ!」
咲は悔しそうに答える。

「まあこんな時期じゃ無理だよなあ」
健太はにやにやと笑った。
「うるさーい!」
「咲のいいところなんて長ーく付き合ってないと分からないんだからさ」
「うるさいうるさいっ!」
「……今、人の話聞いてないだろ」
「うるさいっ! ……え、何?」
「……いや、いいよ……そういえば、」
健太はわざと話題を変えた。
「太田、キャッチャーのポジション取るために張り切ってるぞ。咲と
 対戦するの楽しみにしてるってさ」
「そうか〜優子が……そうだよね……私も早くレギュラーになれるといいなあ」
「咲がそう言ってたって伝えとくよ」
「うん、健太お願いね」
「じゃあ、な」
健太と咲は夕凪中前で別れた。


事件が起きたのは数日後のことである。
舞が高校の教室で初めてスケッチブックを開いて見せた時のことだ。
満と薫はたまたまいなかったが、咲は高校の教室にいる四人の姿が描かれた絵を見て
いつものようにみんなに見せたくなった。
近くにいたクラスメイトに声をかけると、次々に集まってくる。
誰が見ても舞の絵は人をひきつけるものがあったから、
集まってきたクラスメイト達は皆、「美翔さんすごーい!」と言うような言葉を
漏らした。初めは女子ばかりであったが男子もちらほらやって来ては「すげっ」と
言っていく。

輪の中で咲は満足していた。舞はどこか恥ずかしそうだったが、でも嬉しそうに
笑っている。と、そこに先日満に手紙を渡そうとした男子もやって来た。

「へえ、上手いな」
感心したように呟く。――だが、余計な一言を言うのも忘れなかった。

「でも霧生満はそんな顔じゃないだろ」
「どういう意味?」
咲が何か言うより先に舞が立ち上がった。真面目な顔をして彼を見ている。
「霧生満はもっと氷みたいな感じだろ」
舞の手がぎゅっと握られた上に震えているのを見て咲はまずいと思った。

「あ、あのね満はそんなこと……」
「あなた満さんのこと何にも分かってない!」
咲が丸く収めようとした矢先に舞の言葉が爆発する。ぎゅっと目を閉じてしまった舞が、
「あなた満さんのこと好きだなんて思えない! 満さんのこと、何にも見てない!」
「美翔……」
はっとしたように舞は目を開いた。うろたえたように小さな声で、「ご、ごめんなさい」と謝る。

まあまあ、と咲はなだめるように舞の肩に触れ、男子の方には
「良かったら家に来てみたら? 満、良く家の手伝いしてくれてるし満のこと
 色々分かるかもしれないよ」
と誘ってみるが
「別にいい」と断られる。


周りで息を詰めるようにしていたクラスメート達も散会し始めた。満と薫は
教室に戻って来てその雰囲気がいつもと違うことに気づいたもののあまり気にしては
いない様子でそのまま入ってくる。

――霧生満さんが日向さんの家の手伝いねえ……、とてもそんなことしてるようには
  見えないけど……。

冷静に入ってきて舞に二言、三言声をかけて自席に戻る満を見ながら高橋はそう思った。
……そして、わずかに興味を覚えた。

放課後、家に帰って荷物を置くと夕凪町に足を伸ばしてみる。彼女の住む海原町とは違って
大分山が近くに見える町だった。

「すみません、この辺に日向さんってパン屋さんが……」
尋ねてみると誰でもがPANPAKAパンの場所を知っていた。親切に教えてくれるのだが
道が少し分かりにくくて何度も尋ねることになってしまった。

四度目に尋ねた人には「目の前ですよ」と言われ、やっと辿りついたことを知る。
すぐに入るのは止めにして、少し遠くからじわりじわりと近づいて中の様子を窺ってみる。
意外な光景が彼女の目に飛び込んできた。

「薫お姉さーん、お水撒くの一緒にやろう!」
小学生くらいの子に誘われて霧生薫がホースで水を撒いている。
表情はいつもの無表情を保とうとしているようだが、どこか顔が緩んでいる。

――あの霧生薫さんが、ねえ……。

舞はすぐ近くのテーブルに座ってスケッチをしていた。絵に描きたくなる光景だと言うのは
何となく分かる。

肝心の霧生満は店の中にいるようだ。

――本当にお手伝いしてるのかな。でも、何で霧生さんが日向さん家のお手伝い?
にじり寄るように近づき、店の中を見ようと目を凝らす。中々見えない。
もう少し近づくと、店の中からお客さんが出てきた。扉が開いて中が見える。
霧生満が本当に、エプロンをかけて中で店員のように振舞っている。
と、咲が店の奥から走り出てきて満たちを呼び集めた。

「おやつにしてちょっと休憩しよう!」
天気がいいからなのか、オープンテラスにパンをいくつか並べてそこに集まる。
いつもの四人にあの小学生――多分咲の妹――が二つのテーブルを囲み、
当たり前のようにおやつを食べ始める。

学校にいるときと比べて、満の顔も薫の顔もずっと柔らかい。
それを見ていると、何となく分かってしまった。

――きっと日向さん達四人は、この場所ですごく濃い時間を過ごしたんだ。

その過去があって今がある。だから簡単にこの中に入れるはずはない。
立ち上がる時、植え込みをがさっと揺らしてしまった。
こちらを見た咲と目が合ってしまう。

「あ、高橋さん! 何だ、来てくれたの!?」
咲がすぐに走ってくる。逃げるわけにもいかず、仕方ないのでその場に止まっていた。

「ちょっとこの近くに用事があったから、ついでに……」
覗いていたと言うわけにもいかないので何となく言い訳をするが、咲はその辺りの事情を
あまり気にしていない様子で、

「今ちょうどおやつの時間だから食べていってよ!」
とぐいぐいと引っ張る。

いつの間にか彼女はPANPAKAパン庭のテーブルに座らされて、
咲や舞、満や薫たちと一緒におやつを食べていた。


-完-

 ←押していただけると嬉しいです。



短編SS置き場へ戻る
indexへ戻る