今夜何回目かのあくびがみのりの口から出た。薫はそれを見逃さなかった。
「そろそろ限界なんじゃない?」
みのりはただでさえ大きな目を更に大きく見開き、ふるふると首を振る。

「大丈夫、まだ眠くないよ」
「もう6回目よ、もう寝るようにしなさい」
「だってみんなまだパーティーしてるのに」
クリスマスパーティーはまだ続いている。今は健太と宮迫の漫才が4つ目のネタに
入ったところだ。
優子はどんなネタでも必ずと言っていいほど笑い、
たまに入る、宮迫が考えたネタは加代にはそれなりに受けるので、
それほど気まずい印象もなく漫才は続いていた。

仁美だけがひどく寒がっているのではあったが。


「みんなと比べてあなたはまだ小さいんだから、たくさん眠らないといけないでしょう?
 今日は一日中ほとんど立ちっぱなしで働いていたんだから」
パーティー会場の片隅で、薫はみのりに寝るように諭す。
薫はずっと、みのりから小さい頃の――今でも小さいが――クリスマス会の話を聞いていた。
みのりが幼稚園に上がる前は、お手伝いもさせてもらえなかったので、
あんまりクリスマスの日の昼間は嬉しくなかったそうである。
咲と二人で部屋で遊んでいたそうだ。

それが夜になると、バイトの人たちと一緒にケーキを食べ、ジュースを飲み、
プレゼントをもらい……とできるので、突然嬉しい日になる。
「薫お姉さんは?」みのりは何度も聞いてきた。薫の小さい頃の話を聞きたがった。

「私たちの産みの親は、あなたたちのお父さんやお母さんとは少し違うの」
薫にとってこれが精一杯の答えだった。
「だからクリスマスにパーティーなんてすることはなかったわ」

「ふうん……じゃあじゃあ、今日はどうだった?」
「え、どうって?」
「楽しかった?」
薫は軽く微笑んだ。「ええ、楽しかったわ」
「良かった」

そんな会話を交わしているうちに、みのりの目がどこかとろんとしてきた。
そして、6回目のあくびになったのである。


「一年に一回のクリスマスなのに……」
「もう、十分楽しんだでしょう? あなたはまだ小さいんだから、いつまでも
 咲たちと一緒に起きているわけにはいかないわ」
「……薫お姉さんともっとお話したいのに」
みのりはどこからどう見ても不満そうな顔をしている。

「話なら、明日でも明後日でもできるでしょう?」
その先はどうなるか分からないけれど。みのりには言わないが、現実を思うと
薫の胸は少し痛む。

「うーん、じゃあ、お部屋まで連れてって」
みのりは甘えるように薫に手を伸ばす。

「仕方ないわね」
窘めるように言いながら、薫はみのりを抱きかかえた。

「か、薫お姉さん!?」
てっきり手を繋がれるものと思っていたみのりが驚く。
「疲れているんだから……このままベッドで寝たほうがいいわ」
薫はそのまま、パーティー会場を後にした。


みのりは本当に限界だったらしい。薫の腕の中で、もううとうとし始めたかと思うと
部屋のベッドに薫がみのりを寝かせる頃にはすっかり寝付いていた。
――本当に、仕方のない子ね。
微かな笑みを浮かべ、薫はみのりに布団をかける。
――おやすみなさい。
心の中でつぶやき、薫は咲とみのりの部屋を出ようとしてそこに舞がいるのに気づいた。

「みのりちゃん、寝ちゃったの?」
小さな声で舞が話しかけてくる。
「ええ、今日はもう疲れたんだと思うわ」
「一日中よく働いていたものね」
そう言いながら舞は部屋の中まで入ってくると、
みのりのすぐ隣にぬいぐるみのようなものを4つ置いた。
フラッピとチョッピ、ムープとフープに見える。

「それは?」
「みのりちゃんの人形なの。今日は図書館でクリスマス会があるから、
 安藤さんが使いたいって言ってて、みのりちゃんに貸してもらったの」
「精霊たちに見えるけど」
「うん、そうなの。私が作ったんだけど」
ちょっと前に、失敗しちゃって、と舞は恥ずかしそうにミミンガ騒動の話を始めた。
フラッピたちが健太たちに見られてしまって町中あげて大騒ぎになったこと、
それをごまかすためにフラッピたちの人形を作ったこと、みのりが気に入ったので
プレゼントしたのだけれど今日は図書館のクリスマス会に使うためにちょっと
みのりから貸してもらったこと――を駆け足で説明する。
薫はうんうんと頷いて聞いていた。

「そんなことがあったの」
「そう、みのりちゃんこの人形凄く大切にしてくれてるの。
 ムープとフープが好きなんですって」
「そう……」

ベッドの上にはみのりと4つのぬいぐるみがきれいに並んでいる。

――そんなことが、ね……。

みのりは薫がいなくなっていたことを覚えていない。
しばらくの間、薫と遊ぶ機会がなかったとは思っているようだが、
薫たちがどこかに行っていたなどとは考えても居ない。

今聞いた話も、みのりは薫が当然知っていると思っているだろう。
だが実際には、薫は知らない。
このことだけではない。居なくなっていた数ヶ月の間のことだけでもない。

――私はみのりのことをまだ、何も知らない……。


"だってみのりは薫お姉さんのことが大好きなんだもーん!"
"私のこと何も知らないくせに……"

夏にはみのりとこんな会話をしたものだったが、
薫だってみのりのことは何も知らない。
咲から聞く話、舞から聞く話、みのり本人から聞く話。
いろいろあるが、しかしまだみのりのことを「良く知っている」という気にはなれないでいる。


薫の目が、みのりのベッドの脇にかけてある赤い毛糸の靴下で止まった。
少し触れてみる。中は空だ。

「それはきっと、みのりちゃんがプレゼントを入れてもらうためにかけてるのね」
「サンタクロースが持ってきてくれるっていう、あの話?」
うん、と舞は頷く。
「今夜ここにプレゼント入れてもらうの、みのりちゃん楽しみにしてるんだと思うの」
「――そういえば、着せ替えの人形に着せる服が欲しいと言っていた」
「きっとそれをお願いしたのね」
欲しいものか、と薫は思う。今の薫が欲しいものは……、

「ねえ、薫さんが欲しいものって何?」
薫の気持ちが伝わったように舞が尋ねる。薫はみのりの顔を見ながら首を振る。

「ないわ。欲しいものなんて」
欲しいのはものではない。もっと別の――、緑の郷の人々とずっと触れ合っていられるような……、

「あなたは? 何が欲しいの?」
「私も、ないの。もう貰ったから」
「もう貰った?」
薫は舞の顔を正面から見た。舞はいつものように笑顔を浮かべ、
薫をまっすぐに見つめている。

「少し早かったけど、満さんと薫さんが戻って来てくれたから。
 私と咲には最高のプレゼントだったの」
「なんだ……」
やめてよ、と薫は舞から視線を移して下を向く。
そんな薫を見て舞は声に出さずに少し笑った。

「でも、もし薫さんがいいって言ってくれたら、一つお願いしたいことがあるの」
「……何かしら?」
「今度、絵のモデルになってくれない?」
「昔なったような気がするけど」
「デッサン会の時は、私と薫さんが一緒にモデルになってたから、
 私薫さんの絵は描けてないの」
「そう……いいけど。好きね、絵」
薫に言われて舞は微笑む。

「これが私のやり方なの。絵を描くと、私なりに、その人のことをよく知ることができる 様な気がして」
「……なるほど」
――それなら私のやり方はなんだろう? 緑の郷の人の事を知るために、私にできることは
  あるだろうか……?

「じゃあ薫さん、約束ね」
舞は薫の目の前で小指を出した。

「ああ……こうするんだったかしら」
薫は昔みのりに教えてもらった通りに小指を出す。二人の小指が絡み合った。

-完-

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