「それでさ、ぱーっと漫才やったら受けると思うんだ」
「え、そうかなあ……」
「なんだよ、俺たちのコンビで受けないはずないだろ」
「その自信はどこから来るのさ」
「そりゃ、地面が揺れるくらい笑いが取れたからに決まってるだろ」
「……自信と地震をかけてるわけね。そんな駄洒落じゃ、ナマズだって笑わないよ」
放課後、健太と宮迫は海岸で作戦会議を開いていた。公園のベンチに
二人で座って話しこんでいる様子は真面目なのか不真面目なのか分かりにくい
空気に溢れていて、汗をかきかき遊んでいる子ども達も近づいてこない。


「宮迫だって何かやりたいんだろ。二年B組が解散する前に」
「そりゃそうだけど」
「俺達が何かやるっていったら漫才しかないだろ!」
「確かにそうだけどさあ。テスト勉強しないで、漫才のネタを考えるなんて」
期末テストもせまってきた三月初めである。
テストが終了すればその後は終業式、それに春休みだ。
テストが終っても卒業式の練習だ部活だでそれほど自由になるわけでもないのだが、
終業式の直前に二時間ホームルームの時間がある。
ここの時間はクラスで自由に使っていいと言われている。
今度のホームルームの時間には、その時に何をするか決めるというのが
議題の一つだ。
その時間を二時間、漫才ショーの時間にしよう。というのが健太のアイディアである。


「お前はテスト直前になっても慌てて勉強するようなタイプじゃないから
 関係ないだろ?」
「星野君は?」
「今から勉強したって大して変わんないからいいんだよ」
「……多少ましにはなると思うよ」
「いいんだよ、別に。一回や二回テストの結果が悪くたって」
「一回や二回じゃないとおもうけど……」
「とにかく、」
健太は話をそらした。

「お前が漫才ショーを強烈にプッシュすればホームルームも
 何とかなるだろ? クラス委員なんだから。そしたら実現だ」
「あのさ、星野君。本気でそう思ってる?」
宮迫はすっかり呆れたような声だ。

「クラス委員はクラスみんなの意見をまとめるのが仕事なんだから。
 星野君が漫才大会を提案すればもちろん候補の一つにはなるけど、
 それ以上は星野君が頑張るしかないよ」
「おい宮迫〜」
健太は気勢をそがれたといった表情で、
「それじゃあ、俺達普通より不利ってことじゃねえか」
「不利って?」
「普通だったら、漫才コンビ二人居れば二人で主張することになるだろ。
 でも、宮迫がクラス委員でそういう主張ができないから、
 俺一人でやんなきゃなんない、ってことだろ」
「……うん、そうだね……」
確かにそれは少し不公平かもしれない、と宮迫も思った。しかし、
クラス委員が率先して一つの案を主張するのもホームルームとしてはどうかと思う。

「誰か、協力してくれる人を見つけておいたらどうかな」
「協力って?」
「星野君の案に賛成してくれる人だよ。今度のホームルームで星野君が
 漫才大会提案して、別の人がその意見に賛成したら、
 クラスの皆もだんだんその気になってくるんじゃない?」
「ふーん……」
健太は座りなおし、宮迫の言葉を反芻する。
「誰がいる? 協力してくれそうな奴って」
「うーん」
宮迫も首を傾げる。

「安藤さんは駄目だから……美翔さんとか?」
「いや、美翔は……」
遊んでいる子ども達のサッカーボールがぽんと飛んできた。
健太は頭の上に腕を伸ばしてボールを捕まえると、
「ほらよっ!」
と投げて返す。ありがとうございまーすと子どもたちはまたサッカーを始めた。

「美翔は、漫才のことあんまり分かってないからな」
「……確かに、いつもツーテンポぐらい遅れて笑ってる……っていうか、
 笑ってるみんなを見て楽しそうにしてる気はするね」
宮迫は健太の言葉に苦笑した。

「だから、美翔が漫才大会に賛成してもあんまり説得力ないだろ」
「うーん?」
宮迫は子どもが舞い上げた土煙を見ながら少し考える。

「逆かもしれないよ」
「逆って?」
「美翔さんみたいに、漫才のことをあんまりよく分かっていなそうな人が
 賛成してくれたほうが、みんなも『あの美翔さんが……』ってなるんじゃないかな」
「意外性、ってことか?」
「そうだね」
――意外性か……
と健太は腕を組んだ。それは確かにありだ。
なにか意外性のある出来事にでくわすと思わず納得させられてしまったりする。
当然、意外性が強いほどその効果は大きいはずだ。


「それなら、もっと意外性のある人のほうがいいな」
「誰かいる?」
「いるだろ。霧生姉妹が」
「えーっ!?」
宮迫は思わず大声を出した。サッカーに飽きて休憩をしている子ども達の何人かが
驚いたようにこちらを見る。宮迫は慌てて声のトーンを下げた。

「それは意外性あり過ぎだよ! 霧生さんたち、どっちもホームルームで
 発言したことほとんどないと思うよ!?」
「だからいいんだろ、意外性ってことだと」
健太はもうすっかり決めてしまったようでそのまま立ち上がる。

「霧生姉妹にアタックしてくるぜ」
「あ、ああ……がんばってね」
宮迫は諦めて健太に手を振る。
――まあ、霧生さんたちを説得できたらクラスのみんなも説得できるかも……
難しいと思うけど、と宮迫は声に出さないで思った。


――霧生たち、きっと咲のところいるんだろ。
健太は一旦家に帰りPANPAKAパン目指して自転車を走らせる。
――咲と美翔にも話して、協力してもらった方がいいかな……。
説得の仕方を考えながら健太の自転車は一路PANPAKAパンに向う。
店の前の邪魔にならないところに自転車を止め、「すみません」と店の中に入っていく。

「あら星野君」
レジの後ろにいたのは咲のお母さんだった。
「えーっと、咲とか美翔とか霧生たちとかいますか」
「あ、タイミング悪かったわね」
咲のお母さんは少し背伸びをして店の外を見やった。
「たった今、勉強するって四人で図書館に行っちゃったのよ。そこで会わなかった?」
「いえ――」
前途多難だ、健太はそう思った。
「じゃあ、俺ちょっと図書館の方行ってきます」
「ごめんね、折角来てくれたのに」
PANPAKAパンを出て、すぐに図書館に向う。上り坂は少しきつかった。


「はあ、はあ……」
汗びっしょりになりながら図書館につく。
――勉強ってことは自習室とかだな……
そう目星をつけて、図書館の中に入る。子ども会のイベントか何からしく、人形劇を
している周りに小学生くらいの子どもが集まっているのを横目に見ながら通りすぎようとすると、

「ねえ、おばあさんのお口はどうしてそんなに大きいの?」
「それはお前を食べるためさ」
赤ずきんちゃんの台詞が聞こえてくる。その声が自分の良く知った誰かのものである
ような気がして、健太は足を止めた。
「ええっ!? きゃー!」
食べられて悲鳴をあげている赤ずきんを演じているのは間違いなく、安藤加代だ。
では狼を演じているのはというと……、
――霧生、薫……?
大人びた落ち着いた声は薫の物に違いない。子ども達は赤ずきんを食べてしまった狼が
ぐうぐう寝てしまったのを見てきゃあきゃあ言って喜んでいる。

健太が見ている間に舞台上には猟師が登場、眠りこけている狼を見つける段になった。
「ややっ、こんなところで狼が……」
ん? と健太は首を捻った。少しハスキーな声。答えはすぐに分かった。満の声だ。

――勉強じゃなかったのかよ、何でこんなとこで……

猟師が狼を撃ち殺して、無事に赤ずきんとおばあさんは救出されてめでたしめでたし。
子ども達の拍手に合わせて健太も手を叩き、ばらばらに散っていく子ども達の
流れに逆らって舞台に近づく。
「よう」
「あ、星野君? 見てたの!?」
「おう、今日やってるとは知らなかったけどな」
加代がすぐに健太に気づいた。満と薫はといえば、そ知らぬ顔で人形劇の
片付けをしている。

「安藤がやってるのは知ってたけど、霧生たちもやってたんだな。人形劇」
「……誘われたから」
薫が素っ気無く答える。
「結構上手いんだな」
「当たり前じゃない」
さらりと満が答えた。
「薫は子どもの前では頑張るんだから」
「満っ!」
満がぺろりと舌を出し、「ばん!」と猟師の人形を持って
薫のことを撃つ真似をする。健太は加代を引っ張り、

「この二人ってこんなだったか?」と尋ねる。
「劇の後はちょっとテンションが上がるみたいね」
へえ、と健太は思った。

「それで? 何か用?」
満が思い出したように健太に向き直った。
「あ、ああ……」
すっかり忘れていた用件を健太は思い出す。漫才ショーのことだ。しかし……、
健太は少し考えが変わっていた。

「なあ、終業式直前に二時間自由になるホームルームがあるだろ?」
ええと満と薫が頷くのを見て健太は続ける。
「その時、お前らなんかやれよ、俺達は漫才やるから」
「何かって?」「何よ?」
口々に満と薫が聞くので、健太は頭をかきながら、
「何でもいいよ。今みたいな劇でも、歌でも」
「子ども達呼ぶってこと?」
「違う違う」
健太は薫の言葉を大慌てで否定する。

「そうじゃなくて、クラスの皆の前で今みたいなのやったら、ってことだよ」
「何で私が……」
満がぽつりと呟いた。薫もそれに合わせるようにして頷く。
――またいつもみたいに戻ったな……
健太は内心がっくりきていた。満と薫は昔と比べれば大分みんなと
打ち解けるようになったが、それでもまだ二人が薄い壁の向こうにいるように
感じることがある。
一瞬壁が壊れたような気がしていたが、また元に戻ってしまった。

「いいんじゃない、満さん薫さん。何かやってみたら?」
「え……でも」
加代の言葉に満と薫は二人して困惑した表情を浮かべている。
「今みたいな劇をやるのでも、皆きっとびっくりすると思うわ。
 二人とも上手いもの。……何でも、やってみたらいいと思うの」
「でも、何をやったらいいか」
分からないわ、という薫に加代は「あそこに沢山あるわ」と「脚本」と書いてある
本棚を指した。

「書庫においてあるのもあるし……色々見てみて、面白そうなのがあったらやってみたら
 いいと思うわ」
「二人だけでやるの?」
満のどこか不安そうな言葉に加代は「私も手伝うし、日向さんたちも多分手伝ってくれるんじゃない?」
と答える。
どうする? と二人は顔を見合わせていたが、結局「ちょっと見てくるわ」と加代が
教えた棚のほうに向っていった。

「サンキュー安藤!」
と健太は大げさに手を合わせる。
「一時はどうなるかと思ったよ、何か気まずくなったし」
「どういたしまして」
加代はすました顔で答えた。
「星野君はホームルームの時間、有志で出しものをするという案、ってことでいいのよね?」
「そうだな。他に何か案出てるのか?」
今更のように健太は答えた。まず次のホームルームでその案を通さなければならないことを
改めて思い出す。

「そうね。クラス内ソフトボール大会とか」
「へ? 咲か?」
「そう」
「しょうがないな、止めるように説得してみる」
「自習室で美翔さんと勉強してるみたい」
「サンキュ」
答えると健太は小走りに自習室に駆け出して行く。

その後ろ姿を見ながら、さて、と加代は舞台にカバーをかけて片づけを終らせた。

-完-

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