「美翔さん美翔さん、大変!」
竹内彩乃が二年B組の教室に飛び込んでくる。あまり慌てない彼女が駆け込んでくるのは
珍しく、もう登校していた数少ない生徒が「ああ?」と言うように教室後扉の彼女の方を見た。

「……って、あれ、美翔さんは?」
「美翔さんはまだだよ」
加代と一緒に作業をしていた宮迫が答える。
「最近は日向さんを起こしてから来ることが多いみたい。
 だから、始業時間ぎりぎりになるんじゃないかしら?」
「もう……こんな時に」
「美翔さんになにかあったの?」
「これこれ」
彩乃は教室の中に入ってくると、A4サイズの封筒から書類を2、3取り出した。

「えーっとね、これよこれ」
加代と宮迫が書類を覗き込む。
「『中学生共同制作コンクール』……何? これ?」
「複数の中学生で作った立体物のコンクールがあったのよ。県主催で」
「凪中美術部でも何か出したの?」
宮迫の質問に、彩乃はもっちろん、と頷いて見せた。
「文化祭のときのオブジェがあったでしょ。あれを出したの。
 ミニチュアのレプリカだけど」
「ねえ、それで、どうだったの?」
加代は彩乃の言いたいことがもう分かったらしく、話の続きを急がせる。

「じゃ〜ん!」
彩乃はもう一枚の書類を掲げた。
「優秀賞!?」「すごいじゃない!」
「ね、ね!? 昨日学校にこの手紙が届いたんだって。
 今朝顧問の先生から貰ったの。早く美翔さんに教えてあげたいのに……」
B組の教室にはちらほらと生徒達が集まってきていた。
だが、舞の姿はまだない。

「少し待ってようかな、ここで」
彩乃は教室の一番後ろ、舞の席に腰を下ろした。


「マジ!? さすが凪中美術部!」
二月の寒い朝を乗り越えて舞と咲、満と薫が学校に着いたときにはもう結構な騒ぎになっていた。
教室に近づくにつれB組から騒ぎ声がしているのが分かるので、
満と薫は顔を見合わせる。

「なにかしら」「さあ?」
「まーた健太が何かばかなことでもやってんじゃないの」
「ひょっとして星野君たちの漫才がみんなに大評判とか」
「舞、健太と宮迫君じゃそれだけはないよ」
「そ、そうかな……私漫才とかって良く分からないけど」

そんなことを言っている間に教室に着いた。

「あ、美翔さん美翔さん!」
もうすっかりB組の生徒でもあるかのようにクラスに馴染んでいる彩乃が目ざとく
舞を見つける。

「彩乃さん……?」
教室に入ってきょとんとしている舞を尻目に満と薫は席に着いた。

「賞、もらえたよ! 凪中美術部の『明日にジャンプ』!」
「えーっ!?」
驚いた声を上げたのは咲のほうだった。
彩乃はそんな二人に近づき、先ほどの書類を見せる。

「本当……優秀賞なんて」
「すごいね! 舞、やったじゃない!」
「美翔さんコンクールに出すの自信なさそうだったけど、やっぱり出して
 良かったよね!」
「マジおめでとう、美翔さん」
「よーしここで一つ。優秀賞をとった『明日にジャンプ』は憂愁に満ちている」
「優秀賞と、憂いって意味の憂愁をかけてるわけね。
 分かりにくいし、そんなギャグじゃ美翔さんだって笑わないよ」
いつものように、舞は健太のギャグには困ったような笑いを浮かべて固まっているだけだった。
優子は笑っていたが、他のみんなもため息をつきそうな顔をしている。

満と薫は自席についたままでいたが、舞に何かいいことが起きたらしいということだけは
分かった。
しかし詳しいことは良く分からないのでクラスメイトと彩乃の輪に加わることはしなかった。
必要なことなら後で咲たちが説明してくれるだろう、そう思って静かに篠原先生を待っていた。


二人が事情を聞いたのは昼休みのことである。いつものように屋上にお弁当を持ち込んで、
四人でお弁当を食べながら咲に説明を受けた。
「文化祭でね、美術部はいっつも校門入ってすぐのところにオブジェを作るんだよ。
 こ〜んなに大きいの。例年三年生がデザインするんだけど、今年は
 舞がデザインを任されたんだ! ほら、舞ってすごく絵が上手いし、だから……」
「さ、咲……」
「それで、コンクールって言うのは?」
「県で主催してるんだって。県下の中学生が共同で制作したオブジェとか、彫刻とかの
 コンクールなんだよ、ね、舞?」
「へえ、県の」
「そうそう、だから舞のデザインは県単位で見てもすごく上手ってことだよ!」
「咲……そうじゃないって」
「もう、舞ってば」
「そうじゃないなら、どうなの?」
薫は真面目な顔で舞に尋ねる。

「え……えっと、どうって……その」
舞が困っていても、薫は引くことがない。「どうなの?」と、繰り返し尋ねた。

「……あれを作ったのは、私だけじゃないの」
舞は箸を弁当箱の上に置くと、屋上の手すりに持たれかけ夕凪町を見下ろした。

「……」
三人は黙ったまま舞の言葉を待っている。
「デザインが中々思い浮かばなくて困ってたとき、咲が励ましてくれたし、
 クラスのみんなも私がデザインに集中できるように仕事を割り振らないでくれたし、
 美術部のみんなが、私のデザインが締め切りに遅れても頑張って作ってくれたから
 完成したの。だから、あれを作ったのは私だけじゃなくて……」
「みんなの力で、って言いたいのね」
「そうなの、薫さん。今回賞がとれたのも」
舞は自分の弁当のところに戻った。

「ふうん」
満が呟く。「見てみたいな」
そうか、と咲は思った。満と薫の二人は文化祭のときにいなかった。
今説明を受けても、具体的にはよく分からなかったに違いない。

「そうだ舞、県庁前ホールにしばらく作品が展示されるんだよね? 
 ミニチュアだけど」
「え、ええ、そうよ」
「満、薫も、今度の日曜に行ってみようよ。二人も舞のオブジェ、見たいでしょ?」
二人はうん、と頷いた。


「夕凪町とは大分違う町なのね」
電車を乗り換えて一時間ほど。県庁のある市はいつものように
人と車でごった換えしていた。

夕凪町から外に出たことのない満と薫はその様子に目を丸くしていた。
車もビルも見たことはあるが、
こんなに密集している様は見たことがない。

「薫お姉さんたち、ここに来たことないの?」
一行は咲、舞、満、薫にみのり、合わせて五人だった。
「ええ、夕凪町に来てからはあんまり遠出してないから」
薫のごまかし方も最近ではすっかり慣れたものになってきている。

「みのりはね、お母さんと一緒にたまにここでお買い物するんだよ!
 お洋服買ってもらったりするんだ!」
「そう、そうなの」
「ほらみのり、」
咲は唇の前に人差し指を立てると、「し〜っ」とみのりを黙らせた。
「展示会場に入ったら静かにしないと」
「はあい」とみのりも素直に答える。

県庁前ホールの受付の人に聞いて、コンクールの作品展示場はすぐに分かった。
今回は最優秀作品が一つ、優秀作品が三つだそうである。

会場に入って一番目立つ正面のところに飾ってあるのが最優秀作品、
東堂学園の作品である。優秀作はその横に並べてある。
ベローネ学院、サンクルミエール学園の作品に挟まれて真ん中に
夕凪中学美術部の作品はあった。

実際の作品は大きすぎて飾れないのでミニチュアである。
高さ30センチほどに地球を中心にする舞のオブジェがまとまっていた。

「わ〜、本物のオブジェとそっくりだね、お姉ちゃん」
「ねえ舞、これどうやって作ったの?」
「美術部のみんなで作ったのよ。図面はそのまま、サイズだけ縮小して。
 針金とかは実際のと同じものが使えるわけじゃなかったから
 ちょっと苦労したけど……」

ミニチュアのオブジェの後ろには文化祭当日のオブジェの写真も
何枚か飾られていた。美術部で送ったのだろう。
美術部全員での記念写真もあれば、オブジェだけを撮ったものもあった。

――ふうん……
満は物珍しそうに、それらの写真を眺める。
場所は確かに夕凪中の敷地内なのだが、手作りで飾り付けられている様子は
普段の学校とは全く違っていた。

「文化祭って、こういう雰囲気だったのね」
「そうそう、お祭りお祭り! 2Bではお化け屋敷やったけど、もう大変でさあ……」
「でもあのぬいぐるみ、可愛かったよね」
「ぬいぐるみ? ……あわわ、みのり、それはともかくね」
「?」
「部屋の中暗くしないといけないのに暗幕が支えられなくて大変だったのよね」
「宮迫君は漫才できないって逃げちゃうしさ」
「でも最後は頑張ってみんなの前で漫才したんだから」
舞と咲、みのりの会話は文化祭の話でどこまでも続いて行きそうだった。
満と薫は笑みを浮かべて楽しそうに話す三人を見ていた。


「ねえ、薫……」
「何、満?」
夕凪町へ帰る電車の中、満と薫はドアの傍に並んで立ち、流れて行く風景を見ていた。
海が見えてくる。
みのりと咲と舞は、座って眠ってしまっていた。

「来年の文化祭には私たちも参加するのかな」
「そうなんじゃないかしら。たぶん」
「お化け屋敷とか」
「そうね」
ふふ、と満は笑った。

「咲たちが言ってたみたいに、カボチャ被ったりするのかしら」
「……それはどうかしらね」
電車は大きく曲がった。少しよろける満を薫が支える。
角度が変わり、海に反射した太陽光がきらきらと二人の顔を照らした。

「『明日にジャンプ』、か。ねえ薫、私たちいつの間にか、明日が来るって事を
 当たり前みたいに信じるようになったわね……」
「そうね、でもいつの間にかじゃないわ。咲と舞に会ってから」
「そうね……二人に会ったから……」
夕凪町まであとわずかである、と電車内のアナウンスが伝えた。

-完-

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