「ダークフォールに生きる我らの使命は何か、答えてみよゴーヤーン!」
「ははっ、太陽の泉を奪い、世界を滅びの闇に包むことにございます!」
「ならば早くせよ!」

聞こえる。アクダイカーン様の声が聞こえる。私たちを産み出した恐ろしい方の声が。
私たちは気づいたとき、暗い闇の中にいた。ダークフォールのどこかであることは
分かっても、正確な位置は分からなかった。
でも、アクダイカーン様とゴーヤーンの会話が聞こえるということは……、

「謁見の間の近くのようね」
すぐ近くから薫の声がした。闇になれた目でも、その姿はぼんやりとしか見えない。
ただ青く光る薫の目は闇に飲み込まれることなくはっきりと存在していた。
薫から見た私の姿も、きっと同じようなものだろう。

「でもこんな場所あったかしら」
「分からないわ。でも……」
目の前の闇が動く気配がした。ただならぬ、大きなものが音もなく動いた。
そして闇の上に赤く燃え上がる目が……
「アクダイカーン様!」
私も、薫もすぐに跪いた。
目の前の闇はアクダイカーン様の背中だったらしい。
つまりここは謁見の間の後ろ側、アクダイカーン様の直接の監視下だ。

「満、薫。何か言うことはないか」
「申し訳ありません」――本当は、そう言うべきだろう。アクダイカーン様に逆らい、
その上咲と舞をかばってしまったのだから。

けれども私は何も言えなかった。薫も。私たちは無言で、ただ頭を低く垂れていた。

「ここでよく考えるがいい。自分の行動について」

アクダイカーン様はそう言い残すと、再び後ろを向いてしまった。
攻撃をされなくて、正直ほっとした。
でも、この場所に私たちが入れられたということは、絶対に逃げられないということだ。
三方は壁に囲まれていて、唯一の出口にはアクダイカーン様がいつも座っている。

「反省しなさいってことね、きっと」
薫の言葉が聞こえた。
「反省? 何を?」
「私たちのとった行動よ。咲と舞と友達になって、――それで世界を滅びに包むことが
 できなくなったことよ」
薫の目は闇の中でちらちらと光っている。猫みたいだと私は思った。

「薫はそれが反省することだと思うの?」
私の問いに、薫は答えなかった。黙って私から視線をずらし、アクダイカーン様の背中を見ていた。

「分からないわ」
「私も」

"運命は変えられる"――確かに、私たちの運命は変わった。少なくとも、自分たちの手で
世界を滅びに包むことはなくなった。
しかし、アクダイカーン様の力は無限だ。
私たちの気持ちが変わるか、アクダイカーン様の気持ちが変わるか、いずれかのことが起きない限り、
私たちは永遠にここにいることになる。
永遠に、アクダイカーン様の手の内に。
もしもアクダイカーン様の気持ちが変わったら……、私たちは、消えてなくなるかもしれない。
ドロドロンみたいに粉となって消えてしまうのかもしれない。

「満、薫」
何日経ったのか、それもよく分からないある日。アクダイカーン様はまた突然私たちの方を向いた。

「は、はい」
とうとう、とうとう何かアクダイカーン様が決断を下したのか。私たちの処分について。
私たちはひたすらに頭を下げ、次の言葉を待った。

「ゴーヤーンが持ってきた。ミズ・シタターレの戦利品のヨーヨーだそうだ」
「……は?」
アクダイカーン様の大きな手からぽんと投げられたそれを、私たちは落とさないように受け取った。
「これをどうしたら……」
「知らぬ」
またアクダイカーン様は背中を向けてしまう。私たちの周りに闇がまとわりついてくる。
アクダイカーン様に渡されたものは小さくて丸くて、安物のゴムのにおいがした。
鼻を近づけると、強烈に匂ってくる。

「これ、どうしたらいいのかしら……」
薫が尋ねてくる。私に聞かれても。
「さあ……」
「あ、輪ゴムみたいなのがついてるわね。あ、ここを手に持って、ぴょんぴょんと」
「薫」
「何?」
「そんな安い玩具みたいなものの使い方を真面目に考えなくても」
「だって、他にすることもないじゃない」
薫に釣られて、私も少しヨーヨーで遊んでみた。

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満と薫には分かるはずもなかったことだが、この時ダークフォールの一角では
ゴーヤーンとミズ・シタターレがいつものように言い争っていた。

「シタターレ殿、今回の首尾はいかがでございました」
「……くっ!」
「やれやれ、私の方からアクダイカーン様にはご報告申し上げておきました。
 シタターレ殿の戦利品のヨーヨーも添えて」
「ゴーちゃん、なに勝手なことしてんのよ!」
「ゴーヤーンです」
もみ手をしながら名前を訂正する時にも今のゴーヤーンには恐ろしくゆとりがあった。
任務失敗で弱っている相手に嫌味を言うほど楽しいことはない。

「緑の郷でお楽しみの様子をアクダイカーン様にきちんとお伝えしておこうと思いまして」
――あんたも緑の郷で楽しんでるだろう!
喉まで出かけた言葉をミズ・シタターレはぐっとこらえ、

「ええ、そうよ。分かってないわねゴーちゃん。遊び心がなければ成功することでも
 失敗するものよ。
 生真面目に仕事をするだけで成功するなら苦労はないわ」
「ゴーヤーンです。それにしても今の状況では満殿薫殿のことをとやかく言えませんなあ」
ゴーヤーンは相手の何を突つけば感情を逆撫でできるかよく知っている。
ミズ・シタターレにとっては満と薫――という名前が一番効果があった。

「あんな意気地なしたちと一緒にしないでくれるかしら?
 大体今あの子たちはどうなっているのよ」
「アクダイカーン様のもとで再度教育されているはずですが?
 ミズ・シタターレ殿も一緒に教育を受けてみますか」
「冗談じゃないわ。満や薫と一緒にされる覚えなんてなくってよ。
 ――にしても、アクダイカーン様は本当に再教育されているのかしら」
「はて。どういう意味でございましょう」
「アクダイカーン様はあの子達に妙に甘いから、許したりしてないか心配だわ。
 まあもっとも、そんなことになっても私がすぐに裏切り者として
 あの耳ヨーヨーさんたちと一緒に処分して差し上げますけど」

「ミズ・シタターレ殿。まずはご自分の使命をお考えください。
 芸の道でもプリキュアに負けているようでは」
「見てたの、ゴーちゃん」
「はい」
「……今度は私のフィールドにプリキュアをご招待して倒して見せますわ!」
捨て台詞を言い残し、ミズ・シタターレは服を翻すとその場から
姿を消した。後には大きな水溜りが残る。

「楽しみにしております」
ゴーヤーンは水溜りに向かってつぶやいた。
「おそらくは、無理でしょうが」
最後の言葉は口の中だけでもごもごと言った。

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「あ」
ぴちゃん、と音を立てて薫のヨーヨーが割れた。私のはとっくに割れてしまっている。
「ぶつけちゃったの?」
「そう、みたい」
手に残る輪ゴムを薫は放り投げた。
二つのヨーヨーは今ではもう見る影もなく、岩にへばりついたゴムの切れ端になってしまっている。

「壊れやすいのね」
「そうね」
薫がため息をつく音が聞こえた。「永遠だったらいいのに」
「え?」
私は思わず聞き返していた。

「どういうこと?」
「……緑の郷も、永遠だったら。……滅びの力と同じように」
「そうね……」
私は想像した。永遠に続く緑の郷。緑の郷が永遠と決まっていたら、滅びの力でも
緑の郷を滅ぼすことはできず、そうと分かっていたら私たちが
泉を奪う必要もなく……、

「でも、形あるものはいつか壊れるって」
私は舞のお母さんから聞いた言葉を薫に言った。
「そうね」
薫も頷く。

「緑の郷は、すぐに壊れてしまう――そんな、世界だから……
 だから、美しいのかもしれない……」
「う……ん?」
薫の言葉は私にはよく分からなかった。
薫はすっと立ち上がると、私と背中合わせになって座った。

「薫?」
「満……空の泉でも、よくこうして座っていたわね」
「そうね」
あの時は、世界には自分と薫と、二人きりだと思っていた。
二人いればそれだけでいいと思っていた。

「あの時と今と、どっちがいい?」
「……分からないわ」
少し考えて、私は正直に答えた。どちらがいいか、本当に判断できない。

「私も、分からないわ」
「なんだ」
「でも、分かっているのは……あの時持っていなかったものを今はたくさん持っている気がするの」
「うん……」
私は頷いた。
「緑の郷にいた時は、夢を見ているみたいに世界がいろんな色で満ち溢れていて……、
 空の泉とも、ダークフォールとも全然違ったわ」
「うん……」
「満。私はあのときの思い出さえあれば……たとえ二度と緑の郷に戻ることがなくても、
 ここにずっといても構わないわ――夢を見ていたと言われても、
 すごく短い日々だったけど、あの時の記憶があれば
 ここにずっといることもできそうな気がする……満もいるし」
「そうね……」
私たちは、ほんのわずかな間に夢を見ていたのかもしれない。
でもその夢を見て、私たちの運命は変わった。
このままずっと闇の中にいるとしても、私たちの中には色鮮やかなすぐに壊れてしまう
美しい世界が息づいているような気がする――たとえそれが錯覚であったとしても、
薫と二人でその錯覚に浸っているのも悪くないと私は思った。


-完-

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