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「どうなのよ」
リビングのソファに座って身を沈めていた美奈子は、どんよりとした表情で
やってきたレイに声をかける。
「何も感じないわ」
レイは頭を振った。彼女は今まで、みちるが普段バイオリンの練習に使っている
防音室を借りて、その中で妖気を感じないか神経を研ぎ澄ましていたのである。
結果、何も感じなかった。つまり、ほたるの異変は怪異のものの仕業ではない。

「亜美ちゃんもこの雪のこと調べてたけど、きっと何もないと思う。
 本当にサターンの運命ってだけなんだわ」
「そっ」
美奈子は足を組む。

「美奈は何してるのよ」
「考え事」
「あんたが?」
「どういう意味よ!」
まあまあ、とレイは美奈子を落ち着かせるように手を動かした。
「で、何考えてるの?」
「……さっきはるかさんから聞いたんだけどね」
と、美奈子はレイにはるかから聞いた一部始終を話した。

「そんなことがあったんだ……」
美奈子の隣に座ったレイは俯いた。
「なんか、ほたるちゃんの気持ち分かるような気がして。ほたるちゃんが私と
 同じこと考えてるか分からないけど、でもそんな気がして」
「……」
「私も、戦士としての力がなくなるなら死んだ方がましって思うかも」
あの方を守れなくなるのなら。
美奈子の気持ちはレイにも分かる。
だが、その美奈子にレイは怒って目を向けた。

「うさぎはそれを望まないわ」
「それも、分かってる」
「だから私はそんな状況になったら絶対あんたをのうのうと死なせたりしない」
真剣な瞳で早口でまくしたてるレイに、美奈子はこの場にそぐわないほど明るい笑みを浮かべる。
「なに〜? レイちゃんひょっとして私がこんな話したから寂しくなっちゃったの?」
「な……!」
真面目に考えて損をした。レイはそう思って美奈子の頭にチョップを食らわせた。

「ひ、ひどい、レイちゃん!」
「あんたリーダーなんだから余計なことごちゃごちゃ考えてないで
 現状の打開策考えなさいよっ!」

「なーにやってんの、二人とも」
ぎゃあぎゃあやりあっている二人の所にまことと亜美が呆れ顔でやってくる。
「あ、亜美ちゃん。この雪、何か分かった?」
美奈子の問いに亜美は首を振る。
「ただの異常気象ね。関東上空に居座っている低気圧が移動すれば雪はやむわ。
 寒波ももうすぐ抜けると思うし、この天気は一週間は持たないと思うけど」
「じゃあ、やっぱり敵襲来ってわけじゃないか」
「レイちゃんの方も?」
亜美はレイに目を向けた。

「ええ。何も感じない」
これで結論は出た。ほたるの異変は敵によるものではない。
「それでさ、みんな今夜はたぶん泊まってくだろ?」
まことがポケットからメモを取り出す。
「この辺の料理だったら作れそうなんだけど、何がいい?」
おお! と美奈子は目を輝かせた。
「ほたるちゃんはどうするの?」
レイが尋ねると、
「目が覚めたらお粥か何かすぐに作れるような準備だけしておくよ。
 柔らかくて消化のいいものじゃないと食べられないだろうし」
「そうね」
あれがいいこれがいい、と美奈子とレイ、それに亜美がまことのメモを見ながら
わいわいと話し合い始める。

まことは窓の傍に行くと庭を見て
「あーあ」
と呟いた。
「まこちゃん、どうかした?」
亜美がその声に気づく。
「ここ、花壇になっててさ。秋に一緒に球根植えたってちびうさ言ってたから
 もう芽が出てる頃なのに。雪が降っちゃったからなあって思って」
「……早く融けるといいわね、雪」
そうだね、とまことは亜美に答えた。

 * * *

「ほたるちゃん、ほたるちゃん!?」
ほたるが急に苦しそうに身をよじらせる。ちびうさとうさぎが名前を呼ぶと、
ほたるはうっすらと目を開いた。まだ熱は出ているらしく、
その瞳は潤んでいる。

「ちびうさちゃん……うさぎさん……」
「うん、私たちここにいるよ!」
「パパと……ママたちは……?」
「はるかさんとみちるさんとせつなさんならタイタンキャッスルに行ったよ。
 何か分かるんじゃないかって」
うさぎの答えに、ほたるはその瞳を潤ませた。
「怒ってませんでしたか?」
「えっ?」
うさぎとちびうさは同時に聞き返す。
「怒ってませんでしたか? 私のこと」
ほたるはまるで、悪事が見つかってしまった子供のような顔をしていた。

「そんなことないよ。プーもはるかさんもせつなさんも、ほたるちゃんのこと
 本当に心配してたよ。全然、怒ってなんかなかったよ」
「でも、私……」
ほたるは後悔していた。先ほど、勢い任せに言ってしまったことを後悔していた。
あの時みたいに殺してしまえばいい、と言った時、三人の顔はひどく哀しそうだった。
三人が一番傷つくことを言ってしまった。

「大丈夫だよほたるちゃん……」
ちびうさは椅子から立ち上がると手を握ったままほたるの顔を覗き込んだ。
「プーもはるかさんもせつなさんも、ほたるちゃんのこと怒ってなんかないよ。
 みんなほたるちゃんが大事で、ほたるちゃんのこと一生懸命考えてたよ。
 私だってうさぎだって、みんなそれは同じなの。
 ね、ほたるちゃん。どんなことがあっても、私たちはほたるちゃんのこと
 大好きだよ。だからそんな顔しないで。
 プーたちがきっと、ほたるちゃんのこと助けるための方法を見つけてきてくれるよ」
「でも」
ほたるはこみあげてくる涙をこらえた。その方法が、戦士をやめる方法だったらどうする。

「みんなと一緒がいいの」
「え?」
「戦士でなくなったら、きっと私みんなと一緒にいられなくなる。パパとも、ママたちとも」
ほたるの震える手が布団を強く掴んだ。
「みんなと一緒にいたいの……」
ほたるの脳裏に土星が浮かぶ。沈黙の星。太陽系の中でただ一つ、誰も住まないままに
取り残された星。

「プーなら、大丈夫だよ」
ちびうさはそう請け合った。
「プーは、30世紀で一人ぼっちだった私といつも一緒にいてくれたんだもん。
 プーなら絶対ほたるちゃんを独りにしたりしないよ!
 はるかさんだってみちるさんだってきっとそう。だから、そんな心配しないで」
「ちびうさちゃん……」
何かを言おうとしてほたるはまた激しく咳き込んだ。

 * * *

タイタンキャッスルでのガーディアンサターンの話はまだ続く。
「あなた方と同じように、セーラーサターンはプリンセスサターンとしての
 姿を得ました。
 その時私は、母星を滅ぼした罪からセーラーサターンがやっと解放された
 ような気がしました。でも、」
ガーディアンサターンは悔しそうに肩を震わせた。
「破滅の力がもたらす寿命の運命はまだプリンセスを捕らえていて……」
「待って」
ネプチューンの冷静な声がキャッスルに響く。
「先ほどからあなたの話を聞いていると、セーラーサターンと言っても
 時代ごとに少しずつその能力や特性は変わっていっているのではないかしら。
 運命、運命と言っているけれど、それも変えられるのではないかしら?」
ネプチューンの言葉は確信に満ちていた。そうに違いないと信じているように聞こえた。

「分かりません」
ガーディアンサターンはそう答える。
「でも、プリンセスはいま現に……」
「そう」
ネプチューンは簡単に答えた。
「あなたがそう思うならそれでいい。過去の話はたっぷり聞かせてもらったわ。
 でも私たちは、あの子の未来のことを考えなくちゃいけない」
「ネプチューン、何か手があるのかい?」
ウラヌスが尋ねた。ネプチューンの先ほどからの言葉はいやに自信満々で、
何の根拠もなく言っているようには思えなかった。

「プルートもウラヌスも、まだ感じないのかしら?」
とネプチューンは自らの手にディープ・アクア・ミラーを現出させる。
「私のタリスマンは、先ほどからあなた達のタリスマンと共鳴したくてうずうずしてるわ」
驚いてプルートはロッドからガーネット・オーブを切り離し、ウラヌスもスペース・ソードを
現出させる。
三つそろった三人のタリスマンは初めは微かに、やがてはっきりと共鳴をし始める。
やがて三人の姿は光に包まれ、そしてキャッスルから消えた。


「ここは……?」
三人は落下していく。三人が導かれたのは土星。土星のガスの厚い大気の中を、
ただひたすらに落下していく。
「きっと、私たちを待っている人がいるのよ。この先に」
ネプチューンの言葉にウラヌスが「それは誰なんだ」と尋ねる。
君はそれが誰か分かっているのかと。
「分からないわ。でも、きっとほたるのことを教えてくれる」
「これは、このまま、土星のコアまで……?」
プルートが呟いた。ガス惑星と呼ばれる土星であるが、実際は
鉄やニッケルなどからなる固体のコアがその中央にある。
プルートの言葉通り、三人は土星のコアに降り立った。

予想に反して、そこには誰もいない。
代わりに三人が立つ場所の近くの地面がわずかに輝いた。
「そこ、何かありそうね」
ネプチューンがミラーの光をその場所に当てる。
ばきり、という音とともに固い地面が割れ、その殻の下から
黒い土が顔を出した。

「土? どうして……」
プルートが屈みこんでその土に触れてみる。柔らかい、いい土だ。
植物が育ちやすそうな。
どこかからか霧が流れ込んできてその土に触れると土は硬くなった。

「ウラヌス、霧を払って」
プルートに指示されてウラヌスがタリスマンを使いあたりの霧を払う。
土は再び柔らかくなり、
「ネプチューン、光を当ててみて」
ネプチューンが光を当てると、土の中に紛れ込んでいたらしい種が芽を出す。
プルートはガーネットオーブを使い、この土の周りに霧が戻ってこないように
バリヤーを張った。

「これはひょっとして、太古の人たちが?」
「ええきっと。土星がまだ沈黙の星でなかった頃の名残よ。よく残っていたわね」
ウラヌスの問いにプルートが答える。ネプチューンは何かの気配を感じるかのように
あたりを見回していた。
「どうした、ネプチューン」
「何かを感じるんだけれどはっきりしないの」
そう言っているうちにもその草はすくすくと伸びる。
「これ、どこかで見たことあるな」
「シルバーミレニアムの時代に主食としていた穀物では」
「ああ、そうか……」
思い出した、とウラヌスは思った。実を取って炊いたり発酵させたりするとおいしいんだこれは。
生でもいける。少し苦いけど。

「それにしてもずいぶん成長が早いな」
「……ほたるみたいに、成長を急いでいるのかもしれないわ。使命に合わせて」
プルートはそう答える。そうしているうちに草は穂をつけ、やがてその実をたわわに
実らせる。
刈り入れ時になったので、プルートはその草を収穫した。

「……キャッスルに戻りましょうか」
ここには誰も現れないようだし。とプルートが告げ、三人はキャッスルへと戻った。

三人がいなくなった土星の地に、小さな少女が姿を現した。
黒い髪をおかっぱにした少女。彼女は三人が去った後の、収穫を与えた柔らかい黒い土に触ると
赤ん坊のような無垢な笑みを浮かべていた。

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