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ギャラクシアとの戦いを終え、太陽系のセーラー戦士一同は再びもとの生活に戻った。
うさぎ達内部戦士とはるか、みちるは高校に、せつなとほたる、それにちびうさは小学校に。
地場衛はハーバード留学を継続するためアメリカに戻った。
ちびうさは一旦三十世紀に戻ったものの、未来の両親を何だかんだと説得してきたらしく
二十世紀に戻ってきている。

敵の来ない日々。戦いのない日々。
セーラー戦士たちはみなそれぞれにそんな日常を楽しんでいた。


「雪が降るんだって」
十番小学校の教室の窓から、ほたるやちびうさの同級生が空を見上げる。
空はどんよりとした雲に覆われていまにも降ってきそうだ。
窓を開ければ吹き込んでくる冷たい風を思うと、降ってくるのが雪だと言われても
違和感はない。
違和感があるのは暦の方で、もう春といっていいこの時期に本格的に雪が降るのは珍しい。

「積もったら雪合戦だぞ! 逃げんなよ!」
ちびうさにびしっと人差し指をつきつけてきたのはクラスメイトの九助。
「逃げるって、この前の雪合戦で泣いたの九助じゃない」
「うるせーよ! 顔に雪玉ぶつけるなんて反則だぞ反則!」
「あんたが勝手に顔出してぶつかったんじゃない!」
ちびうさと九助がぎゃあぎゃあとやかましく言い争っているのを、
「あ」という声が止めた。
窓に張り付くようにして空を見上げていた女の子が、灰色の雲から最初に落ちてきた
雪の一片を見つけたのだ。

それはまるで春から冬へと時間が巻き戻るのを告げるかのような存在感を持って
地上に降りてきた。


その頃、ルナとアルテミスはクラウン地下の司令室で状況をチェックしていた。
何か異変が起きたということは敵がやってきたのかもしれない。
ギャラクシアの脅威は去ったとはいえ、敵が二度と来ないというわけではないのだ。
前足を器用に使ってコンピューターを操っているルナに、アルテミスはタイミングを見て、
「どうだい?」
と声をかける。
「他の異変は特になさそうね。普通の異常気象じゃないかしら?」
「なんか変な言い方だな、普通の異常気象って」
「そう?」
ルナは前足で軽く顔を撫でると、
「とにかく、すぐに警戒を高めないといけないってことはなさそうよ」
と結論を出してコンピューターからぽんと床に降りた。
「ダイアナも喜ぶんじゃないかしら、雪で遊べて」
「そうだね」
アルテミスもコンピューターから跳び下り、二人はそろって司令室を出た。


雪が降り始めて数日後の日曜日、ほたるはちびうさと映画を観に行く約束をしていた。
お姫様と王子様の禁断の恋と逃避行を描いたお話で、全米が泣いた名作――らしい。
――ちびうさちゃんってこういうの好きだよね。
誘われた時ほたるはそう思った。
クラスの同級生を誘っていないのは、こういう大人のお話を見るのはほたるちゃんと二人が
いいから、という理由だそうである。
――私だって、大人の話が分かるわけじゃないけど。

そう思いながらも、ほたるはもちろん映画の誘いを二つ返事でOKした。

「せつなさん、何着ていけばいいと思う?」
白い雪は毎日降り続け、日曜日にはここ十番でも30センチ近く積もっていた。
窓から外を見て、リビングにいるせつなに尋ねる。
ほたるが持ってきた服は真冬に着ていたもので、もうくたびれ始めているので
できれば違うものにしたかったのだが、
「あったかくしないといけないから、それがいいと思うわ。あと、長靴で」
せつなは暖かいものがベスト、という意見だった。
「うーん」
ほたるはあまり可愛い長靴を持っていない――とても実用的なデザインのものしか
持っていないのでちびうさと二人で映画という今日のような時はできれば避けたいのだが、
これも諦めるしかなさそうだった。

厚手のダッフルコートを着てマフラーをし毛糸の帽子をかぶって手袋をはめ、
最後に長靴をはいた自分の姿を思い描くと、
まるで雪だるまにでもなったかのように丸くなってしまいそうで
もう少し何とかならないものかとも思うが、
――でも、少し薄手のものを着たらせつなさん反対するだろうなあ……
と想像はつく。
せつなが言っていることもほたるには分かるのだ、こんな寒い日には
できるだけ暖かくしていないと風邪でも引いたら大変だ。

結局、ほたるはせつなの言った通りの格好で出かけることにした。
待ち合わせ場所は駅の北口、一番目立つ街灯の下。
ほたるは時間より少し早く着いたので、そこでちびうさを待つ。
映画を観たら、その後は何をしようか。
ウィンドーショッピングがいいと思っていたけれど、この雪の中あちこちうろうろするのは大変だ。
映画館が入っているビルの2階にお洒落なお店が少しあった気がするから、
そこを覗いてみるのもいいかもしれない。

なんてことを考えているうちに雪の勢いは増してきた。
時折吹きつけてくる雪が顔に当たり、ほたるは思わず眼を細める。

「ここは閉鎖ですよ!」
突然、すぐ近くから声が聞こえた。ほたるが声のした方を振り返ると、
駅員さんらしい制服を着た人が厚手のコートを着て立っていた。
「閉鎖って? どういうことですか?」
「北口は雪が吹き込んでくるので閉めます。北口広場も、閉鎖します。
 待ち合わせなら南口まで行ってください」
「でも、友達がまだ来ていないんです」
「あなたの友達も南口に来ますよ。北口に来た人はどんどん南口に誘導することに
 なっているんです」
有無を言わせない口調でそう言うと駅員さんはほたるを「さあ」と促した。
ほたるは仕方なく、南口の方へと足を向けた。雪は来たときよりも深くなっているような
気がする。
気を抜くと、足を取られて雪の中に転んでしまいそうだ。
ほたるは気を付けて、気を付けて歩いていた。前を歩く駅員さんは慣れているのか早足だった。
振り返ってほたるが遅れているのを見た彼は、ぐいとほたるの左手首をつかむ。
(やっと見つけた)
そんな声が聞こえたような気がしたが、気のせいだろうとほたるは思った。

 * * *

ほたるを送り出してからせつなは本に集中していたが、電話のベルの音にその集中を破られた。

「もしもし――」
「あ、あのね、もしもし、プー!?」
「スモールレディ」
せつなの顔が自然とほころび、声が少しだけ高くなる。
「どうされたんですか? 今日はほたると一緒なのでは?」
「うん、あのね、ほたるちゃんずっと来ないの。待ち合わせ場所に」
「えっ?」
「ほたるちゃん、まだお家にいるのかなあと思ったんだけど」
そんなはずはない。ほたるは待ち合わせの時間通りに――待ち合わせより少し早く着くように
計算して家を出て行った。
せつなの顔から笑みが消える。
「じゃあもうちょっと待ってみようかなあ」
「いえ、スモールレディ。私が探しに行きます」
「えっ、でもプー、ほたるちゃんちょっと遅れてるだけかも」
「いえ、ほたるはかなり前に家を出ました。もっと前に着いているはずです」
せつなは努めて冷静に話していた。内心ではどういう対応をすればいいか
必死にいろいろな計算をしていた。
「ですから探しに行きます。スモールレディ? 今どちらにいますか?」
「えっと、駅の北口だけど」
「では、そこで待っていてください。私と合流しましょう」
ほたるが敵と遭遇して何らかのアクシデントがあったとして、とせつなは考えていた。
スモールレディにまで危険が及ぶことは避けなければならない。
まずスモールレディの安全を確保しそれからほたるを全力で探す。

電話を切ると、せつなはすぐにはるかの部屋に向かいほたるの行方が分からなくなったことを告げる。
「えっ!?」
ベッドに寝転がって本を読んでいたはるかは跳ね起きた。
「私はスモールレディと合流するからはるかは別の所を探して」
「分かった! みちるは公演中か、会場に連絡だけいれとく」
はるかはすぐに着替えはじめる。お願いしますとだけ言い残してせつなはコートを羽織ると
家の外へと飛び出した。

「スモールレディ!」
「あっ、プー!」
ちびうさは約束通りに駅前北口、一番目立つ街灯の下に立っていた。
「ほたるはまだ来ませんか」
「うん、それでね、うさぎにも連絡したの。みんなで探してって」
「プリンセスに? それは……申し訳ありません」
「何言ってるのプー!」
恐縮するせつなにちびうさは少しだけ怒ると、
「早く探そっ!」
とせつなの手をひっつかんで雪の中を駆けだした。

 * * *

「ほたるちゃーん!」
うさぎも、内部太陽系の四戦士――亜美も、美奈子も、レイも、まことも雪の中を
探し回っていた。
はるかも同じ。駅の方はせつなが探しているはずなので、駅から離れた区画を走り回る。
自分がつけた足跡も降る雪がすぐに消していく。だんだん、自分がどちらの方角から来たのかも
分からなくなってくるようだ――。

ほたるも、同じだった。
ほたるの周りも雪が取り巻いて、前を見ても後ろを見てもただ白い世界だけが広がっていた。
もうずいぶん歩いているのに一向に南口に着かない。ほたるはだんだん、自分が歩いているのか
立ち止まっているのかもよく分からなくなってきた。
駅員さんらしき人がほたるの手を離す。すぐに彼の姿は見えなくなった。
ほたるは呆然として立ち止まった。と、頭の中に何かのヴィジョンが流れ込んできた。

――どこの風景なの……?
それはほたるの知らない星の光景だった。見たこともない木々に、見たこともない鳥。
空は見たことのない色をしていた。
中年の男性が家路を急ぐ。収穫を終えたらしい彼の顔は幸せそうだった。
空が突然、光り輝いた。その不吉な光に彼は天を仰いだ。
あああ、とほたるは思った。このヴィジョンはあの時のものだ。
シルバーミレニアムが滅んだ時の。
太陽系にはいくつもの小惑星がある。その中には、あの時の閃光が完全には届かなかった
星もあるだろう。
けれどもそうした星々も。
ほたるは次に起きることを知っていた。

太陽系に雪が降る。全ての星に雪が降る。ほたるのヴィジョンの中でも雪が降ってきた。
全ての生き物を眠らせ、溶かす、雪が降る。そして歴史は終わる。

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