その日曜日の予定をみちるがはるかに告げると、
「じゃあ、その日僕が一日ほたるを見てるよ。君は久しぶりにゆっくり――
 ああそうそう、せつなと一緒にランチにでも行って来たらいいんじゃないかい?」
とはるかが言い出した。
「え?」
ソファーに座っていたみちる後ろに立っているが聞き返す。
「ほら、君は食事係だし栄養のバランスを考えたり日々の食事が大変なんじゃないかって
 思ってさ。
 せつなもほたるのしつけ対応でてんてこまいだし……僕は思ったより早く
 おむつ係から解放されたし」
せつな、はるか、みちるの三人が赤ちゃんに転生したほたるの世話を初めて一ヶ月と少し。
あの皆既日食の日からほたるは急激に成長を始めた。
まだまだ産まれたばかりの赤ちゃんだったのに、今は三歳くらいまでに成長している。

三人の役割分担はせつながしつけと教育、みちるが食事と健康管理、
はるかがおむつ替えと遊び相手というものなのではるかはもう仕事の半分がなくなった状態だ。
一方、せつなとみちるは日々成長していくほたるに合わせてしつけや食事を
変えていくのが大変らしい。それは見ていて分かる。
はるかも遊び方を日々変えなければいけないのだが、こちらはほたるのリクエストに
応える形を取ることが多いので他の二人ほどには負担はない。

「でも、はるかに一日任せていて大丈夫?」
「大丈夫さ。二人で一日一緒に居ても。ああ、ほたる歩けるようになったんだし
 一緒に出掛けるのもいいな」
「……ねえ、はるか?」
みちるははるかのうずうずした様子に気が付いた。
「何だい?」
「ひょっとして、はるかがほたると一緒に居たいのではなくって?」
みちるの言葉を聞いてはるかはふっと笑ってソファの後ろからみちるの首に
腕を回すと、
「ほたるに嫉妬してるの? みちる」
と耳元で囁く。
「あら」
今度はみちるがわずかに笑みを浮かべた。
「うちのお姫様を独り占めするならそれなりの覚悟はいるわよ。良くって?」
「おいおい、僕の方に嫉妬してるのか」
みちるはその言葉にぷっと吹き出した。はるかはみちるの首から腕を放すと
ソファの背もたれに手をかける。

「冗談よ。楽しんで来たら? パパと娘の初めてのデート。
 ……あ、でもほたるまだそんなに歩けないから」
あまり疲れさせないように気をつけて、と言いかけたものの、
はるかが女性のエスコートで失敗するわけもないとみちるは思い直し、

「ほたるの前で女の子誘ったりしちゃだめよ?」
とだけ釘を刺した。
「やれやれ」
はるかは大仰に肩をすくめる。
「心配いらないよ、そんなこと」

 * * *

というわけで日曜日、みちるはせつなと一緒に出掛けることになった。
元々の用件は要らなくなった紙おむつの処分である。
ほたるを育てるにあたって大量の紙おむつをストックしていたものの――三月末に
近所のドラッグストアでセールがあって、三人とも紙おむつを買い込んできたのが
またいけなかった――ほたるが急成長したおかげで、それが急に不要になってしまったのだ。

不要になったからと言って、まだ開けてもいない紙おむつの山を捨てるのも勿体ない。
ちょうど、みちるの知り合いの家で赤ちゃんが産まれたという話なので、
紙おむつを渡しにいくのである。

今、みちる達四人が住んでいる家には車が二台ある。
主にはるかが乗り回している車と、せつなが通勤に使っている車と。
みちるはおむつを運ぶにあたってどちらかに車を出してもらいたかったので
はるかの予定を聞いたのだが、はるかがほたるとデートするというので
せつなと一緒に行くことになった。彼女の予定が空いていて良かった。

無事にみちるの知り合いの家に挨拶をしておむつを渡し、みちるとせつなは再び車に
乗り込むと、
「ここのお店、はるかが予約しておいてくれたんですって。道分かる?」
と地図を渡した。
せつなはじっくりと地図を読みこんだ後、
「たぶん」
とみちるに地図を返と、エンジンをスタートさせた。

はるかが予約した店は、半地下の目立たない店だった。
目立たないが、店の調度品や並んでいる食器は上品だ。
「はるかが料理も予約してあるんですって」
通された席でみちるが囁く。
「本日のお料理でございます」
ウエイターが持ってきたメニューにはフルコースが記載されていて、
「ランチからフルコース?」
とみちるとせつなは同時に呟いた。

 * * *

「ほたる、今日は僕と一緒にお出かけしような」
「うん、はるかパパ!」
みちるとせつなを家から見送ったはるかは、ほたるの洋服を着替えさせると
彼女を抱きかかえて家を出て車に乗り込む。
ほたるはチャイルドシートに乗せて自分は運転席に乗り込み、
愛車のエンジンを入れる。
いつもより極力丁寧に、はるかは車を始動させた。
穏やかに穏やかに。ほたるの身体に加速の衝撃が届かないくらい穏やかに。

はるかが車を向かわせた先はデパートだった。
駐車場で車から降ろされたほたるは目をきょとんとさせ、
「お買いものするの?」
と手をつないだはるかを見上げた。このデパートにはみちるやせつなとも
一緒に来たことがある。
はるかもここに連れて来たのが少し意外だった。
「今日は特別なものを買うんだよ」
はるかはほたるにウィンクすると、手をつないで一緒に店の中へと入っていった。


日曜日ということもあって店内は混雑していたが、人ごみのにぎやかさと
同じくらい目をひくのがあちこちに飾られた赤い装飾だ。
「お母さん ありがとう」という文字と共に、カーネーションの花束のイラストが
描き添えられた看板が天井からぶらさがっていたり、壁にかかっていたりする。

「はるかパパ、あれは何?」
案の定、ほたるはその赤くてかわいい看板に目を取られた。
「今日はね、母の日って言って」
はるかはしゃがみこんでほたるの目と高さを合わせる。
「ママに『いつもありがとう』ってカーネーションのプレゼントをする日なんだよ」
「ほたるもする! みちるママとせつなママに!」
思惑通り。はるかは自分の考えていた展開通りに話が進むのに、
――やっぱりほたるは素直でいい子だな。
と内心ひどく満足していた。

「じゃあ、お花屋さんにカーネーション見に行こうか」
「うん!」
これで花束をほたるに選ばせて、商品は預けておいてレストランで食事をして帰ろう。
僕もみちるに何か買おうか――と思いながら、はるかはほたるの手を引いて
花屋の方へと向かう。と、店の少し手前でほたるがぴたりと立ち止まった。

子供向けのイベントコーナーなのだろうか、花屋のそばの一角――いつもは大抵、セール品などを売っているコーナーに、
今日は子供用の机といすが並んでいる。そして数人の大学生くらいの
女の子たちが、椅子に座った幼児たちに折り紙の折り方を教えている。
折り紙で何を折っているのかとみれば、カーネーションである。
「お母さんに手作りカーネーションをあげよう!」という立て看板が
近くに立っていた。

ほたるは、ぴたりと足を止めたままそのコーナーの様子をじっと見ている。
「ほたる、折り紙作りたいのか?」
そう尋ねると、ほたるは無言で頷いた。

――そうだな、手作りをプレゼントするのも悪くない。
はるかはそう考えて、
「じゃあ、行ってごらん」
とほたるの背中を少し押した。ほたるは恥ずかしそうに少しもじもじしていたが、
スタッフの女の子の一人がそんなほたるに気づいて声をかけてくれたので
椅子に座って教えられたとおりに折り紙を折り始めた。


赤いカーネーションとピンクのカーネーションを一つずつ作って花束のようにまとめる。
できあがったそれは、はるかの目から見てもよくできていた。
お姉さんにほめられてほたるは嬉しそうだったが、
「もう一つ作ってもいい?」
とお姉さんに尋ねている。お姉さんは少し驚いたようだったが、ちょうどその時は
あまり混んでいなかったこともあって「いいわよ」と答えてくれていたので
はるかはほっと安堵した。
しばらくしてから、ほたるは二つの花束を抱えてはるかのところへと戻ってきた。

 * * *

一方の、せつなとみちる。
ランチでフルコースというのは随分久しぶりの体験だったが、
はるか紹介の店だけあってどの料理もおいしく二人は十分にその味を堪能していた。

「ところで、今さらこんなこと聞くのもどうかと思うけど」
デザートが出てきたころ、せつながこんな話題を持ち出す。
「あら、何かしら?」
「はるかといつからそういう関係なの?」
ぴたっとみちるの手が止まった。
「あら。言ってなかったかしら?」
「ええ。前世では二人とも仲が良かったけどそこまでではなかったし――」
「そう見えた?」
みちるはデザートに出てきたチーズケーキを切って一口頬張る。
「違ったの?」
せつなは意外そうに、グラスの中の水を口に含む。

「そうね。あなたは気づけなかったかもしれない。
 プルートがいなくなってからだから。そうなったのは」
「え、邪魔してた?」
冗談めかしてせつなが聞くと、みちるはくすくすと笑った。
「そうじゃないわよ。ただ、あなたがいなくなって私たち二人とも……寂しくなった、のよね。だから」
「ああ……」
せつなはそれ以上のことは言わずにデザートを口に運ぶ。
「転生して覚醒してからは、まあ前世の記憶もあるし何となくね」
「なるほどね。ただね、みちる。ほたるもこれからどんどん大きくなるし、
 あまりほたるの目の前でいちゃいちゃするのは、ね」
そう窘めてくるせつなにみちるは苦笑した。
「そのくらいは弁えてるわよ。私たちだってほたるのママとパパなんだし。
 でも――」
「でも?」
「ねえ、せつな。ほたるはこれからどうなると思う?
 サターンはまた目覚めるのかしら……」
「さあ……」
せつなは不安そうなみちるに曖昧な答えしか返せなかった。
異変は明らかに起き始めている。ほたるの急成長もそうだし、あの日食の日に感じた異様な気配も、
自分たち三人が変身できなくなっていることも。

「どちらにしても、ほたるを大切に育てていくしかないわね。
 この世界にも、自分にも、愛情を持てるような子に」
せつなは左手を動かして、三人で買った指輪をみちるに見せた。みちるも「ええ」と頷いた。

 * * *

せつなとみちるが家に帰ると、はるかとほたるはもう帰宅していた。
「ただいま」「ただいまー」
二人並んで家に入ると、
「お帰りなさい、みちるママせつなママ!」
とほたるが奥から走って出てくる。

「ただいま、ほたる」
みちるはほたるの頭を撫でる。
「あのね、みちるママ、せつなママ。ほたるが作ったんだよ!」
ほたるは自分の後ろに隠していた折り紙の花束をみちるとせつなに渡した。
「ほたる?」
「え、これって……母の日? 今日?」
突然のことにみちるもせつなも目をぱちくりとさせた。
二人とも、まだ自分が母の日にカーネーションをもらえる立場であることに
気が付いていなかったのである。
「うん! ほたるが作ったの!」
ほたるが再度説明を繰り返す。
「ありがとう、ほたる」
せつなは鞄を置くと、ほたるを床から抱き上げた。
「すごく嬉しいわ」
そう言われて、ほたるはくすぐったそうな笑みを浮かべる。
「ねえ、本当によくできてる」
みちるもそう言いながら家に上がると、はるかはダイニングで待っていた。
「お帰り、二人とも。――これは、僕からみちるに」
はるかは赤く大きな薔薇の花束をみちるに渡す。
「は、はるか、これは」
「僕からもあげたかったんだけどカーネーションって訳にいかないからさ」
とはるかは答える。
ほたるを抱っこしていたせつなはそんな二人の様子を見て、はいはい、と思い
自分の部屋に戻ろうとそちらに足を向けかけると、

「せつなママ、もう一つ渡すものがあるの」
とほたるが言った。
「えっ?」
と聞き返しながらほたるを床に下ろすと、ぱたぱたと走って行って
戻って来たと思ったらはるかが渡したものよりだいぶ小ぶりの――ほたるが
持ってちょうどいいくらいの大きさの――薔薇の花束を持ってきた。

「はい、せつなママ! これも!」
「あ、ありがとう。でもどうして?」
受け取りながらも困惑しているせつなを見てはるかはにやっと笑うと、
「僕がみちるに渡すって言ったら、ほたるもせつなに渡すって聞かなくてさ」
と教える。
「そうだったの」
「うん!」
驚いているせつなを見て満足したように笑っているほたるの頭を、せつなは
優しく撫でる。
一日にして花が増えた家の庭では、少し前にほたるがせつな達と一緒に植えた球根が芽を出し始めていた。

-完-

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