前へ

ウラヌスとネプチューン、プルートの三人にとってシルバーミレニアムの崩壊は
予想外のことだった。
日々外敵を倒していた彼女たちの日常自体にさしたる変化はなかった。
敵は弱くもないが、強すぎて倒せないということもない。
たまに数が多くて辟易することがある程度。

だが、異変を感じてはいた。
幼少期を過ごした月の王国の方からひどく嫌な気配がするような。
しかし、彼女たちは自分の持ち場を守ることが第一の使命であったし、
動くことはできなかった。

「ウラヌス!」「ネプチューン!」「プルート!」
それぞれの任務地で戦っていた三人は、魔具タリスマンが突然に強い力を
発し始めたかと思うと、知らない場所、これまで一度も行ったことのない場所へと
テレポートさせられ、そこで再会を果たした。

「なんなのこれは!? どうして私たちが揃ってしまったの!?」
三人のタリスマンは振動を続け、強烈な光を発している。
どこかの城と見えるこの場所になぜ三人が集められたのかそれすら分らなかったが、
何かが起きようとしていることは分かった。

「これは……」
ウラヌスの持つ剣から黄白色の光が長く延びる。その光の道に交わるように
ネプチューンの鏡から青緑の光が延びる。
リン、と音をたててプルートの持つオーブが赤い光を放ち、
二つの光に交わった。

三方から放たれた光線が重なり合ったその中心は白く聖く輝く。
まるで救世主の到来を告げるかのように。
その光を覆い隠すように、一人の少女の姿が現れる。深い紫の衣を身にまとったセーラー戦士。
その手に握られた鎌は、それが武器であることをその形態から如実に表している。
少女は鋭利な刃物のような冷たい眼を三人に向け、
「沈黙の星、土星を守護に持つ破滅の戦士セーラーサターン」
と静かな声でその名を名乗る。そして終焉を告げた。
栄華を極めたシルバーミレニアムの輝かしい時代の。

三人がタリスマンを降ろすと光の道がすうっと消える。
少女は暗闇に飲まれた城の中に毅然たる態度で立っていた。

「終わり!?」
「シルバーミレニアムで何があったんです!? 私たちは、何も知らされていません!」
ウラヌスとネプチューンが詰め寄ってもサターンはそれには答えない。

「私の封印が解かれる時は一つの時代が終わるときです」
事務的にそう答えると、手にした鎌をゆっくりと振り上げる。

「やめろ! 僕たちは何もできてない! 戦ってさえいない!
 終わるにしたって、今死ぬわけにはいかないんだ!」
ウラヌスはサターンに殴りかかってでも彼女を止めようとした。

こんなところでは死ねない。
こんなところで死んでしまうわけにはいかない。
戦士として使命を受けながら、事情もわからないまま戦わないままに
死ぬわけにはいかない。
こんなところで死にたくない。死にたくない。

だが、サターンの周りを薄い光が取り巻いたかと思うとウラヌスを弾き飛ばす。
「これが白い月の女王の意思です」
その言葉と共に彼女は静かに破滅の鎌を振り下ろした。

閃光がその場に充ちる。月の王国も同じように閃光に包まれた。
破滅の戦士の放つ滅びの光。
多くの生き物は一瞬にして絶命の時を迎える。
沈黙の星・土星のタイタンキャッスルも――ウラヌスたちは気がつかなかったが、
彼女たち三人が集められた場所は破滅の戦士の居城であったのだ――、
正しく沈黙に包まれた。
外部太陽系の三戦士も床に倒れ伏している。
サターンは微かな笑みを浮かべた。それは使命を無事に果たすことができたという
純粋な満足感だった。

「う……」
倒れていたプルートの声にサターンは一瞬身構えたが、彼女とてもう立ち上がることはできない。
他の二人のように即死でなかっただけ、すこしだけ時間の猶予が与えられただけだ。

「あなたは少しだけ頑丈だったようですね」
「どうして……できるんです……こんなことが……」
横向きに倒れたプルートの眼は怒りに燃えていた。
彼女のティアラは割れ、額から流れる赤い血が彼女の顔を染めていた。

「それが私の」
「あの美しい……月の王国を……どうして、ためらいも、なしに……」
彼女はサターンの言うことを聞いていないので会話が成立していない。
それでもサターンは律義に彼女に返事をする。

「私は知らないもの。行ったことも見たこともないし」
「可哀想に」
プルートはこの時だけ、サターンの言葉を聞いていた。そして思ったことをそのまま言っていた。
よく知りもしない相手に「可哀想に」などと言えば相手が不愉快になるから言わない方がいい、
という程度の分別はプルートも持っていたが、そんな分別などとうに
消し飛んでしまっていた。

「可哀想?」
サターンがわずかに口元をゆがませる。
「何も知らないくせに」
そう言い返そうとして彼女は口をつぐんだ。プルートの気配は消えた。彼女も息を引き取っていた。
プルートはまだ目を開けていたから、サターンは彼女のまぶたにそっと触れて
目を閉じさせてやった。
「お休みなさい」
お休みなさい。また、時が来るまで。
サターンは胸の内でそう呟いた。


真なる沈黙が訪れたこの星で、サターンは居城のバルコニーに立つ。
太陽を中心にめぐる太陽系の輝かしい星々が見える。
彼女は鎌を持ち直し、その柄を床に降ろした。低い音が太陽系に響く。
ドン、ドン、ドン、と三回響いたその音は舞台の幕を下ろす合図だった。

太陽系に雪が降る。

太陽系に属する全ての星々に、雪のような白い粒子が降り注いだ。
星々の表面は白く覆われ、隠されていく。
太陽系に生きていた生き物は雪にふれて眠り、その身体は次第に溶けて行った。
そのうちにここタイタンキャッスルの中にも雪は降り積み、
あの三戦士の体をも跡形もなく消してくれるだろう。
月の王国に忠誠を誓った戦士たちは死に絶えた。一人を除いて。
サターンは雪の積ったバルコニーで、月の方角を向きひざまずくと、
鎌の柄を短く持ち静かに自分の胸を刺した。
最後の一人も、こうして絶命した。
降り続ける雪は彼女の死体も少しずつ隠していった。

 * * *

「……それはそうだな」
はるかが「いいかい?」と二人に断ってから最後の一切れのピザに手を伸ばした。
「戦って死ねたなら、あの時よりはましだ。たとえ道半ばで倒れることになっても」
「それで」
せつなが言葉を継いだ。
三人はせつなの引っ越しという名目でここに集っているはずなのだが、
いつの間にか全員が戦士の目をしている。
そのことのおかしさに気付く者もいない。
否、三人でいる時は戦士である方が普通のことのように思えていたのだ。

「この前プリンセスやスモールレディに言っていた、破滅の神の話だけれど。
 転生してきた彼女が現生ではどこにいるか、心当たりはあるの?」
はるかとみちるは真剣な表情で目を見合わせてからせつなに視線を戻した。

「このすぐ近くさ」
「無限洲の中心よ」
「……」
せつなは頭の中でみちるの言葉を反芻した。彼女自身、無限洲で巨大なエネルギーの
異常が起きていることは確認している。
まるで次元が歪んでいるかのような。
それは異星人がそこに現れつつあるだけだと思っていたのだが……。

「無限洲の中心には土萠創一という科学者の自宅兼研究所があるんだ。
 そこの娘だよ。名前は、土萠ほたる」
「……何歳?」
「11歳。小学6年生」
ぴったりだろう? とはるかは皮肉な笑みを浮かべた。
記憶にあるサターンの姿は、少女の姿だ。11歳と言われれば、そのくらいだったかも
しれないと思える。

「あの場所には一体何があるの」
せつなはため息をつく。
「異星人だけじゃなくて破滅の神までそこにいるなんて」
「土萠教授はパンドラの箱を開けたのよ」
みちるが哀しげに呟いた。
パンドラの箱といえば、ありとあらゆる災厄が詰まっていると言われる箱である。
決して開けてはならないはずだったのに、開けてしまったためすべての災厄は野に放たれた。
しかし箱の底から最後に現れたものは希望で、それは人類の手元に残った。
それゆえに人類はどんな災厄に襲われようとも希望を失わずにいられるのだという。

「あの場所からはありとあらゆる災厄が飛び出してくるんだわ。
 プリンセスや月の王国の行く手をふさごうとするもの全てが」
「だが、このパンドラの箱から希望は出てこない」
芝居がかった口調ではるかは言った。
「希望なんか出てくるものか。この箱から出てくるものは絶望だけだ。
 僕たちは、それを何とか食い止めなくちゃいけない。たとえこの手を汚しても。
 あの時止められなかった破滅を今回は止めなくちゃいけないんだ。
 何もできなかった僕たちが」
手を汚す。その言葉に込められた覚悟はせつなにもはっきりと伝わってきた。
「せつな、協力してくれる?」
おそらくみちるは、このことについて何度もはるかと話し合っていたのだろう。
いずれプルートが覚醒してくるということも、そうなればサターンの覚醒も
近いということも。
せつなが協力を拒めば、二人だけで手を汚すつもりだろう。
「ええ。協力するわ」
せつなは静かに頷いた。



「どうしてそんな憐みの目で私を見るの!?」
夜、三人は土萠邸を訪れほたるの様子を窺っていた。
娘のほたるは体調が悪いらしく自室で臥せっていたが、三人の姿を窓の外に認めると
こう叫んで何かを投げつけてきた。

「興奮させるとよくない」
はるかがそう判断し、三人はすぐにその場から姿を消した。
今回わかったことは、サターンが覚醒しようとしていること、それと同時に
ほたるの身体がもう長くはないということだった。

――可哀想に。
自分の部屋に戻ったせつなは今見てきたばかりのほたるのことを思い返しながら
ベッドの上に身を横たえた。
数年前の爆発事故のせいで、ほたるの身体には無理がきている。
むしろ、ここまで生きていられたのが奇跡的なほどだ。
サターンが覚醒すれば彼女は生きることができるかもしれない。
だが、覚醒する前に彼女を殺す――、
はるかとみちるはその決意を固めている。彼女たちにだけ罪を背負わせるわけにはいかない。

部屋の明かりはつけていない。
暗い部屋でせつなは天井を見つめながら額に浮かんできた汗を拭った。

――可哀想に。
その言葉が何度も浮かんでくる。
未来は、ある。30世紀は訪れる。彼女は身をもってそれを体験している。
だから破滅の神がここで目覚めてはいけない。
そのためには彼女を殺さなくてはいけない。


――可哀想に。
前世の自分がセーラーサターンに言った言葉が甦ってきた。
何度転生をしようとも破滅の戦士の運命は哀しい。

 * * *

破壊しつくされた無限洲の中心にそぐわない声が響く。
赤子の泣き声である。

三人の尽力にも関わらずセーラーサターンは覚醒したが、
彼女がこの世界を滅ぼすことはなかった。彼女は異星人デスバスターズを破滅に導き、
彼らと心中する形で消滅した――プルートがセーラーサターンもろとも彼らを
異次元に封印した。

そしてセーラームーンの力で赤ん坊となって土萠ほたるは転生した。
たった一人で産まれてきたその子を三人は育てることにした。
罪滅ぼしかと誰かに聞かれれば、三人は「そうだ」と答えるかもしれない。
土萠ほたるを殺そうとしたことの、セーラーサターンを独り異次元に封印したことの。……


「ほたる、ご機嫌ね」
おむつ替えが終わり、せつなに高い高いされてきゃっきゃっと笑うほたるを見て
通りがかったみちるが足を止める。

「みちる、片付け今日中に終わりそう?」
「怪しいものだわ」
腰に手を当てて他人事のように言うみちるを見てせつなは、
「今夜眠る場所ないわよ」
と諭すように言ったものの、
「はるかの部屋で眠らせてもらうもの」
と当然のように返される。あーはいはい、とせつなは答えた。

みちるがまた片づけに戻って行って、せつなは窓のそばに寄ってみる。
庭には花壇の跡があった。レンガで仕切ってはあるものの、
何かが植えてある様子はない。
ここに人が住んでいたころはきっと色とりどりの花が咲いていたことだろう。

「今度球根を買ってきましょう。きっと、きれいな花壇ができるわ」
せつなは腕の中のほたるにそう言って聞かせる。
「この世界をたくさん見ましょうね」
ほたるは、せつなに抱っこされて話しかけられているだけで
嬉しそうにしてしがみついていた。

-完-

 ←押していただけると嬉しいです。

前へ
セーラームーン置き場へ戻る
indexへ戻る