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「はるか、片づけ終わったわ! 代わるから」
「もっとゆっくりしててもいいのにさ」
海王家所有の一軒家。デスバスターズとの戦いを終え、赤ん坊として転生した
ほたるを育てることにしたはるか、みちる、せつなの三人は今まで住んでいた
無限洲のコンドミニアムを引き払ってこの一軒家に引っ越してきていた。

元々はみちるの遠い親戚にあたる老婦人が亡くなるまで住んでいた家だそうで
今は誰も住んでいない。
老婦人に最後まで付き添っていた執事が丁寧に家を手入れしていたので
長いこと無人だった割にはきれいだが、それでも人が住むにあたっては掃除が必要だ。
コンドミニアムを引き払う前に三人は代わる代わる掃除をし――その時
各自の部屋の配分も大体決めた――満を持して、今日引っ越してきているのである。

赤ちゃんのほたるを引っ越しの喧騒と埃の中に巻き込むわけにはいかないので、
三人は順番に荷物の片づけをすることにしていた。
今まではるかがほたるをあやしていたのだが、せつなの荷物の片づけが大体終わったので
交代に来たのである。
ちなみにみちるは二人と比べてかなり荷物が多いので、おそらく今日はほたる当番には
なれないだろう。というのがはるかとせつなの予想だった。

「ほら、はるかも早く片づけを」
リビングとして使う予定の部屋に――まだソファに座れるようになっているだけだが、
せつなが入ってそう促すと、はるかは、
「じゃあ、ちょっとだけ待っててほたる」
と腕の中のほたるに言って名残惜しそうな顔をしながら、せつなにほたるを渡す。

「そろそろおむつ代えた方がいいかもしれない。ここに一式入ってるから」
床の上に置いてある大きな布のバッグを指し示すと、
「また後でな」
とせつなの腕の中にいるほたるの頬をちょんちょんとつついてから部屋を出ていく。ほたるは
はるかの方に手を伸ばしかけたが、その手をせつなの胸に当てて、くてん、と
せつなに頭を寄りかからせてきた。

「ほたる、早く綺麗なお家になるといいわね」
各自の部屋を片付けてから、今度は共有スペースの掃除と片づけだ。
今日はほたるはあっちに行ったりこっちに行ったり、転々とするのだろう。
せつなはほたるのお尻に軽く触れ、
「おむつ代えた方がいいかしらね」
とほたるの顔を見た。まだ言葉の分からないほたるはきょとんとした表情を
浮かべているだけだったが、せつなの顔を見ているうちに満面の笑みを浮かべた。

「じゃあ、代えましょうか」
ほたるは同意の意味で笑ったわけではないだろうが、せつなはほたるをソファの上に
降ろすとその下にバスタオルを敷いておむつを代えはじめた。

 * * *

冥王せつなは短い間に二度の引っ越しを経験したことになる。
二度目は、今の引っ越し。
一度目は、冥王洲のコンドミニアムに引っ越した時だ。
元々せつなはKO大学近くのマンションで一人暮らしをしていたのだが、
覚醒をきっかけに冥王洲へと転居した。
「無限洲の中心に敵がいるんだ。いざとなった時結界を張るためにも、
 君にも冥王洲に住んでいてほしい」
というのがその理由だ。

もともと、前世でのセーラープルートの守備範囲は時空の扉。
外宇宙からの敵の侵入を阻止してきたウラヌスやネプチューンとは担当が異なる。
三人で同じ外敵に対応する――というウラヌスの言葉はせつなには新鮮だった。

学生向けの小さなマンションで独り暮らしをしていたせつなの荷物は
それほど多いものではなかったし、転居は大変ではなかった。

持ってきた本を棚の中に順番に並べていると、ドアチャイムの音がする。
「……はい?」
誰にもこの部屋のことを知らせていないのに誰が来るというのだろう、とせつなが
内心不審に思いながらインターホンに答えると、

「プ……せつな、引っ越しは順調かしら?」
というみちるの声がした。
「みちる、どうしたの?」
「手伝いに来たのよ。開けてくれる?」
せつなが慌ててドアを開けると、みちるとはるかが入ってきた。

「なんだ、もうほとんど終わってしまっているんじゃないの」
「せつな、こんなに部屋を余らせていていいのかい?」
「そんなに荷物もないし」
前のマンションの部屋と比べると、ここの面積は倍以上だ。
せつなの荷物が全然入っていない部屋もいくつかある。
家具の配置や食器などの片づけも大体終わり、あとは本を片付けるだけというのが
今の状態である。

「まあ、でもよかったかな。あったかいうちに食べられそうだ。
 はいこれ、引っ越し祝い」
はるかが後ろ手にして持っていた平たい大きな箱をせつなに見せる。
きょとんとした表情でせつなが彼女を見やると、

「ピザ買ってきたんだ。結構おいしいんだぜ、ここの。
 三人で食べようと思って」
「このテーブル使ってもよくって?」
みちるに聞かれて、「ええ」とせつなは少しあわてながら頷き、
テーブルの上にごちゃごちゃと置いていた小物をとりあえず別の部屋に持っていく。
布巾でテーブルを拭いてから、ピザの箱を下ろしてもらう。

「グラスも持ってきたんだ、折角だから」
はいこれ――と、みちるがグラスを三つテーブルに並べる。
「……二人ともまだ高校生よね?」
たしなめるような口調でせつなが確認すると、二人は目を合わせて同時に
くすっと笑いをこぼした。

「なに?」
せつなが怪訝そうな表情を浮かべると、
「いや、プルートだなあと思ってさ」
「昔も時々口やかましかったわよね」
前世でプルートとネプチューン、ウラヌスの三人は一緒に暮らしていたことがある。
まだそれぞれの使命を言い渡される前の子供のころのことだ。
ウラヌスとネプチューンの二人より少し年上のせつながどうしても
世話係のような役割を果たしてしまうところはあった。

「それはあなたたちがそう言われるようなことをするから」
せつなが言い返すとみちるは、
「私、あなたのそういうところ好きよ?」
とさらりとかわす。
ずいぶん大人になったものだとせつなは内心思っていた。
前世で一緒に過ごしていたのは地球の人間の年齢で言えば十歳のころくらいまでだったので、
今の彼女たちはすっかり大人になったように見える。

「今日持ってきたのはミネラルウオーターだからさ、これなら文句ないだろ?」
そう言いながらはるかはグラスに瓶からミネラルウオーターを注ぎ、食事の準備を整える。
数分後には三人はテーブルにつき、グラスを手に取っていた。

「じゃあ、三人の再会を祝して――かしら」
みちるが音頭をとりかけたが、その言葉は曖昧に終わった。
三人がこうして一堂に会するのは、決していいことではない。
魔具・タリスマンが引き合っている。
それはすなわち、破滅の神の目覚めが近いことに他ならない。

「三人の再会を祝してでいいよ、みちる。こんな風に一緒に御飯を食べるなんて
 久しぶりじゃないか」
「じゃあ、改めて。三人の再開を祝して――乾杯」
ちん、とグラスがぶつかり合う。
ピザを切り分けて、せつなは一口食べてみる。

「おいしい」
「でしょう」
みちるは得意げだ。聞けば、このピザの店を最初に見つけたのはみちるだったらしい。
「お店でも食べられるのよ。今度、せつなも案内するわ」
そんな会話を交わしながら食事は進む。

「そういえば、せつな」
何切れ目かのピザを食べ終えたところではるかが口を開く。
「小さいプリンセスとはどこで知り合ったんだい? ずいぶん親しい間柄だったみたいだけど」
セーラーウラヌスとセーラーネプチューン、セーラープルートの三人は
プルートが覚醒してからすぐにデスバスターズの幹部、テルルとの戦いに赴いた。
その場で先に戦っていたセーラームーンたちとそこで合流したのだが、
セーラーちびムーンとプルートはそこで再会したのだ。

「どこから話せばいいか……スモールレディには、30世紀でお会いして」
はい? とはるかとみちるが些か間抜けな声をあげた。
「30世紀?」
「ええ」
「いつの話よそれ」
「ですから30世紀の」
「待て、話を整理しよう。僕たちはあの時、シルバーミレニアムの崩壊の時に、死んだよな?」
はるかの言葉に、ええ、とみちるとせつなが頷く。言っていることはかなり深刻だが、
今更その深刻さにうろたえるような三人でもない。

「僕とみちるは、あの後でこの時代に転生してきたんだ。せつな、君は?」
「私は、この時代よりだいぶ前に転生したようね。それで30世紀まで私の持ち場を守っていて、
 その時にスモールレディが私の所に来てくださったのよ」
かいつまんで、せつなは30世紀で起きたことを説明する。

「……それで、禁忌を犯して命を落として。そしてこの時代に転生してきたみたい……
 『冥王せつな』として」
「待って、せつな。その話だと、30世紀から過去に転生してきたということになると思うけど」
「ええ、その通りよ」
「過去に転生って、あり得るの?」
「あるみたいね。……転生のときには、時間の流れには縛られにくいんじゃないかしら。
 ほら、死んでいるわけだし」
「そういうものかしらね」
せつなの仮説も分かるような分らないような曖昧なものだったので、
みちるはそれに合わせるかのように曖昧に答える。

「それにしても」
はるかはミネラルウオーターを一口飲んだ。
「その時もやっぱり戦いの場で死んだのか。畳の上ででも死んだのかと思った」
軽口めいた言い方のはるかを見てせつなは微かな笑みを浮かべると、
「私たちは戦士よ。それに――」

「戦うことができなかったあの時よりはましだったわ」
せつなの一言に、戦士たちの記憶はあの時へと飛んだ。シルバーミレニアムの崩壊時だ。

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