私たちが産まれるずっと前、この太陽系ではシルバーミレニアムが栄華を極めていました。
しかし、この世界はシルバーミレニアムとともに始まったのではなく、その前にも
時間は存在し人々は生きていました。
星々の守護を受けたセーラー戦士たちはそうした時代にもいたのです。

たとえば……、セーラーサターンが封印される前のこんなお話はいかがでしょうか。

 * * *

「プリンセス、おめでとうございます」
「ありがとう、ジュピター、マーキュリー」
月面に建つ小さな城の中には滅多にないほど多くの人たちが集まっていました。
今日は月のプリンセスが星人を迎えられるお祝いのパーティーで、
太陽系のすべての惑星からお祝いを言いにとそれぞれの星の姫や王子が
集まっていたのでした。

太陽系の生物はまず地球に発生したと言われています。
人間たちの内の一部、極めて強い力を持つ一族はやがて月へと渡り月の王国を
築きました。
そして、時代とともに月の人々は水星や金星といった他の星々へと
移り住んでいったのでした。

星はそこに住む人間たちの中から一人を選び、守護の力を与えました。
その人は各惑星のセーラー戦士となったのです。
セーラー戦士が死ぬと、今度はまた別の人間がセーラー戦士として
覚醒します。
セーラー戦士として選ばれるのは各惑星の王家の者が多かったのですが、
そうでない場合もありました。
しかしそうした場合、そのセーラー戦士は養子などの形をとって王家に入ることが
多かったので、大抵のセーラー戦士はプリンセスという称号も持っているのでした。

この時代、セーラー戦士が戦う相手はそれぞれの星に巣食う魑魅魍魎の類と
決まっていました。魍魎とは、闇の色をした巨大な怪物で、
これに飲み込まれれば生き物などひとたまりもありません。
巨大な魍魎に、ドームの中の街が一つ飲み込まれたという例もあります。
科学者たちの話によると、魍魎はおそらく太陽系の星々が産まれてすぐに
星に憑りついた怪物で排除しなければ人が安心して暮らせる星とはならないのでした。

各惑星のセーラー戦士たちの活躍により、それぞれの星の魍魎がその数を
減らしているのもまた確かなことでした。
ただ一つ、土星を除いては。

「おめでとうございますプリンセス」
「おめでとう、ございます」
「ありがとう」
次から次へと色々な人からお祝いの言葉を受け取っていた月のプリンセスでしたが、
ある二人から声をかけられた時には立ち止まると膝を折りました。
その二人は、冥王星のプリンセスであるプリンセスプルートと、
同じく土星のプリンセスであるプリンセスサターンでした。
プリンセスプルートはもうかなり前に成人した大人でしたが、
サターンの方はというとまだまだ年端もいかない子供でした。

月のプリンセスは膝を折ると、サターンと視線を合わせたのでした。
「初めまして、あなたがプリンセスサターンね?」
そう言ってから、そうよね、と確認するようにプルートの顔を見上げます。
プルートと月のプリンセスは以前会ったことがあるのでした。

「はい、初めまして」
緊張したサターンがおずおずと答えると、プリンセスは優しい微笑みを返しました。
「会えて嬉しいわ。楽しんでいってね」
そう言ってから立ち上がると、プリンセスはまた他の人からの挨拶を受けていました。
プルートは軽く一礼してプリンセスを見送り、その場から離れようと
軽くサターンの肩に触れます。サターンはぼんやりとしていて気づきませんでしたが、

「サターン」
と名前を呼ばれてようやく気づき、プルートを見上げました。
「行きましょう。他の方もプリンセスとお話したいはずですから」
サターンは素直に頷くと、プルートと手をつなぎました。
二人はそのままダンスの行われているホールを出て、
バルコニーへと向かいました。

長身のプルートと、まだまだ子供のサターンが並んでいると親子のようにも見えます。
こうした場に慣れていないサターンがおずおずとプルートについていく様子が
なおさらその印象を強くしていました。
今日、サターンはこのパーティーに来るか来ないか最後まで悩んでいたのです。
彼女は土星を離れたことさえなかったものですから。
それでもプルートがエスコートしてくれるというので一大決心をしてやって来たのでした。

プルートは彼女がセーラーサターンになった時、いいえそれ以前から、
頻繁に土星を訪れていて土星の王家とも交流がありました。
彼女がセーラーサターンとして覚醒してから、何かと面倒を見てくれていたのは
プルートでした。ですから、プルートがエスコートすると言ってくれればサターンも安心でした。

バルコニーからは大きな地球の姿が見えました。セーラーサターンがこれまでに見たことがないほど
大きく、美しい青色に輝いていました。

「綺麗……」
「ええ、本当に」
手すりに手をかけてセーラーサターンは思わずつぶやきます。
「あの星が、大昔私たちの住んでいたところなのね」
「ええ、そう言われています。記録も残っていないほどの昔の話ですが」
「来てよかったわ」
サターンはそうつぶやきました。プルートはそれを聞いて微笑みました。
「月のプリンセスも、本当にお美しいのね」
「あなたも十分にきれいですよ」
プルートにそう言われてサターンは思わず自分の着ている薄紫のドレスを見ました。

「冗談言わないでよ、プルート。私そんなにきれいじゃないわ」
「そうですか? 私はそうは思いませんが。あなたが今の月のプリンセスと
 同じくらいの年になるころにはさぞ美しいだろうと思いますよ」
サターンは何も答えずに、ただ寂しそうに笑いました。彼女の足元の床で、
蜉蝣が一匹死んでいました。

 * * *

プルートとサターンが月の王宮から戻ってしばらく後のことです。
プルートが土星の人に呼ばれて土星へと向かったのは。プルートが手にした袋の中には、
冥王星で採れた柘榴の実が入っていました。

土星の衛星、タイタンに建つ王宮でプルートはセーラーサターンの部屋に通されました。
彼女はこの部屋の現在の主人よりももっと前からここに出入りしていましたから、
室内もよく知っていました。

ノックを二つして、中から小さな声で返事があるのを待ってからプルートは部屋の中に
入りました。部屋には大きな窓があって、明るい白い光がその中へと差し込んでいました。

「……お見舞いに来ました、サターン」
プルートがそう声をかけると、部屋の奥の白いベッドに横たわるサターンが少しだけ
身体を動かしました。

「お加減いかがですか」
お見舞いです、と言ってプルートはベッド脇のサイドテーブルの上に持ってきた柘榴を載せました。
サターンは薄眼で2つの柘榴を見て、そういうことなのねと小さな声で呟きました。

彼女の右腕には大きな傷痕が残っていました。それは先日、魍魎を退治するときについた
傷でした。土星に巣食っている怪物たちは他の星のそれよりもずっと強く、
サターンですら手こずる相手でした。
一人のセーラーサターンが死に、そのスターシードを受け継いだ新たなセーラーサターンが覚醒するたびに
彼女の持つ破滅の力は強くなるのでしたが、それでも魍魎には苦戦し続けていました。

それ以上に問題なのは、サターンの持つ破滅の力が彼女自身の肉体をも蝕み始め、
彼女の持つ寿命が代を追うごとに短くなっていることでした。

冥王星に住む一族は古来より冥府と深くかかわっています。
この世から冥府へと人を送る葬送の儀式には、冥王星の一族の誰かが関わるのが
習わしでした。

今日プルートが持ってきた柘榴の実にも意味はあって、これを食べていると死者が
スムーズに冥府に入ることができると信じられていたのでした。
もちろん、そうした儀式とは関係なく普通に柘榴を食べることもあります。
柘榴を食べることで病気が治るという信仰もまたありいました。

プルートは今まで、セーラーサターンと呼ばれた人たちを何人も
看取ってきました。
他の星ではセーラー戦士として選ばれるのは誇らしいことでしたが、
土星では必ずしもそうではありませんでした。

「プルート」
「はい」
サターンは今日初めて、はっきりと目を開きました。
「今まで何人の『セーラーサターン』にこれを渡したの?」
「さあ、それは……」
プルートの目は泳いでいました。
「数えきれない?」
「いいえ、そんなことはありませんが」
「私の次に『セーラーサターン』になる子にも渡すの?」
プルートは黙っていました。サターンはそんな彼女の顔を見ながら、
すっと腕を伸ばしました。
彼女の右手がプルートの首に軽く触れました。

「一緒に来てくれない? プルート」
「どこへです?」
「あの時みたいにエスコートしてほしいの。私がこれから行かなくちゃいけない場所に」
サターンの左腕も伸びてきました。
彼女の両手がプルートの首を正面から捉えるとぐいと力が入りました。

「……構いませんよ」
プルートは静かに答えました。拍子抜けしたように、サターンの手から力が抜けました。

「冥府はもともと我ら一族に縁の深い場所。私がそこに行くことに何の問題もありません。
 あなたが望むなら、私は一足先にそこに赴き、宴の支度をして待っていましょう」
サターンはプルートの首から手を放すと、

「……なんか、もういいや」
と寝返りを打ちプルートに背中を向けました。
「月の王宮、綺麗だったな……」
「そうですね」
「ねえ」
サターンはもう一度寝返りを打つと、プルートに目を向けました。
「最近の『セーラーサターン』で、月の王宮に行ったのは私だけよね」
「そうですね……他の方にはそういった機会は」
サターンはふっと笑いました。
「私だけがあの場に行けたのね」
そうですね、とプルートは答えます。

「プルート、私あなたと一緒に行きたい」
「月の王宮ですか」
「違うわ、今度はあなたの星へ」
「何もない星ですよ」
「あなたの星で眠りたいの」
プルートは目を見張りました。
「こんなことを頼むのも、私くらいのものでしょう?」
サターンはそう言って笑いました。その笑いはまるで赤子のように無邪気なものでした。

 * * *

それからしばらくして、サターンはこの世を去りました。
土星のプリンセスである彼女を冥王星に埋葬するという前例はなく、反対する人も
多かったのですが、
死の前に強く願ったということから遺骨の一部は冥王星の墓地へと埋葬されたのでした。

「何もないところでしょう、ここは」
冥王星の王家の墓のそばに新しくつくられた小さな墓に、プルートは花を供えていました。

「退屈でしょうが、少しの間待っていてください。私も遠からず参りますから」
プルートはそう言って、天を見上げました。土星もそこに光っていました。
また誰かが、新しいセーラーサターンになったはずでした。

-完-

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