白昼夢という言葉があります。目が覚めているにも関わらず非現実的な夢のような
光景を見てしまうことです。
これは、30世紀の世界である女性が見た白昼夢のお話です。

 * * *

スモールレディは、目に涙をいっぱい溜めて走っていました。

「お前本当はクイーンの子供なんかじゃないんだろ?」
「みんなそう言ってるわよ」
「なんでお前ずっと小っちゃいままなんだよ!」

同い年くらいに見える、本当は自分よりずっと年下の子供たちにそう言われて
何を言い返しても信じてもらえず、父も母も仕事で忙しく相手をしてもらえない、
そんなときに彼女が訪れるのはきまって時空の扉、セーラープルートのところでした。

セーラープルートはひとりで時空の扉を守る戦士です。
スモールレディがいつ行っても、必ずそこにいて迎えてくれるのでした。

「プー! ……プー?」
しかしその日に限っては、セーラープルートはそこにはいませんでした。
何かあったのかとスモールレディはきょろきょろとあたりを見回しました。

と、突然ごとごとという大きな音が聞こえ、
「時空の扉。時空の扉」
というアナウンスが聞こえたかと思うとスモールレディは自分が鉄道に乗っているのに
気が付きました。

車両の中の椅子はすべて木で作られていてお世辞にも豪華とはいえませんでしたけれど、
でも塵一つ落ちていない綺麗な列車でした。
ボックス席の一つに座って窓の外を眺めると、列車はとうに月を離れ
暗闇の宇宙を走っているのでした。がたごと、がたごとと規則的に揺れながら
月が次第に小さくなっていくのが見て取れました。

――ああ、そういうことだったんだ。
こんなことになるなんて思っていなかったはずなのに、スモールレディはなぜか
今の状況を了解していました。
自分はこの月を離れてどこか遠いところにいくのだと、
そしてそれはずっと前から決まっていたことなのだとそんな気がしていました。

――それにしても、プーはどこに行ったんだろう?
窓から見える月の姿はとうに小さく、人の姿は分かりませんでした。
開いた窓から首を出してよく見ようとしたスモールレディでしたが、

「危ないですよスモールレディ」
という声にはっと後ろを振り返りました。ボックス席の向かい側にはいつの間にか
セーラープルートが座っていて、静かに微笑んでいたのでした。

「プー! プーもこの列車に乗っていたの?」
「ええ、そうですスモールレディ」
「……でも、時空の扉は?」
軽く首をかしげるとプルートは困ったような表情を浮かべました。
「ネオ・クィーン・セレニティにお許しを頂いたのです」
「……そうなんだ」
スモールレディの顔は曇りました。クィーンは彼女の母ですが、
最近はなかなか話すこともなく、彼女は誰かに甘えたくなった時には
もっぱらプルートを頼っていたのでした。

「この列車は冥王星にいくのですよ」
そんな彼女の気持ちを察したかのようにプルートは話題を変えます。
「冥王星?」
「ええ。私の母星です。冥王星にあるカロン・キャッスルに」
列車はごとごとと軋むような音をたてました。

「プーはそこで生まれたの?」
「いいえ、違います。――前世であなたの母君の母君、クィーン・セレニティに
 与えられた城なのです」
ふうん、と答えながらスモールレディはなんでプルートはそこに行こうとしているんだろうと
思っていました。
「あたしも一緒に行くね」
プルートは静かに微笑みました。列車は赤く輝く火星を過ぎ、小惑星帯に入っていきました。

「急ブレーキをかけることがあります。お立ちの方は手すりや吊革におつかまりください」
そんな車内アナウンスがかかりました。
実際、この辺りは小さな岩や星があちこちにあって、列車はそれを避けるために
右に曲がったり左に曲がったり、
とにかく大忙しなのでした。

「あ、魚!?」
スモールレディが驚いたのは窓の外にトビウオのような魚の群れが見えたことでした。
トビウオたちは列車と競争するかのように、きらきらと銀色に光りながら泳いでいました。

「この辺りは魚が多いんですよ」
プルートが当たり前みたいに言いました。
「そうなの?」
「ええ、この辺りは新しく生まれた者たちがたくさんいるんです。
 スモールレディ、いずれはあなたを助ける者たちもきっとこの近くに」
「あたしはプーがいればそれでいいよ。プーがあたしの友達なんだもん」
プルートは困ったように笑いました。

列車はトビウオの群れを追い越して、木星へと近づきそこに停車しました。

「木星には停まるんだ」
「大きな駅ですからね」
この車両には二人しかいなかったのですが、他の車両の人たちが降りる音、やがて
木星から乗客が乗ってくる音が聞こえました。


誰かがこの車両にも乗ってきました。
その人は黒い服に身を包んだ、12、3くらいに見える女の子でした。
いかにもおとなしそうな雰囲気を身にまとっている彼女が
二人の座るボックス席とは通路を挟んで反対側の席に座った時、プルートは驚いたように
「あっ」
と声をあげました。

「プー? 知ってる人なの?」
スモールレディがひそひそとプルートに話しかけると、「ええ」とプルートも小さく答えました。
少女は二人に見られているのを察したようにこちらを向くと、
「あら、プルート」
と言いました。彼女の紫の瞳は闇のように深い色でした。
「久しぶりですね」
とプルートは返します。スモールレディはその様子を見ながら、
――プーはあたしだけの友達なのに。
と、少しむっとしていました。

「ええ、そうね。ここであなたに会うなんて思わなかった」
「ずいぶんとすっきりとした顔ですね?」
「それはもう」
少女は意味ありげに笑いました。
「することをした後だもの。あなたもそんな顔しているわ、プルート、
 まるで本当の幸せを見つけたとでもいうような」
「……そうですか?」
プルートは意外そうでした。
「ええ、そうよ」
「……そうですか」

スモールレディはこの会話を聞いていて自分がますます不機嫌になっていくのを
感じていました。
自分が全く気付かなかったプルートの微妙な表情に
少女が気づいたらしいのが不満でした。

「どこまで行くんです?」
プルートはそんな彼女の様子に気づかないようで少女との会話を続けます。
「土星のタイタン・キャッスルよ。もちろん」
「土星?」
思わずスモールレディの口から言葉が零れ落ちました。少女は初めてスモールレディの
存在に気付いたような顔をして、

「ええ」
と答えます。
「土星って、だって、確か沈黙の……」
土星は沈黙の星で誰もそこには入れないとはスモールレディが昔に聞いたことでしたが、
少女の表情が氷のように冷たくなったのでスモールレディは口をつぐみました。

「沈黙の星に行く人もいるわ」
彼女は淡々とそう言って、
「プルート、最後まで一緒に行くの?」
とプルートの方を見ました。プルートは
「ええ一緒に行けるところまでは」
と答えます。スモールレディはその言葉にほっと安心しました。

がたんと音を立てて電車が停まりました。
「タイタン・キャッスル、タイタン・キャッスルです」
という車内放送が入ります。
少女はすぐに立ち上がると、
「さよなら」
と二人に告げて通路を出口の方に向かって歩いていきました。
後ろ姿の彼女は大きな鎌かを持っているように見えましたが、
目をこすって見直すとそんなものは持っていませんでした。

降りる人が降りてしまってから列車はまた動き始めました。

「ねえプー」
「なんですか?」
「さっきの人、プーの友達?」
「そうですね」
プルートは窓の外をちらりと見やってから、
「昔の知り合いです。することをした、そうですが」
「そうだ。ねえねえ」
スモールレディは先ほどのプルートと彼女の会話を思い出しながら尋ねました。

「『本当の幸せを見つけた』って、どういうこと? プー何かいいことあったの?」
ずいと身を乗り出してくるスモールレディにプルートは困ったような顔で
笑いながら、

「本当の幸せって、なんだと思います?」
と逆に尋ねました。
「え? うーん……」
スモールレディはしばらく考えていましたが、
「大きくなることかな?」
と言いました。それが今のスモールレディが最も望んでいることでしたから。

「そうですね。そうかもしれません。大きくなって、そして……」
プルートはもう一度窓の外を見ると、
「スモールレディ。あの赤い星が見えますか」
とスモールレディを呼びました。
窓に額を押し付けるようにしてプルートの指す方角を見ると、確かに
赤く輝く星が見えます。

「うん、見えるよ。赤くてすごくきれいな星」
「あれは蠍の火なんですよ」
「蠍の火?」
「ええ。蠍が皆のために身体を燃やしている火だと聞いたことがあります」
「……そうなんだ」
スモールレディは目を凝らしてその星を見つめました。身体を燃やしている
蠍の姿が見えるような見えないような、そんな気がしました。


「大切なもののために自らの生命の火を燃やすとき、本当に幸せだと言えるかもしれません」
プルートが先ほどの話を続けました。
「大切なもののために?」
「ええ、大切な誰かや、大切なもののために」
「……じゃあ、あたしは幸せになれないね」
スモールレディはうつむきました。そんなことは考えたこともなかったからでした。

「そんなことはありませんよスモールレディ。焦ることはありません。
 私も、自分にこんなことができるとは思ってもいませんでした。
 スモールレディ、あなたに会うまでは」
「え? でも……」
「本当ですよ」
スモールレディは窓の外を見ました。窓の外にはまた魚の群れが見えました。
今度は口ばかり大きくて目がほとんど見えなかったり、見たこともない魚の群れでした。

「わっ。なにこれ」
「この辺りの魚たちは、月の近くとはすこし違うんですよ」
「そうなんだ。……でもすごい、不思議な形。プーはびっくりしないの?……」
「時空の扉にはいろいろなものが来ますから。侵略者でなくても、自分の世界から
 零れ落ちてしまって元の世界を探し回っているような者もいるのです。
 長い間さまよっているうちに、人としての姿かたちをすっかり失ってしまっているものも
 いるのですよ」
「……」
「それでも、どれほど見慣れない姿をしていても、大切なものを求めて奔走する彼らの姿は美しいのです」
列車は走り続けました。

天王星を飛び越え、海王星を渡り、カロン・キャッスルを擁する冥王星へと近づいていきました。

「カロン・キャッスル、カロン・キャッスル。終点です」
列車はがたんと大きな音を立てて止まりました。窓の外を見ていたスモールレディは、
「プー、着いたね!」
と向かいの席を振り返りましたが、プルートはもうどこにもいませんでした。

「プー? プー!?」
車両の中を走り回ってみても、プルートが姿を現すことはありませんでした。

 * * *

彼女が――ブラックレディが白昼夢から我に返ったとき、
時間を止める禁を犯したプルートはそこに倒れていました。
セーラームーンや内部の戦士たちがプルートをなんとか助けようとしていましたが、
その運命を変えることは誰にもできませんでした。

倒れたプルートの表情は、どこか満足しているようにも見えました。


-完-

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