各惑星や地球の政治家や貴族を招いて行われる月世界のパーティー。
月のドームの中でも、王宮はいつにも増して輝きを放っていた。……そんな喧騒から離れた夜の世界。

「グ……アアッ!」
火の矢に貫かれた異形の者が断末魔の叫びをあげて消し飛んだ。矢を放った張本人、
セーラーマーズは異形の者の残骸を探したがそれは既に跡形もなく消え去っていた。

「さっきと同じね」
中腰になって異形の者が消えた後の土に触れていたマーズの傍らにいつの間にか
マーキュリーが立っていた。

「ごめんなさい、またサンプル取れなくて。力は加減したつもりだったのだけれど」
「いいわ。倒す方が先決。それに――湧き出してくる元をつかめればそれで十分」
――「湧き出してくる」。この異形の者たちはここ数日、そうとでも表現するしかない
発生の仕方をしていた。
力はさしてあるわけではない。月の王国の住人に明確な悪意を持っているかどうかも
分からない。異形の者たち――あるいは、謎の生物とでも言った方がいい何者かは、
最近生まれた新種の生物にすぎないのかもしれなかった。しかし、それでも。

「放置しておくべきではないわ」
マーズはそう断言した。それは直観――放置しておけば、この月の王国にとって必ず
良からぬことになるという明確な直観だった。
そして、パーティーの開催されるこの日。異形の者たちがいつにも増して多く観測された。
本来パーティーには四守護戦士が揃って参加するはずであったが、マーズとマーキュリーは
この県の調査と異形の者たちの排除にあたることとなったのだ。

「ジュピター、顔が険しい。もっとパーティーらしい穏やかな顔してよ」
「……気になっちゃってそれどころじゃないよ」
パーティー会場ではジュピターとヴィーナスがこんなひそひそ話をしていた。
二人がこのパーティーに残った理由は、まずはプリンセスの護衛。
それから、招待客をもてなすという外交のためだった。
「おもてなしの方はヴィーナスに任せるよ。私は、プリンセスの安全を確保する方を
 優先したいんでね」
マーキュリーにもそう頼まれてるんだからさ、と続けるジュピターに
わざとらしくヴィーナスは呆れた目をしてみせた。
初めはジュピターがマーズと一緒に異形の者を調べに行くと主張していたのである。
ただ、マーキュリーの
「そんなに戦闘力があるわけでもなさそうだからマーズと私で行くわ。
 ジュピターはプリンセスの警護をお願い」
の一声でパーティーに参加することになった経緯がある。
「そうは言っても、もうちょっと雰囲気を穏やかにしてよ。よその星とのつきあいだって
 この王国の平和を守るために欠かせないことなんだから」
「……わかってるよ」
ジュピターは一応了承した。

 * * *

「マーキュリー、ここ!」
「ええ……」
ようやく見つけた、とマーズは思った。ドームで囲まれた月の王国。ドームは外界と
この王国とを隔てる壁である。その壁に穴でも開けば、壁の外にいるはずの存在が
壁の中に流れ込んでくる。
当然、その対策はなされている。ドームの壁面には傷つけられたとしても自己修復の機能があるし、
メンテナンス要員もいる。ドームの壁面の異常はすぐに直されるはずなのだ。
しかし今、現実にドームの壁の一部、子供が通れるくらいの大きさに壁が薄くなっている
部分がある。
「……」
ほんの少し、わずかにこちら側に姿を現した異形の者をマーズは無言のままに
捻りつぶした。
「ここで間違いないみたいね」
マーキュリーが手にしたゴーグルを目にかけ、しゃがみ込んで改めて壁の異変を観察する。
壁は自己破壊と自己修復を目まぐるしいスピードで繰り返し、あたかも
一定の薄さを保っているかのように見えた。自己破壊? とマーキュリーは
頭の中でその言葉を反芻する。このドームに自己破壊などという機能はない。
いったいどうして、こんな現象が起きるようになったのか。
「マーズ。パーティー会場に戻っていて。ここは技術者を呼んで修復させるから。
 こうなった原因も早く明らかにしたいけど……。私が残るから。ここは大丈夫よ。
 マーズ?」
 マーキュリーは黙ったままのマーズを見上げた。マーズの表情は暗い。
「マーズ?」
返事をせずにただ壁を見つめているマーズにマーキュリーはもう一度声をかける。
マーズははっと気づいたように、
「あ……そうね。大丈夫? 一人で」
と言葉を返す。
「ええ。さっきから見ているように異形の者自体は大した力を持っているわけではないし。
 とりあえず、」
マーキュリーは以上の起きている壁の周りを氷漬けにして塞いだ。
「応急処置はできたし」
さあ、早く、と促すマーキュリーにマーズは無言でしぶしぶとパーティー会場へと戻った。
こっそりと会場に入ってきたマーズの姿に気づいた参加者たちは色めき立ったが、
この日のマーズはいつにも増して不愛想だった。


――「マーズ!」
パーティー終了後、マーズが自室に引き上げて一人寛いでいると勢いよく扉をあけて
ヴィーナスが飛び込んできた。
何よ、とマーズは不機嫌そうな視線を返す。ヴィーナスはそんなことを意に介さずに、
どん、とソファ座る。
「何を感じたの?」
「何のこと?」
ぶしつけなほどストレートに聞いてきたヴィーナスに、マーズは素知らぬ顔で返す。

「マーキュリーが言ってた。マーズが何か異変を察知したみたいだって」
マーズはテーブルに置いてあったグラスを取ると、黙って一口飲んだ。
まさかマーキュリーにそんなことを気づかれているとは思いもよらなかった。
さすがの直感……いや、彼女の場合は確かな観察力というべきか。
「で? マーズは何に気づいたのかな?」
「言わない」
ぐいと顔を近づけてくるヴィーナスからマーズはすっと目を逸らす。

「どうして?」
どういうわけかにやにやしているヴィーナスの顔が気に入らなくて、マーズは
あからさまに顔をそむけた。こっち見てよ、というようにヴィーナスはマーズの顔を
両手で挟むとぐいと自分の方に向けた。
「マーズが気づいたことでしょ。あたしはリーダーとして、みんなが集めた情報は
 知っておく義務があるのよ」
マーズはぶんと顔を振ってヴィーナスの手から逃れると、まだ持っていたグラスをテーブルに戻す。
まるで、マーズがすぐに諦めて話すだろうと思っているような余裕しゃくしゃくの
態度のヴィーナスも気に入らなかったが、そうした個人的な感情とは別に、
どうしても言えない理由がある。

「感じたって言っても、まだはっきりとしたことが分かっているわけじゃないわ。
 よく覚えていない夢みたいにぼんやりとしたものでしかないの。
 だからまだ、話せないわ」
「ふーん……」
ヴィーナスはやっと少しマーズから離れた。
「確かなことが分かったら?」
「その時は、もちろん話すわよ。多分真っ先に」
「よろしい」
もっともらしくそう言って、ヴィーナスは笑う。
「ねえマーズ、昨日の夜は夢を見た?」
「え? ……ああ、見たけど」
マーズはぼんやりと今朝起きた時の感触を思い出した。
あの夢は予知夢の類ではなく、ただの夢だ。
「その夢に、あたし出てた?」
「……出てない」
マーズはそう言ってくるりとヴィーナスに背を向ける。
「えー、本当は出てたんでしょ絶対」
「出てないったら出てないわ」
「本当は夢でもあたしのこと見てたくせに〜」
パーティー会場で出ていたアルコールを飲みすぎでもしたのだろうか、
やけに上機嫌になったヴィーナスに背を向けたまま
マーズは一つため息をついた。ヴィーナスはこれからしばらくしつこそうだ。

-完-

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