木星の組成は太陽によく似ているそうである。しかしあくまでも惑星であって
恒星ではないのは、木星が小さすぎるからだ。
木星の質量が現在の80倍ほどあれば自ら光り輝く恒星となっていたかもしれないそうである。
だから木星のことを「太陽になれなかった星」という人もいる。……

 * * *

シルバーミレニアム、月面のドーム内にそびえる月の王宮の庭には
セーラージュピターが花を育てている一角がある。
王宮づきの庭師ももちろんいるのだが、ジュピターが頼み込んで
自分の花壇にしているといった塩梅だ。折々にきれいな花の姿を見せてくれるため
それをとがめだてするものは誰もいない。

仕事の合間、マーキュリーはジュピターに呼ばれていた通りこの花壇を訪れた。
噴水の水は夜空に浮かぶ地球の青い光を反射して輝きながら落ちていく。
マーキュリーは植木の向こうに見えるジュピターの後ろ姿に一瞬息を飲んだ後、
「ジュピター」
と静かに声をかける。

その声に振り返った彼女はいつものようなセーラー戦士の姿ではなく、
プリンセスとしての姿をしていた。
緑の柔らかいドレスにピンク色の薔薇のアクセサリーが映えている。

怪力ジュピターとして常日頃知られるセーラージュピターの姿は
どこへ行ったやら、今ここにいるのは高貴で優美な木星のお姫様だ。

「ああ、ごめんマーキュリー。呼び出しちゃって」
だが柔和な笑顔はやはりいつものジュピターのものだ。その声も。
「帰る支度はできたの? 木星の人たち、待っているんでしょう」
「うん、大丈夫。すぐに発つよ」
ジュピターは軽くウィンクをしてみせた。

彼女は二、三日の間この月を離れ木星に里帰りするのである。
セーラージュピターがいないとなると、月の防衛力は削られてしまう。
それ故に彼女の今回の里帰りは関係者数人しか知らされていなかったし、
また防衛任務につく一般の守備兵たちは増員されていた。
もっとも、最近は比較的平和な日々が続いているので
ジュピターがいない間に何か大きな争いが起きることはおそらくないだろう――
というのがマーキュリーの予想である。
むしろ彼女のこの予想があったからこそ、セーラージュピターは
今の時期に里帰りすることになったのだ。

「ちょっとお願いがあってさ」
と、ジュピターは手にしていた陶器の水差しをマーキュリーに手渡した。
「お願い? 私に?」
留守の間部下たちをよく見ていてくれといったことだろうかと
マーキュリーが思っていると、
「花に水をあげてほしいんだ。雨も降りそうだし、二、三日なら大丈夫かとも思うけど、
 やっぱり毎日あげた方がいいし」
「……私でいいの? どの花にどれくらいの量の水をあげたらいいか分からないけど?」
「大丈夫だよ。今育ててる花はどれもそんなに難しい子じゃないから、
 一日一回水やりしてくれたら。多少水の量が多くても少なくても、
 すぐに調子悪くなるような子たちじゃないから」
一日一回、という頻度をしっかりとマーキュリーは頭の中にインプットする。
それに、とジュピターは続けた。

「マーキュリーなら忘れずにしっかりやってくれそうだし。
 ……ああでも、忙しかったらもちろん無理しないでいいよ。仕事の方が大事だから」
「分かったわ。ここの花に水をあげればいいのね?」
「うんそう。この辺の花と、あと――」
ジュピターはマーキュリーが立っているすぐ後ろを指さした。
そこには腰ほどの高さに小さな日よけが作ってあって、その下に植物が植えてある。

「これも?」
「そう」
とジュピターはうなずいた。
「この草はどうしてこの中に入っているの?」
「それは木星から持ってきたんだ。木星は月と比べて太陽から遠いからね、
 ここの日差しに当てると強烈過ぎて枯れちゃうんだよ。ドームの中は光の強さも
 調整してるはずなんだけど、やっぱり月での光と木星での光は違うみたいで」
「そうなの……」
日よけを倒してしまったりしないように気をつけないと、とマーキュリーは思った。

「じゃあ悪いね、マーキュリー。帰るときにお土産持ってくるよ」
「そんなの気にしなくていいわ」
そう? とジュピターは笑うと、そのままほとんど誰にも知られることなく
木星へと帰って行った。

 * * *

木星は明るい星である。夜空に浮かんでいると、いつでもはっきりとその姿を
認めることができる。
マーキュリーが花壇に水やりにくるのは仕事を終えた夜になった。
木星はいつも天空に輝き、花壇を見守っているようにも見えた。

彼女の母星たる水星は――太陽との距離が近すぎることもあって――あまり空に見えることがない。
水星の光は太陽の光にかき消されてしまうことが多いのだ。
母星が良く見えるというのはマーキュリーにとっては少しだけ羨ましいことだった。
普段はさほど意識することもなかったけれど。

さらさらと水が水差しから流れ落ちる。
花壇の植物たちはその水をしっかり受け取っているように見えた。
最後の水は、あの日よけの中の小さな植物に上げると決めている。
「あ」
日よけの中を覗いて、マーキュリーは声をあげた。
小さなつぼみがほどけて、白い小さな花が一輪だけ咲いている。
その白は弱々しい色で、放っておいたら闇にまぎれて消えてしまいそうなくらい
頼りなかった。

水をかけると、水滴に打たれて花が揺れる。
――まるでジュピターとは正反対ね。
ジュピターは花にたとえるならば大輪の花だ。この慎ましい花とは違う。
この花が木星産であることがマーキュリーには少し意外だったが、

――でも木星だから咲ける花なのね。
と天空の木星を仰ぎ見た。

木星は太陽にならなかった星である。だから空に出ていても他の星の光を
かき消すこともあまりないし、光と熱で近くのものを焼き尽くすこともない。
だからこんな頼りない花でも木星で生きていけるのだ。

――帰ってきたらジュピター、喜ぶかしら。
そんなことを思いながらマーキュリーは最後の一滴までその花に注ぐ。

水やりを終えたマーキュリーが立ち去った後、日よけの中の花は
風に吹かれて静かに震えていた。

-完-

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