全ての生き物はスターシードを持つ。そしてその中の選ばれた者だけが
セーラークリスタルを持つ。
セーラークリスタルを持つ者はそれぞれの星の守護を受けるセーラー戦士となる。
しかし星と一口に言ってもその価値は様々だ。
太陽系の惑星のような輝かしい星々はごく稀なもので大抵の星はくず星と言ってよい。
銀河に存在する多くの星々のほとんどは取るに足らない小さな星で、
そこに住む人間たちもろくでなしが大抵だ。

銀河系の端にある中くらいの惑星。
この星もごく目立たない星の一つだった。
目立たない星にも人は住む。この惑星には白い神殿があることがその特徴だった。

この神殿に参内したものは誰でも望みがかなえられるという伝説がある。
しかし、きっとその神殿のどこかには普通には読めないような小さな字で、
「※ただし、地位の高いものに限る」とでも書いてあるのだろう。

長い階段の上に築かれたその宮殿は、各星のセーラー戦士や地位の高いもの――政治家であるとか
僧侶であるとか――は入ることができるが、普通の人間は立ち入り禁止になっている。
その事実も、そこに入ることのできる人間の優越感をくすぐるらしかった。

他の星の「えらい人間」たちはよくこの星を訪れる。
そのため、そういった人間たちをもてなすための商業もこの星では発達していた。
胡散臭い商売も。――

 * * *

「おいっ!」
ごみごみとした街の一角に建つ建物の一階の部屋に荒々しい男たちが三人飛び込んでくる。
部屋の主の女性は下着姿だったがさして慌てるでもなく、
「あら」
と男たちを出迎えた。
「なあに? あたしのとこで遊んでく?」
「ギャラクシアを見なかったか!?」
「ギャラクシア? 見てないわよそんなの。あたしが今の今まで仕事だったってこの格好見て
 分かんない?」
女性は気だるい表情でベッドに座り男たちを手招きする。チッと男の一人は舌打ちすると、
「あっちを探せ!」
と来た時と別方向に駆けていく。
ふん、と彼女は鼻を鳴らした。

「でてきなさいよ、ギャラクシア」
部屋の隅に置いてあるクローゼットの扉が内側から開いたかと思うと、
ギャラクシアが姿を現した。
この部屋の住人である女性は不自然なまでに女性性を強調するような服を好むが、
ギャラクシアはまるで男のような格好をしていた。
ちょうど先ほど部屋に押し入ってきたチンピラ達と同じような。

「なにやってんのよ、あんた」
ベッドから身体を起こし、クローゼットから出てきて突っ立ってるギャラクシアを
横目に見ながら女性はベッドサイドのミニテーブルに置いた紙幣を数える。

「はっきり言って最近、あんた評判悪いわよ。生意気だって。あの人に楯突いてでもいるの?」
「……ちょっとした行き違いがあっただけよ」
目をそらしてそう答えるギャラクシアに「ふうん」と彼女は答え、
「さっさと解決しといた方がいいわよ。あいつら、ちょっとした行き違いだなんて
 思ってなさそうだし。この町であの人に睨まれて生きていけるなんて思ってないでしょうね?」
「分かってるわそのぐらい」
あの人――とは、この町の胡散臭い商売を一手に取り仕切っている男である。
この町で商売をしていくなら彼に決められた金額を納める必要がある。

「今日は随分儲けたのね」
ギャラクシアは先ほど彼女が数えていた札束に目をやった。
「んー?」
抽斗から出した煙草を口にくわえ、彼女は再度札束を手に取る。
「ほんと、今日の客は偉そうな顔したオカネモチだったのよね。どっかの星の政治家だって。
 どうせもっともらしい顔してあの神殿に願い事でも言いに来たんでしょ。
 その癖この町にも来て、することして金払ったあとであたしにこんなことしちゃいけないとか説教すんの。
 こんなことしないでどーやって生きろってのよ。
 自分の星でどんな顔して政治やってんだか」
そう言って彼女はけらけらと笑った。そしてふっとため息をつく。
「ま、こんだけ稼いでも七割はあの人のものだけどね。最近きっついよねえ、
 誰か何とかしてくんないかなあ」
ギャラクシアは部屋のカーテンを少しだけ開けてそっと外の様子を窺っていた。
先ほどの男たちはもうずいぶん遠くにいったらしい。

「あんたがこの町仕切る時はもっと安くしてよね、ねえギャラクシア」
「私にそんなつもりなどない」
ギャラクシアはカーテンを閉める。彼女はまたけらけらと笑った。
「そうよねえ。あんたも、あたしも生まれた時からクズだもんね。
 クズはクズらしく死ぬしかないよね」
「……私は行く」
ギャラクシアは部屋から外に出ようとしたが、彼女は立ち上がってすっと背後から近づくと
ギャラクシアの首に腕を巻きつけた。

「ギャラクシア? あんたまさか、助けてもらってただで逃げようとしてんじゃないわよね」
「……何が望みだ」
冷たい声で答えるギャラクシアに彼女は耳元で囁く。
「持ってるんでしょう、薬」
「あれは私の商売道具だ」
「あら、この部屋だってあたしの商売道具よ? あんたが入ってたクローゼットだって。
 ここで大声あげたってあたしは全然かまわないんだけど?」
ふっとギャラクシアの耳に息を吹きかけてから、
「ねえ、あんたが困ってるならいつでも助けてあげるわよぉ」
と彼女は甘い声で囁いた。
「いつでも逃がしてあげるわよ? でも、代わりにあんたの持ってるものはもらうけどね」
彼女がギャラクシアの耳に舌を這わせる。ぬらりと蛇が這っているかのような
不快な感覚にギャラクシアは思わず身を震わせると、無言でポケットから
小さな袋を取り出すと背後に立つ彼女の目の前につきつけた。
袋の中に入っているのは、高価に取引される薬。飲むとしばらくの間酩酊状態になり、
何もかもを忘れることができる。
彼女が腕を放したのでギャラクシアは何も言わずにその部屋を後にした。

――気持ちわるい……
ギャラクシアは手でごしごしと自分の耳を拭ってから辺りを見回した。
白い神殿が星の光に照らされているのが見える。
その前に見えるこの町の建物は醜い。古い時代に無秩序に建てられた建物が
荒廃し、ところどころ廃墟のようになりながらもあちこちがどぎつい原色の布で
飾り立てられている。あれは客を待っているという合図だ。

この町に生きる者は白い神殿にはいけない。あそこは選ばれた人間の場所だ。
願いを口にするのは選ばれた人間の特権である。
ギャラクシアはあの神殿を憎んでいた。選ばれた人間も憎んでいた。
この町も憎んでいた。この町も、この町に住む選ばれなかった人間も。

どぶねずみのような格好をした子供たちが闇の中を駆けていくのが見えた。
誰かから金でも盗りにいくのだろう。
あの子たちもここでクズとして育ち、クズとして死んでいくのだ。

ギャラクシアが産まれた星はここではない。彼女が産まれた星はX129538星という。
かつては名前があったのかもしれないが、人が住めなくなり今は廃棄物を投棄するためにしか
使われていない星なのでもはや番号でしか呼ばれることはない。
彼女はそこで一人産まれた。誰か、この星に住んでいた人が彼女をここで産み落として
去って行ったのかもしれないし、別の星で産まれた彼女を誰かがここに捨てていったのかもしれない。
X129538星にごみを捨てに来た人に彼女は拾われ、孤児院で育った。
その後この星に移り住み、今はけちな売人として暮らしている。
ギャラクシアという彼女の名も、自分で決めたいくつかの名前のうちの一つである。
気に入っているので最近はずっとこれで通している。
だからといって「偽名を使っている」と彼女のことを非難するのはあたらないだろう。
彼女には本名と呼べるような名前もないのだから。

最近「あの人」に追われているのは、上から渡される薬をすこしずつくすねているのが
見つかってしまったからだ。
要するに、けちな売人がけちな盗みをしたということに過ぎなかった。


「ギャラクシアー!!」
男の叫び声がした。しまった、とギャラクシアがすぐに駆け出す。
「見つけたぞ! 早く集まれ! 捕まえろ!」
先ほどの男たちのうちの一人が喚きながら追ってくる。
狭く暗い路地をギャラクシアは逃げる。
こちらも、あちらも、土地勘がある。この町のどんな細い路地もギャラクシアは
知っているがあの男たちもそれは知っている。条件は同じだ。

「ギャラクシアッ!」
丁字路に駆け込んだとき、左右両方から男が駆け込んできた。後ろからは先ほどの男。
ギャラクシアは思わず立ち止まる。
「貴様!」
後ろから駆け込んできた男が振り返ったギャラクシアの襟を掴むとそのまま壁に押し付ける。

「嘗めた真似してくれたなギャラクシア」
憎々しげに男はそう言うと、顔をめがけて拳を振るう。
たまらずバランスを崩し倒れかけた彼女に左右からも蹴りが入る。
男たちの力には容赦がない。所詮ギャラクシアはけちな売人である。
彼女一人死んだからといってどうということはない、
むしろ今後も似たようなことをする者が出ないよう殺しておく方がよい。
彼女の命の値段はそんなもの。

――殺されるっ……!
地面に倒れたギャラクシアはそう思ったが三人の男たちから逃げる術はない。
結局私はここで死ぬのか、と彼女は妙に冷静に思った。
クズのような星で産まれて、クズとして生きて、クズとして死んで。よくある話だ。
よくある話の一つにギャラクシアも組み込まれて、そして誰にも顧みられないだけの話だ。

「死んじまいな」
倒れたギャラクシアの目の前に男の野蛮な顔が現れた。はあっと息をついてギャラクシアは
目を閉じたが、その時突然ギャラクシアの身体が発光を始めた。

――力が……!
ギャラクシアは突然、自分の身体に再び力がみなぎってくるのを感じた。
閃光が路地に光り、男たちは思わず目をとじる。
ギャラクシアは新たなる力を得て再び立ち上がっていた。

「私は。……X129538星の守護を受けたセーラー戦士!」
金色のセーラー戦闘服を身に纏いすっと立つ彼女の姿を見て
男たちは一瞬色を失ったが、すぐに一人の男が口をゆがめて笑いだす。

「こいつはお笑いだぜ、ギャラクシア! X129538星ってどこだよ!
 そんな星の守護を受けたところで大した力なんか持てるもんか!」
げらげらと笑った一人の男に釣られるように残りの二人の男も
ギャラクシアを嘲り始めた。
「セーラー戦士なんて言ったってどうせ大したもんじゃないんだろ。
 お前はここで役立たずとして死ぬだけさ」

「……本当にそうかどうか……」
ギャラクシアが低い声で呟く。
「え? なんだ? 聞こえねーぞ」
ああ? と聞き返す男に、
「本当に大した力がないかどうか、身を持って知るがいい!」
ギャラクシアが吼えた。

黄金の光が路地に煌めく。男たちの顔が恐怖に歪んだのをギャラクシアは
はっきりと見た。
覚醒したばかりとはいえセーラー戦士である。
並の人間がかなう訳がない。
数分後には三人の男の死体がそこに転がっていた。

――私は、セーラー戦士。……選ばれた人間……。

拳を握りしめ、一人の男の死体を蹴飛ばして、ギャラクシアはやっとそう自覚した。

選ばれた人間には特権がある。
願いを口にすることができる。
夢を持つことができる。
野望を抱くことができる。


拳から男の血を滴らせながら、ギャラクシアはゆっくりと歩きはじめ白い神殿を目指した。

「ギャラクシ……ア?」
先ほど部屋に匿ってもらった女性は町に出ており、たまたま道を歩くギャラクシアを
見かけたが、

――人違いね。ギャラクシアはあたしと同じクズだし。あんなセーラー戦士な訳ないし……
と思ってそれ以上声はかけなかった。


町から歩いて二十分ほど。ギャラクシアは白い神殿の階段の下にたどり着いた。
以前ここに登ろうとした時はすぐに止められたものだが、
セーラー戦士となった今ギャラクシアを止める者は誰もいない。

ギャラクシアは階段を駆け上り始めた。
彼女はまるで金色の光線のように、一直線にすべての頂上を目指した。

-完-

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