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「次の駅だっけ?」
「うん、その筈」
小森霧から夕凪町のミミンガについて聞いた藤吉晴美と木津千里の二人は、
翌日早速夕凪町へと向かっていた。咲たちの住む夕凪町は交通の便が悪い。
乗り換え駅は郊外の大きな駅という趣であったが、そこから小さな支線に乗り換えると
コトコトと走る列車は右手に海、左手には山という風景の中をゆっくりと進んでいく。
車窓を流れる景色に緑が増え、田舎町に向かっていることを実感させる。

藤吉晴美は昨日の夜ミミンガに着いてあれこれ調べてみたのだが、これといった情報は
得られなかった。小森霧が教えてくれたローカル紙の小さな記事が今分かっていることの
すべてだ。あれだって結局「大騒ぎはしたがすべて勘違いだった」というだけの記事で、
よくローカルとはいえ新聞に載ったものだと思えるような代物である。
その日はよほど平和で、記事になるようなことが何もなかったに違いないと晴美は思う。

「……ところで、何でついてきてくれたの?」
隣に座る千里に晴美が尋ねる。千里は晴美の持っている大きなバッグを一瞥した。
財布や携帯の他に、念のために持ってきたスケッチブックやカメラやメモ帳や筆記用具の
入った布製のバッグは少し重そうである。
「帰り、チョココロネをお土産にするんでしょう? パンは潰したらいけないし、
 持ってあげる」
「あ、ありがと」
千里は少し考えるような表情をした。
「私の分と晴美の分と、小森ちゃんの分と――交(まじる)君の分も買っていった方がいいわよね」
「そうだね。交君も好きそうだし」
交とは、晴美や千里、それに小森霧の担任教師の甥である。まだ小さな男の子ということもあって、
クラスの生徒たちからは何かと可愛がられている。小森霧とは特に仲が良い。
霧にチョココロネを買うのなら交にも必要だろうと千里は当然のように考えていた。
「それに、先生にも」
千里は少しだけ頬を赤くして、
「合計五つね」
と結論を出した。そうだね、と晴美が答えてすぐに列車はがたんと夕凪の駅に着いた。

駅に降りると潮の匂いが鼻をついた。その一方で、すぐ近くには木の生い茂るこんもりとした
山が見える。しばらく電車に揺られていただけなのに随分自然が豊かなところに着いた、
と晴美は思った。彼女たちの住む町は海にも山にも遠いのである。
「すみません」
改札口の近くにいる駅員さんに、プリントアウトした例の記事を見せながら、
ミミンガというものについて何か展示しているような――簡単な資料館のようなものが
ないか尋ねてみる。ない、というのがその答えだった。
「そうですか……」
ある程度予想していた答えではあったものの晴美はやはりがっかりしたが気を取り直して、
「トネリコの森という場所はどこですか?」
と記事に書いてある地名を指さしながら尋ねる。妖精がいそうな雰囲気の場所にいけば
何かいいアイディアが浮かぶかもしれないと思ったからだった。

「ああ、あそこですよ」
駅員さんが道路の向こうに見える山を指し示した。
「え?」
晴美は思わず聞き返す。
「ですから、あそこの」
駅員さんも同じように山を指す。
「あ、あの、あれ、山ですけど」
森というからには平地であろうと晴美は勝手に予想していたので、少し慌てていた。
「あの辺一帯をトネリコの森っていうんですよ」
道路の方から別の客が駅員さんに用がありそうな顔で近寄ってきたので、
晴美は駅員さんにお礼を言ってそこをどき、千里と一緒に人の少ない道路を通って
とにかく山の方まで足を向けた。

「わあ……」
山のふもとまで来た晴美はそこで足を止める。
山は思ったほど高くはない。道らしきものも――おそらく地元の人たちが
上り下りしている間に踏み固められた道が――あるから、迷わずに頂上まで行けるのかもしれない。
しかし、晴美は山の中に入ることを躊躇っていた。先述したように、晴美の住む町に
山らしい山はない。「トネリコの森」という場所を、雑木林みたいなものだろう、
程度に考えていた晴美にとって山登りはハードルが高い。
体力には自信があるが、山という場所に晴美は少しひるんでいた。

「どうしたの? 晴美。ここが目的地なんでしょう?」
千里はそんな晴美を見て首を傾げる。
「い、いや、山だしさ……半端に入って行って戻れなくなっても困るし」
「この位なら何とでもなるわよ」
自信満々に千里は答える。彼女は猪突猛進なところがあり、
どんな壁にぶつかってもスコップを振り回して叩き壊していきそうな
人間離れした妙なパワフルさがあるものだから、その自信自体は納得できるものだった。
「行くわよ」
千里は晴美の手を握ると登山道へと連れて行こうとする。
「いやいや、ちょっと待って!」
晴美はまだ心の準備ができていないので抵抗すると、
「あっ!」
と後ろから突然女の子の声がして千里と晴美は同時に背後を振り返った。
「この前の……人……?」
後ろに立っていたのは地元の中学生らしい女の子二人。どこかで見た顔だと
木津千里は思った。中学生の方もそう思っているらしく、
何か言いたそうな顔をしている。藤吉晴美は一同の顔を順番に見回している。

中学生の二人組、日向咲と美翔舞は目の前の人物の名前を思い出そうとしていた。
この人たちには夏休みに会ったことがある。古そうな高校の校舎で――、
「木津……千里さんですよね」
舞がようやく思い出した。
「ええ、そうだけど。あなたたちは確か……」
「美翔舞です。あの、夏休みに高校でお会いして」
ああ、と千里も思い出した。
「そうね。確か、そちらが」
「日向咲です」
千里に視線を投げかけられて咲が応える。咲と舞の二人は千里がこの町に
やってきたことに若干の緊張を覚えていた。
この前の夏休み、咲と舞、満と薫の四人は可愛い浴衣を買うために
千里や晴美が通う高校の近くまで足を伸ばした。
その時、諸々の経緯で――ありていに言えば千里たちのクラスメイトの不始末が
原因で――、高校を訪れる羽目になりそこで千里に出会ったのである。
千里はその時、原因になったクラスメイトをきっちり叱った。
そのやり方がかなり乱暴なものであったので、
咲や舞から見て千里は「怖い人」という認識になってしまっている。

「何、千里、知り合いなの?」
そんな事情を知らない晴美が尋ねる。晴美もその日高校にいたのだが、
漫画を描くことに没頭していたので騒動自体に気づいていなかったのである。
舞はそんな晴美の姿を見てはいたので、
――あ、あの時漫画を描いていた人。
と思っていた。

「ええ、夏休みにちょっとね。まさかここで会うなんて思わなかったけど」
晴美にそう答えてから千里は晴美のことを咲と舞に紹介する。ラッキー、と晴美は
思っていた。地元の中学生ならきっと、この山のことにも詳しいだろう。
ミミンガが出たという場所に案内してもらえればこれほど助かることはない。

「あの、咲ちゃんに舞ちゃん? ちょっと聞きたいことがあるんだけどな」
晴美はバッグの中から例のニュース記事を引っ張り出し、にこにこと笑って
咲と舞に一歩近づく。
「何ですか?」
咲が愛想よく答える。基本的に人当たりが良いのである。
「私たちね、この記事読んで来たんだけど。ミミンガってどういうものなのかと思って」
晴美から手渡された記事を読んだ咲と舞はぴしりと固まった。

夕凪町でミミンガらしき生き物が目撃され、町の人たちが総出で探したものの結局
勘違いであり、ぬいぐるみを見間違えていたことが分かった。
記事にはそう書いてある。実際、町の人たちはそう理解している。
だが真相は別にある。咲と舞だけはそれを知っている。

珍獣は確かに目撃されていたのだ。ただしそれはミミンガではなかった。
目撃されたのはフラッピとチョッピ、ムープとフープ。四体の精霊である。
それがこの地方に伝わる伝説の生き物、ミミンガと勘違いされた。
精霊の存在を人にしられるわけにはいかなかったので
舞は知恵をしぼり、精霊によく似た形のぬいぐるみを作った。
このぬいぐるみを見間違えたのだという話にしてその場を収めたのである。

咲と舞にすれば、ミミンガの話はそれで終わっていたはずなのである。
まさかこんなところで蒸し返されるとは思ってもいなかった。

「あああ、あの! ミミンガというのは想像上の生き物で!」
「ほ、本当には、いないんです!」
言葉はつかえる、顔はひきつる。必死にミミンガの存在を否定する
二人を見て藤吉晴美は不思議そうな顔をした。
「うん、それは分かってるんだけど……」
え? と咲と舞の二人が晴美を見上げる。

――本物のミミンガ探してるんだと思われちゃったのかなあ。
事情を知らない晴美は言葉が足りなかったかと少し反省しながら、
「このトネリコの森っていうところに行きたいなって思って。
 できれば、ミミンガがいると言われていたようなところに」
「え、あの……どうしてですか?」
咲がまだ、少し警戒しているような様子で尋ねる。
「んーとね。私漫画描いてるんだけど、その関係で、ちょっと妖精を
 描く必要があって。妖精がいそうな場所を見たら何かいいアイディアが
 湧くかもしれないと思って」
そういうことかと咲と舞は納得して安心すると、いつもの落ち着きを取り戻した。

「そういうことなら、」
咲の顔がいつもの人懐こそうな笑顔に戻る。
「森の中まで案内しますよ」
「え、いいの?」
晴美にとっては渡りに船だ。ええもちろん、と咲は答えた。
「すごくいい場所もあるんですよ」
自慢げにそう言って、咲は舞と二人、晴美と千里を先導するように
登山道へと入っていった。

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