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夕凪町のPANPAKAパン。この界隈では美味しいことで良く知られたパン店である。
日向咲はこのパン店に住む中学生である。両親がPANPAKAパンの経営をしている。
父が作るケーキも、母が焼くパンも毎日のように食べているが
本人はその贅沢さにあまり気が付いていない。

「んーっと、」
夕方まで部活をしていた咲は家に入る前に大きく伸びをした。
夕陽が家の――PANPAKAパンの、庭を照らしている。
お客さんが何人か来ているようなのでぐるっと店の周りを回って家に入ろうとする。
ソフトボールの道具が肩にかけたスポーツバッグの中で音を立てた。

今でこそこうしてごく普通の生活を送っている彼女であるが、
一年前は大変な日々を過ごしていた。
伝説の戦士プリキュアとして、世界を滅ぼそうとする敵と戦っていたのである。……、
話が大きすぎて現在の咲の状況からすると違和感があるかもしれないが、
本当なのだから仕方がない。

咲には仲間がいる。プリキュアのパートナーとして一緒に戦った美翔舞、途中から
共に戦った霧生満と霧生薫。
それに、精霊たちが一緒だった。
精霊たちは異世界から訪れ、咲や舞にプリキュアに変身するように頼んだのだ。

花の精フラッピと、鳥の精チョッピ。月の精ムープと、風の精フープ。
この四人も咲たちの仲間だった。
精霊たちは一見するとぬいぐるみのようなふかふかとした身体で、
くるんとした大きな耳を持っている。大きさもちょうど小さい女の子が
抱えられるぬいぐるみのような大きさなのでもし子供が見れば喜ぶだろうが、
咲たちは精霊たちの存在が人目につかないようにしていたので
彼らがこの町に住んでいたと知る人は咲たち以外には誰もいない。

今は彼らも故郷に帰り、咲たちが精霊たちを隠すために慌てることもなくなった。
その苦労がなくなったのは少しさびしい、かもしれない。

「さーき」
家に入ろうとすると、美翔舞の声に呼び止められた。
「舞! 満と薫も」
咲が振り返ると、道路に舞と満、薫の三人が立っている。
咲はぴょんと飛び跳ねるようにして庭を突っ切り、三人の所まで出てくる。
「咲、今日は練習どうだったの?」
「うん、すっごい充実! 絶好調なり! 舞と薫は、スケッチは終わったの?」
美翔舞と霧生薫の二人は美術部に所属していて、今日は放課後スケッチに出かけていたのである。
満は二人にくっついて行っていたのだろう。
「うん。すごく、気持ちよく絵が描けたわ」
にっこりと笑って答える舞に、咲も満面の笑みを浮かべる。

「それでね、咲。これなんだけど」
満が話を引き戻すように自分の鞄を顔の高さにまで上げた。
鞄に携帯電話ケースのようなものがついている。
「え? 満、それって」
咲には見覚えがあるものだった。咲たち4人は携帯電話を持っていない。
だから、見覚えのあるそれは携帯電話ではない。携帯電話ではなく――

「ラピッ!」
満の鞄についた携帯電話のようなものがぼわんと煙を上げたかと思うと、
水色で耳の大きいぬいぐるみのような生き物がぽんと姿を現して咲の鞄の上に乗った。
「フラッピ!」
咲が思わず叫ぶ。このぬいぐるみのような生き物は花の精フラッピ。
フラッピが姿を変えて携帯電話のような形になると、咲がプリキュアに変身するときの
変身アイテムになる。
「どうしたのフラッピ。今日は一人だけ?」
「そうラピ」
フラッピはそう答えて頷く。語尾に「ラピ」という言葉がつくのはフラッピの特徴である。
「なんで? チョッピやムープやフープと一緒に来ればいいのに」
「今日は相談があるラピ」
フラッピは神妙な顔をしてそう言った。
「相談?」
「そうラピ」
「トネリコの森で会ったから一緒に来たのよ」
満が二人の会話に口を挟む。
「そっか。じゃあ、まず話聞くよ」
咲はフラッピを抱きかかえると家に入り、自分の部屋へと上がっていく。
舞と満、薫もそれに続いた。

「それで、相談って?」
咲の部屋は妹と共用で、ベッドが両側の壁沿いに一つずつ並んでいる。
咲はいつもの通り、2つのベッドの間に小さなテーブルを出す。
フラッピはぽんとその上に糊、舞と満、薫もその周りに集まった。

ソフトボールの道具が入った鞄を床の上に置いて、咲も舞のとなりにぺたんと
腰を下ろすと
「チョッピのことラピ」
とフラッピは話し始めた。
「チョッピ? ……何かあったの?」
チョッピの名前を聞いて舞が身を乗り出す。鳥の精チョッピは舞と縁が深い。
花の精フラッピが、咲がプリキュアに変身する時のアイテムになるのと同様、
チョッピは舞の変身アイテムになる。咲と舞がプリキュアとして戦っていた昨年は、
それぞれフラッピ、チョッピと一緒に暮らしていた。咲とフラッピ、舞とチョッピは
コンビなのである。
ちなみに月の精ムープと風の精フープはそれぞれ満、薫と関係が深い。

フラッピの口からチョッピの名前を聞いた舞は、チョッピに何か良くないことでも
起きているのかとその整った顔をこわばらせる。フラッピはそれには気づかず――、
「そうラピ、チョッピのことラピ」
と顔を赤くした。
「チョッピがどうかしたの!?」
舞がフラッピをせっつく。フラッピはもじもじとし、
「その……フラッピはチョッピに気持ちを伝えたいラピ!」
と意を決したように叫んだ。フラッピの頭の上の丸い大きな耳が一瞬ぴんと立ったかと
思うとすぐに戻る。
「……え?」
舞は思わず、きょとんとした表情を浮かべる。
「えーっとさ、フラッピ」
咲が呆れたように口を挟む。
「気持ちを伝えるって、ひょっとして最後に言ってたあれのこと?」
「そうラピ」
鳥の精チョッピは可愛い女の子の精霊である。咲たちの目から見ても可愛いが、
同じ精霊であるフラッピの目から見てもそれはもう、大変な美少女であるらしい。
フラッピは男の子だが、彼がチョッピのことを好きなのは誰の目にも明らかだった。
当のチョッピ本人を除いては。

咲と舞がプリキュアとして最後の戦いに臨んでいた時、精霊たちもプリキュアと
共に戦っていた。
その場でフラッピは
「フラッピはチョッピに気持ちを伝えるラピ」
と、その戦いが終わった後のことを宣言していたのである。
無事に戦いは終わり世界は元のままに守られたのだから、もうとっくに
気持ちを伝えても――好きだと告白しても――おかしくないはずなのである。
「……何で? 何で、まだ言ってないの?」
咲が不思議そうに尋ねる。
「それは――!」
フラッピは大きな声で言い返してから、
「いざとなると、恥ずかしいラピ」
と小さな声で耳を伏せた。
「恥ずかしいって……あれだけはっきり言っておいて、いまさら恥ずかしがること
 ないでしょ!?」
「うるさいラピ!」
顔を真っ赤にしてフラッピが叫ぶ。
「咲はデリカシーがないラピ。いざとなると言い出せないラピッ!」
「デリカシーがないって何よ!?」
まあまあ、と舞が二人をなだめる。ちなみに満と薫は恋愛関係にはとても疎いので、
先ほどから一応話を聞いてはいるものの話に加わろうという気はないようだった。
「ねえフラッピ」
舞はフラッピを落ち着かせるかのようにゆっくりと語りかける。
「ラピ?」
「そんなに緊張しなくても大丈夫じゃないかしら。フラッピとチョッピは、
 最初二人だけでこの世界に来て頑張っていたじゃない。
 チョッピだってフラッピのことをすごく頼りにしていたもの。
 私もフラッピ達と初めにあったころは転校してきたばっかりだったし、
 プリキュアっていうのもなんだかよく分からなくて不安だったけど、
 咲と一緒ならきっと大丈夫って思えたもの。チョッピだってフラッピが
 一緒にいてくれて良かったと思っていると思うし、思い切って気持ちを
 伝えてみればきっとうまくいくんじゃないかと思うの」
「ラピ……そうラピ?」
舞は優しい笑顔を浮かべて頷いた。
「ねえ、そもそもチョッピの方から聞いてくるってことはないの?」
咲が口を挟み、フラッピがそちらに視線を戻す。
「だってフラッピがあれだけ『気持ちを伝えるラピ』ってはっきり言ったんだよ?
 チョッピだって気にしてるんじゃないの?」
「ラピ……」
フラッピは拗ねたように口をとがらせた。
「チョッピはきっと、フラッピが『世界が元通りになって本当に良かったラピ』って言ったのを
 聞いて、それがフラッピが伝えようとしたことだと思ってるラピ」
「え?」
咲はぽかんと口を開けた。チョッピが鈍いのは周知のことだ。だからこそチョッピだけが
フラッピの恋心に気づいていないという状態になっているのだが、
あまりにも鈍すぎるのは罪作りであろう。
「やっぱりチョッピはフラッピのこと何とも思ってないラピー!」
フラッピはいじけたように机の上で丸くなる。しょうがないなあ、と咲はそれを見て
苦笑した。
フラッピは久しぶりに咲の家に泊まっていくと言うので、舞と満、薫の三人は
フラッピを置いて咲の家を出た。

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