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「ん〜」
授業中だというのに思わず声が漏れる。教卓では担任が何ごとか言い、
その言葉を聞いた女生徒の誰かが「私との関係はどうなるんですか」と不穏な言葉を返しているが、
藤吉晴美の耳には入っていない。眼鏡の奥の瞳は悩みに淀んでいる。

腐女子、こと藤吉晴美。

漫画同人誌を描くのが趣味の彼女だが、少しだけプロの漫画編集部ともつきあいがあり
埋め草的な作品を雑誌に載せてもらったこともある。
そんな事情で、この前編集者から少し頼まれたことがありそれについて考えを
巡らせていたのだがうまい考えが見つからない。
チャイムが授業の終わりを告げた。下校前の連絡事項も簡単に終わり、
それでもなお考え事をしたまま机の前に座っている晴美の元に
クラスメイトの木津千里が近づいてくる。

「帰らないの、晴美?」
「ん」
晴美は短く答えた。そう答えてからこれでは勘違いされると気づいて、
「帰るよ」
と言い直して立ち上がる。いつもと違って少し身体が重い気がするのは、
きっと考え事が終わらないからだろう。

きっちり少女こと木津千里と藤吉晴美は高校の同じクラスに通うクラスメイトだが、
二人の付き合いは小学生の時にまで遡る。
親の仕事の都合で転校の多かった木津千里が晴美の家の近くに引っ越してきたのが
始まりだ。

その後千里の親もその場所で落ち着き、現在まで二人は近所で暮らし友人関係を保っている。
髪型はきっちりストレートにきっちり真ん中分け、服もきっちり左右対称に整え
余計な皺を許さない、ばかりではなく、きっちりしていないと思うと他人のことにも
口を出してくるという厄介な性格の木津千里と晴美が長い間友人でいられるのは
晴美の鷹揚な性格によるところが大きい。漫画のこと、特に同人活動をするようになってからは
カップリングに関しては一家言ある晴美だが、それ以外についてはあまりこだわりがないのである。


「帰る前にちょっと宿直室に寄りたいんだけど、いい?」
「いいわよ」
千里は了承してから軽く首を捻った。
「どうして宿直室に?」
「小森ちゃんにちょっと調べものを頼んでるんだよね。漫画のことで」
小森霧もやはり二人のクラスメートだが、教室にはほとんど現れない。
基本的に宿直室に引きこもっている。学校に引きこもるという珍しいことを
しているのである。

「また殿方同士の秘め事が延々続くふしだらな漫画?」
鞄を片手に廊下を歩きながら千里が目をつり上げる。
「そんなんじゃなくて起承転結のきっちりした4コマ漫画を描きなさいといつも言っているのに!」
「違うよ」
晴美は軽く笑ってかわした。
「今回は自分の漫画じゃなくて、頼まれたことだし」
「頼まれた? 何を?」
「んーとね」
晴美は事態の説明を始める。

「私の知ってる編集さんが、今度小さい女の子向けの漫画を担当するらしいんだよね。
 なんか、土日に放映している悪を倒す変身ヒロインもの的な。料理漫画らしいんだけど」
「悪を倒すのに、料理?」
「美味しい料理を作って戦うらしいよ。敵を満足させれば勝ちっていう感じみたい」
「……?」
怪訝そうな目を千里は晴美に向ける。なぜ料理が戦いの方法になるのか。
千里はきっとそこを疑問に思っているのだろうと晴美は思ったが、
そこのところの説明は漫画の中で何とかするのだろうとしか晴美も分からないので
そのままに話を続ける。

「それで、その漫画に異世界から来た妖精が出るんだけどね」
「妖精」
「うん。普通の女の子に変身ヒロインになってほしいと頼む妖精が出るんだって。
 それで、その妖精のデザインを考えてくれないかって頼まれてね」
「どうして晴美が考えるのよ。その漫画の作者は、別にいるんでしょう?」
「うん、まあそうなんだけどね」
晴美は苦笑した。
「頼まれているのはデザイン原案っていうか、アイディアだけなんだ。
 できるだけこれまでにないデザインにしたいらしくて、何人かにアイディアを
 聞いているみたい。別にアイディアが出ないなら出ないでいいって言われてるしね。
 でも、まあ、一応考えてみようかと」
「ふうん……」
千里はまだ釈然としないようだったが、
「これまでにないデザインだったら、例えばこんなのでもいいの?」
と鞄からペンと手帳を取り出すと、白いページにさらさらと自分の
オリジナルキャラクターを描く。
晴美はそれを見せられて固まった。
「どうしたの? 見たことないでしょう」
「あ……うん、ないけど……さ」
小学校の時、夏休みの絵日記に書いた絵とお話の不気味さで教室中を
阿鼻叫喚のるつぼに叩き込んだ千里である。
今描いて見せた絵も、確かに見たことがないものだったが
それ以上に禍々しさの方が先に立った。
宇宙から来た侵略者のような何かのような。
異世界から来た存在というところに違いはないのだが。

「やっぱり、小さい女の子向けの作品だし。
 キャラクターは少しぐらい見慣れた感じのものの方が愛着がわくんじゃないかな……」
「何よそれ」
千里はいかにも不満そうだ。
「見たことのないものなのか見慣れたものなのか、きっちりしなさいよ」
「う、うん、だからその辺は程度問題で」
晴美は千里に手帳を返しながらそう答える。ちょうど宿直室の前に着いていた。

「入るねー、小森ちゃん」
そう声をかけてから宿直室の扉を開ける。狭い宿直室だが快適に生活できるように
工夫はされていて、小森霧本人は小さな座卓の上に乗せたノートパソコンと向き合っていた。
彼女は一日の大半をこの部屋で過ごし、一日の大半をTVやパソコンの画面を見て過ごしているのである。
「ああ、藤吉さん」
毛布を肩から被った小森霧は毛布にくるまったまま立ち上がると、棚の上に置いてあるプリンタから
印刷した紙を二枚手に取ってその内の一枚を晴美に渡した。

「これ、頼まれてたことと関係あるかなって」
「ニュースサイト?」
「うん、なんか日本で不思議な生き物が見つかったと騒ぎになったことがあるらしいよ」
小森霧が渡してきたのはどこかのニュースサイトの記事を印刷したもので、
『ミミンガ発見? 夕凪町は大騒ぎ』
とタイトルがついている。
なんでも、夕凪町のトネリコの森というところでミミンガと呼ばれる想像上の生き物を
見た子供がいたそうで、
町をあげてのミミンガ捜索が行われたものの結局見つからなかったというニュースだ。
最初の子供が見たミミンガらしきものは、別の子供がもっていた人形だったらしい。

晴美は霧に――彼女がしょっちゅうパソコンを見ていることは分かっていたので――、
あまり知られていない伝説上の生き物について何か面白そうな情報がないか探すように
頼んでいたのである。
「へえ、ミミンガ」
面白そう――と晴美は思う。記事によれば、丸くて耳が大きい生き物だそうである。
「これで良かったかな?」
「うん、ありがとう小森ちゃん」
「その夕凪町ってところ、行ってみるの?」
「ああ……、そうだね」
晴美は記事を読んで夕凪町が何県にあるか確認した。
それほど遠くはないだろう。資料か何か、参考になるものが現地にあるかもしれない。

「行くんだったらさ」
霧はプリンタからもう一枚の紙を取って晴美に渡す。
「これ美味しそうだから買ってきて」
渡されたのはどこかのブログを印刷したもので、
「夕凪町のPANPAKAパンのチョココロネは絶品!」という記事だった。

「チョココロネってこと?」
「うん。行ったらお土産お願い」
「うん、分かった」
晴美は二枚の資料を鞄に入れて小森霧にお礼を言って、宿直室を出た。

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