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七、 小節 あびる (こぶし あびる・拳 浴びる)

少し時間戻って、薫が一面獣を消滅させた頃。

地下室にいた小節あびる(こぶし あびる)と日向咲にもガラスが割れるような澄んだ音は聞こえてきた。
突然、咲の身体を抱いていたあびるの右腕から力が抜けた。咲の身体に巻き付いていた包帯も緩んだ。
とん、と咲は彼女の膝の上から床へと飛び降り振り返る。咲は彼女のことをちゃんと見るのは初めてだった。
この学校に入ってくる時にちらりと彼女の表情が見えたきりで。

薄暗い地下室の中で、彼女は白っぽく浮き上がって見える。
それは彼女の身体のあちこちに包帯が巻きついているからである。
とりわけ、左目を隠す眼帯とそれを固定するために額に巻いた包帯は良く目立つ。
腕や脚にも何箇所か包帯が巻いてあり、湿布の貼ってある場所もある。

いつもこんな痛々しい姿をしているものだから、家庭内暴力を受けているのではないかという噂は根強い。
だが実際にはそんなことはなく――、動物の、とりわけ尻尾好きでよく動物やその尻尾と遊んでいる時に
怪我を負ったり、ぼんやりしていて交通事故に遭ったりしているので怪我が絶えないのである。
彼女の場合、名は体を表さない。

自分の怪我によく自分で包帯を巻いている結果、その扱いに習熟してしまって包帯を使って
人や動物を捕縛するという妙な特技まで手に入れてしまった、そんな少女である。

咲は彼女のことを正面から見て、彼女の右目があまりに驚きに彩られているので
却って驚いた。
「あの……?」
と話しかけてみる。
「私……どうして……?」
と、小節あびるは呟いた。どうしてこんなところにいるのか分からないという様子で。

「あ、あの……帰っても、いいですか?」
許可を得る必要などない。さっさと逃げ出せばいい話だ。だが、咲は思わず尋ねていた。
あびるがあまりにも何も分かっていないようだったからだった。
咲は基本的に人がいい。

「……尻尾。狸の……」
あびるは咲のショートパンツを見てぽつりと言った。咲のショートパンツにはクリップで
狸の尻尾が止めてある。地下室であびるが何をしていたかといえば、
右腕で咲の身体を抱き抱えて左手でずっとこの尻尾を触っていたのだ。
地下室に連れ込んですぐに尻尾を咲につけさせて。

「あ」
咲は身体を捻って尻尾を外すと、あびるに返した。
「あなたの……ですよね?」
尋ねるような形になったのは、あびるが何をどこまで覚えているか分からないからだ。

「……うん」
あびるは受け取った尻尾を確認してから頷いた。
「もしかして、私」
彼女はぽつぽつと言葉を口に乗せ始めた。もともと、あまり口数が多い方でもない。

「あなたをここに連れてきて、これつけさせてずっと触ってた……?」
自分がしそうな行動を並べ立ててみる。眼の前にいる少女はいかにも狸の尻尾が似合いそうだ。
それは今見ても間違いなくそうで、もしや自分はそんなことをしたのではないかと思われてならなかった。

「……ええ」
咲が頷いたのを見てあびるは思わず左目の辺りを手で押さえて俯いた。最悪だ。最低だ、自分が。
これまで、知り合いに無理やり尻尾をつけさせたことは
何度かあるが――たとえば担任教師の糸色望を相手に――、
どんなに似合いそうでも知らない人相手には絶対にしないと心に決めていたのに。
今日、それを破ってしまった。

一面獣の影響を誰よりも強く受けたあびるは、尻尾のためなら何も自制しないほどに一面化していた。
学校の外に出て咲の姿を――実に狸の尻尾が似合うだろうと思われるその姿を見た時、
普段の心構えなどほとんど吹き飛んでしまった。獲物を狩るどこかの女族のごとくに、あびるは咲を襲った。
彼女に残っていたごくわずかな自制心は、咲を捕獲した時に「彼女が友達と待ち合わせているらしい」
と気づき、近くにいたマリアに「彼女の友達が来たら高校に来るように言って」と伝えることしか
できなかった。
地下室に連れ込んだ後は今ままで述べてきたとおりである。

「……ごめん。ごめんなさい。こんなことして……」
悄然としてあびるは咲に頭を下げる。
「あ、あの、もういいですから」
と謝ってくる相手に更に怒るのが得意でない咲は言い、
「帰ってもいいですよね?」
とまた尋ねた。

「階段、こっちだよ」
とあびるは部屋の中からは影になっていて見えにくい階段の場所を教え、一緒に上がる。
包帯で目張りした扉を開け、咲だけを外に出した。
咲はこれからどうしようかなと思ったが、
――まず待ち合わせ場所に戻らないと。
と考え、

「じゃあ、行きますね」
と開いた扉の向こう側にいるあびるに一言声をかけてその場を立ち去ろうとする。
――と、

「咲!」
走ってきて咲の存在に気付いた舞が前を走る千里を抜かして咲の首っ玉に
かじりついてきた。

「舞!」
「咲! 咲!」
舞は咲の無事な姿を見て泣きそうだった。だが二人のそんな喜びの声は、
「うなああああっ!」
とスコップを振りかざしてあびるに襲い掛かる千里の咆哮でかき消された。
あびると千里はもんどりうって階段を落ち地下室へと転落する。
「あびるちゃん! 何やってるのよいい加減にしなさい!
 中学生浚って連れ込んでいいと思ってるの!」
「反省してる」
地下室の床の上に仰向けに倒れたあびるの上に馬乗りになった千里はまだ言い足りないように、

「また、尻尾絡みでこんなことしたんでしょう!」
と決めつける。事実なのであびるが頷くと、
「いい加減にしなさいよ! 今までだってライオンの尻尾引っ張って怪我するわ、
 尻尾と勘違いしてポニーテールを長く伸ばした人の髪の毛引っ張って怒られるわ、
 今日のだってそもそもあの馬みたいなのの尻尾引っ張ったのが原因でしょう!
 少しは自制することを覚えなさい!」
とまくし立てる。正論なのであびるは素直に「ごめん」と答えた。
今千里が並べ立てたことをどこまで自制できるか自信はなかったが。

千里の言葉はまだ終わらない。
「それに、部室予定地を勝手に使ったりして! 本来の用途以外に使わないでよ!
 そういうのイライラするの!」
「怒ってるのそっち?」
「両方よっ!」
千里が頭上に振り上げ、振り下ろしたスコップをあびるは両手の間にぴんと張った包帯で跳ね返すと、
えいっと身体を動かして千里の下から逃げ出す。
あびるは、中学生を連れ込んだことに関してはいくら怒られても構わない――怒られて当然だ――と思っていたが、
この部屋を使ったことに関してはそれほど怒られる謂れはないと思っていた。

「反省して肉刺し部に入るくらいしなさい! 部員なら、この部屋使ったことについては許してあげるから!」
「反省はしてるけどそれは嫌」
「許さ、ぬ!」
千里が振り回したスコップが壁にぶつかり鈍い音が響いた。


「ごめんね、本当にごめんね。あびるちゃん、いつもはこんな無茶苦茶なことする子じゃ
 ないんだけど……、本当にごめんね!」
地下室の外では、追いついてきた日塔奈美が咲たち四人に頻りに頭を下げていた。

「あの、それは本当にもういいんです」
咲はそう言って、「それよりも」と地下室の方を見やった。
「さっきからすごく心配な音がしてるんですけど……大丈夫なんですか?」
地下室からはガキガキという音やべリンという音、しゃあああという音が
先ほどからひっきりなしに聞こえてくる。

「あ……うん。あっちは大丈夫」
奈美はそう答えた。
「よくあることだから」

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