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六、 木津 千里 (きつ ちり・きっちり)

可符香が開け放った十三番目の扉は図書室に通じていた。明かりのついたその部屋には
本棚がいくつも並んでいる。
「ここには誰かいるかもしれないね」
と可符香は舞ににっこり笑うと――彼女は先ほどの舞の言葉にもまったく気分を害した
様子がなかった――、どんどんと中に入っていく。舞も少し遅れながら後に続いた。

ぱたり、ぱたり。
図書室の奥から本を整理する音が聞こえてくる。

書棚と書棚で区切られた通路の中に、セーラー服を着た少女が一人いた。
長い黒髪がまっすぐに腰の近くまで流れている。

「木津千里(きつ ちり)ちゃん」
可符香がそう言いながら彼女に近づいていくと、彼女は手にした黒い背表紙の本から視線を上げた。
本の表紙には黒い背景に日本人形の姿が描かれている。何か怖い本らしかった。
前から見ると、彼女の髪には定規をあてたかのように直線的な分け目がきっちり真ん中にあった。
「本の整理してるの?」
「夏休みに入ったばかりなのに随分乱れているようだから。
 なぜ、きっちりできないのかしら!」
木津千里はそう憤慨しながら本を棚の中にしまい直していく。
彼女が書棚に入れる本は棚の中ですべて真っ直ぐに直立していた。

「置いておけばそのうち図書委員が片づけるのに」
「こういうのイライラするの!」
可符香にそう答えて、千里は初めて可符香の少し後ろにいる舞の存在に気づいたらしく
舞に目を向けて
「あなたは? 可符香ちゃんの友達?」
と尋ねる。
「うん、友達だよ!」
舞が口を開くより前に可符香が答えた。
「なんでまた学校に。もっといいところに連れて行ってあげなさいよ、友達と遊ぶなら。」
「あ……あの、私、ここに遊びに来たんじゃないんです」
可符香との会話を続けていきそうだった千里に、舞が思い切って声をかける。

「え? じゃあ何しに?」
千里は目を少しだけ見開く。
と、
「ああ、やっぱりここだ!」
満、薫を連れた日塔奈美の声が会話を妨げた。
「千里ちゃん! あのね、この子たち友達探してるんだって! 学校の中で迷ってるみたい!」
「満さん、薫さん!」「舞!」
奈美の後ろから小走りでやってきた満と薫、それに舞はお互いの存在に気づいて、
満と薫は奈美を追い越すと真っ直ぐに舞へと向かった。
「舞、良かった」
「満さん、薫さん……!」
薫が舞の手を取ると、舞は思わず薫に抱きつく。

――ああ、友達いたんだ。良かったよかった。
と奈美は三人を見ながら普通の感想を抱いていたが、

「舞。咲は?」
と満が舞の肩をつついたのを見て、
――ん、ひょっとしてまだ足りないのかな?
と思い直す。

「咲は……まだ見つからないの」
舞は薫の身体から自分の身を引き離して答える。それから、また本の整理を始めてしまった
千里を見る。
「私の友達が、咲って言うんですけど、この学校の中に入ったみたいなんです。
 それで探してるんです」
「そうそう、千里ちゃん」
奈美が薫の後ろからひょこっと顔を覗かせる。
「手伝ってあげようよ。この子たちが友達探すの」
「んー。」
千里は気乗りのしない様子だ。おや、と奈美は思った。

「こっちの片づけの方が先だから。」
「え?」
「あらあら」
可符香がそんな千里の様子を見て笑う。

「千里ちゃんはきっちり片付け方面だけに一面化しちゃったみたいだね」
「んー……そっちに極端になっちゃったのか」
奈美は少し落胆したようだったが、
「仕方ないから千里ちゃんは諦めて一緒に探そうか」
と舞たち三人に言う。はい、と三人は大きく頷いた。

と、その時ばあんと音を立てて書棚を揺るがし、あの白馬がまた姿を現した。
「えええっ!? ちょっと、何なのよ!?」
一面獣は真っ直ぐに奈美に向かってくる。
「奈美ちゃんが一面化してないから奈美ちゃんのところに来るんじゃない?」
可符香が冷静にそう言うと、
「嫌なんだってば! ていうか、マリアちゃんだって可符香ちゃんだって一面化してないじゃない!」
奈美は書棚の間を逃げ回る。
「一面獣さんは奈美ちゃんのことを愛してるんだね!」
「そんな愛、嫌ああああ!」

「……!」
薫は瞬間的に判断した。この馬みたいな生き物が何なのかはよく分からないが、
今は邪魔はさせたくない。手近な書棚に飛びついて上ると、
白い馬が奈美を追って通路を走りぬけた背後から跳び下り頭部めがけて踵落としを決める。
薫としてはとりあえずどこかに行ってくれればそれでよかったのだが、
その部分はちょうど急所だったらしくぷすっと煙をあげてその姿はかき消えてしまった。

きん、とどこかで何かが割れるような音がした。床に下り立った薫はその音に思わず耳をすませた。
ガラスが割れるような澄んだ音だった。
世界の何かが歪んだ。
否、これまであった歪みが取れたのかもしれない。

「それで?」
と千里の声がした。薫と奈美が先ほどの場所に戻ると千里は、もつれにもつれた愛憎の果ての
連続殺人を描いた推理小説を書棚に入れて舞と満と薫、それに奈美と可符香を見据える。

「中学生がこの学校で迷子になってるんだっけ?」
お、と奈美は思った。千里がいつもの委員長のような感じに戻った。
「そ、そうなんです」
舞が慌てて説明する。待ち合わせ場所に行ったらいなかったこと、マリアという褐色の肌の女の子に
この高校のことを教えられたことを。
「マリア?」
木津千里がぴくりと眉をつり上げる。

「そ、そうです。……あ、そういえば。後、そのマリアさんの友達と一緒に咲がこの高校に
 来たというようなことを言っていました」
舞が思い出してそう付け加えると、
「……。」
千里は数秒の間顎に指を当てて何かを考えていたが――その目つきは鋭かった――、

「つまり、この学校の誰かがあなた達の友達をここに連れ込んだと?」
横目で舞と満、薫を見る。連れ込むという言葉のニュアンスを千里がどういう意味で使っているのか
舞には正確には分かりかねたが頷くと、千里は
「なるほど。」
と口角の端をつりあげた。普通の微笑ではない。
可符香の含み笑いとも違う、どこかサディスティックな笑み。

「そういうことは、きっちりさせないとね!」
書棚に両手をかけるとがらりと左右に開ける。書棚はごおんと音を立てて動き、その後ろの
隠しスペースが露わになった。
「えっ」
舞が思わず息を飲む。そこにあったものは、刃物や槍や鉄球に鎌に斧、バールのような物。
ある物すべてが武器と凶器。
千里はその中の綺麗に磨き上げられたスコップを手に取った。

「千里ちゃんが委員長キャラという一面と猟奇キャラという一面を取り戻した!」
一同の一番後ろにいた可符香がぐっと拳を握って嬉しそうに叫ぶ。
え、と舞は思う。舞は「みんなが一面的になった」という話を聞いてから、一面的でなくなれば
この高校の人たちは普通の人になるのだろうと何となく思っていた。
だが目の前の人は普通の人になったというよりはより強烈な人になったような気がする。


『みんなやっかいな生徒さんですし』。

満は、この学校に来て最初に出会った教師が言っていたこの言葉を思い出していた。
確かに、やっかいな人たちなのかもしれない。今の彼女を見ているとそう思う。
――さっき薫が倒した馬みたいなのがいてもいなくてもやっかいなのには変わりないのかも……

そう思いながら、しかし満はどこかで落ち着いていた。
厄介な性格、一筋縄ではいかない性格。
そんな性格は昔散々見てきた。
滅びの国ダークフォールと言う場所で。
そこにいた滅びの力の持ち主たちは、強い力を恣にして皆好き勝手していたものだ。
今の千里の姿を見ていると、何となく彼らの姿と重なる。

――こっちの世界にもいるものなのね。こういうタイプの人が。
満はそう思った。

「マリア、私の声が聞こえたら来なさい!」
千里はスコップを床に突き刺し宙を見て叫ぶ。
「合点だヨ!」
という子供のような声がどこからか聞こえた。ぴょん、と廊下からジャンプしてマリアが
転がるように図書室の中に飛び込んでくる。彼女は相変わらず裸足だった。
満と薫がいるのを見ると一瞬表情をひきつらせたものの、千里を挟んで二人と反対側の
位置に立つように回り込む。彼女のセーラー服の襟は少し歪んでいた。
「千里、マリア来たヨ!」
千里はスコップから手を離して屈むとまずマリアの襟を左右対称に整えてやってから、
改めて立ち上がりスコップに手を載せた。
マリアは千里のことも、千里の背後に並ぶ武器の数々のことも別段恐れる様子がない。
自分にこの武器が向けられることはまずないと知っているかのように。

「マリア、この子たちの友達がこの学校に入るのを見たの?」
マリアはちらりと舞たちを見てから、
「ウン、見たヨ」
「誰と一緒だった?」
「あびるダヨ」

「あびるちゃんかい!」
奈美にとってそれは知った名前だったらしく、焦ったように叫ぶ。
「それであびるちゃんはその子とどこに行ったの?」
千里が床からスコップを引き抜いた。
「地下室に行ったヨ。千里の部室」
それを聞いて一声吼えると千里はスコップを片手に持ち図書館から疾走して外に出た。
最初からマリアと言う彼女によく話を聞いておけば良かったとぼんやり考えていた
舞と満と薫だったが、はっと我に返って千里を追いかける。

「この学校には地下室まであるんですか!?」
舞の隣に追いついてきた可符香に舞が思わず叫ぶように尋ねると、
「千里ちゃんの部活の部室予定地なんだよ。『スコップ肉刺し部』の」
「スコップ!?」
「二人いれば部活動として認められるこの学校でも成立しなかった幻の部活なんだよ!
 千里ちゃんが部長なんだけど、部員が集まらなかったの!
 千里ちゃんの趣味はまさにナンバーワンにしてオンリーワン!」
それは集まらないよね多分、と舞が思っていると、
「そのことにそれ以上触れなくていいから!」
部員が集まらなかったことにそれなりに傷ついていた千里が前から叫ぶ。
ふ、と可符香は暗い笑みを浮かべて嗤う。

なんだかもう、分からないことばかりだから黙っていようと舞は思う。
咲を取り戻せればそれでいい。その思いが、舞をいつもよりもずっと速く駆けさせていた。

「その人はどうして咲をここに連れて来たんですか」
薫も千里の後を追いながらこちらは奈美に尋ねる。
「分かんない! 普段そんなことする子じゃないんだけど!」
奈美は一同のペースについていけず遅れ気味だ。
「そういえば、あびるちゃん一面獣が出てきたとき尻尾引っ張って怒りを買ってたから
 他の人より強烈に影響受けたのかも!」
「尻尾?」
満が不思議そうに聞き返す。

「あびるちゃんは動物の尻尾好きなの! あと尻尾が似合いそうな人も好きなの!」
「あ」「あ」
満と薫は同時に呟いた。彼女が咲を連れ去った理由が分かったような気がした。

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