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五、 日塔 奈美 (ひとう なみ・人並み)

満と薫は教師の糸色望と別れてから舞と同じように教室を開けて回っていたが、やはり誰も見つけることは
できなかった。

「……満」
幾つ目かの教室の扉をとじた薫がそう言って何かに耳を澄ませるように意識を集中する。
満も同じように耳に神経を集中すると、何か違和感のある――この場にはそぐわないような
音が聞こえてきた。

「何か……走る音?」
規則正しくカッカッカッと鳴っているその音は何かが走っているように聞こえた。
おそらく、人間の足音ではないが。
満と薫は顔を見合わせると、すぐに音のする方に向けて走り出した。
音は別の階から聞こえてくる。手近にある階段を駆け上り、
自分の耳を頼りにひたすら進む。

「薫! 人の足音も聞こえる!」
「ええ!」
聞こえてきた人の足音は明らかに慌てていた。こけつまろびつ、何かから逃げ回っているような。
上の階に飛び込み、一直線に音のする方を目指す。人間でない足音と、人間の足音と。

「だあああああ! やめてってばああ!」
今度は分かりやすい人間の声が聞こえてきた。
廊下の角を曲がった満と薫が見たものは白い馬のような生き物に襲われている――追いつめられている
少女の姿だった。
「……!」
反射的に満はその馬に跳びかかると、脇腹に蹴りを一発食らわせた。ぎゃっと一声白い馬は鳴くと、
そのまま身を翻してどこかに逃げる。
馬に追いつめられていた少女の方はへなへなと座り込んだ。

彼女に薫が無言で手を伸ばすと、
「あ……ありがと」
と少女は立ち上がった。スカートについた埃をぱたぱたと払って――彼女もやはりセーラー服を着ていた――、
それから満と薫のことを見比べる。

「中学生?」
「ええ」
満が頷く。
「さっきはありがとう。でも、どうしてここにいるの? ……というか、あなた達は誰?」
少女は軽くウエーブのかかったショートカットの髪の下の大きな瞳を不思議そうに揺らして尋ねる。
誰、と聞いてから自分も名乗っていないことに気づいたらしく、

「あ、私は日塔奈美(ひとう なみ)っていうんだけど。ここの二年生で」
で、あなたたちは。と言いたそうな奈美の視線を見て満は、
「私たちは霧生満と、霧生薫」
と自分と薫のことを順番に指さしながら説明する。姉妹なんだ、という奈美のつぶやきが
聞こえてきたが、合っているとも間違っているとも言い難いしそう思ってもらっていた方が楽なので
それについては放っておくことにする。
普通の人は満と薫を見て姉妹だと思うものなのだ。

「私たちの友達がこの学校に入ってしまったらしくて、それで探しているんです」
「えっ」
奈美は驚いた表情をした。
「友達って、ここの生徒?」
「いえ、中学生ですし」
満が静かに答えると、奈美はますます驚いた顔をした。
「何もこんな学校に入らなくてもいいのに。ああでも、今日登校日だから鍵開いてたもんね……、
 とにかく!」
奈美は気合を入れるように少し声を大きくすると、
「それだったら早く探した方がいいよね」
と満を見る。普通の反応だ、と満と薫は思った。
普通の人ならきっとこうするであろうと満と薫が推測する範囲に入っている反応だ。
二人が故郷である滅びの国ダークフォールを離れて
咲と舞の町、夕凪町に暮らすようになってもう半年になる。
夕凪町にいる「普通の人」がどういう行動をとるものか、満と薫には大体分かるように
なってきていた。

咲と舞のように、ごく普通に十五年という時間を人間の世界で過ごしてきた人から
比べるとその経験はまだまだ足りないものだったし、当然偏りもある。
そんな二人でも普通と思えるような――つまり、夕凪町の人たちが普段見せるのと同じような――
「普通の」思考回路が彼女にはあった。
さっきの馬のような生き物は何だったのか少し気になるが、咲が先だ。
あの馬は滅びの国と関係のあるなにかではないようだし、すぐにどうにかする必要はないだろう。
協力してもらって早く咲を見つけよう。満はそう思った。

少し安心した満と薫の雰囲気が柔らかくなったのを察したのか、奈美は
「どうしたの?」
と笑いながら尋ねる。
「ちょっと、安心しました。普通だから……」
薫が素直に思ったままを答えると、しかし奈美はがらりと血相を変えた。
「フツーって、言うなあああああぁ!」
腹の底から叫ぶような心からの大声。豹変した彼女の姿に満と薫が
思わず目を丸くすると、

――しまった! 中学生引かせた!
と慌てた奈美は、
「ほ、ほら! 女の子はいつだって特別な存在でいたいものじゃない!?」
慌てて取り繕う。これまでの十数年間ずっと普通だ人並みだと言われ続け、
人にはない個性を身に着けたいと思っているものの結局のところ
普通の範疇を出ることができない、奈美はそんな少女であった。


「……?」
満と薫は困惑したように顔を見合わせた。特異な出自を持つ彼女達は
そういう願望を抱いたことがないのである。

「と、とにかく、行こう!」
奈美はくるりと背を向けた。満と薫は、
――よく分からないけど普通って言うのは良くないようだから言わないでおこう。
と心に決める。折角協力してくれそうな人を手放すわけにはいかない。


「えっと、順番に探して……」
と奈美は足を白馬の逃げた方に向けかけたが、何かを思いついたように立ち止まる。
「うちのクラスに委員長っぽい人がいるんだけどね。その人にも知らせた方が話が早く進むかも」
「委員長さんですか」
きっとしっかりしていて頼れる人なのだろうと満と薫は思う。

「うん。ちょっと極端なところがあるけど……今はいつも以上に極端になってるかもしれないけど……、
 行動力はある人だから」
確かにこっちにいたと思う、と奈美は階段を降り始めた。

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