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四、 藤吉 晴美 (ふじよし はるみ・腐女子 晴海)

小森霧と別れて宿直室を出た舞は、いくつかの教室の扉を開けては誰もいないのを確認して閉め、
という作業を繰り返していた。
二のへ組の教室は五番目くらいにたどりついた教室だったが、ほかと違うのはすぐに分かった。
教室に明かりがついている。
誰かいるという期待を込めて、
「すみません」
と舞は教室の扉を開けた。

教室のちょうど真ん中あたりに一人の女子生徒が座っていた。
マリアが来ていたのと同じセーラー服を着てメガネをかけ、肩まで伸びる綺麗な髪を振り乱すように
必死になって机にかじりついて何かを描いている。舞の声も聞こえていないようだ。
「すみません」
もう一度声をかける。だが、彼女が鉛筆を走らせるペースは変わらない。
近寄って何を描いているのか見てみると、男性同士が愛を語り合う漫画を描いているようだった。
迫られている方の男性の名前は「望」というらしい。
「すみません」
三度、声をかけてみたがやはり返事はない。
――どうしよう。
と舞は思った。
舞自身も絵は好きで良く描く。集中していると周りのものが見えなくなることが
度々あるので彼女のこうした態度を不快に思うことはない。
ただ、集中している人に対してどういう風にするのが一番いいのか
舞自身はよく分かってはいない。

――咲だったら、どうするかな……。
舞は咲のことを思い浮かべてみた。自分が絵に没頭していて周りの人の声が聞こえなくなっている時、
咲ならどうするか。
――多分。一段落つくまで待ってそれで声をかけてくれるのよね……
と舞は思った。実際のところ舞は自分が集中してしまっている時の咲の行動を覚えているわけでは
ないのだが、これまでのことをあれこれ思い出して考えあわせるとそんな気がする。

であれば、彼女が一段落つくまで待つべきか。
舞はそう思ったものの、別の教室に行って他の人を探した方がいいかもしれないとも悩む。
これまでの経験から言って人を見つけるのは難しそうだが、
彼女がずっと集中したままという可能性もあるのだ。

「駄目だよ」
「ひっ!?」
足音もなく背後から近づいてきた人に突然肩を叩かれ、舞は思わず軽い悲鳴をあげる。
「駄目だよ、邪魔しちゃ」
舞が振り返った先には、漫画を描いている彼女と同じセーラー服を着ている少女がいた。
黄色い十字の形をした髪留めが印象的に目に入ってくる。
少女はにこにことした笑みを浮かべながら舞を見ていた。

「す、すみません」
『駄目だよ』と言われたことにまず謝ると、少女はうんと頷いた。
「藤吉晴美(ふじよし はるみ)ちゃんはね、今、漫画を描くのに特化してるんだ」
と漫画を描いている少女を見ながら呟く。
「特化?」
舞は彼女の言葉が気になって聞き返したが、
「中学生だよね。どうしてここに来たの?」
と彼女は話を変えた。
「あ、あの……友達が、咲って言うんですけど、この学校に来たみたいなんです。
 待ち合わせしてたんですけど、いなくなってて」
「探してるってこと?」
彼女は話が早い。やっと話の通じる人を見つけたような気がする。
舞は大きく頷いた。
「一緒に探してあげるよ。咲ちゃんだね」
と彼女は身振りで舞を促し、藤吉晴美を残して一緒に廊下に出る。
「あなたの名前は?」
「美翔舞です」
「舞ちゃんって呼ぶね」
彼女は人懐こい。
「あの……お名前は?」
舞が尋ねると、ああ、と彼女は答えた。
「じゃあ、可符香(かふか)で」
「カフカさん……ですね」
変わった名前だと舞は思った。もしかすると外国から来たのかもしれないとも思った。

「……今日はね、夏休みなんだけど。登校日だったんだよ」
可符香はいくつもの教室の扉を開けてはそんな話をする。
表情は明るい。この薄暗い校舎の中で、彼女は場違いに感じられるほど明るかった。
――ううん、そんなことない。ここに咲がいたらこのくらい明るいんだから……。
  それに、きっと私に気を遣って話してくれてるんだし。
舞は「場違い」なんてことを思った自分にそう言い聞かせる。
彼女にとってはここは普段通っている高校なのだからリラックスしていて当然のはずだ。

「でも今日は、私たちだけじゃなくてちょうど一面獣さんも学校に来る日みたいだったんだよね」
「一……面……獣?」
舞は可符香の言葉を繰り返した。聞いたことがない名前だ。
「そう、一面獣さん! 舞ちゃん見たことある?」
可符香は教室を周り始めてから十一番目の部屋を開けた。やはり中には誰もいない。
「い……いいえ」
舞が首を振ると、
「一面獣さんはね、この学校で眠っていた生き物だったみたいなの! 白い馬みたいな
 生き物なんだよ!」
可符香はひどく楽しそうだ。舞は笑っていいのかどうかよく分からなかった。
「一面獣さんはただの馬じゃないから、目から光線だって出すんだよ。
 その光に当たった人は、みんな一面的になるんだ」
え、と舞は思う。それはそんな楽しそうに語る話なのだろうか。

「それは……その」
舞の声は震えていた。
「さっきの、特化といっていたあれのことなんですか?」
「そうそう! 晴美ちゃんはもう、漫画を描くしかしないんだよ」
可符香はやはり楽しそうに笑っている。十二番目の部屋の扉を彼女は閉めた。

「どうして」
舞が足を止める。おや、というように可符香が振り返った。彼女の顔から笑みが消えることはなかったが。
「どうしてそんなに笑っていられるんですか? それは大変なことなんじゃないんですか?
 カフカさんの友達が、大変なことになってるんじゃないんですか!?」
最後の方は思わず目を閉じて叫んでしまった。可符香はそんな舞を見てくすっと笑うと背中を
優しく叩き、

「やだなあ」
と答えた。

「そんな大変なことのはずないじゃない。これは、キャラ立ての一環だよ!」
「……え?」
元気よく断言した可符香の言葉に舞は思わずぽかんと口を開けた。
自分の予想とまったくかけ離れた答えだったから。

「舞ちゃんだって経験あるでしょ? 新学期になって自己紹介の時、『面白人間です』とか
 実態の伴わない簡略化をして自分のことを伝えたことが!」
そんな経験はありません。と舞は思ったが、可符香の勢いに押されて何も言えなかった。

「人間はまず簡略化して特徴を覚える生き物なんだよ。写実的な絵よりも似顔絵の方が
 印象に残るみたいに。だから、一つだけの特徴に特化するのはキャラ立てには有用なんだよ。
 まるで、人数の多いギャグ漫画の登場人物みたいに!」
「……?」
十三番目に当たる部屋は教室ではなかった。可符香は舞がぽかんと見ている前でその部屋の暗い扉を開け放った。

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