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三、 常月 まとい (つねつき まとい・常 付き纏い)

舞が高校の校舎に足を踏み入れた頃、店で無事に生地を購入した――店員さんの手が少なくて
意外と時間がかかった――満と薫も、待ち合わせ場所に到着していた。
だが、咲と舞の姿は見当たらない。二人は不思議に思って手分けして辺りを探し回っていたが、
「いない?」
「ええ」
とあの街灯の下に戻ってきた。

「どうしたのかしら、咲も舞も」
満が視線を四方八方に巡らせる。
「時間がかかったから? でも……」
咲も舞も、時間がかかっているからと言って勝手に帰るような真似はしないだろう。
二人は嫌な予感を覚えた。
まさか滅びの国がプリキュアに再び戦いを挑んできたのだとは思わないが、
それにしても咲と舞が奇妙なことに巻き込まれたのではないかという気がした。

どこかにはいるはずだと薫は意識を集中して気配を探ろうとしたが、
咲や舞の前に気になる気配があった。
「薫?」
満が不思議そうにしている前で、薫は真っ直ぐに上を見上げる。
満もつられるように視線を上げた。街灯の一番上にある電燈部分の傘の上に、
誰かが乗っている。褐色の肌をしてセーラー服を着た少女――先ほど舞に咲の行先を教えた、
マリアである。
マリアは二人の視線に気づいたように下を見た。
彼女と目が合うと、薫は軽く手招きをした。
「?」
自分のことかと尋ねるようにマリアは自分を指さす。薫が頷くと、マリアはするすると
降りてきた。

「何か用カ?」
「あなた、ずっとここにいたの? ここで私たちくらいの年の女の子を二人見なかった?」
薫ではなく、満の方に声をかけられてマリアは一瞬びくりとした。
「見たヨ。茶色い髪の女の子と、黒い髪の女の子」
満と薫の目つきが変わった。マリアはまたびくりとする。
「その子たち、どこに行ったか知らないかしら?」
薫の声は低く落ち着いてはいたが、わずかに殺気のような気配をはらんでいた。

「う、ウン。高校に行ったヨ」
「どこの高校?」
今度はまた満だ。満の声は穏やかなように聞こえる。しかし、その声の奥底には答えなければ許さないという
強い意志を秘めているようにマリアには聞こえた。満と薫に挟まれた格好のマリアはどちらからも
目を離すと危険な気がしてせわしなく首を左右に振りながら、
「あっちだヨ」
舞に教えたと同じ方向を指さす。
「ありがとう!」
と二人は言葉を残して即座に風のように走り去っていった。

「ちょっと、怖かったヨ」
残されたマリアは思わずつぶやく。彼女は昔いた自分の故郷では苦労が多く
幾度も死にそうな目に遭ったものだが、そんな感覚が久しぶりに甦ってきたような気がした。

――マリアも高校戻ろっト。
万が一にも満と薫に追いつかないようにスキップをしながら、マリアは自分の通っている
高校に向かっていった。
姿かたちこそ小学生のように見えるが、彼女はこの国に来てから高校の籍を手に入れた
立派な女子高生なのである。

 * * *

満と薫は舞の後を追うようにして高校の校舎の中に吸い込まれるように入った。
舞とは違い、左の方に足を向ける。
満と薫は、滅びの国で生み出された戦士である。異常事態と見ればすぐにその性のような
ものは目覚める。
――滅びの力の気配はしないけど……、
満と薫は気配を探るようにしながら慎重に薄暗い校内を進んでいった。

「おや」
しばらく歩いて行ったところで、廊下の先に男性の姿を認めて満と薫は足を止める。
男性は二十代から三十代の青年くらいの年恰好で、満と薫がこれまでテレビでしか見たことのない――
袴を履いた、まるで明治のころの書生を思わせるような姿をしていた。
いかにも筋肉のなさそうな身体つきで、ひ弱そうにも見える。
二人が警戒を強めたのはその珍しい風体からではなかった。
眼の前には一人しか姿が見えないのに二人分の気配を感じる、その齟齬によるものであった。

「どうかされましたか? この学校の生徒さんでは――ないですよね」
青年は穏やかな――どこかびくびくした様子もある――口調でそう言って、近づいてくる。
「中学生ですか?」
「はい」
薫はいまだ無表情のまま警戒するような目で彼を見ていたが、満の方は
わずかに愛想笑いを浮かべて返事をする。彼はほっとしたような目で満を見た。
「中学生が、どうしてここに」
「友達が二人、この学校の中に入ってしまったみたいなんです」
「え」
何でまた。という表情を彼は浮かべた。
「事情は分からないんですが。とにかく、ここに入ったみたいで探してるんです」
「そうですか。それは――困りましたね」
彼は眉を顰める。
「失礼ですが、この学校の先生ですか?」
満が尋ねると、
「ええ。糸色望(いとしき のぞむ)といいます」
と彼は自己紹介をする。

糸色望。横書きでうっかり書くと「絶望」とも読める名前を持つこの教師は
そのことをひどく気にしていたが、満と薫にそんな言葉遊びに気づくゆとりはなかった。

「探してもらえませんか? 二人のことを。咲と舞という名前なんですが」
満としては、当然の依頼をしたつもりだった。満たちが通う夕凪中学で何か
異変が起きたと言えば、先生たちはすぐに解決に向けて動いてくれるだろう。
だが、この教師は違った。
「困りましたね――この学校で起きることやうちの生徒さんたちが引き起こすことは、
 私の手におえないことが多いんですよ。みんなやっかいな生徒さんですし。
 あなた方の友達がこの学校に入ったというんなら、うちの生徒さんたちが
 何か関係していそうな気もするし。だから……」
「探さないんですか?」
冷たい声で、薫が睨み付けるように尋ねる。
「あ、いや、その」
と彼は慌てた。
「今、おかしなことが起きていますからね。みんなの性格が妙に一面的になって」
突然、望でも満でも薫でもない声がした。糸色望の後ろから、紫の袴をつけた少女がすっと
姿を現す。これまで彼の陰に完全に隠れていて見ることはできなかったのだが。
二人分の気配がしたのはそういうことか、と満と薫は納得した。

「いたんですか」
彼はこれまで少女が背後にいたのに全く気付いていなかったようで、
呆れたように少女に声をかける。
「ええ、ずっと」
と少女――常月まとい(つねつき まとい)は当たり前のように答える。
おかっぱの髪型に、気の強そうな瞳。
袴をはいた二人が並んでいると気の弱い兄と気の強い妹のようにも見えるが、
彼女は望の教え子でありこの高校の生徒だ。

セーラー服ではなく袴を身に纏っているのは、彼女の望への恋心の表現に他ならない。
しかし、彼女と恋仲になるつもりのない――彼女に限らず、およそ女性にほとんど興味のない――
教師にしてみればそれは困りものである。
彼女は、彼の言う「やっかいな生徒さん」の一人であった。
ちなみに、先ほど舞が会った小森霧も彼の受け持つ生徒であり、すなわち「やっかいな生徒さん」である。

「しかし、そういうおかしなことが起きているとするとやはり私の手に負えるようなことでは……」
教師はまたぶつぶつと言い始めた。
「探さないんですか」
薫が再度尋ねると、
「いえ、ですから、その」
「……いいです、自分達で探します」
そんな教師を見ながら薫は諦めたように呟くと、満を促して望とまといの傍らを通り過ぎて更に
廊下を進んでいこうとする。

――目ぇ、怖っ。
口にこそ出さなかったが、望は薫の表情を見てそう思っていた。
声を荒げることはなくても怒っているのに違いなかった。

「先生」
通りすがりざまに満の方は微かな笑みを浮かべて望を見る。
「もし咲と舞を見かけたら、私達が探していたって伝えておいてくださいね」
「は……はい」
――こっちはこっちで怖っ。
目が笑っていない満を見ながら小心者の教師はそう思っていた。
そのまま黙って、二人が廊下の向こうの方へと消えていくのを見送る。
姿がほとんど見えなくなってから糸色望はため息をひとつついた。

「探しましょうか」
「探すんですか」
常月まといは意外そうな声をあげた。

「探さないわけにはいかないでしょう。中学生がこの学校で行方不明になっているんですから。
 ……」
望は改めて、まといの方に視線を向ける。
「しかし珍しいですね。いつものあなたなら、何か事件が起きていそうだと思えば
 すぐに情報を集めるなりなんなり行動を起こすのに」
「今日は」
まといは望に見つめられたと思ったのか頬を赤らめた。
「今日はなぜだか。先生のおそばにいることにしか意欲が湧かないのです。……」
「もうちょっと別のことに意欲を持ってもらえませんか?」
望はうっとりとした表情のまといから――好きな相手となれば終日尾行するのも辞さない
教え子の重すぎる一方的な愛からそそくさと目をそらした。冷や汗が背中を流れて行った。

 * * *

「大丈夫だよ」
その頃、咲は学校の中にある地下の一室で身を固くしていた。階段の上にある扉は閉ざされ、咲ともう一人を
この部屋の中にとどめている。
咲は、咲より少し年上の少女の膝の上に抱きかかえられていた。
少女が咲を抱きしめている腕の力はそれほど強くない。しかし、咲の身体には幾本もの包帯が
まきついてそれで身動きが取れなくなっていた。

「きっとすぐ、あなたの友達が迎えに来てくれるよ」
少女が咲に囁きかける声は優しい。今は咲から少女の顔は見えないが、咲に向ける表情も
優しかった。――その割に、とんでもないことをする。
「それまでの間だけ、こうさせて」
少女が身に帯びた薬や湿布の匂いがつんと咲の鼻をついた。
「どうして、こんなことをするんですか?」
咲が尋ねると、
「だってあなた、すごく似合っているんだもの」
楽しそうに少女は答えた。

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