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二、 小森 霧 (こもり きり・籠りきり)

「高校」はすぐに見つかった。暗い雲がだいぶ広がってきた空の下に、
いかにも古そうな校舎のその高校は建っていた。
舞は校門に飛び込むと――夏休みだというのに校門は開きっぱなしになっていた――、
すぐに校舎に駆け寄り昇降口の扉を開け放つ。こちらも、鍵はかかっていなかった。
舞はそのことにわずかな違和感を覚えつつも下駄箱の前を走り抜け校舎の中へと入っていく。

普段は大勢の高校生でにぎわっているのかもしれない校舎も、今はしんと
静まり返ってこの時期だというのにどこか空気がひんやりしているようにさえ感じられた。

「咲? いるの?」
舞は声をあげる。返事はない。誰の声もしない。
廊下に立つ舞はきょろきょろと左右を見回し、どこから探そうかと少し迷った。
この高校の校舎は外観も古かったが、中に入ってもそれは同じだった。
教室の入り口に掲げられた「一のほ」「一のへ」といった黒い札も古く、ずっと昔からある
高校なのだろうということを感じさせる。
歩くとぎしぎし鳴る木造の廊下を踏みしめながら、舞は行き当たりばったりに右の方に
足を進めてみた。

「宿直室」という札のかかった部屋の前で足が止まる。
もしかするとこの部屋には誰か先生がいるのかもしれない。他校の生徒がなぜかここに入ってきた
らしいと聞けば――そしてその生徒のことを探していると聞けば――先生ならすぐに動いてくれるだろう。
舞はそう思い、宿直室の戸をノックした。だが、返事はない。

「……すみません」
気の弱そうな声で断りを入れながら、舞はゆっくりと宿直室の引き戸を引く。
部屋の中は電気もつけておらず薄暗かった。中央に大きな置物のようなものがあるが、良く見えない。
誰もいないんだ、と舞は失望しながら戸を閉めようとした時、

「あなた、誰?」
と部屋の中から突然声がした。
「えっ」
舞は答えるよりも先に驚きの声をあげる。
「名前は?」
部屋の中央の置物のようなものが動いた。良く目を凝らしてみるとその置物のようなものは
うずくまって毛布を肩までかぶり、長い髪の毛を顔の前にも垂らしているので
顔が良く見えないが人間なのだった。

「美翔舞です」
「中学生だよね」
「はい。あの……あなたは」
「私?」
細い声で話す少女の目が髪の向こうから光ったような気がした。
「私は小森霧(こもり きり)。ここに住んでるんだ、私、学校引きこもりだから……」
「? ……そうなんですか」
学校引きこもり、という言葉の意味が舞には分からなかったがとりあえず言葉を受ける。

彼女は以前は自宅に引きこもっていたのだが、家庭訪問でやってきた担任教師に
惚れ込んでしまい学校に来た。そこまでは良かったものの、引きこもり癖は抜けずに結局今は
学校で引きこもっている。
という事情の上に「学校引きこもり」という言葉は成立しているのだが、
そんなことは舞には想像しようのないことだった。

「どうしてここにきたの? 舞ちゃん、だっけ」
「……私の友達がここに来たみたいなんです。待ち合わせしてたんですけど、
 いなくなってて」
「ふうん」
「咲って言うんですけど、私の友達。やっぱり中学生で、皆の人気者で明るい茶色い髪で。
 見ませんでしたか?」
舞は少しでも情報を引き出そうと一生懸命に咲の特徴を話したが、
「ううん。見てないよ。今日は校外の人は誰も見てない」
と小森霧という少女は首を振った。正確には、長い髪の動きできっと首を振ったのだろうと思われた。

「……そうですか。ありがとうございました……」
一応お礼を言って、舞は宿直室から出ようとした。
「ねえ舞ちゃん。いいこと教えてあげようか」
背後から霧の声が追いかけてくる。舞はばっと振り向いた。
「小豆洗いって妖怪はね、川で小豆をショキショキ洗ってるの。それぐらいしかしないの」
「? ……」
どう答えていいのか、舞は困った。今、霧が言ったことのどこが「いいこと」なのか
全く分からない。妖怪豆知識を学んでいる場合ではないのである。

「もし一つのことしかしない存在を妖怪と呼ぶなら、今ここには妖怪しかいないんだよ。
 先生に付きまとうしか能がないあのストーカー女みたいにね」
「?」
舞はさらに困惑の色を瞳に浮かべた。霧が言っていることの意味が分からない。
日本語としての意味は分かるが、どうして今そんなことを言うのか、
具体的に何のことを言っているのか、そうしたことが全く分からなかった。

「。……ありがとうございました」
教えてくれたということに一応お礼を言って、舞は今度こそ宿直室を後にした。

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