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一、 プロローグ

その日、日向咲(ひゅうが さき)と美翔舞(みしょう まい)、
それに霧生満(きりゅう みちる)と霧生薫(きりゅう かおる)の四人組は
珍しく電車に乗って遠出をしていた。

四人は海の近くにある夕凪町の三年生である。今は夏休みに入ったばかりで、
本来は受験勉強にも気合を入れなければいけないところなのだけれど
今日は息抜きもかねて外出中である。

お盆には夕凪町のお祭りがある。その時に来ていく浴衣を買おうというので
わざわざ出かけてきた。
電車で一時間ほどの小石川というところにレトロ調のかわいい浴衣を扱ったお店があると
クラスメイトから聞いてやってきたのである。

こう書くと至って普通の中学生のようだが――そしてそれは事実なのだが――、
彼女たちは一年前、中学二年生の時に少し特殊な体験をしている。
日向咲と美翔舞。
二人はプリキュアとして世界を守っていたのである。
ほとんどの人には知られていないことだが、この世界は滅びの国ダークフォールと呼ばれる
異世界からの侵攻を受けていた。
咲と舞の二人は伝説の戦士プリキュアに変身し、滅びの国と戦いそれを倒した。
もちろん、咲と舞がプリキュアであるということも知られていない。
彼女たちが学生生活の傍ら世界を守っていたことは秘密だった。


霧生満と霧生薫。
二人は、咲と舞がプリキュアであることを知る数少ない人間である。――数少ない存在、と言った方が
より正確であるかもしれない。
一見二卵性の双生児のように見える二人は、もともとは人間ではなかった。
彼女たちは滅びの国で産み出された戦士である。プリキュアを倒すための。
だが、プリキュアの強さを探るためにこちらの世界に潜入して咲や舞と学生生活を送るうちに、
いつの間にかこの世界を滅ぼすことを望まないようになっていた。
最終的に彼女たちは滅びの国を離れ、咲や舞と共にこの世界を守るために戦ったのである。
現在彼女たちは咲や舞と同じように夕凪町に住み中学に通い、普通の人間としての
生活を送っている。

四人が守ろうとした、平和で穏やかな日常。
彼女たちはそれを守りきり、今ではその日常にどっぷりと包まれた日々を送っていた。



「うーん……」
買おうと思う浴衣の候補をいくつか自分の顔に合わせ、鏡を見ながら咲は首を捻った。
咲には黄色やピンクが良く似合う。
四人はいずれも、中学三年生というには少し幼く見える。
その中でも一番人懐こく、どこか仔狸に似ているようにも見える咲は
最も幼く見えるかもしれない。
明るい茶色の髪と合わせたような茶色の瞳は珍しく、悩みの色を浮かべていた。
「今年の夏は少し大人の私」というのがテーマのつもりで浴衣を買いに来た
咲であったが、実際に自分に合わせてみるとまだまだ子供らしいものの方が
良く似合う。
他の三人はもう買う浴衣を決めてしまっていたので、あとは咲が決めるだけだった。

「それも可愛いと思うわ、咲」
舞は浴衣をとっかえ引っかえしている咲をにこにこしながら待っていた。
黒い髪を頭上でお団子にまとめている彼女はおっとりとした控えめな女の子という
雰囲気を身に纏っている。
「うーん、でもやっぱりまだ子供っぽくない?」
「でも、さっきの大人っぽいのはイメージが違うっていってたじゃない」
と静かに呟くのは薫。
青い瞳はやや釣り目がちに縁どられ、愛想のない表情も相まって
初対面の人にはとっつきがたい印象を与えるかもしれない。

「そうなんだけどね〜……」
自分に合うのは、たぶんこの黄色かピンクの少し子供らしい浴衣だ。
咲としてもそれは分かっているのだが、どこかでまだ未練があった。
うんうんと唸りながら、咲は浴衣をまた変えてみる。
咲が納得するまでしばらくかかりそうなので、薫と舞は待っていようと思った。

「舞」
そんな舞を、満が呼ぶ。
彼女の目つきは薫に良く似ている。だが、瞳や髪の色は赤い。
無表情に見えることが多い薫と違い、愛想笑いを浮かべることも多く人と会話を合わせることもできるので
薫よりは人づきあいが良いと思われることが多かった。
満は店内をぶらぶらと歩き回っていろいろな商品を見ていたが、
店の隅の方にある端切れ――和風小物の製作にお使いくださいと書いてある――を見て、
足を止めていた。

「満さん、どうしたの?」
咲を見守るのは薫に任せて舞は早足に満のもとへと向かった。
「この生地、いいと思わない?」
咲は八月の生まれである。もうすぐ誕生日を迎える。
今年は舞と満、薫の三人で何か手作りのものを作って咲にプレゼントしようという計画だ。
去年は舞が「咲の顔クッション」をプレゼントしたのでそれを参考に、
咲のぬいぐるみを作ってプレゼントする予定である。
ぬいぐるみを作るための材料は大体用意したのだが、着せる服や小物のイメージが
中々固まらないでいた。
満が手にしている、いかにも和風といった雰囲気の生地はこれまで考えていたものとは
全然違うが、
――意外と、いいかも。咲のぬいぐるみに着せたら可愛いかも……
と、舞も思う。
値段もそんなに高くはないようなので、

「満さん、これ買っておかない?」
と舞が言うと満もええと頷いた。
「咲に見つからないようにしないとね」
今のうちに会計を頼むか。と満は思ったが、タイミング悪く咲はちょうど黄色の浴衣に
することを決めたところだったので、

「私と薫、店に残ってこれ買っていくから。舞は咲と一緒に店を出てて。
 さっきの、駅前で待ち合わせってことにしましょ」
と満は舞に囁いて舞が頷くのを見ると今度は薫を自分の横に引っ張ってきて事情を説明し始めた。



そんなわけで、咲と舞は一足先に店を出て駅前の広場で満と薫の二人を待つことになったのではあるが。
「満と薫、何買うんだろう? 店で一緒に待ってても良かったのに」
と咲は首を傾げる。
「き……きっとその、二人で相談したいことか何かあるんじゃないかしら」
「ふうん?」
舞が慌てて取り繕うのに対して咲は人懐こそうな目を不思議そうに瞬かせる。
「あ、あの、私ちょっとお手洗いに行ってくるね」
「うん、待ってるね!」
ぼろが出ないうちにと舞は手洗いに逃げることにした。すぐ後に、舞はこのことを
ひどく後悔することになる。
咲は舞の後姿を見送って、三人を待った。
駅前広場の中央近くにある街灯にもたれかかるようにして。

まだ昼間である。街灯の明かりはついていない。
空には少し暗い雲がかかってきた。そのうち雨が降り出すのかもしれない。
人波は、決して多くはない。
古風な趣のある町であったが、観光地になるほどではないのである。
咲の背後から人の足音が聞こえてきた。
自分の方に近づいてくるように思ったが、咲は気にしていなかった。
たまたま自分の方に近づいてきているだけのことだ。そのまま通りすぎていくのに違いない。

足音は近づいてくる。静かに、だが確実に。
「……!」
音もなく伸びてきた何かが咲の口を塞いだ。

 * * *

「咲、お待たせ!」
舞が少し混んでいたトイレから戻ってくると、咲はいるはずの場所にいなかった。
「……咲?」
何か事情があってどこかに移動したのだろうか。舞は辺りを見回す。
「咲!」
不安になって、舞はわずかに声を張り上げた。周りの人たちが何人か、舞の方にちらりと視線を向けた。
「咲!」
もう一度呼んでみる。だが、返事はない。舞はぐっと胸の前で手を握りしめた。
何かが起きたのだ。間違いなく、何かが起きた。
咲は――遅刻をすることはあっても――舞を放っておいてどこかに行ってしまうようなことはない。

「咲!」
全身から血の気が引いていくような気がする。舞はそれでも咲の名前を呼び、
――満さんと薫さんに早く会って一緒に探さないと……
と、それだけを考えていた。
そんな舞を見ている二つの目が街灯の上にあった。

「ナア」
「きゃっ!?」
突然背後から背中をつつかれ、舞は小さく悲鳴を上げた。
街灯からするすると降りてきた少女は、褐色の肌をしていた。東南アジア系なのではないかと
思われたが、片言ながら達者に日本語を操る。裸足にセーラー服といういでたちのその少女は、
好奇心の強そうな大きな目を輝かせて舞を見ていた。

「ごめんね、今私忙しい……」
「ココで待ってた女の子の知りあいダロ?」
今はこの子と話している暇はないと思った舞だったが、少女の言葉に耳を疑う。
「知ってるの!? 咲のこと」
舞はつかみかからんばかりに彼女に尋ねる。
「マリア、見たヨ。茶色の髪の女の子」
「それで!? 咲はどこに行ったの!?」
「高校に行ったヨ。マリアの友達と一緒ニ」
マリアと名乗る彼女の言っていることの意味はよく分からなかった。
いや、意味は分かるのだがどうしてそんなことになっているのかよく分からなかった。

「ど、どこの高校!?」
経緯を明らかにするより咲を見つける方が先だ。舞はそう直感していた。
「あっちだヨ」
マリアが駅の向こう側の方を指差した。
「ありがとう!」
舞はそれを聞いた途端に走り出す。咲が待ち合わせ場所を離れたということは、
きっと何か理由があったのだ。それが何かは分からないが、嫌な予感がする。
早く咲に会わないと、咲がどうなってしまうか分からないといったような。

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