吹く風が厳しさを増してきた。美希は今年初めておろしたコートを身に纏っていたが、
拭いてきた寒さに思わず首に巻いたマフラーの中に顎をうずめた。隣を歩いている祈里も、
手袋をはめている手を思わずコートのポケットの中に突っ込む。
長身の美希だが、風を避けるように少し背中を曲げて歩いているといつもより
少し小さく見える。

最近増えてきたという、読者モデル・蒼乃美希のファンを名乗る子に声をかけられることも
この日はなく、二人はひたすらに風を避けるようにして街灯が照らす家路を急いでいた。

と、美希がふと足を止める。

「? どうしたの美希ちゃん」
祈里が不思議に思って顔を上げると、美希は道に面したショーウインドーに目を向けていた。

「もう、こんな季節なんだ」
「え?」
そのショーウィンドーは子供服を専門に扱っている店のものだった。ウィンドーには
いつものように子供服を着たマネキンがディスプレイされているが、
その横にはサンタクロースやトナカイの人形が置いてある。
その周りには白い綿で雪も表現してあって、そこだけがすっかりクリスマスになっていた。

「そうか、もうクリスマスだね」
「まだ十一月だから、まだまだ先だと思っちゃうけど。もう一か月かあ」
「美希ちゃん、そろそろクリスマスの時期のお仕事とかないの?」
「ああ、そういえば……」
と美希は思い出した。そういえばこの前の週末の仕事のコンセプトは
「クリスマスのデートの時に着ていく勝負服」だったような気がする。

「でも、仕事って基本的に季節をかなり先どりしてるから。クリスマスが来たって
 感じもあんまりしなかったかも。サンタクロースの格好とか、トナカイの格好とか
 するわけじゃないしね」
「あ、そういうのはないんだ」
「うん」
美希はマフラーに隠れた口元で少し苦笑した。
「読者の女の子が着そうな服を着ることが多いから」
「そっかあ」
祈里はどこか残念そうな口調だ。
「サンタクロースやトナカイの格好、お店に買いに行ったりするのって
 あんまりないでしょ?」
「そうだね、でも美希ちゃんは」
祈里はショーウィンドーの明かりに照らされている美希の顔を見上げた。
「可愛くなりそうだけど」
「そ……そう?」
真顔で祈里に見つめられて美希が少し照れると、
「うん、トナカイってすごく足がすらっとしていて綺麗なの!」
と祈里が満面の笑みを浮かべる。
「えっ?」
「美希ちゃんスタイルいいし、トナカイ似合うと思う!」
「そ、そう……」
――サンタクロースの方かと思ったけど。
美希はそう思ったが、祈里が自分のことを強烈に褒めてくれているのは
表情を見ていれば分かるので、思ったことは口にしないでおいた。

二人はまたショーウィンドーから離れてゆっくりと歩きながら、
他愛もない会話を続ける。
「今年のクリスマスも和希君は来るの?」
「うん、たぶんね」
美希の両親は早くに離婚したので、彼女の弟の和希は小さなころから
この町を離れている。
ただクリスマスの時はこの町に戻ってきて美希や母親と一緒に食事をしているらしい。

「去年があんなだったから、今年はちゃんと家族サービスしないと怒られそう」
冗談めかして美希が言うのを、祈里は苦笑を浮かべて聞いていた。
去年があんなだったから。――去年、美希と祈里はラブとせつなと一緒にクリスマスの夜に
自分たちの家族に秘密を明かした。自分たちがプリキュアであるということを。
シフォンを奪い、本格的に全パラレルワールドの支配を始めていたラビリンスに
乗り込むためには、どうしてもそうしなければいけなかった。
だがそれは、家族を本当に驚かせたし心配させてしまった。

今年はちゃんと、普通の楽しいクリスマスを送らないと――と、美希は思っている。
「ブッキーは? お父さんやお母さんと?」
「うん、おばあちゃんが久しぶりにこっちに来るんだって。年明けまでだったかなあ。
 だから、クリスマスは一緒に食事」
「へえ、そうなんだ……」
今年のクリスマスは、家族と平和に過ごす。きっとラブもそうだろう。
だが、ラブの場合には……
「せつな、クリスマスも帰ってこないのかなあ」
「……」
祈里は美希の言葉に返す言葉を持っていなかった。東せつなはラブの家に半年ほど
同居していたが、今はラビリンスに帰ってそちらで国を建て直すべく仕事をしている。
ときおりホホエミーナ(ミニサイズ)がやってきてせつなからラブ、美希、祈里への手紙を
持ってくるので、三人は返事を書いてホホエミーナに届けてもらっている。
それが彼女との連絡のやり取りだ。
ラビリンスに帰還して以降、せつなは基本的にこちらには戻ってきていない。

「ラブの家の『家族』なんだからクリスマスくらい帰ってくればいいのに。
 あと、お盆とお正月も」
「……美希ちゃん、それせつなちゃんに言ってるよね」
「手紙でってこと? うん、二、三回書いてるけど」
「私も何回か書いたんだけど……、せつなちゃん今は帰れないって」
「うん、私にもそう書いてきた。ラビリンスの方がもう少し落ち着いてからって」
ブッキーへの返事もそうでしょ? と美希が祈里に尋ねると、祈里はこくんと頷いた。
「あんまりしつこくしても良くないから毎回手紙に書いてるわけじゃないけどね……、
 でも、ウエスターやサウラーがたまにこっちに来てるんだし、せつなだって
 来られないことはないと思うんだけど。二、三日なら」
祈里はまた、こくんと頷く。ウエスターやサウラーはたまにドーナツを買いに
こちらに来ているらしい。……が、せつなのことは見ていないとカオルちゃんも言っていた。
「今度の手紙で、もう一度書いてみようかなあ」
美希がぼやく。
「……ラブちゃんは、そういうこと書いてないみたいだけど」
「え!?」
美希は驚いて祈里を見た。
「一回も!?」
そういえば、何度か見せてもらったせつなからラブに宛てた手紙には
帰って来るとか帰ってこないとかいったことは一言も書いていなかったような気がする。
だからといって、言っていないとは考えてもみなかったのだが……、
「うん、この前聞いたらそういうことは書いてないって」
「何で!?」
「書かないようにしてるって、それ以上は聞かなかったけど」
ちょっと、と思いながら美希は自分の腕時計を見た。
もう街は暗くこれから余所のお宅に行くのはすこし遠慮した方がいい時間だが、
行くのがどうしようもなく非常識、とまで言える時間ではない。
「ブッキー、時間ある? ちょっとラブの家寄っていきたいんだけど」
「う……うん」
美希の剣幕に祈里は多少気おくれしながらも頷く。気おくれしながらも、
こうなることは予想できたような気もした。美希は今までより少し足早に、
桃園家へと歩みを進める。祈里もそれについて行った。


「どういうことよラブっ!?」
こんな時間におしかけてもラブのお母さんはごく普通に出迎えてくれた。
いつものようにラブの部屋に行き、そこで美希はコートを着たまま机の前にいる
ラブに詰め寄った。

「え……何のこと美希たん?」
きょとんとした表情でラブは美希を見返す。
「せつなのことよ」
「せつな?」
「どうしてせつなに帰ってくるように言わないのよ!」
「あの、美希ちゃん落ち着いて……」
コートぐらい脱ごうよ。と祈里が自分は上着を脱いで美希に薦めるが、
美希には祈里の言葉がほとんど聞こえていなかった。
「帰ってくるようにって、こっちにってこと?」
ラブも美希が本気であることが伝わったらしく、真剣な表情になった。
「そうよ、決まってるじゃない。せつなはこの家の家族なんでしょ? だったら。
 ウエスターやサウラーがたまにこっちに来てるらしいのに、せつなだけ
 来てないなんておかしいじゃない」
「それは言えないよ、美希」
「なんで!?」
「せつな頑張ってるんだもん」
ラブは机の上に置いてあった小さなアルバムを手に取ると、開いて美希に見せた。
ブッキーも後ろから覗き込む。
アルバムは、せつなからの手紙に同封されていた写真をまとめて整理してある
ものらしかった。
初めは古いもの――せつながラビリンスに帰ったばかりの頃のもの、だんだん
最近のものになってくる。今まで美希も祈里も、一度は見たことある写真ばかりだ。

「これがどうしたの?」
「これね、こうやってぱらぱら見てると段々色がついてくるのが分かるんだよ」
言われたとおり、美希は一枚一枚の写真を見るのではなくアルバムを
ぱらぱらとめくってみた。最初から最後まで。
初め、ラビリンスの光景は灰色だ。メビウスが居なくなったからと言って、
人々の服装がいきなり変わるわけではない。
そこにゆっくりと、色がついてくる。メビウス統治下で支給されていた服とは異なる
デザインが、ちらほら現れてくる。風景もどこか雑多な――ある意味、統一性のないところが
現れてくる。
最近送られてきた写真になると、もうほとんどの人が管理下の服を脱ぎ棄てて、
それぞれに思い思いの服を着ている。まだバリエーションは少ないらしく
おそろいの服を着ている人たちもいるのだが、ちょっとしたアクセサリーのようなものを
つけているのはそれぞれの好みだろう。

「せつな、凄いと思わない? こんなことができるなんて」
「それはもちろん、凄いと思うけど……」
美希の当初の勢いが削がれてきた。
「せつなには、自分の思うとおりに頑張って欲しいんだ。それはもちろん、会いたいけど……。でも、」
ラブは自分に言い聞かせているように言葉をつづけた。
「本当にここで一休みしたくなったら、せつなはきっと戻ってくると思う。
 家族なんだし。今は、せつなが自分のしたいことを精いっぱい頑張るのが
 一番いいと思うんだよね。……そういえば、この前せつながクリスマスについて
 教えてほしいって」
「え?」
「ラビリンスには、もうお祭りとかそういう風習がなくなっちゃったから。
 でも、たまには子供たちに楽しいお祭りを経験させてあげたいからって。
 他の世界のお祭りでも、とにかく一度触れてみた方がいいんじゃないかってことみたい」
一杯調べて書いたから、歴史とか地理の勉強してるみたいになっちゃったけど。
とラブは笑って見せた。
「だから、待ちたいんだ。せつなが自分から帰ってくるの」
「そう……」
美希は半分くらいしか納得できていなかったが、この日はこれで帰った。



12月24日、夜。ラブは早々にベッドに入ってすやすやと寝息を立てていた。
その深夜、ラブの部屋の片隅がぽうっと光る。
「……」
アカルンの力でラビリンスからやってきたせつなの姿がそこにはあった。
「ラブ……」
起こさないように、低く呟いてベッドのそばに立つとラブの寝顔を見る。
頬に触れてしまいそうになったが、やめた。彼女が起きて来たら、
このままずっとここに留まってしまいそうな気がする。
「……」
寝顔に見とれているうちに時間が経った。我に返ったせつなは、持ってきた
手紙とプレゼント――ラビリンスで時間を見て作った、小さなクローバー型の
ペンダント――を置く。
いい子にはプレゼントが来るのだと、ラブの手紙には書いてあった。
当然、ラブはプレゼントを貰うべき人である。
家族や恋人など、大切な人同士でプレゼントを渡しあう習慣もあると書いてあった。
当然、せつなはラブにプレゼントを贈るべきである。

もう一度ラブの寝顔を見てからせつなはアカルンを使うと、今度は公園に出た。
もう人が誰もいない公園にただクリスマスツリーだけが輝いている。
どこかから特別な明かりが灯っているわけでもないのに、ツリー全体が
ほんのり光っているように見えた。

まだラビリンスのどこにも、このような光はない。

せつなにとってツリーが醸し出す光はラブに他ならないように思えた。
せつなを救い出す光となってくれたのだから。

この公園に灯るクリスマスツリーの輝きがいつかラビリンスにも灯りますようにと
――もちろん、それはラビリンス流の何かになるだろうけれど――願って、
せつなは再びラビリンスへと帰還した。


翌朝。目を覚ましたラブは、机の上に見慣れないものがあるのに気が付いた。
――せつなの手紙と……プレゼント?
夜の間にホホエミーナが来たのかとラブは首を捻る。
それにしてもいつもは、深夜だろうが何だろうがラブのことをたたき起こしていくのに、
とラブは首を捻った。

「……!」
まさか、せつなが来たのではないか。その可能性に思い当たってラブは部屋を飛び出すと
「せつな!」
と以前せつなが使っていた部屋を見た。部屋は空っぽのまま、誰もいない。
「せつな! せつな!」
すぐに着替えて、家の中を一通り見た後街に出る。公園にも行き、美希と祈里の家にも行き、
……せつながいないという結論を出した。

――そうだよね、せつなが来たはずないよね……。
自分の部屋に戻って、そう考えて気持ちを落ち着ける。プレゼントのクローバーは、
昔せつなに渡したクローバーのネックレスに少し似ているとラブは思った。
見ていると、ぽろりと涙が落ちてきた。あれ、と思いながらラブは涙を拭う。

――せつな、少しだけ会いたいよ……。

そう思って、ラブはしばらくの間涙が零れるに任せていた。

-完-