「へえ、あんなに人数が来るんだねえ」
公園にやって来た撮影のスタッフを見たなぎさは感心していた。
雑誌の専属だろうか、カメラマンを中心とする10人ほどの人たちがワゴン車から
降りてきて撮影の支度をしている。

ラブから、美希がこの公園でグラビアの撮影をすると聞いてからなぎさは
この日を待ち望んでいた。
ラブ達に久しぶりに会えるのも楽しみだったし、撮影の様子を見るのも楽しみだった。

公園にはアカネさんのタコカフェカーも来ていたので、なぎさはテーブルの一つについて
ワゴン車の周りの様子を観察していた。隣にはひかりがエプロンを着けてたっている。

「美希さんは、いないみたいですけど……」
「美希はラブたちと一緒に来るって言ってたから、それでなんじゃないかな」
それにしてももう今にも撮影が始まりそうな雰囲気なのに遅刻にならないのかな、
となぎさが心配を始めたころ、
「なぎささーん、ひかりちゃーん!」
というラブの声が聞こえてきた。
「ラブ!」「ラブさん!」
なぎさとひかりが振り返った先には、いつものように元気に駆けてくるラブ。
と、日傘に帽子にサングラスにマスクとUV対策を完璧にした女性がその後ろにいた。

「え……っと、美希?」
自信を持ち切れずになぎさが疑問形で言うと、ラブが
「そうなんですよ! 今日は紫外線強いから、撮影前に焼けるとまずいって
 こんな格好になっちゃって」
「お久しぶりです、なぎささんひかりさん」
女性が追い付いて挨拶するその声は確かに美希のものだったのでなぎさとひかりは
ほっと安心した。

「もうスタッフの人たち来てるみたいだけど、大丈夫?」
美希はちらりと時計を見ると、
「ええ、大丈夫です。行ってきます」
と言って速足でワゴン車の方へと向かって行く。

なぎさはその後ろ姿を見送りながら、
「なんだろう、いつもとちょっと違う感じだね。やっぱり仕事だからかなあ」
とラブにつぶやいた。
「そうですか? ああ、でもそうかも。美希たんやっぱり仕事前になると
 ぴりっとしてるかもしれないですね」
そう言いながら、ラブは空いている椅子の一つに座る。

「あの、祈里さんは? ほのかさんのところですか?」
「うん、そう。撮影が終わる頃にはこっちに来て合流するって」
ラブがひかりにそんなことを答えているうちに、ワゴン車の中に入っていった美希が
着替えて出てくる。なぎさはそれを見て思わずわっと声を上げた。
夏物の、おそらく新作に着替えた美希の姿はぱっと華やかだ。
原色に近い色のワンピースが青い空の下明るく輝いていた。

メイクもしたのだろうか、先ほどまでの顔の半分以上を隠している状態とは違って
美希の顔はまぶしいほどいきいきとしている。
なぎさもひかりも、立ち上がって伸びあがるようにして美希の姿を見ていた。
ラブは美希の撮影風景を何度か見ているのでそこまでの驚きはなかったが、
なぎさやひかりが驚いている姿に少し満足気だった。

「ほー……」
美希の撮影風景を眺めていたのはなぎさたちだけではない。
公園にいた他の人もそうだし、タコカフェカーの中にいたアカネさんもそうだった。

ラブ達は何度か若葉台に来ているので、アカネさんは美希とも顔見知りである。
中学2年生なのにスタイルがいいなと思っていたらなぎさからモデルの仕事をしていると
聞いて納得したこともある。

しかし美希が撮影をしている姿を見るのは初めてだったので、
なぎさたちと一緒にいる時とはまた違う彼女の雰囲気に感心することしきりだった。

 * * *

「うん、いいよいいよ美希ちゃん。じゃあまた次のに着替えてきてね」
「は〜い」
そんな見物人たちの視線をよそに、撮影は順調に進んでいく。
10代に人気のあるファッションブランドから提供された新作をいくつかのアレンジで
着てみては写真を撮っていく。

「んー、そろそろここらで遊び心がある何か欲しいな……」
カメラマンがそう呟いた。綺麗でスマートな光景をずっと見ていると
少し毛色の違った景色を見てみたくなる。
「そっすね」
先ほどまでの撮影で使用していたレンズをしまっていた助手がきょろきょろと
辺りを見回すと、

「何かタコ焼き売ってますよ。買ってきます? 撮影用に」
「ああ、頼むわ」
とやり取りをする。美希にもこの会話は当然聞こえていた。

――え、タコ焼き? 撮影用に?
タコ焼きを持って撮影するということだろうか、と美希は笑顔を崩さないままに
思考を巡らせた。
――まさか食べてってことはないわよね……。

本当を言えば、タコ焼きを持つだけでも遠慮したいのが正直なところだ。
しかし周りのスタッフは誰も美希のタコ嫌いを知らない。美希としても、
ここでタコ嫌いを明らかにするつもりはなかった。


「あ、いらっしゃい!」
美希の逡巡をよそに、スタッフはアカネさんにタコ焼きをひと舟注文していた。
「ひと舟でいいんですか?」
撮影スタッフはもっといそうだけど、と撮影現場の様子を見るアカネさんに、
「ああ、撮影用の小道具にするんで。ありがとうございます!」
とスタッフは答えてタコ焼きを受け取るとすぐに撮影現場に戻っていく。

――あの子、タコ嫌いだからタコ焼きも食べられないんじゃなかったっけ……
アカネさんはそう思って心配そうに撮影現場を見やる。
なぎさ達もその異変に気付いていた。

「ラブ、美希ってタコ苦手だよね。タコ焼き食べる撮影になるのかな」
「美希たんタコ焼き食べるのは無理だと思います……」
どうにかして助け舟を出した方がいいのか、なぎさやラブの心配をよそに
現場では美希がタコ焼きを持った時のポージングについて指導を受けている。

「持つだけだったら大丈夫だと思うけど、美希たん……」
そのうち、食べるように言われるのではないか。ラブがそう思ってはらはらしていると、
すっとアカネさんがラブ達の脇を通り抜けて撮影現場に向かって行った。

「うん、いいねいいね、じゃあ美希ちゃん、一つ食べてみようか!」
ついにその時が来た。美希は覚悟を決めた。

――大丈夫。あたしは食べられる。これはタコじゃなくて、カマボコか何かよ!
美希がそう自分に言い聞かせて暗示をかけようとした時、

「どうもっ!」
と声がした。美希が見ると、アカネさんがもうひと舟のタコ焼きを手に大股に撮影現場に
近づいてくる。

「あ、お姉さんちょっとちょっと。今撮影中ですから」
「うちのタコ焼き使って撮影するんなら、こっちにしてください。綺麗にできたので。
 あ、お代はいりませんから」
「え、あ、はい」
アカネさんは半ば強引にスタッフに新しいタコ焼きを押し付けると、美希が持っていた
今までのタコ焼きを回収しようと手を伸ばした。
本当は美希から直接受け取るつもりだった――が、スタッフが慌てて美希をガードするように
二人の間に入ると、彼の手を介してタコ焼きがアカネさんに渡される。
アカネさんはじっと美希を見ていた。美希と目が合うと、アカネさんは一つ頷いた。

「よーし、じゃあ美希ちゃん。食べるところから行ってみようか」
アカネさんが離れると、仕切り直しと言わんばかりにスタッフが声を出す。

――さっき、アカネさんは何を言おうとしていたの……?
美希はポーズを調整しながら、そのことが気になっていた。
アカネさんの目は明らかに美希に何かを言おうとしていた。わざわざタコ焼きを
交換したのにも何か意味があってのことに違いない。

「美希ちゃん、聞いてる?」
スタッフに促されて、美希は言われた通りのポーズを取ると、
「じゃあそこで一つ食べてみようか」
と言われ、表情を固定したままで口にタコ焼きを運ぶ。


「ちょ、ちょっとあれ止めたほうがいいんじゃないの!?」
見ているなぎさは慌てていた。
「でも、美希たんタコ嫌いって言わないつもりなのかもしれません……」
ラブは駆け付けたい気持ちをぐっと抑えて、見守ることにする。
なぎさとラブ、ひかりの三人が見つめる前で、美希は口を開くと
ぱくりと一つ食べた。
「食べた……!」
ラブのつぶやきは美希には当然届かない。美希はずっと笑顔のままだった。
一瞬たりとも顔をしかめたり眉を顰めたりすることはなかった。
一つ食べた写真を撮ったところでカメラマンは満足したらしく、
美希のタコ焼きをスタッフが引き取ったのでラブ達三人は止めていた息をほっとついた。

「いや、でも美希凄いよね……嫌いなもの食べたようには全然見えない」
「美希たん仕事の時は本当にプロなので」
「プロは違うんですね、やっぱり……」
三人が衝撃とともに納得していると、撮影現場がざわざわし始めた。
撮影が終了ということになったらしい。美希はスタッフに挨拶をしてから
着替え用のワゴン車に入り、来た時と同じ服を着て撮影していた場所を離れると
ラブ達のもとにやってくる。
今はもう、サングラスもマスクもつけていない。美希は晴れ晴れとした表情だった。

「お疲れ様ー、美希たん!」
「お待たせ、ラブ、なぎささん、ひかりさん」
ひかりがすぐにジュースを持ってきて美希に渡した。
美希は椅子に座ってそれを飲むと、ふーっと声を出す。

「ねえ美希たん、頑張ったね。さっきタコ食べたんでしょ?」
ふふ、と美希は笑った。
「完璧、だったでしょ?」
「うんうん、美希全然嫌いなもの食べてるように見えなかった!」
なぎさの言葉に美希は微笑んでからタコカフェカーを見やる。アカネさんは
ちょうど別のお客さんに対応していて、すぐには話ができそうになかった。

「あれね、」
美希が声を潜めたのでラブ達三人は顔をぐっと美希の方に近づけた。

「アカネさんがタコの入っていないタコ焼きに代えてくれたの」
「えっ!?」
三人は一斉にアカネさんの方を見た。アカネさんの様子はいつもと変わらない。

「いやもう、あたしも覚悟決めて食べてみたらタコ入ってなかったからびっくりしちゃった!」
「は〜……さすがアカネさん……」
お客さんたちがタコ焼きを持って帰って、アカネさんの接客が終わった。

美希の仕事が終わったのに気づいて、アカネさんがこちらにやってくる。
「お疲れ様!」
「あ、アカネさんさっきはありがとうございます!」
美希は立ち上がってぺこりと頭を下げる。
「まあ、タコ焼きって嫌いなのに無理して食べるようなもんじゃないからね〜。
 なんか食べる? タコ焼き以外も少しあるし」
いただきます、そう言って美希は立ち上がるとタコカフェカーに置いてあるメニューから
何を選ぼうか考える。

公園の近くの道をほのかと祈里が歩いてくるのが見えた。

 * * *
 
「……」
「美希たん、なんか複雑な顔してるね」
後日。四ツ葉町の公園でいつものようにラブと美希、祈里はカオルちゃんのドーナツを
食べながらおしゃべりをしていた。

「この前若葉台で撮影したタコ焼き食べてる写真が好評だったのよ」
「へえ、良かったね」
「そしたら、この前来た仕事はお好み焼き屋さんでの撮影だったのね」
「ふうん」
「で、昨日来たオファーはもんじゃ焼き屋さんでの撮影」
「随分偏った方向に仕事が増えたね美希ちゃん……」
一生懸命努力したことは、思わぬ結果を産むこともある。
美希の悩みは尽きないのであった。

-完-

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