「紅茶が入ったわ、かれん」
「ありがとう。気がきくわね、くるみ」
ナッツハウスには珍しくかれんとくるみしかいなかった。ココとナッツはよその国の
国王に正体を受けたので訪問しているし、他のプリキュアたちは家の用事や
仕事で今はいない。

幸か不幸かお客さんも来ないので、かれんは持ってきた文庫本を読みながら
くるみと一緒にのんびりとしたひと時を過ごしていた。
ティーカップに手を伸ばそうとして、かれんはカップが一つしかないのに気づく。
「くるみ、自分の紅茶は?」
「私のはこれよ」
くるみがポットから注いでいるのは少し小さめのティーカップだ。
どうしてわざわざそれを選ぶのかとかれんが訝しく思っていると、
くるみはかれんのティーカップより少し前に自分のカップを置いて、
雑誌を持ってくるとポンという音と共にミルクの姿になる。
ミルクはそのまま遠慮なくかれんの膝の上に座った。
雑誌を広げ、耳を器用に動かしてティーカップを自分の方に引き寄せると
一口飲み、またソーサーの上に戻す。
慣れた様子にかれんは思わず笑ってしまった。
ミルクはというと、ファッション誌のチェックに余念がない。

「ミルク、何か欲しい服があるの?」
ミルクのリボンが少し傾いているのを直しながらかれんが囁くと、
「違うミル」
とミルクはぷるぷると頭を振った。

「ファッションセンスを磨くのもお世話役の大事な仕事ミル」
「そうなの?」
「そうミル。パルミエ王国がちゃんと復興したら、王宮での制服のデザインも
 お世話役が決めるミル」
「へえ……」
パルミエ王国人の普段の姿を考えれば、制服と言ってもリボンやネクタイくらいしか
つけられないのでは、とかれんは思ったが黙っていることにした。
こちらの世界のファッション誌を読めばパルミエ王国の服装にも活かせるのかもしれない。

「かれんはこういうのは着ないミル?」
ミルクが大きく掲載されている写真を見てかれんに視線を移す。
「そうね……そういうのは選ばないわ」
ミルクが開いているページは「休日にみんなとショッピング!」という
ページで、写っている女の子達はカジュアルな制服風のスタイルだ。
チェックのミニスカートがいかにもカジュアルな雰囲気である。
かれんを見上げてミルクは更に何かを言いかけたが、ふっと窓の外を見やると
ぼんと音を立ててくるみの姿になりすぐにかれんの隣に立った。

「こんにちはー」
「お邪魔しまーす」
そのすぐ後に二つの声がナッツハウスに入ってくる。
「いらっしゃいませー」
くるみは二階からすぐに接客に向かい、入ってきた二人を見て「あ!」と声を上げた。
「どうしたのくるみ……」
続いて出てきたかれんは客の二人を見て驚いて思わず立ち止まる。

「お久しぶりでーす、かれんさん、くるみさん」
「お久しぶりです!」
入ってきたのは山吹祈里と蒼乃美希。かれんやくるみは横浜でのフュージョン戦で
彼女達と知り合い、これまでにも何度か会っていた。しかし二人だけで
ナッツハウスを訪ねてくるのは珍しい。
「どうしたの、二人だけで?」
美希の手からドーナツの箱を受け取ってくるみが尋ねる。
「ラブちゃんとせつなちゃんはお家の用事があって……」
「りん、いる?」
祈里の言葉が終るか終らないかのうちに美希は自分のバッグを手ごろな椅子の上に置くと
きょろきょろと店の中を見渡した。
「りんは今日はフットサルの練習よ。もうすぐ終ると思うけど」
「そうなんですか」
かれんの言葉を聞いて、やっぱり連絡してくれば良かったかなと美希は呟いた。
「驚かすより、確実に会えるほうを優先した方が良かったかもね」
祈里が美希を見上げる。
「少し待ってればそんなに遅くならずに帰ってくると思うわ」
くるみが運んできた椅子をかれんは二人に勧め、自分はカウンターに寄りかかった。
「りんが練習してるグラウンドに行って、呼び出してみることもできるけど……」
「いえ、そこまでの用事ではないので」
慌てたように美希は手を振った。祈里も「どうしてもだったらまた来ればいいもんね」
と美希の方を見ている。

「それでりんに何の用事なの?」
そう聞きながら、くるみは美希と祈里のバッグとコートを預かって脇にかけた。
「アクセサリーの相談をしようと思って」
「美希ちゃんが雑誌の撮影に使うんだって」
そう補足する祈里はどこか誇らしげだ。ふうんとかれんは興味深そうだ。

「そういうアクセサリーってスタッフが用意することが多いんじゃないの?」
くるみは不思議そうに首を傾げている。
「そういう場合もあるわ。でも今回のテーマは『中学生の自然体のお洒落』で、
 読者モデルの私物とスタッフが用意したものとを選んでいい方で撮影することになってるの。
 ここでセンスの良さをアピール……っていきたいから、ちょっと気合入れてね」
「ファッションも制服風なんだそうですよ」
「制服にアクセサリー?」
かれんが不思議そうに祈里に聞き返した。「学校にアクセサリーを付けていっていいの?」
「あ、そういうことじゃなくて。制服で町に出かける時にちょっとお洒落をしてって感じなんです」
お茶入れてきますとくるみが階段を駆け上がった。しばらくしてブルーベリーティーを
淹れてきた時には先ほどの雑誌も一緒に脇に挟んできていた。

「はいどうぞ」
「あ、おかまいなく」
美希と祈里にティーカップを渡し、くるみはばっと雑誌を開く。
「さっき美希が言ってたのってこんな感じの?」
先ほどかれんに見せていた「休日にみんなとショッピング!」というページを見せると、
そうそうと美希は答えた。
「この手の特集、やっぱり多いのよね。やっぱり中学生って制服着てる時間が長いし……」
「美希さんが今度衣装で着る制服ってどんな感じなの? この雑誌に載ってるみたいな?」
「いえ、私の学校の制服に似せてるんでこういう感じじゃないですね」
かれんの質問に美希は首を振った。ちょんちょん、と祈里が美希の袖をつつく。
「何、ブッキー?」
「折角だから衣装出したら? そのほうがアクセサリーのイメージも掴みやすいし」
「そうね、りんが帰ってくるまでにここにある商品で近いイメージの物を選んでおくと 
 いいかもしれないわ」
かれんの言葉を聞いて「そうね」とくるみが美希のバッグを持ってくる。
美希は受け取ると一瞬楽しそうに目を光らせた。
じゃあ出すわね、と美希が取り出したのはリンクルン。
それでどうするのかとかれんとくるみが見ていると、美希はリンクルンを真っ直ぐに
かれんに向けた。
「ちょっと美希ちゃん!?」
美希本人がブルンを使って着替えるものと思っていた祈里が止めるが、一瞬後には
かれんは鳥越学園風の制服に変身――着替えていた。

「ええ、ちょっと何これ!?」
「どういうことなの!?」
かれんとくるみが同時に叫ぶと、美希はリンクルンを少し得意げにかざす。
「ブルンを使うと誰でも好きな格好に着替えさせることができるのよ」
「だからってかれんさん!? 美希ちゃんが着替えるんじゃないの!?」
「かれんさんなら似合いそうな気がして」
慌てている祈里に美希は平然と答えると、
「ほら、かれんさんは髪も目も紺に近い青だし、青系の制服似合うでしょ?」
とくるみを見る。
「……」
くるみは最初、かれんに何てことをするのかと思っていたが美希に言われて
改めてかれんを見直す。
「あの、ちょっとくるみ!? って言うかこれ、どうやって元の服に戻ればいいのよ美希さん!?」
「大丈夫です、ブルンを使えば元に戻れますから」
「ああ、そうなの良かったわ――じゃなくて、元に戻して!」
「待ってかれん、落ち着いて!」
パニック状態のかれんの前にくるみがずずっと歩み寄る。
「セーラー服も似合うわ、かれん」
「くるみ、何言って――」
くるみは腰に手を当ててかれんの前に仁王立ちした。
「いいチャンスよ! かれん、色々な服を試してみるべきだわ!」
「くるみ!?」
「かれんは自分の服を狭く決め付けすぎてるのよ。 美希、こういう服にできる?」
くるみは「あ、あのくるみ……」と言っているかれんを置いて先ほどの雑誌を
めくって美希に見せた。

――かれんさんって、意外と押しに弱いのかな……
一歩下がったところから事態を見ていた祈里はそう思っていた。
生徒会長を務め、学業にもスポーツにも秀でた優等生。
のぞみとは別の意味でプリキュア5の「リーダー」に見えていたが、
今、美希とくるみに狼狽しているかれんは――年上の人に言うのは失礼だが――、
なんだかとても可愛く見える。

「そうね、かれんさんだから……」
美希は雑誌を見て少し考えるとぱっとリンクルンを振るった。
写真より多少大人っぽくアレンジされた服がかれんの肢体を覆う。「おお〜」と
くるみはため息とも感嘆ともつかない声を漏らした。
「かれんさんいつも大人っぽい格好してますけど、少しガーリーな雰囲気にしても
 いいと思いますよ」
美希はまるでどこかのブランドショップの店員のような口調だ。
「そうよかれん、いつもより少し子どもっぽくしてもいいと思うの」
「あ、……あのね、くるみ」
かれんは慣れない服を着て動揺していた。自分が自分でないような気さえする。
「やっぱりこういうのって私には似合わないんじゃ……」
「かれんさん、今年の流行のキーワードって知ってます?」
美希がリンクルンを持った手首をくるくると回しながら尋ねる。
「え?」
「『ミスマッチもキャラのうち』ですよ。 すごくいいですよ、かれんさん!」
「……それって結局似合ってないってことじゃない!?」
美希は軽く手を振った。
「違いますって。普段とのギャップがいいってことですよ」
「え……?」
店のガラスに自分の姿が映っている。美希やくるみは褒めてくれているようだが、
なんだかひどく恥ずかしかった。
美希やくるみを説得しても聞きそうにない。最後の頼みの綱、祈里にアイコンタクトを送ると、
祈里は微笑して頷いた。
「ねえ美希ちゃん、そもそも美希ちゃんがつけるアクセサリーについて相談に来たんだから
そろそろ止めた方がいいんじゃない? かれんさんも恥ずかしそうだし……」
口調は穏やかながら真面目な目をしてそういうと美希はぱっと気づいたように「そうね」
と答える。
「えー、じゃあ最後、これだけやって! お願い!」
くるみは美希に雑誌の一ページを示すと今度はかれんに向き直る。

「ねえ、お願いかれん。あと一つだけ、かれんが着たところを見てみたい服があるの」
胸の前で手を組むようにしてうるうるとした瞳で見つめると、かれんはうっと
声にならない声を上げた。誰かにこういう表情をされると断りにくい。
「……仕方ないわね。最後、一回だけよ」
消え入りそうな声でこういうと、「ありがとっ、かれん! 美希お願い!」と
くるみはぴょんと後ろに飛び退いた。
「行くわよ、かれんさん!」
と美希が思い切りリンクルンを振ってかれんに向ける。



「遅れましたー! ……ってかれんさん……?」
タイミングよく入ってきたりんが見たものは、いつかみんなでプリンセスランドに行った時のような
お姫様の服を着たかれんと上機嫌でかれんに抱っこされているミルク、
それを見ている美希と祈里だった。
「り、りん!?」
かれんの顔がかあっと赤くなる。
「女王様ゴッコですか、かれんさん?」
「りん!」
りんの憎まれ口に怒ったかれんがミルクを抱いたままでだだっと走り出す。
「待ちなさい、りん!」
「嫌ですよー! ていうかナッツハウスで何でそんな格好してるんですか!?」
「わたしが自分で着替えたんじゃないわよ!」
りんもばっとナッツハウスから飛び出し二人が店の周りをぐるぐる回りながら
叫びあう声が店の中にも聞こえてくる。

「美希ちゃん、今日アクセサリーの相談できるのかな?」
「う〜ん、ちょっとやり過ぎちゃったかも……何か楽しいからまたここに
 来て相談してもいいかな。でもりんに一言くらいは言っておきたいかも……」
美希は窓から半身を外に出すと、「えいっ」とかれんの服を最初に来ていたものに戻した。
かれんはまだ気がつかないでりんを追いかけている。
かれんとりんが落ち着くまでにはまだ少し時間が掛かりそうだ。

-完-

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