とん、とししおどしの音がした。
月光が降り注ぐ縁側に浴衣を身に纏ったこまちは独り、座って庭を眺めていた。

「……こまち?」
後ろから声がする。こまちが振り返ると、同じように浴衣を着たかれんが
後ろに立っていた。

ここは水無月家の所有する別荘の一つである。
和風の建築が特徴だ。夏休みを利用して、皆で泊まりにきたのである。
昼は山の中を散策して、日が落ちてから近くの川で見られる蛍を見に行き、
そして帰ってきてから就寝して――のぞみたちはもうぐっすり眠っている。

「かれん。どうしたの」
「こまちこそ。……トイレに起きたら、いないんだもの」
「なんだか目が冴えて」
こまちは微かに笑った。
「起きてみたら庭が綺麗だったからここで見ていたの」

かれんは縁側に出てくるとこまちの隣に横座りに座った。

「『この世をば我が世とぞ思ふ望月の 欠けたることもなしと思へば』――なんて」
こまちが月を見上げながら呟いた。
「藤原道長? いきなりどうしたの?」
かれんがきょとんとした視線をこまちに向ける。

「満月の歌って、まず思いつくのこれじゃない?」
かれんは少し考えて、
「そうかもしれないわね」
と答えた。
「あとは――『願はくは花の下にて春死なむ その如月の望月のころ』とか?」
「西行? でもちょっと、縁起でもないかも」
ふふっ、とこまちは笑うと、
「でも西行は本当に如月の望月のころに亡くなったそうよ。
 藤原道長とは別の意味で、満ち足りていたとも言えるんじゃないかしら」
「そうかしらね」

「本当に、月明かりでこんな綺麗な庭を見ていると他に何も要らないような気持ちになるわ」
こまちはこの別荘の日本庭園がいたくお気に入りのようだった。
吹いてきた風が木の枝を揺らす。

「そういえばかれん。これ、さっき拾ったのだけれど。かれんのじゃない?」
こまちは自分のすぐそばに置いていた何かを拾ってかれんに手渡した。
月明かりの中で見えるそれは小さな髪飾りで――、かれんが昔つけていたものだった。

「ああ、これ。こんなところにあったのね」
「可愛いわね。幼稚園くらい?」
そのくらいの頃つけていたわとかれんは答えて、その髪飾りを両手で包むように持った。

「この別荘ね」
かれんの声がして、月に視線を移していたこまちはまたかれんに視線を戻した。

「昔、私が小学校に上がるときに家族で来たの。それまでは両親の仕事に
 ついていくこともたまにはできたけど、小学校に通うようになると本当に
 一緒について行けないでしょう。
 これまでよりずっと長い留守番をすることになるから、その前に一度家族でゆっくりしようって」
「そう、だったの」
こまちは静かに答えた。

「ええ、この髪飾りその時に落としたんだと思うわ」
「ああ、それで――」
幼稚園くらいの頃につけていたものだとかれんは言ったのかとこまちは納得した。

「もしね、その頃こまちと知り合っていたら。私、こまちが羨ましくて
 仕方なかったと思うわ」
「どうして?」
こまちは目を丸くする。
「だって、いつもご両親がお家にいるもの。お姉さんもいるし。
 せめて兄弟や姉妹がいたらどんなにいいかって、何回思ったかわからないわ」
「そうね……まだ小さい頃だものね……」
「ええ」
並んで月を見上げるこまちとかれんの間に沈黙が流れる。
少ししてから、こまちは口を開いた。

「でもかれん、いいの?」
「何が?」
「今の話だと、この別荘、家族の大事な思い出がある場所なんでしょう?
 私たちが遊びに来ちゃって、いいの?」
「そうね――」
かれんは月を見上げる。月光が彼女の顔を明るく照らしだしていた。

「少し前だったら、家族以外の誰も入れたくなかったかもしれないわ。
 でも、こまちやのぞみ達だったら大丈夫って思えるの」
「そう。……かれんがそう思えるようになったのは、やっぱりのぞみさんの
 おかげかしら?」
こまちは軽く首をひねってそう尋ねた。

「そうね、そうかもしれないけど。でも、のぞみ達と知り合わなくても
 もしかするとこまちにはここに入ってもらえるようになっていたかもしれないわ」
かれんははにかんだような笑みでそう答える。


「あれ、かれんさんとこまちさん二人でなにやってるんですか?」
突然りんの声がして、二人が振り返ると後ろにはまだ眠そうな顔をしたりんが立っていた。

「りん? どうしたの?」
「のぞみに蹴られました……」
不服そうな顔をしてりんも縁側に腰をおろす。あらあら、とこまちは言いながら、
「のぞみさんは? まだ寝てるの?」
「ぐうぐう寝てます」
ふああ、とりんはあくびを一つ。
「そう。今ね、ここにいたら思いついたお話があるの。
 りんさん、聞いてもらえるかしら?」
不思議そうな表情でりんはこまちの方を見た。こまちはゆっくりと話し始める。

「あのね、五歳くらいの小さな女の子がいたのよ。
 その子は日本人形を持っていてね、その人形の髪が」
「あ、あたしやっぱり寝ます!」
雲行きが怪しいと察知したりんはぱっと身を翻して逃げようとするも、

「待ってりんさん! ここからが大事なところだから!」
とこまちは獲物を見つけた野生動物のようにすばやくりんの肩を掴む。
「い、いやあああ!」

かれんはそんなどたばたを横目に、こまちのこういうところは決して趣味がいいとは
言えないわねと思いながら特に止めはしないで月を眺める。

横で騒ぎが起きているのに、かれんはひどく満ち足りた気持ちだった。


-完-

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