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「来ないでって、舞!」構わず近づいてきた咲の目の前で舞の首筋から煙のようなものが
噴出した。舞の叫び声がそれに重なる。咲は走りうずくまった舞の肩を抱くように
かかえる。煙はその場にしばらく留まり、やがてある者の形をとった。

「舞殿、困りましたなあ。あなたにお願いしたのは世界樹の探索ですよ。余計なことを
してくれましたねえ」
「ゴーヤーンさん……」

 咲の腕の中で舞の肩が震えている。咲の目に映るゴーヤーンの顔はどう見ても人間には
見えない。ゴーヤーンは満と薫には背を向けていたが、その声を聞いて薫が弾かれたよう
に立ち上がる。
「どうしたの?」
「あの男よ、満。私をあそこに入れたのは」
 えっと満も立ち上がった。薫の声を聞きゴーヤーンがゆっくり振り返る。
「おやあなた、意外としぶといですね。あんなところにずっと閉じ込められていれば、
とっくに絶望して消滅していると思っていましたが」
「あなたは何なの!」
 薫より先に満が怒鳴る。
「人間じゃないわよね。物の怪の匂いもしない。あなたは何が目的でこんなことをしてい
るの!」
「さすが物の怪は鼻がいいですなあ」

 ゴーヤーンは満を見て口の端をわずかにゆがめる。咲はその間に舞を連れてこそこそと
満と薫の近くへと移動する。精霊達も草むらに潜ってじっと息を殺しているようだ。
「私は強いて言うなら――『滅び』ですかね」
「『滅び』?」
 満の隣に咲が戻ってきた。
「そうです。この大空の樹は世界樹と共にこの世界を支える樹です。ま、要となるのは
世界樹の方ですがね。二つの樹を両方とも封じることができれば生きとし生けるものは
全て死に絶えこの世界は無に帰す。人間の部下達にも世界樹を探させていますが、中々
見つからないので物の怪の手も借りようと思ったのですが……どうも余計なことしか
してくれなかったようですね」

 ゴーヤーンがすり合わせていた両手を一旦離し向かい合わせる。その手の間に白っぽい
光が生まれる。両手をこちらに向けた瞬間、四人の身体は大地に叩きつけられていた。咲
が起き上がろうとした時第二波の攻撃が襲い掛かる。四人は川岸の石に埋もれるように地
に横たわっていた。
「もうあなた方に用はありません。今までご苦労さまでした」
 慇懃な口調が聞こえる。
「ぐ……」
 咲が何とか立ち上がろうとするとゴーヤーンが特大の光の球を手に生み出しているのが
見えた。――咲は思わず目を閉じた。
「駄目ラピ!」
「そんなことさせないチョピ!」
 精霊達の声にはっと目を開けると四体の精霊が咲たちの前に立ちふさがり光の壁のよう
なものを作ってゴーヤーンの攻撃を防いでいる。
「フ、フラッピ……」
 咲はよろよろと立ち上がった。他の三人も何とか身体を起こそうとしている。
「咲たち、みんな協力するラピ! あいつを倒さないと本当に世界が無になるラピ!」
「う、うん!」
 ゴーヤーンの放つ白い光線が咲たちを眩しく照らし出している。精霊達が作る壁もどこ
か不安定で今にも破られそうだ。
「でも、どうやって!」
「変身するチョピ! 伝説の戦士になるチョピ!」
「何のこと!」
「うおおおおおー!」
 ゴーヤーンの雄叫びが咲たちの会話を遮った。白い光が精霊達の壁を破り突き抜ける。
ゴーヤーンの視界に精霊の姿も物の怪の姿も見えなくなった。
「ふん……」
 満足げに息を吐く。所詮精霊も物の怪も、滅びの化身である彼の敵ではないのである。
だが背後に気配を感じぎょっと彼は振り返った。
「貴様ら……」
 奥歯をぎりりと噛み締める。四人はその服装が変わり、精霊達がそれぞれ肩に乗ってい
る。
 ――聞いたことがある。精霊と物の怪、あるいは精霊と人間が協力した時に伝説の戦士
が誕生すると……だが、私の敵ではない!

「しぶといですね、滅びてしまいなさい!」
 ゴーヤーンが両腕を空中に高く上げる。
「咲、舞、満、薫、必殺技ラピ!」
「みんなの心を一つにすればきっとできるチョピ!」
「ど、どうすればいいの!」
「精霊の導きに任せるラピ!」「心を静めて願うチョピ!」
 ゴーヤーンの腕に禍々しい紫の光が生まれる。はっとした咲のすぐ横で舞が、
「精霊の光よ」
 と呟く。え? と思うが、次は薫だった。
「命の輝きよ」
 満は目を閉じて呟いた。
「希望へ導け」
「咲も早く言うラピー!」
 肩の上のフラッピが叫ぶ。
「な、何言えばいいのかわかんないよ!」
「精霊の導きに任せれば自然と分かるラピ!」
 突然満の手が咲の目を覆った。光が視界から消える。
「落ち着いて咲、きっと分かるわ」
「ん……」
 咲は満の手の中で更に自分も目を閉じた。
「みんなの心……」
 言った途端、満の手が外れた。自分でもかっと目を開きゴーヤーンを見据える。
「プリキュア・スパイラルハート・スプラッシュスター!」
 四人が放つ精霊の光がゴーヤーンの紫の光線とぶつかり合う。ちょうど中間地点でぶつ
かりあったまま互いに一歩も引かない状態が続く。
「く……」

 舞の口からうめくような声が漏れた。咲も満も薫も辛いのは同じだった。腕が次第に重
くなってくる。
「諦めちゃだめムプ!」
「ここで負けたら、また樹が封印されるププ!」
 ムープとフープが四人を必死に応援する。
「強い心を持って、望みを捨てなければ……」 
 咲の口からいつも思っている言葉が漏れた。
「願いはかなう!」
 精霊の光が強くなる。
「こ、こんな馬鹿な……」
 咲たちに聞き取れたゴーヤーンの言葉はそれが最後だった。紫の光が次第に弱くなり精
霊の光に包み込まれたかと思うとゴーヤーンは跡形もなく消滅してしまった。

「ふう……」
 しばらくして精霊達が降り、咲たちの変身も解ける。ありがとうラピ、とフラッピはま
たお礼を言った。咲たちは疲れ果ててその場に座り込んでいる。
「これであいつももう来ないラピ、世界が滅ぼされることもないラピ」
「お礼なんていいよ。……でも私たちが変身したあれ、なんだったの?」
 満も舞も興味深そうに咲と精霊達との会話を聞いている。薫はどうでもよさそうにまだ
眠っているみのりを膝の上に抱いていた。

「伝説の戦士プリキュアって言うラピ」
「世界が危険に瀕すると出てくるラピ、精霊と人間や精霊と物の怪が協力して変身できる
戦士チョピ」
「ふ〜ん……私たちが何でそんな戦士になれたか分からないけど」
「きっとみんなの心が一つになったからラピ、フラッピたちも変身できるかどうか自信な
かったラピ」
 終わった後に聞くからいいものの、随分頼りない話である。咲は思わず苦笑した。精霊
たちはまた礼を言って草むらへと消えていった。
「はあ〜」
 緊張感が解けたように咲は座ったまま地面に手をつく。
「終わったね、何だか色々なことが」
 満に言うと、満は無言で笑って頷いた。みのりを薫が抱いてくれているのに気づき、
「ごめん薫、重いでしょ?」
 と受け取ろうとするが薫は「大丈夫」とだけ答えてそのままみのりを放そうとしなかっ
た。いいのかな、と思いつつ咲は空を見上げる。
「ねえ、満も薫も舞も、これから私たちの村に来ない?」
「え?」「どうして?」

「ほら、みんな疲れてるでしょ。ゆっくり休める場所に案内するよ。薫にはずっとみのり
の面倒見てもらったんだから恩返しもしたいし……」
「でも私は犬だから、狸の村に行ったら怖がられる……」
 大丈夫だよ、咲は笑って薫を見た。
「みのりだって怖がらなかったでしょ?」
 頷いた薫を見て咲は「舞も満も、行こっ」と立ち上がった。ゆっくりと他三人もそれに
続く。咲は自分の住んでいる村に満たちを連れて行くのが嬉しくてたまらない様子だった。

 舞は数日夕凪の狸村に滞在し、都に戻っていった。再び狸の村を訪れたのは一週間の後である。
「ゴーヤーンさんの屋敷がいきなり音を立てて崩れたから、都は大騒ぎになってたわ。
肝心のゴーヤーンさんは戻ってこないし」
 村に生えている木によりかかって舞は話しかける。相手の姿はどこにも見えないが、枝
の上に気配を感じることはできた。
「やっぱりあの人は戻ってこないの? 完全に消えたってことかしら」

「たぶん……都では一番の占い師が消えたことで二番手の人が今あちこちで占いを引き受
けているみたい」
「それは舞じゃないの?」
「私じゃないわ」
 舞は苦笑して否定する。
「もっと上手い人はたくさんいるもの」
「ふうん……」
「ね、薫さんは今日はどうしたの?」
「薫は祭りの支度の方に行ってると思うわ。元々山犬だし、群れで過ごす方が落ち着くん
じゃないかしらね」
「……満さんは?」
「私?」

 がさがさっと枝の揺れる音がしたかと思うと、とん、と満が地面に降りてきた。
「そうね。ここにいるのも悪くはないわ」
「そう」
「あー、いたいた二人とも!」
 元気な声に釣られるように二人は声のするほうを向いた。咲がぱたぱたとこちらに走っ
てくる。すぐ後ろに薫もついて来ていた。
「お祭りの準備、一緒にやろうよ。舞も今夜出てくれるんでしょ?」
「ええ」
「じゃ、行こう行こう!」
 二人の手を引いて咲は舞と満を立ち上がらせた。四人は狸の村の中心部へと向っていく。
みのりが支度をする大人たちの周りではしゃいでいるのが見えた。

 一年に一度の狸祭りの中にいつの頃からか猫の声や山犬の声、狐の声までが混ざるよう
になったと夕凪地方の伝説は伝えている。


夕凪奇談 -完-

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