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第六話 ゴーヤーン

「今日、ゴーヤーンさんの家を訪ねてみることにしたわ」
 翌朝の朝食時、舞は二人に話した。昨日あの後手紙を書いたら来るように返事を貰った
から、と言う。
「あの……後?」
 満が目を大きく開く。満の記憶では昨日帰ってきたときは既に深夜でそのためすぐに
熟睡してしまった――ということになっているのだが、実際はそれほど遅い時間でもなかったらしい。

「ええ。だから今日行ってみて、占いを頼めないか聞いてみようと思って」
 お願いね舞――咲はわざと明るく言ったが、どこか重苦しい空気が流れるのは仕方がな
かった。
 ――薫がどこかに居るのかどうか、今日決まってしまうのかもしれない……
 朝食を口に運びながら満はそう思いふっと一つ息を吐いた。昨日走り回った疲れが
残っていると言うのでもないがどこか身体が重い。咲がひたすらに明るく話題を提供するが
満はあまり話には乗らずに物思いに耽っていた。

 舞の提案により、咲と満も舞についてゴーヤーン邸に行くことになった。もしかしたら
すぐにでも占ってくれるかもしれない、その時には咲と満がいないと困るから……、とい
うのが理由である。もっとも初めのうち咲たち二人は屋敷の外で待ち舞が呼びに来たら入
っていくことにした。

「じゃあ、行って来るわ。ここで待っててね」
 屋敷に舞が吸い込まれるように入っていくのを咲と満は黙って見ていた。満はふと空を
見上げる。どこまでも青く綺麗な空を見ているとこのまま吸い上げられていきそうな
気持ちになる。

 ――つくづく、変わったお家ね……
 屋敷の中に入った舞は家の者に案内されながらそう思っていた。瓢箪を模したような家
は外から見てもその異様さが伝わってくるが中に入ってみると更に尋常ではなかった。
廊下を歩いていてもすぐ曲がり角にぶつかり向きを変える。曲がってもまた似たような
廊下が続く。ぐるぐると屋敷の中を回されているうちに舞は自分がどちらから来たのか
よく分からなくなってしまった。心の隅に微かに不安を覚えるが、帰りも案内して
もらえるはずだから、と考え気持ちを落ち着ける。

「こちらでお待ちください」
 案内された部屋は屋敷の中央部に位置しているのか、四方を壁に囲まれどこからも外が
見えなかった。閉塞感を感じながらも舞はその場に座りじっと屋敷の主人が現れるのを待
つ。部屋は屋敷の大きさに似合わないほど狭い。
「お待たせしましたな」
 温和な声がした。舞は深々と頭を下げて屋敷の主人を迎え入れようとする。
「顔をお上げください。美翔舞殿。あなたが金龍を天に帰してくれたことで私の仕事が一
つ減りました」
 まだ本人は入ってこない。どこから入ってくるのかと舞はわずかに首を動かし様子を探
る。奥の戸板が少しだけ動いた。視線をそちらに移動させる。
「しかし、人に頼みごとがあるのならご自分の正体も明かされてはいかがですかな」
「え?」
 がらりと戸が開いた。つんとした匂いが舞の鼻をつく。舞は思わず右手で鼻を抑えた。

「この香りがお嫌いですかな、舞殿? 人間ならば普通に感じられる匂いのはずです
が?」
 人間なら、その言葉に舞の身体がびくりと反応した。
 ――この人は、私が人間でないことを知っている?
 どうにか取り繕おうと姿勢を正し座り直す。入ってきた屋敷の主人の顔を見て舞はまた
はっと驚いた。舞台か何かで使うような面をつけている。
「舞殿、ようこそいらっしゃいましたな」
 そのまま舞の正面に座る。舞は彼の顔をあまりじろじろ見ないようにやや目を伏せた。
「聞けば何か、私に占いを頼みたいとか」
「はい、」
 舞は手をついて頼み込む。

「私の友人の……家族が、行方知れずになっているのです。是非お力をお借りしてその居
場所を知りたいと」
「なるほど、しかし……、」
 ゴーヤーンはやや躊躇うようにしていた。
「私の力など使わずともご自身で占えば良いでしょう」
「それが、私が占うと二人とも居場所がない、この世界に存在していないという結果に
なってしまって」
「……それならばその者たちはもうこの世には居ないのではありませんか」
「そ、そんな筈はないのです! きっとこの結果は私がまだ未熟だからで」
「なるほど」
 ゴーヤーンはわざとらしく考え込んで見せた。

「しかし困りましたな、私も人探しの占いはそれほど得意ではないのです」
「そこを、何とか……」
「ふむう。しかし、お友達も物の怪でしょう? 物の怪の占いはしたことがないのでね」
「は……?」
 だぶだぶの着物を翻しゴーヤーンは小さな籠を出した。中から先ほど舞が嗅いだ匂いが
漂ってくる。途端に舞はむせ返り咳き込んだ。
「どうです、いい香りでしょう? 舞殿。人に頼みごとをするときは自分のことを全部
さらけ出すものですよ」
「や、止めてくだ……!」
 ゴーヤーンが籠を近づけてくる。言葉が出せないほど喉がひりひりと痛む。うっと舞は
身を丸めた。
 ――まずい……!
 頭の上にぴくんと狐の耳が立ち上がる。咄嗟に舞は逃げようと自分が入ってきた戸に触
れたがぴくりとも動かない。
「先ほど、外から結界を張ってきました。物の怪に逃げられぬようにね」
 ゴーヤーンが近づいてくる。言い知れぬ恐怖を感じて舞はがりがりと戸を引き掻いた。
彼の顔は面に隠れたまま、面の細い目が舞を見据える。
「よくお聞きなさい舞殿、ここ最近龍が地上に降りてきているのは妖気の流れがおかしい
からですよ。お友達の物の怪を動員して、世界樹を探しなさい。天をつかむ様に伸び、
根元には祠があるという世界樹をね。妖気がおかしいのは世界樹に何かが起きたからでしょう、
世界樹を甦らせれば妖気が元に戻ります。お友達も、妖気の流れがおかしくなった
せいで居なくなったのかもしれませんよ?」
 舞はとにかく頷いた。息が苦しい。

「私の言うことを聞かなければどうなるか、お分かりですね? あなたが今後人間の世界
に居られるか、私があなたの正体を黙っているかどうかにかかっているのですよ」
 がくがくと首を縦に振る舞を見てゴーヤーンはへっと笑う。彼が軽く腕を振るうと、舞
が引き掻いている戸が突然がたんと開いた。
 ――開いた!
 思わず舞はその場から逃げ出した。この場所に居るのはもう限界だった。胸が苦しい。
早く逃げなければ、それだけを考えて天井を突き破り跳び逃げる。現れてくる天井や壁を
次々に破っていくと青い空が見えた。
「あれ、舞?」
 屋敷の外に居た咲が上空のある一点を指す。舞が普段からは想像もできない速さで空を
駆け、上空でぴかっと光ったかと思うとそのまま地面に落ちてくる。
「舞!」
 咲と満は落下点に慌てて駆け寄った。が、立ち止まり思わずうっと鼻を覆った。舞から
強烈な刺激臭が漂ってくる。
「二人、とも、来ない、でっ!」
 二人の様子を見た舞が苦しそうにしながらも必死に叫ぶ。
「あなた達には、刺激が、強すぎる、から」
 それだけ言って舞は咳き込んでしまった。地面に屈みこみ身を丸めて苦しそうにしてい
る。
「舞っ!」
 咲は飛び出した。確かに舞の近くによると胸が苦しくなる。ぼんと音を立てるような
勢いで狸の耳が生えてきた。ついで尾も。全身に柔らかい毛の生えてくる感触もある。
「しっかりして、舞!」
 ひどく咳き込んでいる舞の背中を咲の手がさする。その手は次第に小さくなっていく。
 ――私、完全に狸に……
 初めてだった。自分の意思で姿を変えられないのは。今はもう舞のそばに小さな狸が
座ってとんとんと背中を叩いているというある種滑稽な状況である。
完全に物の怪の姿になってしまうと先ほどよりだいぶ楽になった。
「舞、動かないで!」満の声がした。



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