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第四話 妖狐

 連れて行かれた舞の家は、屋敷と言ってもいいほど大きかった。その割に住んでいる人
は少ないらしく、舞の手の動きに合わせて戸が開いたり、水が出てきたりする。不思議な
屋敷だった。父と兄の三人だけで住んでいるの、と舞は説明した。二人とも生活が不規則
だから今は出かけているそうだ。

 咲と満は今夜寝る部屋を見せてもらった後、客間のような場所でしばらく待たされた。
待っていると舞が手になにやら色々な道具を抱えて戻ってくる。
「占いの道具なの」
 興味深げな咲の視線に答えるように舞は呟き、自分の脇に道具をどさりと置いて改めて
咲と満に相対する。

「どんな内容の占いか、それによってやり方も変わるから一通り持ってきたんだけど……、
それで、咲さんと満さんの知りたいことって言うのは?」
「うん、私たちはね……」
 ゆっくりと咲は人を探していることを話し始める。
「……というわけで、私も満も人探しでここに来たんだよ。でも、その有名な占い師の人
には今日は会えなかったんだ」

 咲の長い説明を舞は黙って頷きながら聞いていた。
「その占い師の人って、きっとゴーヤーンさんね、すごくその……珍しい形の家に住んで
いる人でしょう?」
「うん、そう! やっぱりその人、有名なんだね」
「ええ、都で一番と言われているわ」
 そういいながら、舞は床の上に地図を広げる。咲がよくよく見てみたところ、どうも
この辺りの地図のようだ。

「みのりちゃんは咲さんの妹なのよね、薫さんも満さんの家族なの?」
 どこか興味なさそうな顔をしていた満だったが、舞の言葉に「違うわ」と一言答える。
「えーと、じゃあ」
「そうね、私と薫の関係は……」
 顎に手を当てて少し考えた末、「赤の他人よ」と言い放つ。
「……え?」
 ぽかんと口を開けた舞に満は重ねて、
「家族でも、親戚でもなんでもないもの。種族さえ違うし。だから他人よ」
「ええ〜、でも友達でしょ? 満と、その薫さんは」
「友達?」
 咲の言葉を繰り返してから満は違うわね、と首を振る。

「成り行きで一緒にいるようになっただけだもの」
「な、なんだかよく分からないけど、その薫さんを満さんは探してるって事でいいのよ
ね?」
 まあね、と満が頷いたので舞は良かったと思いつつ話を進めることにする。
「そうしたら、これに薫さんのことを思い浮かべながら名前を書いてくれるかしら?」
 小豆大の玉を満に手渡す。咲にも、みのりちゃんの名前を書いて、と言って渡した。
「これをどうするの?」
「これを使って占うの。たとえば……」
 舞も一つ玉を手に取り、細い筆で「舞」と自分の名前を書いた。
「これだと、私の居所が占えるの。こうやって」
 口の中で何か呪文らしきものを唱えながら玉を落とす。地図の上を転がり、止まった場
所はちょうど、今いる屋敷を示していた。
「ね?」
「へえ、すごいすごい! 落としただけなのに分かっちゃうんだ!」

 大喜びしている咲の横で、満はどうも胡散臭いものを感じていた。少し手の力を調整す
れば、地図上の思うところに落とすことなど簡単にできそうな気がする。
「これ、この地図に書いていないところにその人がいた場合はどうなるの?」
 少し意地悪な気持ちで聞いてみる。舞はうん、と頷いた。
「たとえば私のお母さんの名前を書いた場合は」
 もう一つの玉に名前を書くと、舞は再び地図の上に落とす。今度は地図上のどこにも止
まらず、転がり、転がり、どんどん転がり、部屋の隅まで言っても止まることなく敷居を
乗り越えて部屋の外に出て行く。

「あの〜舞のお母さんってどこまで……」
 玉の行方を見ようとするも見えなくなってしまって舞は小さくため息をついた。
「自分が興味を持つと、すぐにどこへでも飛んで行っちゃうの」
「……自由人なんだね」
「ええ。……二人とも、書けた?」
 玉に見とれていた満は慌てて細い筆を使い、「薫」と名前を書いた。完全にこの占いの
ことを信じたわけではないが、やってみてもいいかという気持ちにはなっていた。
「これでいいのかしら」

 小さな玉に三文字を収めるのに苦労している咲を尻目に満は舞に玉を渡す。受け取った
舞はええ、と言うと少し緊張感を持ちつつ呪文を唱えながら玉を地図の上に落とす。
 落とした、はずである。少なくとも舞の手からは外れた。満は目の前の光景を疑った。
玉は舞の手から離れたはずなのに、落ちない。地図上のどこにも――いや、床の上のどこ
にも、落ちることなくそのまま空中に留まっている。
「な、何かしてるの、これ?」
 舞に問うも、舞は首を振るだけである。
「じゃあこれって、どういうこと……?」
 舞が呪文を唱えるのを止めると、玉はぽとりと落ちて適当な場所に転がった。転がり方
も自然なもので、特に占いと関係したものではなさそうだった。満は黙ったまま舞の言葉
を待つ。

「ええとその、これは……」
 舞がひどく言いにくそうにしている。満は代わりに言うことにした。
「薫はもうどこにもいない。そういうこと?」
「……ごめんなさい」
「舞……」
 ようやく書き終えた咲も満の結果を見て深刻な表情を浮かべている。舞はその手から玉
を取ると、自分を落ち着けるように胸を抑え再び呪文を唱えると、みのりの名前を書いた
玉を同じように落とす。

 結果は同じ。玉は空中に留まったまま、落ちてくる気配がない。
「みのり、も……?」
「ご、ごめんなさい! きっとこれは間違いなの! 私、まだ未熟だから、もっと占いの
上手い人がすれば、きっと」
 取り乱して泣きそうになりながらしきりに謝る舞を咲は抱きかかえるようにして
落ち着かせなだめる。

「この占いの結果は、確定っていうわけじゃないの?」
「え、ええ。たとえばゴーヤーンさんみたいなもっと格上の人に頼めば、ちゃんとした結
果が出ると思うわ……」
「じゃあやっぱり明日ゴーヤーンさんのところに……」
「私が頼むわ。ゴーヤーンさんに。私から頼んだ方が、多分聞いてくれる確率が
高いから」
 目を潤ませつつもしっかりとした口調で舞は告げる。
「満、聞いてた? 舞が頼んでくれるって。明日……」
「どうでもいい」
 愛想も何もなく一言残し、満は背中を向けてどすどすと足音を立てて部屋を出て行った。

「ごめんなさい、満さん! 本当にごめんなさい!」
 慌てて舞がその背中に声をかけるが満は振り返ることなく歩き去る。
「咲さん……、本当にごめんなさい。私がこんなことしたから……」
「ううん、気にしなくていいよ。舞は、私たちのためにしてくれたんだし……」
 零れ落ちそうになった舞の涙を拭って咲は言葉を続ける。
「満も、きっとびっくりしちゃっただけだよ。後で話しに行くから」
「ありがとう、咲さん……でも、今すぐ満さんのところに行ってあげて」
「え?」
「きっと、私よりもずっと傷ついていると思うの。だから」
「……うん、分かった。ありがとう、舞」
 咲は舞の身体から手を離すと立ち上がった。

「あ、それと私のことは『咲』って呼んでいいからね!」
 気になっていたことを言い残し、満の元へと小走りに急ぐ。多分先ほど寝室として案内
された部屋だろうと予想してみると、やはり満はそこにいた。もっとも見慣れた人の姿で
はなく、赤茶色の毛皮を持った猫の姿になってごろ寝していたが。
「満? 大丈夫?」
 声をかけゆっくりと近づき満の身体に触れる。普通の猫と同じように暖かい。満は身体
を丸め、起きてはいるのだろうが咲の声を聞いていないようなふりをしている。
「舞がゴーヤーンさんに連絡してくれるって。あんな結果だから気にしてくれてるみたい
だよ。満、驚いたのは分かるけど……」
 猫の姿のままの満を抱きかかえようとすると、満は突然人の姿に戻った。咲から離れ、
部屋の壁によりかかる。その目はどこか物憂げだった。
「どうでもいいわ」
 先ほどと同じ言葉を咲に投げる。
「なにふて腐れてるのさ」
 咲は苦笑したが満の表情は変わらない。

「明日一緒にゴーヤーンさんのところに行こうよ」
「……勝手に行けば。私は行かないから」
「どうして?」
 さすがに咲も今の満は一筋縄では行きそうにもない――ということに気づき始める。
「……咲」
 投げやりな口調で満は咲の名前を呼んだ。
「な、何?」
「私、もう止めようかと思うの。薫を探すの」
「ええーっ!」
 思わず大声を出してしまった。慌てて自分の口を塞ぎ、まじまじと満の顔を見る。
「な、なんで? どうして?」
「だって……見たでしょ。薫はもういない。だったら探しても……」
「だからあれは間違いなんだってば!」
「咲」
 満の口調に秘められているどこか冷徹な響きに咲の背中はぞくりとした。

「本当にそう思ってるの?」
「そ、そりゃそうだよ当然だよ」
「私は……もういい」
「もういいって……」
「もう嫌なのよ」
「何が?」
 不機嫌に答えても咲は聞くのを止めてくれない。ぶすっとして満は黙り込んだ。
「満……」
 困った顔で太い眉を下げながら咲はまだ喰らいつく。
「満は、ずっと薫さんのこと探してたんでしょ? 私と会う前からずっと。それなのに、
もういいなんて……」
「……言ったでしょ、もう嫌なの」
「だから、何が?」
 満は苛立った口調で答えた。いつもより早口だ。
「薫がそばにいないのに気づくのが嫌」
「え……と、だったら」
 やっぱり薫さんのこと探さないと……と言いかけた咲の口は満の言葉に封じられる。
「だからもう、薫のことなんか忘れたいのよ!」
「な、何言ってるの満!」
「もう寝る!」
 満は再び猫の姿に戻ったかと思うと咲に背中を向けて丸くなってしまった。いくら揺す
ってみても、咲のほうを見ようともしない。
 ――また明日話すしかないか。

 今の満と無理やり話をしても会話になりそうもない。咲もとりあえずは止めることにし
た。ただ一言満に言っておきたくて背中をつつく。
「満?」
 これまでと同じで反応はない。だが咲は気にせずに話し続けた。
「たとえ満が諦めても、私は絶対に諦めないからね。みのりのこと。薫さんだってきっと
どこかにいるよ」
 聞いているのか聞いていないのか分からないが、とにかく言いたいことを言って咲も寝
ることにした。――しかし翌朝、満は起きてこなかった。

「咲? 満さんは?」
 一人だけ起きてきた咲を見て舞がきょとんとした表情を浮かべる。
「うーん、多分起きてるんだけどね。声かけても全然こっち見てくれなくて……」
 はは、と苦笑している咲に舞は再度済まなさそうに謝る。
「舞、気にしないで。また後で話しに行ってみるよ」
「ええ……、それと、ゴーヤーンさんにお手紙を書いて出しておいたわ」
「え、もう?」
「忙しい人だし、早いほうがいいと思って……お返事がなかったらまた別の方法で何とか
連絡をつけてみるわ」
 舞の顔からすると、昨日の占いの結果に相当責任を感じているようだ。ありがとうと咲
は舞に言い、そんなに気にしなくていいよともう一度繰り返した。




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