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 咲が頭の中を疑問符で一杯にしていると、下からも聞き慣れない音が聞こえてくる。も
っともこちらは不快な音ではなく、心地よくなるような音色。高く低く、旋律を奏でてい
る。
 満が見つめている楼の中にも変化が起きていた。陽気な男の踊りが音楽に合わせたもの
となり、曲が速度を増すに釣れ男の踊りも速くなっていく。もはや観客がいるかどうかな
ど目に入っていない様子で自分のためとばかりに踊り狂う。
 ――なんか、暑くなって来たわね……。
 男の踊りを見ているとだんだん身体に熱が篭ってくるような気がする。体調の悪い時の
ように、頭もどこかぼうっとし始めた。いけない、と満は首を振る。
 ――下に咲がいるんだから、うっかり落ちたりしたら大変だわ……。

 そう考え、あれ、と満は考え直した。そもそもなぜ自分達がこんなところにいるのかと
言うと、と思考を廻らし、楼の上の方が休む上で楽そうだったからだという前提を思い出
す。であるならこんなところでぼんやりと踊りを眺めている必要などないのであって、
楼に上がりこむか諦めて降りるか、さっさと決めればよい。
「咲、降りるわよ」
 足の下にいる咲にそう告げる。
「へっ?」
「上にいる人、面倒くさそうなんだもん。話が通じる相手でもなさそうだし」
「ねえ、絡まれてる女の子の方は?」

 満はきょろきょろと目だけを動かし、楼の中に白い影がいるのを認めた。
「あなた、逃げなくていいの? ここから簡単に逃げられるわよ」
 白い影がこちらを向いたのを見て、満は問答無用で梯子を降り始める。咲も慌てて梯子
を下り始めた。白い精霊が満の上からぴょこりと顔を出し、ぽんぽんぽんと段を渡り満と
咲を追い越すように下に飛び降りる。

 三人が地上に降りた頃、男の踊りも佳境に達していた。見ていなくても楼の振動でそれ
と分かる。楼が完全に壊れて落ちてくるのではないかと満は心配になった。
「チャッ、チャッ、チャ!」
 三拍、高く叫んだかと思うと眩い光が辺りを包む。楼の上から轟音が響いた。ぎょっと
上を見ると楼の中から炎の塊が噴出す。塊はやがて龍の形を取り天へと上って行ってしま
った。
「……」
 しばらくは三人とも口が利けないまま呆気に取られていたが、
「あの……」

 闇の中から聞こえてきたか細い声に一斉にそちらを向く。声の主は満や咲と同じくらい
の年恰好をした女の子だった。手には木の枝のようなものを持っている。
「あなた方は……?」
 女の子の問いに咲はまったく警戒していない様子で、
「私は咲で、こっちは満」
 と説明を始める。精霊の方を向き、
「えーと、この精霊は……」
「チョッピチョピ、帰り道で捕まってしつこくて困ってたけど逃げられて良かったチョ
ピ!」
 チョッピと名乗った精霊はぺこりと頭を下げてぴょんぴょんと闇の中に走って消えてし
まった。
「それで、あなたは?」

 一通りの説明を咲が終えた後、不躾とも思える態度で満が尋ねた。
自分の名前を他の者に知られるのは基本的にあまり好きではない。
「ご、ごめんなさい自己紹介が遅れて……」
 女の子は満の目にうろたえたような表情を見せつつも、舞です、と自己紹介をした。
「さっきの火龍を天に帰したくて……自分が満足できるだけ踊ればきっと帰ってくれると
思って……」
「ひょっとして、」
 咲がぐいっと舞に向けて身を乗り出す。
「さっきの音楽、鳴らしてたのは舞なの?」
「え、ええ……、これを使って」
 舞が手に持っていたものは咲も満も見たことがないものだった。ただの枝ではなく、穴
が開いている。

「これで?」
 重ねて咲が問うと舞は頷き、軽く口に当てて音を出してみせた。わっ、すごい、と咲は
大げさなほど驚く。
「へええ〜……こんな楽器もあるんだ。……でもどうして、火龍を天に帰そうと思った
の?」
 さっと一陣の風が吹いた。舞から咲と満に向って空気が流れる。
 ――あれ? この子……、
 満はその風からあることを感じ取った。咲も気づいたのだろう、鼻をわずかに動かして
いる。

「わ、私は一応厄払いとかお祓いとか占いとかそんなことをしていて……この楼に鬼火が
出ると最近聞いていたから来て見たら火龍が踊ってたから……」
「へえ、舞は占いもしてるの」
 うんと頷く舞を見て咲はにっこりと笑う。
「ええと、その、さ。私たちちょっと、占いしてくれる人を探しにここまで来たんだ。
でもうまく会えなくて困ってたんだけど……」
「そうなの?」
「うん、だからもし良かったら、舞に占ってもらえたらって思うんだけど」
「ええと――」
 やや困ったような表情を舞は浮かべる。引き受けるか断るかどうしようかと考えている
ように見えた。

「待って咲」
 満の手が咲の肩をぐいっと掴み咲を自分の後ろに引いた。
「一つ聞きたいことがあるんだけど。あなた、物の怪じゃないの? どうして人間みたい
なことをしてるの?」
「み、満……、いきなり聞かなくても。何か事情があるんだよ、きっと」
 慌てた咲がわたわたと満の前に出てくる。舞の目は泳ぐように咲と満を交互に見ている。
「ど、どうして分かったの? 私のこと」
「その、……匂いで」
「匂い?」
「私たちも物の怪だから、匂いには敏感なんだ。さっき風が吹いた時、舞から物の怪に近
い匂いがしたから……」
「……そうなの。あなた達も」
 ぴくんと、舞の頭の上に二つの耳が立った。形は犬に近いが、犬とは少し違う。

「へえ、舞は狐なんだ」
「え、ええ……でもこれ以上の姿にはなれないの」
 舞はどこか躊躇っているような口調で話す。
「どういうこと?」
「私は純粋な物の怪ではなくて、母が妖狐で父は人間だから……、これが、私が一番物の
怪に近づいた姿なの」
 恥ずかしそうに目を伏せる舞だったが、へええ、と咲は感心したような声を上げる。
実際咲は感心していた。世の中には色々な存在がいるんだなあと素直に思う。満も少し
驚いた顔をしている。――咲ほど豊かに表情が変化することはなかったが。

「あの、それで咲さんと満さんは……」
「ああごめん、舞にだけ言わせちゃったね。私は狸で、満は猫なんだよ。言われてみると
そう見えるでしょ?」
「猫と、狸?」
 きょとんとした顔で舞は首を傾げる。いかにも唐突な組み合わせである。
「どうして猫と狸が一緒にいるの?」
「それはまた成り行きって言うか、そのことも占って欲しいことと関係してるんだけど……
 説明するとややこしいかも」
「私の家に、来る?」
 舞がやや小さな声で誘う。
「えっ、いいの?」

「う、うん……占いをするなら、私の家に来てもらったほうがいいし……今夜、家で
 ゆっくりした方が……」
「満、お邪魔しようよ。ね?」
「そ……そうね」
 冷静さを装いながら満は内心舌を巻いていた。図らずも咲のおかげで今夜一番快適な宿
を手に入れたようだ。本当は図ったのかもしれないが。つくづく、咲は狸だと満は思った。

【第三話 完】


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