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第三話 鬼火

旅を続けること数日、咲と満はようやく都の近くまで辿りついた。この辺りまで来るとさ
すがに人通りが多い。
「いい、咲。これからは耳出したり、尻尾出したりしちゃ駄目よ」
「分かってるよ。満も、ね」
 私なら大丈夫よ――と言いながら、満は咲の周りを一回りして確認する。
「大丈夫そうね。それじゃあ行くわよ」
「うん」

 木陰から出ると二人は都へと続く道をひたひたと歩いていく。大丈夫と思ってはいても
やはり緊張はあった。
 都の大路へ入る場所には門がある。商人と思しき人たちが行き来するので、咲と満も
その中に混ざって無事都の中に潜入した。潜入――と書いたが、都に入ることが特に
禁じられているわけでもなし、正確にはこの言葉は当たらない。
しかし咲たちの意識としては『潜入』であった。単に、慣れない場所に入り込むという
ことでもあったし、自分達が招かれざる者であるという感覚もどこかで持ってはいた。

「で、満。その占い師の人ってどこにいるの?」
「聞いた話によれば……、」
 満が先に立って歩いていく。都の道は東西南北に真っ直ぐ伸びるもので分かりやすい。
以前聞いた話では比較的中心部に近い場所にその占い師の屋敷があるという話だった。
 一口に都と言っても、その端と中心部ではやはり人間達の様子が違う。先にも述べたと
おり周縁部には都のそばに住む者達も出入りしているが、中心部に近づくにつれ身分の高
い者達、それに仕える者が多くなってくるのである。

 もっとも、咲たちが直接高貴な人間達と会う可能性は極めて低い。彼らは屋敷の内部や
その庭園に大抵篭っており移動する際も徒歩でということはあまりないからである。今も
牛車が後ろからやってきたので咲たちは道の端によってやり過ごした。
「あれに乗ってるからって楽なのかしらね」
「それは……そうなんじゃないの、歩かないですむし」
「歩いた方が速いと思うけど」
 牛車の中の人物に聞こえていないのをいいことに――聞こえていても構わないと思って
――満と咲が言い交わす。

 だが牛車の中の人物もまた咲と満の存在に気づいていた。
 ――物の怪の臭いが……? ここの都にも物の怪が入り込んで来ましたか……?
 ちょっと、と牛車を先導する者を呼ぶ。
「何でございましょう」
「今、誰かとすれ違いましたか」
「いえ、そんなに変わった者とは……小娘が二人、居りましたが」
「そうですか」
 分かりました、車を進めなさいと彼は言い思索に耽る。再び牛車は静かに動き始めた。
 ――物の怪のこと、組織的な動きをしているとは思えませんが……注意は必要かもしれ
ませんねえ。

「――ここ?」
「そうね、間違いないわ」
 都の中心部に程近い場所で二人は足を止めた。聞いた話とぴったりだ――と満は思う。
周りの建物とは明らかに異なる、瓢箪を思わせる奇怪な形をした建造物。景観的には一つ
だけ突出して奇異に映る。この屋敷の持ち主がこのような建物を保持していられるのもそ
の能力の高さゆえ、どんなに悪趣味なものであろうと黙認されているのだという話だった。
こんなものが能力の証ともなるらしい。

「いきなり飛び込んじゃっていいのかなあ」
「だって、他に方法ある?」
 屋敷の前でそんな会話をこそこそと交わしている二人を、門番と思しき人物がいかにも
胡散臭げに見ている。痺れを切らしたように彼は近づいて来た。
「お前達、ここで何をしている」
「高名な、占いをされる方が住んでいらっしゃるというので――」
 満の言葉に門番ははっと笑った。

「どこで聞きつけてきたか知らないが、お忙しいお方だ。今もさる高貴な方に請われ、そ
の方のお屋敷にいらしている。どこの馬の骨とも知れぬ――」
 満と咲の風体を頭から足までじろじろと眺めた上で
「お前達に会う時間などない」
 と続ける。そこを何とか、と粘ってみても門番は頑として聞き入れようとはせず、満と
咲は結局一旦引き下がる他はなかった。

「人間て面倒くさいのね――」
 再び都の端まで戻り、近くに人がいないのを確認してから満がこぼす。夕闇に包まれつ
つある町からは急速に人の姿が消えている。
「そういうものなのかもね。満、明日は身分の高い人の振りをして行ってみようか」
「どういうこと?」
「私の術を使えばそれっぽく変身できるもん」
「……ばれないかしら」
「大丈夫だって。咲ちゃんの技に任せなさい」

 二人とも、人間界のことは良く知らないのだった。化けていれば言いというものではな
く、高貴な人の家を訪問するに当たっては様々な手順を踏まなければならないのだが
そんなことは考えに入れていなかった。
「そうね、それでいってみましょうか……」
「うん!」
 一抹の不安を覚えながらも満は同意し、夜を過ごすのに手ごろな場所を探し始める。と
は言っても都に家を作り出すわけにも行かず、この辺でひっそり休むほかなさそうだ。

「う〜ん、行き倒れと勘違いされないかなあ」
「人の格好をするから行き倒れに見えるのよ。元の姿に戻れば問題ないわ」
 せめて雨ぐらいはしのげる場所にしようと二人は門の下へと移動してきた。都の最も端
に位置し、その境界を示す門である。上半分は楼になっており、人が登れるよう梯子もつ
いている。
「ここなら、雨が多少降っても平気そうね」
「そうだね、じゃあここで休もうか……」

 元の姿に戻ろうとして咲はうん? と上を見た。楼の上から奇妙な気配を感じる。満も
同様のようで、不審気に上の様子を窺っている。
 楼は――元来は見張りを置き、都の防御に当たらせていた場所なのだろうが、現在は登
る者もないようで梯子にもすっかりがたが来てしまっている。そんな様子であるのに、
楼からちらちらと光が漏れ見えている。随分と赤い光で、普通の灯火とも違うようだった。
「ふうん――」
 興味を覚えたらしく満が呟く。

「ねえ咲、この上ならもっと快適に過ごせるわよ。風も通らないだろうし」
「え〜と、ひょっとして登るつもり?」
 少し怖気づいている咲に満はにっこりと笑ってみせる。
「それ以外に何があるの?」
「うう、やっぱりそうなんだ……」
「まあ、どっちでもいいけど。私は行くわ」
 梯子に手を掛けたかと思うと満は躊躇いなくするすると登っていく。
 ――そりゃ、満には簡単だろうけどさあ……
 おっかなびっくり、梯子に手を掛けると咲も満の後について登り始めた。梯子を折っ
てしまったりしないようそろそろと続く。

 ―― ……?
 楼までたどり着くと、満は不審気に中の様子に目をこらした。赤い光の向こうに何かが
見える。
「ヘイ、俺の踊りを見てくれよ! チャチャ!」
 ――はあ……?
妙に上っ調子の明るい声に満は呆れる。
「踊りなんて見ないチョピ、チョッピはお家に帰るチョピ」
「つれないこと言うなよ、チャチャチャ! 鳥なら一緒に歌ってくれよ!」
「ねえ満、何か変な声聞こえるけど何?」
 満のすぐ下、梯子の途中で止まっている咲が尋ねる。
「酔っ払いが女の子に絡んでるわ」
「何それ」
「そうとしか思えないのよ」




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