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第二話 鬼婆

「ねえ、満〜。この道本当にあってるんだよね? 何か変な場所に出てきちゃったけど」
「そのはずよ。さっき会った人だってこちらに行くように行っていたじゃない」
 咲と満は朝食後、家を消して都への道を辿っていた。途中すれ違った人に都への道を
聞き真っ直ぐ進んできたのだが、どうも妙な場所に出てきてしまっている。

 満たちが今まで歩いてきた場所はずっと森であった。上を見れば必ず木々の枝を見る
ことができた。しかし今の場所は荒れ果てた岩場である。木はもとより、草も見えない。
緑の影が一切感じられない。
大きな岩がごろごろしているからいざとなれば身を隠す場所はあるが、
「なんだか木がないと不安になっちゃうなあ。私今まで、木がある場所でしか暮らしたこ
とないからかなあ」
「……そう」
「そういえば、満ってどんなところから来たの?」

 丁度いいとばかりに咲が尋ねる。咲は今のところ満の情報をあまり得ていない。満とい
う名であること、猫であること、薫という名の誰かを探していること――咲が知っている
ことと言えばこのくらいだ。朝から色々な質問を満にぶつけてはいるもののあまりまとも
な答えが返ってこない。
「今朝から、質問ばっかりね」
「だって折角友達になれたんだから。もっと満のことたくさん知りたいもん」
「友達?」
 すたすたと歩きながら、満は怪訝な表情を浮かべる。
「そうそう、友達!」
「そうだっけ?」
「そうだよっ! だから満のこと教えてよ〜」
 人懐こく笑う咲の頭の上にぴょんと丸い耳が飛び出す。

「耳、どうにかしなさい」
「あ」
 言われて気づいたらしく、咲は頭の上に手をやって耳を押し込んだ。
「自分が化けるのは下手なの? 狸なのに」
「う〜ん、別のことに気持ちを集中するとついつい耳や尻尾が出てきちゃうことがあって
……満は凄いね。ずっと人の形のままで」
「当たり前よ。このぐらい、できて普通だわ」
「練習したの?」
「そういうわけじゃないわ。ただ、人の姿でいることが多かったから」
「どうして?」
 珍しく会話が弾んでいる。満は咲の雰囲気に巻き込まれていることに気づかないまま、
咲の振って来る話題にいつの間にか乗っていた。
「人の姿でいる方が好きだったから」
「へえ、そうなんだ。満はその格好でいる方が好きなんだね」
「違うわ、私はどちらでもいい」
 満の言葉に咲は、ん? と首を傾げる。
「薫が、人の姿でいる方が好きだったのよ。私も一緒に居たから、それで」
 なるほどね、咲は納得したような声を上げた。
「でも人間に見つかったりすると面倒なことにならない?」
「そういう時はちゃんと元の姿になってやり過ごすわよ」
 決まってるでしょとばかりに答える満に咲はそりゃそうだねと笑った。

「ずっと二人だったの?」
「そうよ。多分、あなたが住んでいたところの近く」
「え? 何で、分かるの?」
「あなたの妹がいなくなったのと同じ時に薫とはぐれたから、私も」
「そ、そうだったんだ……」
 咲は黙ってしまった。満も黙る。重苦しいような沈黙が二人の間に流れた。

「それにしても……、これ、どこまで続くんだろう」
 話を変えるように咲がきょろきょろとあたりを見回す。見たところ、岩場はどこまでも
続いていきそうだ。日も高く上り始め気温も上がってきた。日の光を遮ってくれるものが
ない状況は少し辛い。

「そうね……」
 腰の竹筒からごくっと水を飲むと、満は羨ましそうに見ている咲に竹筒を押し付けた。
「いいの? ありがとう!」
「……ずっとそんな目で見られている方が嫌だわ」
 満の言葉を気にする様子もなく咲は一口水を含むとまた竹筒を満に返した。
「でも咲、狸なら水ぐらいいくらでも出せるんじゃないの」
「うーん、それがそうもいかなくてさ」
「どうして?」
「理屈は良く分からないんだけど、食べ物とか飲み物は出せないみたい。家とか布団なら
出せるんだけど」
「ふーん?」
 確かに良く分からない。だがそもそも狸の術が理屈で完全に割り切れるとも思えないし、
と満は一応納得した。軽く竹筒を振ってみるとまだ半分以上は残っている。

 ――今日中にここを越えられるといいけど……
 満は短くなっていく影を見て一つため息をついた。灰色の岩、それに黒い影のみがその
場所には存在し、満と咲を除けばその二色で終わってしまいそうな世界である。
「少し、休もうか……」
しばらく歩き、大きな岩が目に入って来たところで咲が呟いた。無言のまま満も同意し、
岩陰に入る。日の光が直接は当たらない分少し楽だ。
「でも変ね……」
 先ほどと同じように水を分け合った後、満が呟く。
「変って、何が?」
「さっき会った人、都から来たって言ってたけど……ここがこんなに難所だなんて言って
なかったわよね。そう苦労せずに通りすぎてきたような感じだったわ」
「旅慣れた人なのかなあ……」
 咲の言葉に満は首を振った。

「そうだとしても、人間と私たちとどちらが強いと思う?」
「うーん、そうだよね。なんだろう。道間違えたかな?」
 しかし、ここに来るまでの間はずっと一本道だったはずだ。この岩場に踏み込んでから
も、薄く残る車の後を辿ってきているから間違っているとは考えにくかった。
 結論の出ないまま二人が休んでいると、
「見ーつけた」
 という声が岩の後ろから聞こえてきた。一瞬二人とも顔を見合わせ、ごそごそと
立ち上がって岩から少しだけ顔を出し裏側を覗く。
やけに派手な水色の着物を着た女の後ろ姿が見える。

「さあ見つけたわよ、耳ヨーヨーさん達! 今度こそ、ちゃんと教えてもらいましょうか
しら」
 女の背が高いので良く見えないが、誰かと話しているようだ。よく耳を澄ませると、女
以外の誰かの声も聞こえ、
「そんなの知らないムプ」
「知ってたって言わないププ」
 と言っている。
「ああら、隠すつもり? まあいいわ、じっくりゆっくり可愛がって聞かせてもらうか
ら」
「ちょ、ちょっと何の話よ!」
 ――咲!
 満が気づいた時には咲が女の後ろに駆け寄っていた。
「あら、何よあなた。どこから湧いて出たの」
「どこからでもいいわよ! どういう事情か知らないけど、暴力反対!」
「へえ」
 女が振り返った。腕に毛玉のようなものを二つ抱えている。ムプププ言っているのはそ
の毛玉らしい。
「ほら泣いてるじゃない、放してあげなさいよ!」
「あなたただの化け狸の癖に、このミズ・シタターレに逆らうつもり?」
「ハナミズターレかなんか知らないけど、やめなさいってば!」
「ミズ・シタターレよ! あんたどういう耳してんのよ!」





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