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「私と同じ狸の一族で、私よりもずっと小さい仔狸をどこかで見かけなかった? 妹なん
だけど、ずっと探してるんだ」
満は初めて足を止め咲を見つめる。咲の目は真剣だ。冗談を言っているようには見えな
い。
「……知らないわ」
 本当のことを満は答える。実際、ここに来るまで狸に会ったことはなかった。
「そっか」
 咲はがっかりしたようだったがそれでも礼を言う。満は何かを問いた気に咲の顔を見る。
「ん、何?」
「……」
 気後れしたように何も言えないでいる満を咲はひどく優しい目で見つめた。そして、
じっと待った。しばらくの時間の後、満がはあっと息を吐く。
「どうしたの?」
「……何でもないわ」
「そう?」
 だが満は歩き出さず、その場に座り込んでしまった。どうしたの、と咲が再度尋ねる。
「……見つけられると思ってるの」
「え?」
「見つけられると思って、探してるの」
どこか力の抜けた声で投げかけられた疑問。咲はその意図が分からないながら、うん、
そう思ってるよと答える。
「いつからいないのよ……あなたの妹は」

「数ヶ月前かなあ、私たちが住んでいる夕凪の狸村の近くで山が突然火を噴いたことがあ
って、大地は割れるし雨が降ってきて山肌は削れて崩れるし大変だったんだけど……その
時の混乱で、ね……」
「こんなところ探したっていないんじゃないの」
 冷たいとも思える口調で満は言うが、咲は一向に気にしていない様子で、
「でもこれまで、村からずっと探して来たんだよ。でも見つからなかったから、範囲を
広げて探していくしかないと思って」
 満は左手で足を抱え右手を自分の額に当てる。咲の話を聞いていると最初の質問に戻ら
ざるを得ない。
「それで見つけられるとでも思ってるの?」
 先ほどより少し口調がきつくなる。咲はうん、と答えた。
「諦めず、強い心を持ち続ければ願いはかなうって」
「誰が言ったのよ」
「村に古くから伝わる言葉なんだ。だからこうやって探し続けていればきっとみのりに会
えるって信じてるんだよ」
「……」

 呆れたように黙った満の顔を咲はじっと見つめた。
「何よ」
「……あなたも、誰かを探してるの?」
 満の胸の内を見透かすような咲の目つきと口調にはっとしつつも黙っていると、咲は鼻
を満の顔に近づけくんくんと匂いを嗅ぐ。
「ちょっと、何よ!」
「猫なんだね……遠くから来たの?」

 簡単に言い当てられたことに満は愕然とした。確かに満は猫である。化け猫と呼ばれた
り猫又と呼ばれたり色々であるが、猫の一種であることに変わりはない。人の姿をし、
見破られぬよう匂いなども完全に断ったつもりだったのだが……、

 ――犬に近い種族は猫よりずっと嗅覚がいいんだもの。狸にばれても仕方ないわ……
 自分にそう言い聞かせ、気持ちを落ち着ける。
「探しているのは、猫の仲間?」
「……どうでもいいでしょ」
 心配そうな表情で聞いてくる咲にそっけなく答える。
だがその答えは「誰かを探している」ことを肯定するものでもあった。
「どうでも良くなんかないくせに」
 咲の言葉に満はむっとした表情を浮かべると、ぷいっとそっぽを向いた。

「ねえ、誰を探してるの?」
「……あなたに言ったって仕方ないでしょ」
「そんなことないよ、私も探すよ」
「どういうことよ」
「妹探すとき、一緒に探すよ」
 顔を空に向け、満は黙った。木の葉が上空を暗く覆い空は見えない。
「私たちの村ではね、誰かに助けてもらったら恩返しするのが決まりになってるんだ」
 満が黙っているのをいいことに咲は自分の話を続ける。

「さっき助けてもらったから……、だからお礼に、あなたの探してる相手を私も探すよ。
特徴を教えて」
「……結構よ」
 咲の目を見ず、満は断る。
「何で? 一人より二人で探す方が早く見つかるよ」
「あなたの探し方では見つかりそうにないんだもの」
「他に手があるの?」
「……都に行こうと思ってるわ」
「都? どうして?」

「人間の中には、誰かの居場所を占って言い当てたりする人がいるそうよ。そういう人に
頼ろうと思って」
「へえ……」
 咲は感心したように声を上げた。
「じゃあ、私も一緒に行く!」
「……何でよ」
「だってその人に頼めば、妹の居場所も分かるかもしれないもん」

 ――本気で信じるのね……。
 胸の内で満は呟く。実際のところ、満は諦め始めたところがあった。もちろんこれまで
必死に探してきたが、いつまで経っても見つからない。占い師にしても、本当かどうか疑
っている所はあった。これで最後にしようと心のどこかで考えてもいた。
 だが同じような境遇のこの少女はちっとも諦めていない。
「一緒に行こうよ、ねっ?」
 俗に、狸は人を化かすと言う。後からこの時の状況を思い返すたび、満は自分が咲に化
かされていたのではないだろうか――と思う。

 我知らず、満は頷いていた。咲は満足したように
「じゃ、決まりね!」
と笑って近くに落ちている枯葉を拾うとちょいちょいと頭の上で振る。ぽわん、という気
の抜けるような音と共にすぐ近くに古ぼけた民家が現れた。
「……これは?」
「人間の振りをするのに慣れていた方がいいでしょ?」
 躊躇している満をさあさあと押し込み寝具を整えると
「こっちで寝てね」
と満を寝かせてお休みと言って部屋を出る。

 ――さすがに、狸ね……。
 咲の術には素直に感心しつつ、落ち着かないようにごそごそと寝返りを打つ。幾度か寝
返りを打つと、次第に眠りに誘われた。
 翌朝、布団を敷いてある部屋から出ると咲が朝食を用意して待っていた。
「おはよう!」
 もうだいぶ前に起きていたのだろうか、やけに爽やかな声で挨拶してくる。
「……おはよう」
 満は咲の用意した朝食に目をやった。ほかほかと湯気を立てている。美味しそうだ。
「どうしたの、これ」
「私が出したんだよ」
「……泥団子なんかじゃないでしょうね」
「違うよ、もう。ちゃんと食べられるものだってば」
 腰を下ろすと、満は手近な場所にある団子状のものに手を伸ばした。今まで見たことも
ない料理であったが、魚の匂いがする。
「魚、どうしたの」
「近くに川があったから今朝釣って来たんだ」

 匂いを嗅いでいると我慢できなくなってきた。元来物の怪は食べなくても生きていける
のではあるが、嗜好品として食べ物の魅力は満も知っていた。一口、食べてみる。魚の味
が口に広がる。貪るように満はそれを食べつくした。
 咲はその光景をにこにこと見ていたが、
「ねえ、そういえば」
「何?」
 満はもう二つ目を頬張っている。
「私は咲。昨日話したよね。名前、なんていうの?」
「満、よ……」
「綺麗な名前だね。探している相手の名前は?」
「……薫」
 ――満と、薫、か……。
 咲はその名前を忘れないようにしっかりと心の中に刻み込んだ。

【第一話 完】



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