「お母さん、私ちょっと髪切りに行ってくるね。何かついでに買ってくるものある?」
「あら、そうね。じゃあ、帰りにスーパーでレタスとキュウリと買ってきてもらえる?」
「はーい、じゃあ、行って来ます」

咲は玄関でスニーカーを履くと愛用の自転車に飛び乗る。
風を切って街の中を走っていくのは気持ちよかった。
いつの間にか随分長くなった髪が首の後ろで風に揺れている。

――やっぱり、髪は短いほうが動きやすいもんね!

誰にも言ってはいなかったが、咲は髪を伸ばそうかな、なんて考えていた。
舞や薫くらい――とはいかなくても、せめて、満より少し長いくらいまで。
そうしたら少し女の子っぽく綺麗に見えるかもしれない、なんて考えていた。
しかし冬を過ぎ、春が巡ってくる。暖かくなり、ソフト部の練習も
本格的になってくる。
そうなると、中途半端に伸びてきた髪はどうしても鬱陶しかった。

結局、咲は今日髪を切ることに決めた。


「すみませーん」
最近ご無沙汰だった美容院の扉を開ける。六つの椅子が並ぶ美容院の中には
数人のお客さんがパーマをかけてもらっていたり、髪を切ってもらって
いたりした。

「あら、咲ちゃん久しぶり」
顔なじみの美容師さんに言われ、「いつもみたいにお願いします」と言い、
咲は待ち合いのソファに腰をおろす。ファッション誌が置いてあるので
手にとってぱらぱらとめくってみる。
もう夏に向けてのファッション特集になっていた。

――私も、こんな風に……

そんなことを考えないでもない。
しかし写真の中の人に自分の顔を当てはめて考えてみると
どうしても不釣合いだった。
舞や満、薫だったら雑誌に出ているような服を着てもきっと違和感なく、
それどころかちゃんと着こなしちゃうんだろうな。
そう思うと自分だけが取り残されているような気持ちにもなるが、
しかし咲の顔は笑っていた。
想像の中に出てきた三人の姿が可愛かったので、ついつい笑っていた。


「咲ちゃん、こっちおいで」
前のお客さんが終わったらしく、美容師さんに声をかけられる。
髪を洗い、いざ鏡の前の椅子に座ると隣の席の人はとても髪が長く、
しかもきちんと手入れしているらしくくるくると巻きながら
薄い水色の髪全体がどこか光沢を放っていた。
感心しながら、咲は隣に座る。

「咲ちゃん、いつもと同じでいいの?」
「はい、いつもと同じでお願いします」
「……伸ばそうとしてたんじゃないの?」
咲の髪をいつも切ってもらう美容師さんは咲の母と同じくらいの年である。
小さな頃からずっとお願いしている。

「うーん、それも考えてたんですけど、やっぱり暑いし」
「伸ばしたら大人っぽくなると思うけどなあ」
「う〜……でもやっぱり……」
「そう? それじゃあ」
「そうそう、この子はバリカンかなんかでばっさり刈っちゃえばいいのよ」
――は?
隣に座る女の人がいきなり声を出す。
ぎょっとして咲がその人の顔を見ると、よく見慣れた人であった。

「あ、あんた!」
ハナミズターレと言いかけて自粛する。さすがに普通の人の前で口にするには
やや憚られる言葉である。

「ミズ・シタターレよ。覚えてくれたのかしら私の名前」
「咲ちゃんシタターレさんとお知り合い?」
美容師のおばさんはにこにこと咲に話しかける。
「知り合いって言うか、まあその……」
「最近越していらしたそうだけど、その前からの?」

「越してきた!? あんた今どこ住んでるの?」
「あら夕凪町よ。決まってるじゃない。今日は髪を少し手入れしてもらおうかと思って」
「真っ直ぐしててね、咲ちゃん」
ミズ・シタターレを見ながら話していたら、顔を前に向けられた。
仕方がないので鏡に映った自分の顔を見ながら話す。
「何しにこの町に来たのよ」
「あら随分ご挨拶じゃない。私だってこの町にいていいんじゃないかしら」
「って、あんたそもそもなんで……」
消えたはずじゃない、そう言いかけて咲は口をつぐむ。
人目があるところでは中々会話をしづらい。

「満と薫はこの町にいるそうね。あんたたちと同じ学校に仲良く通って」
ミズ・シタターレの言葉に咲の背筋が一瞬にして緊張する。
「あんた、まさかまた満と薫を」
「はい前見てね〜」
ぐいっと首を元に戻された。
隣のミズ・シタターレはくすくすと笑っている。

「満と薫がどうしていようと私の知ったことではないわ」
「そ、そう」
「でも、満と薫がここに住んでいるのなら、私たちがここに住んでいけない理由なんて
 ないんじゃないかしら?」
「……?」
ミズ・シタターレの言葉の意味を咲は掴みかねた。
困惑した表情の咲を見てミズ・シタターレは口角の端を片方だけ少し上げる。

「それに、私たちには仕事があるのよ」
「仕事って何よ!?」
まさか――そう思い、咲は横目でミズ・シタターレをにらみつける。

「……」
笑い顔のまま、ミズ・シタターレは黙っていた。
咲の反応を楽しんでいるかのように。

「ちょっと! ねえ! 仕事って何よ!」
「教えない」
「何でよ!」
「今まであなたたちには随分手を焼かされたんだからちょっとくらい意地悪しても
 いいと思うわ」
「このケチ!」
「ケチで結構。フラッピと離れたあなたに用はないわ」
―― 一体、何を……?

咲はそれから何度も尋ねてみたがミズ・シタターレから答えは引き出せなかった。
二人が終わったのはちょうど同じ頃であった。お金を払い、店の外に出る。

「ちょっと、言っていきなさいよ」
先に店を出たミズ・シタターレに咲は追いすがる。
「仕事って何のこと」
ミズ・シタターレは心底呆れた顔をした。
「これだけ時間があったのに、まだ分からないの」
「分からないわよ。分かるわけないでしょ!」
「やれやれ」
英語の宿題をしてこない子はこれだから。関係ないでしょ、
咲とミズ・シタターレの会話は続く。

「少し頭を使って考えなさい」
「考えてるけど分からないから聞いてるの」
「なぜ私がここに存在できていると思う?」
「え……と」
一陣の風が吹き抜けた。咲は頭を捻る。
あの時、クリスマスの時、ミズ・シタターレは間違いなくキントレスキーとともに
消滅したはずである。
プリキュアの必殺技によって。

「じつはあの時、消えてなくてどこかに隠れてたとか……あ、でも……」
仮にそうだとしても、キントレスキーなら必ず勝負を挑んでくるはずである。
それに、ダークフォールでの戦いに現れなかったのもおかしい。

ミズ・シタターレは悩む咲を見下ろし、ほっほっほっ、と高笑いする。
「そんな風に考えているようじゃだめね」
「どういうことよ」
「仮にあの時消滅していなかったとしても、滅びの力が消えたとき
 私たちも消えているはずよ。満と薫と同じようにね」
「満と薫は消えてなんかない」
「どうして二人は消えなかったのかしら」
「緑の郷の精霊が二人と生きることを望んでくれたからよ……え? まさか?」
「やっと気づいたようね」
ミズ・シタターレは満足げに頷いた。

「私たちと共に生きることを緑の郷の精霊が望んだのよ」
「――なんであんたたちと生きることを望むのよ!」
「知らないわ、そんなの。精霊たちにお聞きなさい」
「で、じゃああんたたちの仕事って何よ」
「決まっているじゃない、まだ分からないのかしら」
ミズ・シタターレは袖を翻す。

「私たちの存在は、今は緑の郷の精霊によって成り立っている。
 私たち五人で緑の郷を守るのが使命よ」
「え……あ……」
ミズ・シタターレは海に向かって二、三歩進むと、咲を振り返った。
夕日が逆光となりその表情は良く見えない。

「行きなさい、日向咲。プリキュアに変身できなくなったあなたに用はない。
 私たち五人がプリキュア5としてこの世界を守ってみせるわ」
「プ、プリキュア5〜? その名前止めてよー、私たちみたいじゃない」
「お黙りっ! これからは私たちが伝説の戦士よ、私たちの戦いはこれからなの」
「はいはい、じゃあよろしくね」

天に向かってどんと人差し指を突き出すポーズをとっているミズ・シタターレに
咲はくるりと背中を向けると、そのまま歩み去ろうとした。

「ちょっと、お待ちなさい! もうちょっと何かあるでしょ!
 感謝の言葉とかねぎらいとか!」
「だって、頼りになるかならないか分からないし……」
「失礼ねっ!」
「私お母さんからスーパーで買い物頼まれてるから、早くいかないともうすぐ閉まっちゃうし」
「スーパーと私とどっちが大事なのよ!」
「スーパーよっ!」
「食材なんかどうだっていいでしょ!」
「良くない、今日の夕食のサラダが作れなくなっちゃうもん!」
「伝説の戦士の名前を継いだ者に一言もないわけ」
「継がせた覚えないもん!」
二人は言い争いながら商店街の方へ歩いていく。

「咲ちゃんとシタターレさん、仲いいんだねえ」
美容院の前を通り過ぎたとき、美容師さんが呟いていたことを二人は知らない。


-完-

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