クリスマスに程近いある夜、PANPAKAパンに荷物が届いた。
「お母さん? 何かどこかの会社からだよ」
宅配業者から受け取った咲がどたどたと廊下を歩いてくる。
咲は見慣れない差出人の名前に何だろうと思っていた。
PANPAKAパンと付き合いのある企業から荷物が送られてくることは
たまにあるが、この会社は名前から何を扱っているのか想像がつかなかった。

リビングでくつろいでいる沙織に「はい」と渡すと沙織は「ありがとう咲」と
受け取ってから差出人を見て「もう来たのね」と嬉しそうだった。
「何? それ?」
「何だと思う?」
沙織は珍しくそんな風に咲に気をもたせながら荷物を開く。
中から出てきたものは、白い服だ。最初に箱の中から出てきたとき
咲はそれが何であるのか分からなかった。

「あっ!」
気づいた咲が服を指して声を上げる。ふふふ、と沙織は楽しそうに笑った。
「これ、うちのお店の制服……満の!?」
「ええ、そうよ。満ちゃんへのプレゼント」
PANPAKAパンの制服はスタンダードなパン店の制服に見えるが、
だからと言ってそういった類の制服を扱っているメーカーに適当に問い合わせれば
すぐ買える――というものでもない。実際はメーカーごとに細かくデザインが
異なっているため、発売もとのメーカーに品番を言って問い合わせる必要があるのだ。

これはもちろん、大介や沙織が来ている制服と同じメーカーで同じブランドの
サイズ違いに当る正真正銘の本物である。

「咲、ちょっと背中貸して」
「うん」
咲が素直に沙織に背中を見せると、来たばかりの制服がぱさりと肩にかかった。
「うん、サイズも間違ってないわね。三組ちゃんと来てるし……」
「三組買ったの?」
「ええ、洗い換えも含めてね」
本当に制服なんだと咲は思った。一枚だけ渡しておいて、何かの時に
着るというのではない。洗濯さえちゃんとすれば、毎日だって着て店に出ることができる。

「はい、もういいわよ」
袖の長さまできちんと見た上で沙織は咲の肩から制服をはずし、三組全部を箱から出して
箱を畳み始める。

「お母さん、それいつ渡すの?」
「クリスマスプレゼントのつもりだから、25日の営業が終ってからかしらね……
 24日の夜は忙しいし」
「えー」
咲は不満そうに声を上げた。
「どうしたの?」
「満、クリスマスの営業の時に着たいんじゃないかなあって思って。
 満のケーキも売るんでしょ?」
「それは確かにそうね……満ちゃんのケーキ買いに来るお客さんもいるし」
でも24日より前だとあんまりクリスマスプレゼントっぽくないわねと言う沙織に
「うーん、でも満は絶対クリスマスの時に着れる方が喜ぶと思うんだ。
 あ、じゃあ私、満に上げるやり方考える!」
「やり方?」
「うん、お父さんもお母さんもこの時期忙しいしあんまり凝ったことできないでしょ?
 こう、満をびっくりさせてわーっと喜ばせるみたいな……」
「そう、じゃあ咲に任せていい?」
「うん、任せて!」
咲は大きく胸を張った。と、
「お姉ちゃん何を任せてなの?」
とみのりが部屋に入ってくる。
「わっみのり!?」
急に入ってきたみのりに驚いている咲を横目にみのりは沙織が膝の上に
置いている制服に気づいた。
「あれ、これうちの店の?」
「そうよ、満ちゃんへのプレゼント」
「満お姉さんに? あー、そっかあ……」
みのりは妙に感慨深そうな目つきをした。自分が小さな頃から店のお手伝いを
してくれていたお姉さんがとうとう制服を着るというのはなんだか不思議だ。
「みのり、満に言っちゃ駄目だよ! 突然渡して驚かすんだから」
「あ、そのやり方をお姉ちゃんが考えるの?」
大きく咲は頷き、あっと言い忘れていたことに気づく。

「薫にもまだ言っちゃ駄目だよ、すぐ満にばれちゃうから」

 * * *

翌日、咲は大学で舞が一人でいるのを見つけるとすぐに構内の中庭に引っ張り込んだ。
「あのさ、舞。満にも薫にも内緒なんだけど」
「え?」
唐突な話の切り出し方に舞はきょとんとした表情を浮かべるが、咲の話を聞いていく
うちにその表情が緩んできた。
「……じゃあ、その制服を満さんに渡してびっくりさせるのね?」
「うん、満がすごくびっくりして、その後で喜んでくれるようにしたいなあって
 思ってて」
「そうね……」
どうすれば一番いいか、舞は考え始めた。
「満さんが大好きな場所で渡すのがいいかしら……そうすると、咲のお家?」
「うーん」
と咲は難しい顔をした。
「うち、今の時期ってどうしてもてんやわんやなんだよね……後、もっとこう
 意外な場所で渡して……」
「意外な場所ね」
少し宙を見て、舞は咲を振り向いた。

「やっぱりあの場所じゃない?」
「あの場所って」
「大空の樹」
舞の言葉を聞いて咲は大きな口をにんまりさせた。
「舞もそう思う?」
「咲もそう思ってたの?」
「うん、ちょっと変かなとも思ってたんだけど」
「そんなことないと思うわ……満さんがクリスマスケーキのアイディア思いついたのも
 大空の樹だったし」
「あ、そうらしいね。この前満が言ってた」
「だから大空の樹まで満さんに来てもらって……ねえ、咲」
情景を思い描いていたらしい舞が急に我に返ったような目をした。
「やっぱり薫さんにも話したほうがいいんじゃない?」
「うん、それなんだけどさあ……、満にばれないかなあ」
「そうね、薫さん隠し事苦手だし……」
特に満さんには、と舞は思った。
薫が隠し事を苦手としている上に、満は薫の表情を読むのが得意だ。
生み出されてからずっと一緒にいるのだから当然と言えば当然だが。
「でもやっぱり、薫さんにも話すべきだと思うわ。そのプレゼントが
 咲のお父さんとお母さんからのもので、咲と私と、あと薫さんがいる場所で
 渡すっていうのがベストだと思うの」
「薫、満に話しちゃわないかな」
「黙っててって言えば薫さんは絶対黙っててくれるから……」
「うん」
咲にもそれは良く分かる。薫は絶対に黙っていてくれる。
その上で、満が勝手に真相に気づいてしまいそうなのが心配なのだが。

「それでね、そのプレゼントにもちょっと工夫してみたらどうかなって思うの」
「工夫って?」
舞が何か思いついたらしい。咲はわくわくしながら舞の言葉を待った。

 * * *

「なるほど……」
翌日、咲と舞、薫は大学の休み時間に適当な教室に入って隅の方で三人で固まっていた。
「それでね、折角だからプレゼントの制服に私たちで刺繍したらどうかと思うの」
「刺繍? どこに?」
「ベルトのところに小さくだったらそんなに目だないし、でもいつでも
 見えると思うわ」
「三人で一着ずつするの?」
「あ、それだと多分私のがものすごく下手になっちゃうから……」
咲は恥ずかしそうに頭を掻いた。
「絵柄を決めて、部分部分を三人で分担したらどうかって思うんだ」
「絵柄は?」
「それはやっぱり、パンかなって思ってるの」
「舞と薫にデザイン決めてもらって、三人で分担して縫って、それで
 大空の樹のところで渡そうよ」
咲が考えを纏めると、「そう、分かったわ」と薫は答えた。
「ただ、家で縫うと満が気づくけど……」
「大学でやらない? 今みたいな時間に」
薫はきょろきょろと教室内を見回した。満はこの辺りの時間は講義を入れずに
PANPAKAパンにいるので突然やってくる心配はない。

教室には咲たちのほかにも何人か学生がいるが、本を読んだり寝たりと
みんな適当な時間つぶしをしていてここで作業していても誰かの邪魔になることは
なさそうだった。

「そうね。……じゃあまず絵柄から決めましょうか」

 * * *

「お姉ちゃん、何してるの?」
「練習」
家に帰った咲は言葉少なにみのりに答えた。舞と薫の絵柄はまだ決まらないが、
刺繍の練習をしておくにこしたことはない。帰りに書店によって買ってきた
「初心者でもすぐできる! 楽しいししゅう」
という本を見ながら、手もとの布にちくちくと針をくぐらせて行く。
「うーん」
作品No.1を完成させて咲は本の中の出来上がり写真と自分の作品を見比べる。
本の通りにしたはずなのだが、大分イメージが違うような気がした。

「やり直しやり直し……」
口の中でそう言いながら咲は縫ったばかりの糸をほどき、
また本と手もとの針を見比べ始めた。


「……薫。どうかした?」
同じ頃、薫は満にじろじろと不思議そうな目で見られていた。
薫は舞と大体の絵柄のデザインを決め、色も大まかに決めて大学から帰ってきた。
あとは頭の中でも考えられるから、ということで残りは家で考えることにしたのだが――、
早速満は薫の様子がいつもと少し違うのに気づいたらしい。
「どうもしていないわ」
「大学で何かあったの?」
「……別に」
「ふーん」
薫が「別に」と答える場合、大抵何かある。本当に何もない場合は滅多にない。

「ねえ薫」
満は机に向って椅子に座っている薫の後ろから腕を伸ばして首に巻きつけた。
「……何よ」
「何かあったんでしょ」
そう言いながら指を伸ばして薫の頬をつついてみる。薫は自分の手で満の指を掴んだ。
「話してくれたっていいじゃない」
更に言うと、薫は振り返ってきっと満を見た。

「確かに何かあったわ。でも満には言えない」
それだけ言ってまたがたんと荒々しく椅子に座る。
「そ、そう……」
勢いに押されて、満はとりあえず追求を諦めた。

 * * *

満を大空の樹に呼ぶのに理由は要らない。数日後プレゼントが完成してから
咲はさりげなく大学で満を誘った。
「満、今日大学終わったら大空の樹にいこっ!」
「あれ、今日は部活の曜日じゃないの?」
「うん、この間の対外試合前にちょっと詰めてグラウンド使わせて貰ったから、
 今日は野球部がグラウンド使う予定なんだ」
「へえ、そうなの」
一緒に選択している講義の教室から外に出ると、

「咲はこの後講義あったんだっけ」
「ないけど、その辺で時間つぶしてる」
「え、私のこと待ってるってこと?」
「うん、満はこれから必修の授業でしょ? 一緒に行こっ!」
「……咲」
二人はいつの間にか満が次に授業を受ける教室の前についていた。咲はそこには入らずに
「あとでね!」
と満に言って小走りにその場から離れる。
――咲はいつまでたっても変わらないわね、。
内心そう思いながら満は緩んだ表情を元に戻して教室に入った。

――これでよしっと。
咲は満と別れて大学構内にある学食近くのベンチに座って満足しながら空を見上げた。
舞と薫は一足早く大空の樹に行くことになっている。咲が満を連れて行って、
四人そろったところで渡すのだ。


「……あら? 舞と薫?」
咲と一緒に大空の樹にやってきた満は樹の下に舞と薫が立っているのを見て不思議そうな
顔をした。
それもスケッチをしたり散歩をしたりというのではなく、明らかに満たちを待っている。
「咲、どういうこと?」
何かが起きているらしいということに感づいた満は隣の咲を見る。
えへへと咲は笑った。その表情と舞、薫の表情を見比べて満は次第に「状況が飲み込めて
いないのは自分だけらしい」と気がつき始めた。
「ちょっと何なのよ、もう」

「んーと、ね」
咲は大空の樹の下に立って満と向かい合うと舞が持っていた紙袋を受け取る。
制服は畳んで綺麗な包装紙に包みなおされていた。
「これ、うちのお父さんとお母さんから満へのクリスマスプレゼントだよ。
 ちょっと早いけど」
「……どういうこと?」
話がうまく飲み込めないながらに、とにかく満は咲から渡されたプレゼントの
包み紙を開いた。
「これ……!?」
「お父さんとお母さんが、満にって。本当はクリスマスに渡すつもりだったらしいんだけど、
 満はクリスマスの時に着たいんじゃないかと思って」
「これ、本当なの?」
「本当だよ!」
咲は断言した。満は途方に暮れたような、ぽかんとした表情を浮かべている。
まるでどんな風に感想を抱いたらいいかわからないように。

「舞と薫と、ちょっとおまけもつけたんだよ」
「おまけ?」
「ほら、見て」
咲は満が抱えている制服に手を伸ばしてベルトの部分を見せた。
「刺繍? ……ああ、薫が何か考えてたのってひょっとしてこのこと?」
「ええ、そうよ。満には言わなかったけど」
絵柄はメロンパンと満月とムープだ。やっと満は、これが間違いなく自分に渡されたものだと
実感できるような気がした。

「満、どう?」
咲は満の感想を聞きたくてたまらなかった。満は咲と舞、薫を順番に見る。
その表情はどこか小さな子供のようだった。
「分からないわ……なんだかびっくりしてて、それがまだ落ち着かないの。
 でも多分、すごく嬉しい……」
「そっかあ、じゃあ満!」
咲はにかっと笑うと、満の肩を掴んで後ろを向かせた。
「じゃあ着替えて、お父さんとお母さんにも見せようよ!」
と満の背中を押して山を走り下る。
「ちょ、ちょっと咲!?」
慌てているものの満も咲も転ばずに山を駆け下りていく。
舞と薫は顔を見合わせてくすりと笑った後ゆっくりと二人のあとを追いかけた。

-完-

 ←押していただけると嬉しいです。




短編SS置き場へ戻る
indexへ戻る