PANPAKAパンでは、クリスマスケーキはなるべく予約するようにお願いしている。
24日、25日はどうしてもお客さんが多くなるので、夕方にはケーキが売り切れてしまう。
予約していただければ確実にお渡しできるので是非予約してほしい……と、
お客さんたちには説明している。
クリスマスケーキ用に特別に仕入れなければいけない材料もあるので、
無駄を省くためにもおおよその必要数を把握しておきたいという意味ももちろんある。

予約が始まるのは毎年12月1日だ。
その日から店の中にはケーキの見本を展示して、予約を受けた時には厨房の中に
張った「予約表」という紙に正の字で記録していくことになっている。
中学二年生のクリスマスからもう五年以上も店を手伝っている満にとってはごく見慣れた光景だ。


今年が特別なのは、いつもは2種類のクリスマスケーキが3種類選べるように
なっていることである。2つはいつものように咲の父、日向大介が考えたケーキ。
もう1つは満が考えたケーキだ。もちろん、咲の両親の審査はパスしている。
ガラスケースの中に飾られた自分のケーキを見るたびに、満は晴れがましいような
恥ずかしいような気持ちになる。

棚の上で少し乱れたクロワッサンを直す振りをしながら、満は会計を終えて
ケースの中のクリスマスケーキに見入っている親子の様子を窺っていた。
幼稚園生くらいの女の子が「え〜っとぉ」と呟きながら3つのケーキに何度も何度も目を
走らせて悩んでいる。

「しいちゃん、決めた?」
女の子のお母さんらしい女の人が、頃合を見て切り出す。
「うーんとね、こっちかこっちがいいの」
その言葉を聞いて満はきゅっと身体を硬くした。
「AかBね……、どっちにする?」
「うーんとぉ」
女の子はまだ悩んでいる。だが満はそれ以上聞く必要はなかった。
満の作ったケーキは、C。自分のは選ばれなかったということだ。
ふうっと満は息を静かに吐き出した。
クロワッサンを並べ終えて満はそのまま店の奥に戻ろうとする。
と、
「あ、すみません」
とケーキを選んでいた女の子のお母さんに声をかけられた。

「はい」
「このAのケーキ、サイズはこれだけなんですか?」
「ここに展示してあるものと、もう一回り小さなサイズがご用意できます」
「それなら、その小さい方のサイズで予約できますか?」
「あ、はい」
レジの後ろに立っていた咲のお母さんが満にメモ帳とボールペンを渡す。

「Aサイズの小さい方を……」
「一つで。名前は、鈴木です」
A小一つ、鈴木様とメモに書いて満は「ありがとうございます」と
微笑を浮かべ店から出て行く親子を見送った。

扉が閉まると同時に満ははあっと大きくため息を吐いた。
満の様子を見ていた咲のお母さんがくすくすと笑う。

「満ちゃん、お客さんがクリスマスケーキ選んでいるたびにそんなに
 緊張してたらクリスマスまで身がもたないわよ?」
「あ……はい」
苦笑いを浮かべて満は店の奥に戻ると、予約表の「A小」のコーナーの正の字に一本書き加え、
「お名前」の欄に「鈴木様×1」と記入した。

現在のところAは大小合わせて6件、Bは大小合わせて4件の予約が入っている。C、つまり満のケーキはまだ1件。それも薫が予約したものだから、実質的に予約はまだ0といっていい。
予約表を見ていると、満は下腹のあたりがちくちくと痛くなってくるような気持ちがした。



「ただいま」
この日、薫は大学を出た後スケッチをしていたので家に帰ってきたときには
もうすっかり暗くなっていた。
鍵を開けて家に入ったものの、家の中に明かりがついている様子がないのを見て
薫はわずかに首を傾げる。

――満の方が先に帰っていると思っていたけど……

満は大抵、大学を出るとPANPAKAパンで手伝いをして、店が閉まると
この家に帰ってくる。だから、6時過ぎには家に戻っているのが普通だ。
何か今日は用事があると言っていたかどうか薫は自分の記憶を探ってみたが、
やはりそんなことを言われた覚えはない。

「満?」
普段食事をするリビングも真っ暗なままだ。やはりまだ帰っていないのかと
思いながら薫は階段をのぼり、寝室兼勉強部屋に戻る。
この部屋室も暗い。入ってすぐのところにある蛍光灯のスイッチを押し明かりをつけると、
薫は満がベッドの上にうつ伏せになっているのに薫は気づいた。

「帰ってたの、満。電気ぐらいつけなさい」
背中に言葉を投げつけるも反応はない。薫は机の上に鞄を置くと、
ベッドサイドに立って満の背中を見下ろした。
「満、体調悪いの?」
「……そういうんじゃないけど……」
もぞもぞと満が答えた。薫は少し安心するも、
「だったら、寝てないで。ご飯だってまだでしょ」
そう言って起こそうとするも、満は薫の手を振り払って枕にしがみついた。

「満? どうしたの?」
薫の言葉に苛立ちが滲む。
「……なんか、疲れた……」
ぼそりと満は言葉を返す。
「疲れた?」
鸚鵡返しに繰り返しながら薫は満のすぐ傍に座った。
「何に疲れたのよ」
「いろいろ」
全く具体性のない答えに薫は内心の苛立ちを押し殺しつつ、
「色々って?」
と更に尋ねる。
「……色々よ」
満は初めて背中を僅かに反らし、顔を上げた。
「ケーキのこととか……」
「ケーキ? うまくできないの?」
「違うわ。……予約が入らないだけ」
「予約って……」
薫は机の上においてあるカレンダーに目をやった。12月1日から予約は開始しているのだから、
「まだ予約始まってから7日しか経ってないじゃない」
「分かってないわ、薫!」
満はいきなり身を翻してベッドの上に起き上がった。
「『まだ』7日じゃなくて、『もう』7日なのよ。
 他のケーキにはもう予約が入っているのに、私のケーキはまだ、薫の分しか……」
「満は初めて考えたケーキなんだから仕方ないじゃない」
あっさりと薫は答える。そんなことで悩むこと自体が馬鹿馬鹿しいと言うかのように。

「それはそうだけど、でも……」
満は言葉の途中ですうっと息を吸い込んだ。

「何かもう、駄目なのよ」
「何が」
「お客さんがクリスマスケーキを選んでるのを見ると、気になって気になって
 仕方ないの。それで、そのお客さんが選んだ結果を聞くとがっかりして……、
 その繰り返しで、何か、疲れたの」
「そう……」
くたっと満は身体から力を抜いて薫に寄りかかった。薫はそれをそのまま受け止める。

「みのりちゃんに何かをした時、どういう反応が返ってくるか心配になるような
 ものかしら?」
薫のその言葉を聞いて満はわざとらしく大きなため息をついて見せた。
「何でもみのりちゃんで考えるのやめて」
「……そう」
怪訝そうな表情をしながら薫は、満を寄りかからせたまま
ぼんやりと蛍光灯を眺めた。
今、満に何を言えばいいか。……

「食事の支度するわ」
薫は満の身体を支えながらベッドから立ち上がる。と、満も一緒に立ち上がった。
「今日の食事当番は私でしょ、薫」
「疲れてるんだったら一日くらい代わるわ」
「いいわよ」
「そう? ……」
二人は一緒に降りて行くと、この日は一緒に夕食を作った。


翌日。大学での必修の授業を終え、
今日の午後は選択科目の講義があるけどさてどうしようかなと満が考えながら、
構内を歩いていると。
「みーちーるっ!」
一際大きな声と共に、後ろから咲が走ってきた。肩にはソフトボールのユニフォームを入れた
鞄をかついで、今練習が終ったばかりのように顔には幾筋もの汗が流れている。

「今からお昼?」
「ええ、そうよ。咲、火曜日はソフト部があるからそっちのみんなと食べるんじゃなかった?」
「うーんと、今日はちょっと別。お昼、一緒食べようよ。いいところ見つけたんだ」
「え? ええ……」
咲はぐっと満の手を握ると、大学構内の隅のほうにどんどんと満を引っ張っていった。

「ここだよ!」
大学特有の雑踏から切り離されたところのようなそこは、静寂に溢れていた。
芝生の上に、大きな木が一本。あまり人がいないのが不思議なくらい静かで
気持ちのよい場所だった。
「へえ、こんなところがあったのね……」
「うん、いい場所でしょ?」
大学の中で一番お気に入りなんだ、咲はそう言って
「今日は満と食べようと思ってお昼も準備してきたんだよ」
と鞄を開くと中に頭を突っ込むようにしてその中を探る。

「ずいぶん準備いいのね?」
満は驚いて尋ねた。たまたま会ったから思いつきで誘ったという話ではなさそうだ。
「うん、これっ!」
水筒とバスケットを大きな鞄の中から取り出す。
芝生の上に並べると、まるでピクニックに来たかのようだ。

「でね、」
咲は嬉しそうにバスケットを開けると、
「じゃーん! 満パン!」
と取り出した。満の顔をかたどったパンだ。
「え、咲、これって?」
呆気に取られて満が尋ねる。
「満パンだよ。今朝作ってきたんだ」
「あ……ありがとう」
どうぞどうぞ、と勧められるままに満は水筒のお茶を飲み
満パンを手に取る。

「満、昔私の顔のパン作ってくれたでしょ?
 だから私も満のパン作ってみようと思って」
いただきます、と呟いて満は一口それを齧る。
「おいしい……」
「でしょでしょ? 咲ちゃん特製パン」
咲もそれを聞いて嬉しそうだ。バスケットの中から自分用に持ってきたパン
――これは普通のパン――を取り出すと、大口を開けてかぶりつく。

「でも、どうして?」
自分のパンを食べ終わると満が改めて咲を見た。
「どうしてって?」
「どうして、パンを焼いてきたの?」
「うーんと、その……お母さんから聞いてさ。満が大変そうだって」
やっぱり、と満は思った。
「私ね、昔満が地区大会の決勝戦にパン焼いて来てくれた時すごく嬉しかったんだ。
 すごく――満の気持ちが伝わってくる気がして。
 今は満の方が私よりずっとパン焼くの上手だけど、でも満に元気出してほしかったから……」
「ありがとう、咲」
そう答えると、咲は屈託なくえへへと笑う。
ふうっと満は木にもたれかかって身体を伸ばした。
息を吸うと、空気が全身にいきわたっていくような気がする。

なんだか忘れていた、と満は思った。
こんな風にリラックスした感覚をいつの間にか忘れてしまっていたような気がする。
今日の午後は、ここ最近とは違う気持ちでPANPAKAパンに居られそうだ。

-完-

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